第77話 アップグレード

 教室に帰ってきた文香を、クラスメートは拍手で迎えた。

 文香は、拍手の中を恥ずかしそうにゆっくりと前進して、俺の隣の席に着いた。


 すぐに文香の周りに女子達が集まって、俺は自分の席から追い出されてしまう。


 「どうしてたの?」とか、「もう大丈夫?」とか、文香は女子達からの質問攻めにあった。

 それに対して文香は、「ちょっとね」とか、「ごめんね」とか答える。

 それは、普通の女子達の会話と変わらなかった。

 もう文香は、すっかりクラスの一員として認められていた。


「ねえ、文香ちゃん、前より綺麗になってない?」

 文香を囲んだ一人の女子が言った。


「ホント?」

 文香がちょっと上ずった声を出す。


「うん、前より綺麗になった気がする」

 他の女子が言って、周囲の女子達が頷く。


「お休みしてるあいだに整備をしてもらって、モジュール装甲も入れ替えたの」

 文香が言った。

 それは、髪型を変えたの、とか、新しいリップを試してみたの、とか、女子達が言うみたいに。


「やっぱそうだったんだ。ホントに綺麗だよ」

 女子達に言われて、

「そんな、綺麗とか…………」

 照れた文香が、その場で超信地旋回した。

 その勢いで、鉄骨造りの頑丈な教室が、ぐらぐら揺れる。


 確かに、文香の外装は数日前と違っていた。

 全体的に洗車されて綺麗だし、なんといっても、それまで装甲に冬季迷彩がほどこされてたのが、市街戦用の都市型デジタル迷彩に変わっている。

 白やグレー、ダークグレーの四角いドットが、モザイクみたいに文香の装甲をおおっていた。


 これは、文香が正体不明のドローンに狙われたことへの対策だろうか。



「ほら、みんな席に着け」

 予鈴よれいが鳴って、担任の真田が教室に入ってきた。

 そうして、何事もなかったようにホームルームが始まる。


「冬麻君、久しぶり」

 ホームルームの最中、小声で文香が言った。


「うん」

 俺は、そんなふうにしか返せない。


 久しぶりに顔を見せた文香に、俺はもっと気の利いたこと言ってあげるべきなんだろう。

 そんな自分がもどかしかった。



 一時間目が終わって休み時間になると、文香はまた女子達に囲まれる。

 女子達、たった数日離れただけなのに、積もる話があるらしい。


 俺は、事情を聞きにコンピューター室にいる月島さんのところへ行ってみる。

 月島さんは、コンピューター室で教師用の机について、一人で授業の準備をしていた。


「どう? 文香は元気にやってる?」

 座ったまま月島さんが訊いた。


「はい、女子達に囲まれてます」

 俺が言うと、月島さんがほっとした感じで肩から力を抜くのが分かった。


「文香、よく帰ってこられましたね」

 俺は言った。

 発砲の件もあって、帰ってこられないみたいなこと、月島さんが漏らしてたし。


「うん、私も、頭を下げるばっかりじゃなくて、攻撃に出てやったの。文香の重機関銃の射程までドローンの進入を許したのは、どういうことですか、ってね。逆にキレてやった。それは、そちらの落ち度じゃないんですか? って。そしたら上も、ぐうのも出なかったみたい」

 月島さんが言ってウインクする。

 とびきりチャーミングなウインクだ。


 自衛隊のお偉いさんに勇敢ゆうかんに食ってかかる月島さんの様子が、目に見えるようだった。


「文香が打ち落としたことで相手方のドローンのサンプルも手に入ったし、処分どころか、ご褒美ほうびに文香の整備費用をぶんどってやったの。彼女、外見も綺麗になったけど、中身もパワーアップしてるよ」

 月島さんが言う。


 いや、ただでさえ最強な文香が、これ以上どんなパワーアップをしたら、手に負えなくなるんじゃないだろうか…………


「将官クラスを相手にして、私も虚勢きょせいを張るのは内心ガクブルだったんだよ。こんなに頑張ったんだから、ご褒美に、またお姉さんのこと、いいこいいこしてほしいな」

 月島さんが上目遣いで言う。


「ここだと誰かに見られるかもしれないので、後でしてあげます」

 俺が言うと、月島さんは「約束だよ」って、少女みたいな笑顔を見せた。




「おお、文香君。よく戻ってきた。大儀たいぎ大儀」

 放課後、部室の中庭に顔を出した文香を花巻先輩が笑顔で迎える。


「文香ちゃん! お帰りー!」

 待ち構えていた伊織さんが文香に抱きついた。


「文香ちゃん、良かったね」

 六角屋も優しい笑顔で言う。


「さあ、不在だった分まで、商店街の年末セールの手伝いをしてもらうぞ。文化祭の予算を稼がねばならぬ」

 花巻先輩が言った。


「はい! 私、頑張ります!」

 文香が弾んだ声を出す。


「と、言いたいところだが、文香君は復帰直後で気疲れもあるだろうし、今日は家に帰ってよし」

 花巻先輩が言った。


「小仙波、文香君を送ってやってくれ」

 先輩が俺を指す。


「いえ、俺は全然疲れてないんで、セールの手伝い出来ますけど」

 俺が言うと、先輩が肩をすくめる。

 六角屋と伊織さんも深いため息を吐いた。


「もう! あんた鈍いんだから。先輩は文香ちゃんと二人で帰ってあげなさいっていってるの」

 今日子が俺に小声で耳打ちした。


 ああなるほど、そういうことか。



 俺は、久しぶりに文香と二人で下校した。

 ハッチを開けて、文香の車長席に乗り込む。


 すると、開けたハッチの中からは新品の匂いがして、様子が以前と変わっていた。


「整備のついでに、冬麻君の席も新しくしてもらったの。椅子が硬かったから、ゲーミングチェアにしてもらったよ」

 確かに、車長席の椅子は、中にクッションがたっぷり入った、本革の豪華な椅子に変わっていた。

「エアコンも冷蔵庫も容量もアップしたし、温水と冷水が出るウォーターサーバーも入れたし、PS6も入れたから、乗員の快適さが増したよ」

 文香が得意げに言う。


 文香のパワーアップって、このことだったのか。

 っていうか、こんなに快適になったら、ますますここから出られなくなるじゃないか。


「それじゃあ、出発するね」

 文香が言って前進を始めた。

 クリスマスに浮かれる街をゆっくりと流す。


「寒いとか暑いとか、あったら言ってね」

 頭につけたヘッドセットから文香の声が聞こえた。


 俺は、なにか言わなくちゃって思った。

 帰って来た文香に、なにか言葉をかけてあげないといけない。

 それなのに、適当な言葉が見付からなかった。


 車長席のモニターに、外の景色がどんどん流れていく。

 師走しわすの街並みは、忙しそうで活気があった。


 そうこうしてるうちに、家の前まで来てしまう。

 文香は、自分を駐車スペースに停めた。


「それじゃあ、また明日。朝、乗せていくから」

 文香が言って、ハッチのロックが外れる。



「降りたくないかも」

 俺は言った。


「えっ?」


「文香の中、快適だし、もう少しここにいたいかも。PS6で、やりたいゲームとかあったし」

 俺は言う。

 こんなことしか言えない自分が、情けない。


「うん!」

 それなのに、文香は弾んだ声を出した。


 駄々っ子みたいなこと言ったけど、文香が喜んでくれたみたいだから、まあいいか。

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