第46話 ご褒美
「なんだ小仙波、目を開けないのか」
花巻先輩が言った。
俺の目の前には、体を冷ますとか言って俺に目を
もちろん、今すぐにでも開けたいけど、開けた瞬間、俺の人生が終わるのは分かっていた。
それを承知で開けるのもいいけど、もう少し生きていたい。
「もし目を開けたら、キャー! 冬麻さんのエッチ! とか言って、某し○かちゃんの
先輩が続けた。
なんなんだよそれ……
ていうか、今はもう、某し○かちゃんの入浴シーンなんて、なくなって久しいじゃないか。
「小仙波君は、ちょっとエッチな男子高校生だけど、真面目だからね」
月島さんの声が聞こえた。
ちょっとエッチな、は余計だ。
「いえ、違うんです。こいつ、ただ勇気がないだけです。昔から、こういうところに押しが足りないっていうか、はっきりしないっていうか…………」
今日子が、知ったふうな口を叩く。
そんな、見るなって言っておいて、見ないとけなすとか、どっちが正解なんだって話だ。
「小仙波君、皆さんに愛されてるんですね」
伊織さんがそう言って上品に笑った。
愛されてるって、伊織さん、なに言ってるんだ。
ただ、からかわれてるだけじゃないか。
まあ、(見えてないけど)、伊織さんを笑顔に出来たなら、それはそれでいいか。
しばらく体を冷ましたところで、みんながまた温泉に浸かった。
「目を開けていいよ」
今日子が言って、俺は目を開ける。
肩から上だけでも、やっぱり目の前に裸の女子達が並んでる光景は絶景だ。
今でも、こうして一緒に温泉に浸かってることが信じられなかった。
乳白色のお湯が、俺とみんなの間を行ったり来たりしてるのが、信じられない。
「今度は小仙波君がお湯から上がって体を冷ましたら? そんなにずっと浸かってると、のぼせちゃうよ」
月島さんが言った。
「いえ、でも…………」
こうしてみんなが見てる前で湯船から上がったりしたら、ただの
それに俺、体、貧弱だし。
「小仙波、大丈夫だ。私達は固く目を瞑っているから」
花巻先輩が、目をぱっちりと開けながら言った。
世界一信用できやしねぇ…………
「ほら、小仙波君、お姉さん達にすべてを見せなさい」
月島さんが、ストレートに言った。
旅先で心が緩んでるからって、セクハラが
「もう、先輩も先生も変なこと言わないの。冬麻、目を瞑っててあげるから、さっさと体を冷やしなさい」
今日子が、世話を焼くように言った。
目の前のみんなが目を瞑る。
「見ないでくださいね」
俺は断りを入れて、立ち上がろうとした。
いや、もう一人、忘れてた。
「文香、文香も見ちゃダメだから」
文香の砲塔の上の、カメラが入ったセンサーボックスが俺を向いている。
レンズが極限までズームしていた。
「えへへ」
文香がそう言いながら砲塔を横に向ける。
まったく、俺の裸なんか見て、どうしようっていうんだ。
俺は、湯船から体を出して涼んだ。
のぼせてもう少しで意識が飛びそうだったし、危ないところだった。
河原に吹く秋の乾いた風が、体から水分と熱を奪ってくれて、涼しい。
でも、目の前に美女四人を従えて裸でいるのは、やっぱり落ち着かなかった。
そのあと、俺達は交代で体を冷やしては湯船に浸かって、温泉を
十分に温泉を楽しんだあと、日も傾いて、そろそろ上がろうと考えてた時だ。
その時、すぐ近くの草むらがガサガサと動いた。
河原に覆い被さるように生えている
俺達は、湯船の中でみんなで顔を見合わせた。
「風、だよね?」
今日子が緊張した声で言う。
「そ、そうだな」
花巻先輩がそっちを注視しながら言った。
だけど、あのガサガサは不自然な揺れ方だ。
草むらの一部分だけを揺らす風なんて、あるだろうか?
俺の脳裏を、さっきお婆さんが言ってたあの動物がよぎった。
牙を生やした、大きな
すると、笹の葉の隙間から、茶色い毛皮のようなものが見えた。
「きゃっ!」
女子達の声が聞こえて、ざばんとお湯が揺れる。
草むらの揺れが大きくなった。
ガサガサと、葉が擦れ合う音が迫ってくる。
これは絶対に風なんかじゃない。
笹の奥に、なにかがいる!
そう考えて身構えた次の瞬間、草むらからなにか飛び出してきた。
「なんだ、犬か」
花巻先輩が言った。
草むらから顔を出したのは、小さな柴犬だった。
柴犬は、笹をかき分けて出てくると、よちよちとおぼつかない足取りで河原を歩いてくる。
「まったく、びっくりさせないでよね」
今日子が肩を竦めた。
「おお、惣一郎、そんなところにいたか」
背後から声が聞こえる。
振り向くと、そこにあのお婆さんがいた。
「森の中をうろうろしてたらいけんよ。猪に襲われる」
お婆さんが、柴犬に呼びかける。
惣一郎と呼ばれた犬は、河原をよちよちと歩いてお婆さんの横に並んだ。
クンクンと鼻を鳴らしてお婆さんに甘える。
「まあ、カワイイわんちゃん」
伊織さんの表情が緩んだ。
いや、伊織さん、みなさん、確かに犬はカワイイですけど…………
「あの、みんな、立ってるけど、だ、だ、大丈夫?」
俺は訊いた。
びっくりした勢いで、女子達全員が湯船から立ち上がっているのだ。
俺の目の前に、四人が生まれたままの姿で立っていた。
一応、みんなタオルは持ってるけど、スタイルがよくて、小さなタオルでは隠しきれるはずもなく、いろんなところが丸見えになっている。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
女子達が、前を隠しながら脱衣所の小屋へ逃げていった(一人、花巻先輩だけはゆっくりだった)。
「もう、なに見てるのよ! はやく言いなさいよ!」
小屋の壁から顔だけ出して今日子が言う。
いや、だって、勝手に立ったのはそっちだし…………
「小仙波君、酷いよ!」
伊織さんも言った。
俺は、目を瞑って、今見た光景を
心のメモリーに焼き付ける。
ROMにして、上書き出来ないようにした。
それはそれは、俺の半生で一番美しく、気高い光景だった。
「若者よ、ご褒美だ。露天風呂を使えるようにしてくれた、婆からのお礼だ」
お婆さんが言って、親指を立てる。
えっ? これって、お婆さんが仕組んだの?
猪の話を振っておいて、このお婆さんが犬をけしかけたとか……
「さあ、夕飯だ。若者もそろそろ上がれ。のぼせるぞ」
お婆さんはそう言って、旅館の方へ歩いて行った。
俺は、誤解していた。
まったくの誤解をしていたのだ。
このお婆さんは、聖人のようなお方だった。
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