第64話 バニー

「源さん、もう少し先輩に寄って」

 六角屋が言った。

 言われた今日子が先輩に顔を寄せる。


「もうちょっとかな」

 六角屋の注文に従って、顔をもっと先輩に寄せる今日子。

 今日子と花巻先輩の顔の距離は、もはや、ほっぺたとほっぺたがくっつくくらいになった。


「はい、それじゃあ、そのままで撮るよ」

 合図と共に六角屋がシャッターを切る。

 一眼レフのカメラで何枚も連写して、部室の中庭に小気味いいシャッター音が響いた。

 シャッターごとに花巻先輩がポーズを変えて、それに巻き込まれる形で今日子もポーズをとる。


 花巻先輩が今日子の肩に頭を乗せたり、見つめ合ったり、二人で手を繋いだり、抱き合ったり。


 二人ともすごく百合百合しい。


 最後に花巻先輩が今日子にキスしそうになったところで、

「はい、先輩そこまでです」

 六角屋に止められた。


無粋ぶすいなところで止めるものではない」

 先輩が笑いながら言う。


 先輩とキスしそうになった今日子が、我に返って恥ずかしがった。

 その瞳はうっとりしたみたいに濡れている。


「今日子、なんで先輩になすがままにされてんだよ」

 俺が言うと、

「だって、先輩、リードが上手いんだもん」

 今日子は顔を真っ赤にして言った。


 控えめに言って、花巻先輩にリードされたひ……



「どうだ? よく撮れたかな?」

 先輩が六角屋に訊く。

「はい、バッチリです」

 カメラの後ろの液晶画面で確認しながら六角屋が言った。



 放課後、俺達、文化祭実行委員会は、部室で来年の年賀状用の写真を撮っている。

 実行委員会が商店街や関係各所に送る年賀状の素材だ。


 中庭にどっしりと構える文香をバックに、花巻先輩と今日子をモデルにした写真を撮った。

 一眼レフのカメラを持っていた六角屋がカメラマンで、俺はレフ板をもつ係だ(六角屋が女子だけを撮るために買ったというカメラとレンズは、かなり高そうなやつだった)。


「それにしても、なんでバニーガールなんですか?」

 俺は訊いた。

 先輩と今日子、二人は頭にうさ耳を付けて、肩出しのレオタードに網タイツ、ハイヒール、そして、お尻に丸いふわふわの尻尾しっぽを付けている。

 たわわな先輩の胸元が直視するのに眩しかった(ガン見したけど)。

 この衣装を着るまでに、今日子はかなり抵抗したのだ。

 それを文化祭のためだと先輩がどうにか言いくるめた。


「無論、この衣装は来年の干支えとにちなんでの扮装ふんそうだ」

 花巻先輩が言った。


「来年の干支って、うさぎでしたっけ?」


「ふはははは、まあ、細かいことはいいではないか!」

 そう言って笑い飛ばす先輩。


 絶対、兎じゃないだろ。


「ああもう、寒い寒い!」

 撮影が終わると今日子がすぐにベンチコートを羽織った。


「今日子君、訓練が足りないぞ!」

 バニーガールの衣装のまま、仁王立ちの先輩。


 風邪をひかせるわけにはいかないから、先輩には俺がベンチコートを掛けた。



 撮影が終わると、俺達人間は縁側から居間に上がる。

 撮った写真は、早速ちゃぶ台の上で備品のノートパソコンに取り込んで、年賀状に印刷するためのデータに加工した。

 文香をバックに、バニーガール姿の先輩と今日子を俯瞰ふかんで撮った写真。

 それに「あけましておめでとうございます」って文字を入れる。


 だけど、先輩のこぼれそうな胸と、今日子の健康的な脚以外に目がいかない。


「こんなセンシティブな年賀状でいいんですか?」

 俺は訊いた。


「構わない」

 先輩がきっぱりと言う。


「去年は私の水着姿の年賀状だったが、かなりの評判で寄付額も増えたのだ。今年は今日子君も参加してくれて、ますます増えるであろう」

 ニヤリと笑う先輩。


 商店街のエロおやじ達…………



 デザインが出来たら、それを年賀状にプリンターで印刷して、みんなで宛名あてな書きをする。


「文香君、頼まれてくれるか?」

 先輩が中庭の文香を呼んだ。


「はい! なんでも!」

 自分もなにか仕事をしたくてうずうずしていた文香が声を弾ませた。


「生徒会から商店街の住所録を受け取ってほしい。話は通してあるから、伊織君が下駄箱の前まで来てくれるはずだ」


「はい、分かりました!」

 文香が張り切って走っていく。

 後には黒煙と砂埃が残った。


 花巻先輩は、自然な形で文香に席を外させたのだ。



 文香が行ったことを確認して、ちゃぶ台で会議が始まる。

「それで小仙波、文香君がクリスマスプレゼントにサンタクロースに要求するものは判明したのだな」

 本題を切り出す先輩。


「はい」

 俺は答える。


「文香は、『人間の体』を欲しがってました」

 俺は百萌から聞き出した情報を伝えた。


 文香はサンタクロースから人間の体をもらって、俺とクリスマスデートをしたいとか。

 雪が降りしきる中を二人で歩いて、大きなクリスマスツリーの下で寄り添いたいと。


 それを聞いた一同がしばらく黙った。


「人間の体、か…………」

 しばらくして今日子が溜息を吐く。

 頭のうさ耳の一方が、しおれたみたいに折れた。


「それは、プ○キュアとかガ○プラの次元の話ではないですね。どんなに頑張っても、お金では買えない」

 六角屋も腕組みして渋い顔をした。


「私など、逆にあの鋼鉄の体が欲しいくらいなのだが」

 うさ耳を付けたままの花巻先輩が言う。


 先輩が文香の体を手に入れたらとんでもないことになりそうなので、それはやめてください。




「あら? バニーガール?」

 僕達がすっかり意気消沈いきしょうちんしてるところへ、顧問の月島さんが現れた。


「なんだ、言ってくれれば私も着たのに」


 着たのか。


「自前のバニーガール衣装、家から持ってきたのに」


 持ってるのか。


 この人ホントに自衛隊の佐官なんだろうか?

 大人の女性は、プライベートで普通にバニーガールの衣装を持ってるものなんだろうか?


 まあ、月島さんのバニー姿、見たかったけど。



 俺は、ひとまずことの成り行きを月島さんに話した。

 俺の話を黙って聞いていた月島さん。


「ふうん、そういうことなら、解決策があるかもしれないよ」

 月島さんが言った。


 えっ?

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