第48話 寝相
目が覚めると、
昨日は露天風呂を掘り出す重労働をしたり、夜遅くまで宴会につき合ってたりして相当疲れてたから、布団に入った俺はすぐに眠りに落ちたらしい。
そのまま、朝までぐっすりと寝たのだ。
せっかく女子と同じ部屋で枕を並べてるんだから(俺だけ広縁に
伊織さん、自分で寝相が悪いって言ってたから、もしかしたら寝てる間に布団から体を出して、寝乱れた
目を瞑ったままで気配を
そうだ、明るくなってるんだから、みんなの寝顔を見てやろう。
伊織さんの寝顔は最高に可愛いだろうし、花巻先輩の無防備な顔を見るのもいいし、月島さんの大人の女性の寝顔を見るのもいい。
今日子の寝顔は、子供の頃からもう飽きるくらい見てるけど。
そう思って、瞼を開こうとしたしたとき、俺は自分の体になにかが当たってるのを感じた。
ん?
なんか、俺の体のすぐ横に温もりを感じる。
ぴったりと俺の体になにかがくっついていた。
右半身に沿って、肩から二の腕、脇腹、太股からふくらはぎへと、それが当たっている。
それは柔らかかった。
柔らかくてしっとりしている。
そして、人肌くらいの温もりがあった。
ついでに、すごくいい香りがする。
この品がある香りは、以前嗅いだことがあった。
ちょっと待て。
冷静に考えよう。
そうだ、これは夢だ。
俺はまだ夢の中にいるに違いない。
女子達と一緒の部屋で寝られて、気持ちが高ぶっててこんな夢を見てるんだろう。
いや、でもそれはちょっとおかしくないか?
夢に触感があるだろうか?
夢だったら、触感があるわけない。
よし、ちょっと確かめてみよう。
俺は、目を瞑ったまま左手を伸ばして、俺のすぐ横にあるそれを触ってみた。
なんか、すごく柔らかい。
柔らかくて大きい。
俺の片手に収まらないくらいの大きさだ。
そして、全体的に丸みを帯びている。
感触から、それが幸せな曲線を描いているのが分かった。
こんな感触、俺は今まで味わったことがなかった。
ってことは、今俺が触ってるのは、今まで俺が触ったことがない物体ってことだ。
大きくて重たくて、弾力がある丸いもの。
俺の脳裏に一つの結論が浮かんだ。
それは、すべての男が愛して止まない、アレじゃないだろうか?
いや、そんなわけない。
それがこんなところにあるわけがない。
それを確かめるには、目を開けばいい。
もし夢だったら、そこで終わりだけど仕方ない。
俺は、力を込めてゆっくりと瞼を開く。
すると、目の前に伊織さんの顔があった。
伊織さんの長いまつげが、呼吸に合わせてゆっくりと揺れている。
プルプルの唇は力が抜けて軽く結んだ状態になっていた。
この、しゅっとした
伊織さんが左の頬を枕につけて、横向きで俺の隣に寝ている。
俺と一緒の布団の中で、微かな寝息を立てていた。
ってことは、今俺が左手で思いっきり
俺は、光の速さで手を離した。
光の速さには達しなかったけど、ニュートリノくらいの速さは出たと思う。
触ってしまった。
思いっきり、伊織さんの胸を触ってしまった。
手に生々しい感触が残っている。
世界で一番幸せな感触が残っていた。
俺は布団の中で固まって、一ミリも動けなくなる。
伊織さん、なんでこんなところで寝てるんだろう?
伊織さんは確かに自分で寝相が悪いとは言ってたけど、この布団に来るまでに、間に六角屋と今日子が寝てるわけで、ゴロゴロと転がりながらそれを乗り越えてここまで来たんだろうか?
それとも、夢でも見て、寝ぼけて俺の布団に入ったのか?
