第65話 ヘルメット

「これが、その、ゴーグル付きヘルメットね」

 月島さんが、僕達の前で深緑色のヘルメットをかかげた。


 そのヘルメットは、鉄なのかプラスチックなのか分からない、不思議な質感だった。

 後頭部を守るように後ろが分厚くて、左右に耳当てが付いている。

 そして、ヘルメットの前部のひさしから鼻くらいまでをおおうゴーグルと一体型になっていた。

 ゴーグル部分はゲームとかで使うVRゴーグルそっくりな形をしている。


「このゴーグルと、人間の体が欲しいっていう文香ちゃんのサンタクロースへのお願いと、なんの関係があるんですか?」

 今日子が訊いた。


 月島さんが、「人間の体」で俺とクリスマスデートしたいっていう文香の願いを叶えられるかもしれないって豪語した翌日の放課後。

 俺達、文化祭実行委員会のメンバーは、月島さんの受け持ちであるコンピューター室に集まっていた。

 このたくらみがバレるといけないから、文香だけは花巻先輩が用事を言いつけて席を外してもらっている。


 数十台のパソコンが並ぶ部屋には、俺達の他に誰もいない。


「この変なヘルメットで、文香ちゃんは人間になれるんですか?」

 今日子が重ねて訊いた。


「いいえ、さすがに人間の練成はできないけれど、これを使えば文香ちゃんは小仙波君とデートができるよ」

 月島さんはそう言って手に持ったヘルメットを軽く二回叩く。

 ヘルメットからは、コンコンと、鉄ともプラスチックともとれない鈍い音がした。


「どういうことでしょう?」

 腕組みして聞いていた花巻先輩が口を開く。


「うん、このヘルメットを被った人に、文香ちゃんの体になってもらうの」

 月島さんが説明しても、みんなの頭は?のままだった。


「ゴーグルの左右に、カメラが付いてるでしょ?」

「はい」

 左右に三つずつ、計六個の小さなカメラのレンズが見えた。


「このカメラが文香ちゃんの目になるの。ヘルメットにはカメラの他に、マイクとか、臭気センサーとか、ジャイロセンサーとか、振動センサーとか、各種センサーが付いてて、そのセンサーを文香ちゃんに繋ぐことで文香ちゃんの感覚になるの」

 ヘルメットの後ろから、20㎝くらいの黒い棒が伸びている。

 それが通信用のアンテナなのかもしれない。


「一方で、文香ちゃんが体を動かそうとした命令は、ゴーグルの中にあるディスプレイから被ってる人に伝わるの。被った人は、その命令通りに体を動かして、文香ちゃんの手足になるって仕組み」


 ようは、このゴーグル付きヘルメットを被った人が、現実世界で文香のアバターになるってことか。

 「クラリス・ワールドオンライン」のゲームの中で文香がララフィールのアバターを使ってやってたことを、現実世界でやるのだ。


 ヘルメットの中には、その、センサーやディスプレイ、バッテリー、通信機器、全てが収まっていた。

 それでいて、このヘルメットはその辺にある防災用のヘルメットと同じくらいの重さしかない。


「よく、こんなモノ用意出来ましたね」

 花巻先輩が訊いた。

 先輩、ちょっと怪しむように月島さんを見ている。


 ちなみに、まだ月島さんが自衛隊の技術将校であることは公になっていない。


「ああほら、私、プログラミングの講師でしょ? 知り合いにIT関連の技術者とかも多いからね、最新技術の情報とかも入ってくるの。それで、このヘルメットみたいにまだ世に出る前の試作品を、その知り合いから借りたわけ」

 月島さんが言う。

 いぶかしんでいる花巻先輩の前で、少しも動じた素振りを見せない月島さん。

 大人の女性って、こんなにも女優なのか。

 俺は変なところで感心した。


「そのうち、この技術を使った製品が出てくるんじゃないかな」

 月島さんは平然と言う。


 嘘だ。

 これ、どう見ても自衛隊の装備じゃないか。

 月島さんが、自衛隊で実験中の最新装備をこっそり持ち出したに違いない。


 俺が月島さんをジト目で見ると、月島さんは自然に目をそらした。


「誰かがこれを被って、冬麻とクリスマスデートするってことですね」

 今日子が訊いた。


「うん、その通り」

 月島さんが頷く。


「文香ちゃんに気付かれないように、寝ているあいだに上手くこのヘルメットを文香ちゃんと繋いで、元の戦車にあるセンサーとの接続を切れば、起きたとき、文香ちゃんは自分が人間の体を手に入れたって錯覚さっかくすると思う。サンタクロースから人間の体をもらったってね」

 月島さんならこれを文香に繋げることは簡単だろう。

 なんたって、その生みの親だし。


「だけど、鏡とかショーウインドウとかを見たら、ヘルメットを被ってる姿が見えちゃうんじゃないですか?」

 俺は訊いた。

 FPSのゲームみたいな一人称視点だけならいいけど、鏡を見たら一発でバレる。

 そこに映る姿は異様だろう。

 あっさりと感づかれるはずだ。


「そうね、その辺はカメラから文香ちゃんに送る映像をリアルタイムで処理して、ヘルメット部分をCGの顔とすげ替えればいいかもしれない。このヘルメットに入ってるコンピューターは、スタンドアロンでそれをこなせるくらいの性能があるし」

 文香のAIのコードを全部自分で書いちゃうような月島さんなら、そんなプログラムも簡単に組めるのか。


「デートが終わって次の日の朝目覚めたら、元の戦車の体に戻ってるってちょっと切ないですね」

 六角屋が言った。


 確かに、なんかだましてるみたいで可哀相な気もする。


「でも、人間の体で冬麻とデートしたいっていう文香ちゃんの願いは叶えられて、サンタクロースの夢も壊さないであげられるよ」

 今日子が言った。


「他に良いアイディアはある?」

 月島さんが訊いた。


 文香に人間の体を与えるアイディアなんて他にないから、みんなしばらく黙る。



「このアイディアを採用するとして…………」

 花巻先輩が口を開いた。


「クリスマスにこのヘルメットを被って小仙波とデートするのは、誰だ?」

 先輩が俺達を見渡す。


 確かにそれは問題だ。


 文香のアバターになるからには、このヘルメットを被るのは女子になるだろう。

 大切なクリスマスに俺と一緒にデートをしてくれる女子なんているわけがない。

 ただでさえいないところに、こんな変なヘルメットを被って、他人の命令で動かないといけないとか、そんなこと引き受けてくれる女子なんてなおさらいない。



「最悪、誰もその役をやらないんだったら、私がやってあげてもいいけど」

 突然、今日子が言った。


「か、か、勘違いしないでよね。文香ちゃんのためにやってあげるんであって、別に、こいつとデートしたいわけじゃないから」

 今日子は言い訳するように言う。

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