第63話 拷問

「お兄ちゃん、もうやめて! 許して!」

 百萌が悲痛な声を上げた。

 アイスブルーのパーカーにスカートの百恵。

 百萌は、さっきまで穿いていた黒いスパッツを、今は脱いでいた(っていうか、俺が脱がせた)。


 許してと言って、澄んだ瞳の端に涙を溜める百萌。


「お願いやめて、もう無理。もも、このままだと死んじゃうから!」

 可愛い妹の悲鳴が俺の部屋に響いた。


「お願い。もうやめて。許して、許してください」

 百萌は涙を溜めた目で懇願こんがんするように俺を見上げる。


 だけど、ここでやめることはできない。

 これは拷問ごうもんなのだ。

 情けをかけてはいけないのだ。


 俺は冷たく百萌を見下ろす。


 俺から逃れようとした百萌は壁際に追いつめられた。

 背中が壁にぴったり張りついて、もう退路はない。


 俺は百萌におおかぶさるようにした。

 そして、その細い足を脇でガッチリとはさんだ。

 二本の足のうち右足を手に取って、足の裏をこっちに向けた。


「もう、本当にダメ! このままだと、私、笑い死んじゃうから」

 百萌がくねくね動いた。


 俺は容赦ようしゃなく、百萌の足の裏をくすぐる。


「くすぐったい! くすぐったい! くすぐったい!」

 そう言ってキャッキャと笑う百萌。


 百萌が俺のベッドの上で暴れ回る。

 百萌の手は後ろ手に縛ってあるから自由に動けない(タオルで優しく縛ってあるだけ)。


 百萌の足の裏は、赤ちゃんの足みたいに柔らかかった。

 すべすべしていた。

 世界一可愛い妹である百萌は、足の裏まで可愛いのだ。


 俺は、その足の裏をくすぐったり、息を吹きかけたりした。

 触るか触らないかのぎりぎりのところでゆっくりと手を動かして、百萌のぞわぞわ感を刺激したりする。


「もう! ホント、やめてってば!」

 百萌が降参した。


 やっぱり、拷問は最高だ。



「それで、白状する気になったかな?」

 一頻りくすぐったあと、俺は冷酷れいこく審問官しんもんかんのように訊いた。

 本当は妹にこんなことはしたくないんだけど、心を鬼にしている。


「文香は、クリスマスプレゼントでサンタクロースになにをお願いするって言ってたのかな?」

 俺はもう一度訊いた。


 さっき、文香と三人でクリスマスの飾り付けをしてたとき、百萌は文香からそれを聞いて知っている。

 俺にはそれを聞き出す義務があるのだ。


「それは言えないよ。文香ちゃんと約束したし」

 百萌が答える。

 笑いすぎて声がちょっとかすれていた。


 我が妹ながら、見上げた心掛けだ。

 百萌は俺からの拷問を受けながらも、文香との約束を守ろうとしていた。

 大好きなお兄ちゃんから訊かれて、ホントはすぐにも言いたいんだろうけど、文香のために我慢しているのだ。

 女子同士の約束を守ろうとしている。

 それがまた健気けなげでたまらない。

 すぐにでも拘束を解いて、なでなでしてあげたいところだ。

 ほっぺたすりすりしてあげたい。


「でも、これは俺達が文香のサンタになるために必要なんだよ」

 俺は、百萌に例の件について説明した。


 文香がピュアな心でまだサンタクロースの存在を信じていること。

 去年まで、月島さんたちが全力でサンタクロースを再現してたこと。

 そして今年は、俺達、文化祭実行委員の仲間が、文香のためにサンタクロースになること。

 だから俺は、文香がどんなプレゼントを欲しがってるか知らなくてはならないことを。


 それを丁寧に説明したら、百萌も分かってくれたみたいだった。


「文香ちゃんのためになるんだったら…………」

 百萌が口にする。


 完落ちまでもう一息だと思ったから、俺はもう一度百萌の足の裏をくすぐっておいた。


「お兄ちゃん、分かった! 言うから! もも、言うから!」

 不意を突かれた百萌がベッドの上で暴れる。


 よし、このくらいにしておいてやろう。


 俺は百萌の拘束を解いた。


「もう、お兄ちゃんひどいよ!」

 そう言って口をとがらせる百萌。

 俺は自由になった百萌の手をさすっておいてやる。


 酷いと言いつつ、百萌は俺に体を預けてきた。


「あのね。文香ちゃんがサンタさんにお願いしようと思ってるのはね……」


「うん」


 今年はプ○キュアだろうか?

 それとも去年と同じでガ○プラか?

 (十一月に出たばかりの、マスターグレード・GP03デ○ドロビウムとか、全高70㎝もあるっていうパーフェクトグレード・サイコガ○ダムだったらどうしよう)


「文香ちゃんはね。人間の体が欲しいんだって」

 百萌が言う。


 は?


「人間の体で、お兄ちゃんと一緒にクリスマスデートがしたいんだって。ホワイトクリスマスで、雪が降りしきる中を二人で歩いて、大きなクリスマスツリーの下で、寄り添いたいって」


 えっ?


「私がしゃべったってことは、絶対内緒だからね」

 百萌が言った。



 「人間の体」とか、文香のサンタさんへのお願い、大きい、大き過ぎる…………

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