第67話 お父様お母様

「いいですよ」

 伊織さんが言った。


「私、クリスマスに小仙波君とデートします」

 伊織さんのキリッと締まった唇からそんな言葉が発せられている。


「伊織さん、ちょっと落ち着いてください。俺とクリスマスにデートするんですよ、いいんですか? この俺ですよ。大切なクリスマスの日にですよ」

 俺は卑屈ひくつになって言ってしまった。

 俺と一緒に生徒会室に押し掛けた文化祭実行委員のみんなも、月島さんも、大きく頷いている。


 伊織さんともあろう人が、話をちゃんと聞いてなかったんだろうか?

 その意味分かってるんだろうか?


「もちろん、いいんですよ。引き受けました。私がアバターになれば、サンタクロースを信じている純粋な文香ちゃんのためにもなりますし」

 伊織さんはそう言って微笑む。


「い、伊織さん、クリスマスの予定はいいの? 色々と入ってるんでしょ?」

 今日子が訊いた。


「うんん、クリスマスはなんの予定も入ってないの、残念ながら」

 ケロリとした表情で言う伊織さん。


「去年までクリスマスは家族と過ごしてたんだけど、今年はお父様とお母様がパーティーに出かけて、私一人になっちゃうところだったから、ちょうどよかったかも」


 伊織さん、父親と母親のこと、「お父様」、「お母様」って呼んでるのか…………

 関係ないけど、そんなところで感心してしまった。


「ちょっと待って伊織さん。去年までは家族と過ごしてたって、今までクリスマスを家族以外の誰かと過ごしたことはないの?」

 六角屋が訊いた。

 いつになく六角屋が体を乗り出して向きになっている。


「うん、物心ついてから今までずっと、家族だけのクリスマスだったよ」

 伊織さんが小首を傾げて答えた。


「それじゃあ、複雑な事情がからんでるとはいえ、これが初めてのクリスマスデートになるの?」

 続けて六角屋が訊く。


「うん、そうなるね」

 伊織さんが言った途端、六角屋が俺をにらんだ。


 そんな、伊織さんは大学生の彼氏とかとクリスマスデートするんじゃなかったのか。

 分単位のスケジュールで、デートとパーティーの梯子はしごをするんじゃなかったのか。

 伊織さんのクリスマスは、そんな華やかなものだって思ってた。



「あのね、クリスマスデートっていうか、私、デート自体が初めてかな」

 伊織さんが重ねて言って、ちょっと遠い目をする。


 その場にいたみんなの表情が固まった。


 んっ?


 デート自体が初めて?

 伊織さん、今の今まで、誰ともデートしたことなかったの?


 六角屋が俺のこと親のかたきみたいに見ている。


「伊織さんほどの人なら、今まで誰かが一緒にクリスマスを過ごそうとか、デートしようとか、誘ったりしなかったの?」

 月島さんが訊く。


「はい、残念ながら誘ってくれる人はいませんでした」

 眉を寄せて言う伊織さん。


「ホントに?」

「本当です」


 ああ、それは、伊織さんが高嶺たかねの花すぎるから、誰も誘えなかっただけだと思う。

 みんな、もう当然相手がいるだろうって思ってるし、自分と伊織さんだと釣り合わないって考えて、誘うってこと自体が選択肢にないのだ。

 誘うなんて想像すら出来なかったんだと思う。


「文香ちゃんのアバターとしてのデートだけど、デート初体験だからちょっとドキドキします。そういうことだから、小仙波君、お手柔らかにね」

 伊織さんが言って、俺に対してペコリと頭を下げた。

 その言葉とカワイイ仕草で昇天しょうてんしそうになる。

 実際、三十秒くらい気を失って、女神様っぽい人から異世界で魔王を倒してくれって頼まれかけて、どうにか現世に戻ってこられた。


「ちゃんと、エスコートしてね」

 悪戯っぽく言う伊織さん。


 エスコートなんて恐れ多い。

 俺を召使めしつかいとしてこき使ってください。

 絨毯じゅうたんとして踏みつけてください。


 まあ、俺は文香とデートをしたことがあるから、デート経験者ではあるんだけれど。

 そういう意味では伊織さんより経験豊富だけど。



「あのさ」

 今日子が、俺と伊織さんの視線の間に立った。


「やっぱり、部外者の伊織さんに迷惑をかけるのは悪いよ。ここは、面倒だけど仕方ないから私がデートするよ」

 今日子が言う。

 今日子、肩をすくめてヤレヤレみたいな動作をした。


「ううん、源さん遠慮えんりょしないで、私、大丈夫だから」

 伊織さんが言った。


「いいえ、悪いもん。伊織さんは生徒会の仕事で忙しそうだし、コイツの相手なんて私で十分だから」

 今日子が伊織さんと向かい合う。


「いいの。さっきも言ったとおり、私クリスマスは暇だから協力できるよ。それより、源さんの方が忙しいんじゃない? 源さんは、誰かとクリスマスデートしたり、パーティーしたりするんでしょ?」


「いいえ、私も、クリスマスの予定はないの。私も、クリスマスは家族と過ごしてたから。っていうか、子供の頃からコイツとは家族ぐるみの付き合いで、クリスマスも一緒に過ごしてたし。コイツと一緒にクリスマスを過ごすのは慣れてるから、私に任せて」


「源さんのお父様とお母様もお寂しいでしょうから、今までどおり、一緒にいてあげて」


「いいえ、伊織さんこそ、コイツなんかじゃなくて、誰かちゃんとした男とデートすれば? 伊織さんが声をかければ、誰でもOKするよ」 


「まさか」

「いいえ」


 なんか、火花がバチバチ飛んでる気がするけど、気のせいだろうか?


 とにかく、伊織さんも今日子も一歩も引かない構えだ。



「二人とも、ちょっと待ちたまえ」

 そこに花巻先輩が割って入った。


 腕組みして聞いていた先輩の目がキラリと光る。

 先輩、二人を仲裁ちゅうさいしてくれるみたいだけど、先輩がからむと事がより複雑になる気がする。


 嫌な予感がした。



「よし、ここは、小仙波に決めてもらおうじゃないか」

 花巻先輩が言う。


「えっ?」

 俺は、思わず、高度1万メートルくらいの声を出していた。


「さあ、小仙波、クリスマスに源と伊織君、どっちとデートするか選べ」

 腕組みを解いて俺を指さす先輩。


 いや、そんなの選べないっす。

 俺に選ぶ権利なんてないっす。

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