第75話 後始末

 翌日は花巻先輩が作る朝食で一日が始まった。

 俺達文化祭実行委員と伊織さんは、部室の居間のちゃぶ台で朝食をとる。


 先輩が用意してくれた朝食は、お釜で炊いた艶々のご飯に、豆腐とわかめの味噌汁。焼鮭に卵焼き、おくら納豆、大根としらすのサラダに、ブルーベリーヨーグルトのデザートまで付いていた。

 先輩、まだ俺達が眠ってるあいだに、全部一人で用意してくれたらしい。


 みんなで朝食を食べて、朝の支度をする。


 学校のグラウンドに張られていた規制線はいつのまにか解かれていて、校門の前に停まっていたパトカーも警察官も消えていた。

 学校からは通常通り登校するよう、スマートフォンに連絡があって、今日も普通に授業はあるらしい。


 朝のニュースを見てたら、様々なニュースに紛れて、昨日ここであったニュースが短く流れた。

 操縦不能になったドローンが、この近くの山に墜落して、山火事が起きたっていうニュースだった。

 山火事はすぐに消し止められて、延焼えんしょうや負傷者はないってアナウンサーが言っている。

 そのドローンのかけらがこの学校の校庭に落ちて、一時、校庭が封鎖されたとニュースは締めくくっていた。

 ニュースは、文香のことも、文香が重機関銃を発砲したことにも触れてなかった。

 もちろん、その怪しげなドローンを自衛隊とアメリカ軍が合同で調査したことにも触れていない。


 真夜中に月島さんが言ってたとおり、事件は俺達が知っているのとはまるで違うふうに報道されていた。


 俺達はそれに首を傾げながら登校する。


「さあ諸君、元気に勉強してきたまえ。放課後、またここで待っているぞ!」

 玄関で花巻先輩が俺達を送り出した。

 先輩、笑顔で手を振りながら見送ってくれる。


 っていうか、先輩もうちの学校の生徒なんだから、一緒に登校するべきなのでは? っていう疑問がないでもない。



 登校して教室で始業時間まで待ってみたけど、文香は登校してこなかった。

 俺の隣の、いつも文香が停まってるスペースは空いたままだ。

 元々広い教室が、文香がいないことで余計に広く感じた。


 教室では、クラスメートがいくつかのグループに分かれて話している。

 聞き耳を立てると、どのグループも話してるのは文香のことだ。

 笑いながら話してたり、深刻そうに話してたり、温度差はあるものの、みんな文香のことを心配してるらしい。


 始業のチャイムが鳴って少しして、担任の真田が教室に入ってきた。

 しわがよったスーツのパンツに毛玉が目立つセーターっていう、いつもの冴えない格好の真田。


 騒いでいたみんなが席に着いて、教壇きょうだんの真田に注目する。


「えー、今日、三石はお休みです」

 真田が広い教室を見渡して言った。


「それから、昨日、三石が校庭でを撃ったことだけれど……」

 いきなり真田が核心をいて、みんなが息を呑む。


「三石は、部活をしていた陸上部のスタートの合図をしてあげるつもりで撃ったらしい。突然だったから、みんな驚いて大騒ぎになったが、三石に悪気はなかったし、もちろんあれは空砲で危険なものではないから、安心してほしい」

 真田が言ったあと、教室がざわざわした。


 あの銃撃は、空砲ってことになったのか。

 それに、陸上部のスタートの合図っていう、とってつけたような言い訳。

 言っている真田自身も納得してないのかもしれない。

 それで真田は、お前達分かるよな、みたいな顔で俺達を見た。

 まあ、俺達も高校生なんだから、そのへんの大人の事情みたいなものも、分かるけど。


 クラスのざわめきの中で、すくっと席を立ったのは委員長だった。

 ざわざわしていた教室が一瞬で静かになる。


「先生、三石さんは戻ってくるんですよね?」

 委員長が毅然きぜんとした態度で訊く。


「ああ、もちろんだ」

 真田は即答した。


「三石は整備のために一旦、駐屯地に戻ったけれど、また戻ってみんなと勉強するからそれは安心してくれ」

 真田が言って、教室がまたざわめく。


「よかった」


 俺は思わず独りごちてしまった。

 教室が騒がしかったから、それは誰にも聞こえなかったと思う。

 同じ教室の今日子が、こっちを向いて、よかったね、みたいに破顔した。

 俺は、うん、って頷く。


 きっと、月島さんが頑張ったに違いなかった。

 月島さん、文香が続けてここにいられるように、関係各方面に頭を下げて回ったに違いない。

 反対する人達を一生懸命説得したのだ。

 月島さん、文香のために頑張ってくれた。


 まさか、俺がいいこいいこしてあげたから頑張ったわけじゃないとは思うけど。




「なるほど。あれは空砲だったのだな」

 放課後、部室に戻って真田から聞いたことを報告すると、花巻先輩が頷いた。

 部室には、俺達文化祭実行委員の文香以外のメンバーと、生徒会の伊織さんが揃っている。


「うん、確かに空砲だ。やれ空砲だ。空砲に違いない」

 先輩が大袈裟おおげさに頷いた。


「小仙波、あれは確かに空砲だったな?」

 先輩に訊かれて、

「はい、確かに……」

 俺は少しドギマギしながら答える。

 先輩、ホントは全部を知ってて、俺をからかってるのかもしれない。

 普段の行動がエキセントリック過ぎるだけに、なにを考えてるのか分からない。



「さて、それでは我々は例のサンタクロースの件を進めて、帰って来る文香君を迎えようではないか」

 先輩が言った。


 そうだ、俺達はサンタクロースを信じる文香の夢を壊さないように動いていた。


「もう、誰が冬麻とデートするか、とか、そんなことでめてる場合じゃないですよね」

 今日子が言う。


「そういえば、なんで私達、野球拳とかしてたんだろうね?」

 伊織さんが言った。


 伊織さん、急に冷静にならないでください。


「では、恨みっこなしで、一回のじゃんけんで決めたらどうでしょう?」

 六角屋が言って、女子達が頷く。


「じゃんけん……」


 ぽん! で、チョキを出した伊織さんが勝って、クリスマス、伊織さんが文香の体として、俺とデートすることになった。

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