第68話 伝統的方法

「さあ小仙波、クリスマスに、源と伊織君、どっちとデートするかを選べ」

 花巻先輩が俺を指さして訊く。


 幼なじみの今日子と、良家の子女で、次期生徒会長最有力候補っていう完璧な女子である伊織さん。


 ん? これって、某ビ○ンカ・フ○ーラ問題と同じじゃないか…………

 あの、究極の選択問題と同じだ。


 っていうか、そんなの俺が選べるわけがない。

 俺がどっちとデートするか選ぶなんておこがましい。

 今日子にも伊織さんにも失礼だ。


 それなのに、今日子も伊織さんも、向きになって俺の顔を覗き込んでくる。


「冬麻、どっち?」

「小仙波君、どっちなの?」

 二人が顔を近づけてきた。


 その圧がすごい。

 今日子からは柑橘かんきつ系の香りがして、伊織さんからは桃みたいな芳醇ほうじゅんな香りがして、それが混ざった甘い匂いにクラクラする。


 っていうか、どっちが俺とクリスマスデートするかっていう、そんなことでなんで二人とも本気になってるんだ?

 自分で言うのもなんだけど、俺とデートするって、どっちかっていうと罰ゲームとかに近いんじゃないのかなって思う。

 少なくとも、青春の大切な時間を浪費するのは間違いない。


「どっちかなんて、選べません」

 俺は二人に見つめられたまま縮こまって言った。


「ほう、どちらも選ばす、両手に花で、二人をしたがえてデートする魂胆こんたんだな?」

 花巻先輩が意地悪く訊く。


「いいえ! そんな、とんでもない!」

 俺がブンブン首を振ると、先輩がカラカラと高笑いした。

 先輩はただ俺をからかって遊んでただけだ。


「仕方ないから、ここは間をとって、私が小仙波君とデートするしかないか」

 月島さんが眼鏡の縁を上げながら言った。


「どこが間なんですか! 間じゃなくて、先生は私達の年齢の二倍ですよね?」

 今日子が言う。


「二倍ってなによ! そんなにいってないし! まだ、二十代だし!」

 月島さんが目を釣り上げて言った。


「そうだったんですか? すみません、私てっきり……」

 今日子が月島さんに突っかかる。


「まあ確かに、私の胸の大きさと色っぽさはあなたの二倍かもしれないけれど」

 今度は月島さんの逆襲だ。


「なななな!」

 今日子の声が裏返った。


「二人とも落ち着いて、そんなふうに口げんかしてるから、小仙波君がびっくりしているでしょ?」

 伊織さんが言う。


 今日子と伊織さんに加えて月島さんまで参戦して、キャッキャ言い合いを始めた。


 なんか、女子達がすごくややこしくなってるんですけど…………



 俺と六角屋は、そんな女子達を埴輪はにわみたいな顔をして見ていた。

 六角屋が俺をひじで突っついて、どうにかしろ、って目でうったえる。


「あの、みんな、俺のために争わないで……」

 仕方なく俺が言ったら、


「なんですって!」

 三人ににらまれた。


「す、すみません!」

 俺はペコペコ謝る。

 ものすごく理不尽りふじんな気がするんだけど、気のせいだろうか?



「よし諸君、それならこうしようじゃないか」

 ニコニコしながら見守っていた花巻先輩が口を開いた。


 限りなく悪い予感がする。


 先輩の目がキラキラ輝いてるから、きっととんでもないことを考えてるはずだ。

 入学してからこれまで文化祭実行委員として先輩の側にいて、先輩の底知れなさは身に染みている。


うらみっこなしで勝負して、誰が小仙波の相手になるか決めようではないか」

 先輩が言ったら、みんなが言い合いをやめて、「勝負?」って首をかしげた。


「そう、勝負に勝った者が、小仙波の相手を勝ち取る。それで決めるのが一番だ」

 先輩の言葉に、みんなしばらく黙って考えた。


「そして、その勝負には私も参加するぞ!」

 喜々として言う先輩。


 そうだ、この人お祭り好きだった。

 365日、毎日がお祭りと豪語する人だった。

 こんな面白そうなことには、絶対首を突っ込む人だった(確か、さっきまで自分の体は初心者には不向きだとか言ってたのに)。



「いいですよ。受けて立ちます!」

 今日子が言った。

 そうか、今日子もそういうヤツだった。

 喧嘩っ早くて正義感が強くて、小さい頃なんて、俺がいじめられてるところには飛んできて、いじめっ子に殴りかかるようなヤツだった。


「私も、その勝負受けて立ちます!」

 伊織さんも言う。

 伊織さん、いつのまにか表情が生徒会書記としてのりんとした伊織さんに戻っていた。

 勝負事には絶対勝つ、っていう信念を持ってる感じ。


「それなら私も受けて立とうじゃないの!」

 月島さんも言った。

 月島さんは自衛隊の佐官らしい毅然きぜんとした表情をする。

 鋭い目付きで、控え目に言って、命令されたい。



 こうして、俺の相手を誰がするかってことで、女子四人が勝負することになった。


 あれ? でも、俺達って、文香のサンタクロースに対する夢を壊さないように動いてたんだよね?

 文香のアバターになる相手を探してたんだよね?


 もう、そんなのそっちのけになってる気がするんですが…………



「それで、勝負って、なにで勝負するんですか?」

 冷静な六角屋が花巻先輩に訊いた。


 みんなも先輩に注目する。


「うむ、ここは我が国に古来からある伝統的方法で勝負をつけようと思う」

 腕組みした先輩が言う。


 古来からある、伝統的方法? とは?


「そう、ここは『野球拳』で決めようではないか!」

 先輩が言って、ニカッ、っと白い歯を見せる。


 やっぱ、花巻先輩は、頭の天辺てっぺんから爪先つまさいでまで花巻先輩だった。

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