第66話 個人情報

「なんだ、源は小仙波とクリスマスデートしたかったのか?」

 花巻先輩が訊いた。


「ななな、なに言ってるんですか先輩! そそそ、そんなわけないじゃないですかか!」

 今日子が、首をぶんぶん振って否定する。

 今日子のショートヘアーがサラサラ揺れた。


 否定するにしても、そんなに大げさにすることはないと思う。



 放課後のコンピューター室。

 文香以外の文化祭実行委員と、顧問の月島さんがいるその部屋で、俺達は文香のサンタクロースへの願いを叶えるべく話し合っていた。

 人間の体で俺とクリスマスデートしたいっていう文香の願いを叶えるために、月島さんがゴーグル付きヘルメット(たぶん自衛隊の試作装備)を持ってきて、誰がそれを被って文香のアバターになるのか、って話になっている。


「文香君のアバターとはいえ、それほど源が小仙波とデートしたいと言うなら、源にやってもらおうか」

 先輩が続けたら、今日子の顔が真っ赤になった。


「だ、だ、だから、別に私はコイツとクリスマスデートなんかしたくありません! 確かに私とコイツは幼なじみで、生まれてから中学校まで一緒でしたけど、それは、私達の家が隣同士で生まれた年が一緒だからってことだけであって、それは私が望んで選んだわけじゃありませんし、こうやって高校が一緒になったのもまったくの偶然で、言わばくさえんってやつですし、デートと言われましても、そもそもコイツは恋愛対象ではないっていうか、家族っていうか、私とコイツは姉弟のような関係であって、世話がかかるコイツは弟のような存在であって、ホントにコイツは私が面倒を見てあげないとなんにも出来ないヤツでして、この文化祭実行委員会にコイツを無理矢理入れたのも、コイツが高校に入ってもなにもしないでフラフラしてるだけだったから入れたのであって、他意ははまったくないのであって、デートっていっても、コイツはこんなヤツなので今まで彼女がいたことはなく、つまり、彼女いない歴=年齢なわけでして、そんなヤツがまともなデートで女子をエスコート出来るわけもなく、そんなヤツと一緒にクリスマスを過ごしたら、一生に一度しかない高校一年生のクリスマスを棒に振ることになりますし、棒に振るくらいならまだしも、一生消えないトラウマさえ植え付けられそうなクリスマスになりそうですし、まあコイツも、そんな自分を変えようという気持ちだけはあるみたいで、コイツの部屋の押し入れの奥には『彼女を作るための十の秘策』とか、『モテ男になるためのメソッド』とかいう怪しげな本があって、それを読んではいるみたいですけど、それがまったく実になっていないというか、まあ、その本の横にはエッチなDVDが隠してあったりするので、役に立ってないことはして知るべしなわけで、いえ、私もコイツが男の子だってことは理解しているので、そういう、エッチな動画とかに反応してしまうのはしかなたいことだとは思っているんですけど、コイツが自宅のパソコンの中にエッチな画像とか動画を入れて、そのフォルダの名前を『世界の名城』にして保存してるとか、そういうのが仕方ないってことは分かってるんですけど、コイツとは子供の頃一緒にお風呂に入ったりしてたので、そんな子供がエッチなこと考えるような一人前の男になったんだなって、その辺は感慨かんがい深いというか、時のたつのは早いなって思ったりはするんですけど、それにしては女心が分からないというか、六角屋君と比べると、まだまだ子供だなって思ったりするわけで、六角屋君の爪のあかでもじて飲めばいいんじゃないかって思ったりするわけで、そんな恋愛初心者のコイツと、私が大切なクリスマスを過ごそうなんて考えるわけがないのです」

 今日子が早口でまくし立てた。


 みんな、よく口が回るもんだって、埴輪はにわみたいな顔で訊いていた。


 っていうか今日子、なんで俺の個人情報をペラペラとしゃべってるんだよ。

 ってか、なんで俺の押し入れの恋愛ハウツー本とか、エロ動画の隠し場所まで知ってるんだよ!



「それで、結局、源は小仙波とデートしたいんだな」

 花巻先輩が一言で切り捨てる。


「だから! 私はしたくありません!」

 今日子、ねてしまった。

 なぜか俺をにらんでプイッて横を向く。


 こうなったら今日子は頑固がんこで、一歩も引かないのを幼なじみの俺は知っている。



「源さんが無理となると、他の相手を探さないといけませんね」

 六角屋が言った。


「小仙波には、クリスマスにデートしてくれるような相手はいるのか?」

 花巻先輩が訊く。


「いえ、いません!」

 俺は即答した。

 考えるまでもなかった(ワンチャン、妹の百萌にお願いすればデートしてくれたかもしれないけど)。


「ならば私が相手をしてやってもいいのだが、アバターとなると、私の体は初心者には扱いにくいと思うのだ」

 花巻先輩が言った。


「扱いにくいって、どういうことですか?」

 俺は訊く。


「うむ、このスタイルのせいでな。胸に邪魔されて足下が見えなかったり、不意にテーブルに胸が載ってしまったり、私の体は人間の体初心者が色々と苦労すると思うのだ」

 先輩が至って真面目に言った。

 思わず先輩の胸をガン見してしまって、俺は慌てて目をらす。


 なるほど、花巻先輩ならではの説得力だ。


「私がアバターになってあげてもいいけど、やっぱり文香ちゃんにはあなた達と同年代の体のほうがいいんじゃないかな? 私だとちょっとセクシー過ぎるかも」

 月島さんが言った。

 言いながら髪を掻き上げる月島さん。

 確かに、仕草とかも大人っぽ過ぎると思う。


「それじゃあやっぱり、源さんにやってもらうしか……」

 六角屋が言った。


「嫌! 絶対に嫌!」

 今日子、完全に拗ねている。



「それならば伊織君はどうだろう?」

 突然、花巻先輩が言った。


 伊織君、ってあの伊織さん?

 次期生徒会長最有力候補で、美人で成績も良くて家柄も良くて性格もいい、あの、伊織ありすさん?


 そんな、まさか。


 伊織さんは、クリスマスどころか、年末、お正月までスケジュールでいっぱいだろう。

 きっとクリスマスは年上の大学生とかとデートするんだろうし、パーティーの予定もぎっしりに違いない。


「訊くだけ訊いてみましょうか? だって、小仙波君の女性の知り合いって、伊織さん以外は、あと妹さんとお母さんくらいしかいないでしょ」

 月島さんが言った。


 なにげに、月島さんが一番酷いこと言ってる気がするんですけど…………



 とにかく、俺達はコンピューター室を出て生徒会室に向かった。


 校舎の最上階で、近寄り難いオーラを発している生徒会室。

 その、重々しい木製のドアを開ける。


 ちょうど、生徒会室には伊織さんしかいなかった。



「いいですよ」


 事情を話したら、伊織さんがあっさり言った。

 意味が分からなかった。


「クリスマスに、小仙波君とデートすればいいんですよね。分かりました、引き受けます」

 伊織さんが言った。


 確かにそう言った。

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