第32話 ハロウィン

「さて、諸君! ハロウィンだ!」

 放課後部室に顔を出すなり、玄関の上がりかまちで、花巻先輩が仁王立ちしていた。

 秋っぽい紺に赤のチェックのワンピース姿の花巻先輩。

 先輩は今日も授業には出なかったらしい。

 台所からは、先輩が用意したであろう、サツマイモをふかしてる匂いがした。


「大切なことだからもう一度言います。さて諸君、ハロウィンだ!」

 部室に集まった俺達文化祭実行委員の面々を見渡して、花巻先輩が言う。


 まあ、覚悟はしていた。


 365日、毎日がお祭りの花巻先輩が、ハロウィンを素通りするとは思えなかった。

 当然、なにかあるだろうとは思っていた。


 だけど、あんなのパリピのイベントじゃないか。

 陽キャが渋谷とかで仮装して大騒ぎするイメージしかない。

 大体、ここは日本なんだし、ハロウィンが本来なにを祝うのか、なにするイベントなのかも知らない。

 まあ、クリスマスは分かるけど、ハロウィンに関してはまったく解らない。


「ああ、ハロウィンですか。今年のイベント報酬ほうしゅうはなんでしょうねぇ」

 中庭から室内を覗き込むように砲身を伸ばした文香が、センサーの目で遠くを見るように言った。


 文香…………なんというゲーム脳。


 確かに、ハロウィンのこの時期は「クラリス・ワールドオンライン」のゲームの中で、俺も文香もイベントクエストの消化に必死になっていた。

 毎年、カボチャをモティーフにした衣装とか装備の報酬が出るから、コンプリートのためにも協力してイベントクエストしてた。

 そういえば、今年のイベント報酬はなんだろう?

 文香が来てからろくにゲームに入ってなくて、その情報も知らなかった。



「さあ、我が文化祭実行委員会でも、積極的にハロウィンに取り組んでいくぞ!」

 その大きな胸を張って、ニヤリと笑う花巻先輩。

 俺達は、また、先輩に巻き込まれるのか。


「あのあの、私も『お菓子くれなきゃ悪戯するぞ』って言いながら家々を回ってもいいんですか?」

 中庭から文香が訊く。


 いや、文香、それはやめておこう。

 120ミリ滑腔砲かっこうほうを向けられて悪戯するぞ、って言われたら、相手の方は洒落にならない。

 お菓子どころか、全財産くれそうな気がする。



「うむ、確かにハロウィンは楽しむべきイベントでもあるのだが、我ら文化祭実行委員会にとっては、文化祭の運営にも直結する重要な行事であるのだ」

 先輩が意味ありげな口調で言った。


「どういうことですか?」

 今日子が訊く。


「うむ、ハロウィンの時期、この街の商店街で仮装パレードがある。毎年、我が校の文化祭では、商店街の様々な店舗からかなりの額の寄付金を頂いている。その寄付にむくいるのに、本番の文化祭を盛り上げることは当然であるが、このような商店街のイベントに参加するのも重要なのだ。地域貢献ちいきこうけん一環いっかんであり、そうして商店街の面々と顔を繋いでおくことは、より多くの寄付を得る道でもある」


「なるほどですね」

 六角屋が頷いた。


「じゃあ、俺達も仮装とかするんですか?」

 俺は訊いた。

 体育祭に続いて、また仮想するのか。


「いや、今年は、文香君を迎えて、もっと大きなことをやろうと思っている」

 先輩が言う。


 大きなこと?

 嫌な予感がする。


「文香君を飾り付けて、山車だしにしようと思う。某、夢の国のハロウィンパレードに勝るとも劣らない盛大な山車で、商店街をパレードするのだ」


 ああ。


「無論、無理にとは言わない。文香君の意思を尊重して、文香君がやってもいいと言うのであれば実行するつもりだ」

 先輩がそう言って文香を見る。


「私、やります! 体育祭に出られなかったから、リベンジしたいです!」

 文香がサスペンションを揺らしながら言った。


「おお、中々良い心がけだ」

 先輩が縁側に出て文香の装甲をさする。

 文香は先輩の方に傾いて寄り添うようにした。


「なんだ、小仙波隊員は乗り気じゃないのか?」

 花巻先輩が俺に訊いた(隊員って、なんだんだ……)。


「まあ、そうですね」

 元々ハロウィンなんて乗り気じゃないのに、文香を山車にするとか。


「そうか、それは残念だな。商店街の仮装パレードには審査があって、その順位によって参加チームに賞品が贈られる。最優秀賞に選ばれると、例年、チーム全員が温泉旅行に招待されるのだ。なんでも、その賞品の宿泊先温泉旅館には、混浴の露天風呂もあるという。私も、そんな温泉旅館で、委員の皆とゆっくり湯に浸かりながら語り合おうと思っていたのだ」


 んっ? 推定90㎝の花巻先輩と、混浴、だと?


「旅行先で露天風呂、さらに混浴ということで、私の心も開放的になってしまうかもしれなかったんだが」

 花巻先輩が、艶めかしく髪を掻き上げながら言う。


 先輩、開放的になっちゃうのか…………


「しかも、前年は生徒会も手伝ってくれて一緒に仮装パレードしたから、もしかしたら、生徒会は今年も来るかもしれない。もし、最優秀賞に選ばれたなら、生徒会の伊織君も、温泉旅行に来るかもしれな……」


「やります!」

 俺は食い気味に答えた。

 ミリ秒で答えた。


「俺、ハロウィンやりたかったんです! ハロウィン最高! やっぱ、日本人はハロウィンですよね。盆と正月とハロウィン、日本の三大風物詩。やりましょう! 俺、全力で挑みます! 別に、温泉旅行なんてどうでもいいんです。そう、地域貢献。この街の地域に貢献するためにも、やりたいです! ぜひ、やらせてください!」

 俺が言ったら、なぜか今日子と六角屋にジト目で見られる。


「ここ、混浴って、冬麻君と一緒にお風呂に入るって、そんな、は、は、恥ずかしい!」

 文香がそう言って、中庭でぐるぐると超信地旋回している(庭に穴が開くからやめよう)。


 いや、文香が一緒に入るとか、どれだけ広い露天風呂だよ…………



「うむ、よろしい。それでは我が委員会、ハロウィンに全力で挑もうではないか!」

 花巻先輩が言って、俺も、

「おー!」

 って、拳を突き上げた。


 やっぱ、日本人はハロウィンですよね。

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