謎すぎる。
まさか、伊織さんが狙って俺の布団に入り込んだってことはないと思うけど。
うん、それは絶対ない。
とにかく、俺はこのまま静かにしてることにした。
そうすれば、伊織さんが目を覚ますまでずっと一緒に眠っていられる。
俺にはなんの非もないんだし。
俺は鼻の穴を最大限に広げて、くんかくんかした。
この時間よ、永遠に続け。
このまま時間が止まれ。
そんなことを考えてると、伊織さんがいる反対の方、窓側からプレッシャーを感じた。
ク○トロ大尉じゃなくても感じられるくらいのプレッシャーを感じる。
俺は、寝たまま左側に頭を倒して振り返った。
「うわああああああああああああああああ!」
窓の外から、120㎜
その真っ暗な砲口が俺を捕らえている。
もちろん、それは文香だ。
何回も経験してるのに、これにはいつも驚く。
「もう、なによぅ」
今日子の声がした。
俺の悲鳴を聞いて、今日子が目を覚ます。
「小仙波、朝からうるさいぞ」
六角屋の声もした。
「ううーん」
月島さんの悩ましい声も聞こえる。
「あれ?」
そして、俺の横で寝てる伊織さんも起きた。
起きてしまった。
「いえ、これは違うんです! 無罪です!」
誰かに何か言われたわけじゃないのに、俺は言い訳をしてしまう。
「きゃ!」
伊織さんが起きあがって布団から飛び出た。
すぐ横に座って、寝乱れていた浴衣の合わせを直す。
「これ、どういうこと?」
立ち上がった今日子が、腕組みして俺を見下ろした。
「小仙波! おまえって奴は!」
六角屋も俺を
「まあ、若いっていいね」
月島さん、事態を悪化させないでください。
「いや、ホントに違うから。俺も、びっくりしてるし!」
「まさか、寝ている伊織さんを自分の布団に引きずり込むとか…………最低!」
今日子が、ゴミでも見るような目で俺を見る。
「誤解です! 本当に、誤解なんです!」
絶対に無実なのに、なぜか正座して謝ってしまった。
「冬麻君が正しいよ」
俺に救いの手を差し伸べてくれたのは、窓の外にいる文香だった。
文香が砲身を使って、器用に窓を開ける。
「夜中に、眠りながら伊織さんが布団の上をゴロゴロと転がって、冬麻君の布団の中に入ったの。私、一晩中窓の外から監視してたから、確かです」
文香が言った。
一晩中監視っていうところは引っかかったけど、証人がいたのはよかった。
文香、ありがとう。
「まあ、文香ちゃんが言うなら、そうなんだろうね」
つり上がっていた今日子の目が元に戻った。
「小仙波にそんな勇気はないし、普通に考えて伊織さんが小仙波の布団に入るなんて、ありえないもんな」
六角屋が勝手に納得する。
「ごめんなさい!」
伊織さんが、布団に手をついて土下座をする勢いで俺に謝った。
「私、本当に寝相が悪くって、家でも、ベッドで寝てたのに目が覚めたら廊下で寝てたとかあって…………まさか、こんなことになるなんて……」
伊織さん平謝りだ。
「ううん、顔を上げて」
謝るなんてもったいない。
俺は、伊織さんと一緒の布団で寝るっていう、ありえない経験をさせてもらったのだ。
それは、確実に
「ホントにごめんね」
伊織さんが困り顔で言った。
次期生徒会長候補、普段凛とした伊織さんが見せるそんな顔は、ギャップ萌以外のなにものでもない。
「あれ? そういえば花巻先輩は?」
六角屋が気付いた。
ん?
確かに、先輩の布団は空っぽだ。
部屋のどこにも先輩の姿は見当たらない。
こういうことがあると、無駄に
あっ。
先輩がどこにいるか分かった。
俺の背中に、なんか当たっている。
伊織さんが寝てたのと反対側。
そこにスイカくらいの大きさがある、柔らかいものが二つあって、俺の背中に当たっていたのだ。
寝相が悪いのは、伊織さんだけじゃなかったらしい。
「先輩、花巻先輩」
俺が揺すると、「んん~ん」って艶っぽい声を漏らしながら花巻先輩が起きた。
「おや? どうした小仙波。私の布団の中に入ってきたりして」
寝ぼけ
いや、入ってきたのはそっちですから。
伊織さんと花巻先輩を両脇に一つの布団で寝てたなら、もっと早く起きればよかった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます