第33話 カボチャの馬車

 温泉旅行のため…………いや、文化祭でより多くの寄付をつのるため、ハロウィンパレードの準備が始まった。


 俺達、文化祭実行委員会の委員は、放課後、「部室」に集まって準備をする。

 文香を飾り付けて、パレードの山車だし、というか、某、夢の国のパレードで使われるフロートみたいなの作ろうとしていた。


「こんなのでどうでしょう?」

 フロートのデザインは、六角屋むすみやがスケッチブックに描いてきた。

 ハロウィンということで、大きなカボチャの形をした馬車みたいになっている。

 所々にランプがぶら下げてあったり、コウモリのモティーフがあったり、蜘蛛くもの巣が張ってたり、ハロウィンらしい不気味な感じもあった。

 そのフロートには、花巻先輩と思われる魔女とか、角を生やした小悪魔の今日子とか、吸血鬼姿の六角屋が乗っている。


 ってことは、この全身包帯でぐるぐる巻きのミイラ男は俺なのか………


「六角屋君って、絵も上手いんだね。なんの才能もない誰かさんとは大違い」

 今日子が言った。

 誰かさんって、誰だろう?


「よし、これを元に、文香君に装飾していこう!」

 花巻先輩が言って、

「おーっ!」

 って俺が受ける。


「なんか、誰かさんがいつになく気合い入ってんだけど」

 今日子がジト目で俺を見た。



 俺達は、縁側から文香がいる中庭に下りる。

 中庭には、いつのまにか花巻先輩が調達していた木材やダンボール、発泡スチロールなんかの資材が山積みされていた。

 俺達はそれを使って、まずは文香の上に骨組みを組む。



「こんにちは」

 そんな部室に、お客さんが来た。


 このフルートの音色みたいな軽やかな声は、伊織いおりさんだ。

 生徒会書記の伊織ありすさん。


 玄関に立つ伊織さんの栗色の髪が、秋の乾いた風になびいている。

 相変わらず、北欧の深窓の奥で育ったみたいな真っ白な肌がまぶしかった。

 何者にもびないって感じの、そのりんとした瞳に見詰められると、自然にこっちの背筋が伸びる。


「文化祭実行委員会の皆さんが、商店街のハロウィンパレードに参加するということで、お手伝いに参りました」

 伊織さんがそう言って微笑んだ。

 伊織さん、笑うとやっぱり笑窪えくぼができる。


「商店街との関係を保つ意味でも重要な仕事だからと、生徒会長からこちらに出向しゅっこうして、しばらくお手伝いに専念するよう言われているので、どうぞ、私を自由に使ってくださいね」

 伊織さんが俺達を見回して言った。



 私を自由に使ってください、だと?



 その後の10秒間で、俺は伊織さんの使い方100万通りを妄想する。

 伊織さんにあんなことをさせたり、こんなことさせたり…………


「ほら冬麻、手が止まってる」

 今日子に言われて、ひじ小突こづかれた。

 それが脇腹に入って地味に痛いんだが。


「私になんでも言いつけてください」


「おお、有り難い。それでは伊織君にも手伝ってもらうとしよう。委員としてこき使うから、覚悟してくれよ」

 花巻先輩がそう言ってガハハと大声で笑った。

「はい、お手柔らかに」

 伊織さんが笑って返す。


 我が委員会の一員になった伊織さんは、腕まくりして持参したエプロンを着けた。

 水色のエプロンを着けた伊織さんを見てたら、どことなく幼稚園の先生を思い出す。



「骨組みを組むためにも、まず、文香君の寸法を計ろうか」

 花巻先輩が言った。


「計るもなにも、文香は全長9.5メートル、全幅3.2で、総重量40トンだから……」

 俺が言いかけたら、文香の砲塔が回転して反対側を向いてしまう。

 サスペンションを下げて、恥ずかしそうに縮こまる文香。


「女子のサイズとか体重とかを、平気でみんなの前で口にするとか、サイテー」

 今日子が言った。


「小仙波、そういうとこだぞ」

 六角屋もそう言って俺を指さす。


 いや、文香の元になった23式戦車のデータなんて、ネットにも出てるし。


「ご、ごめん」

 なんかそうしないといけない雰囲気になって、俺は文香に謝った。


「ううん」

 どうにか機嫌を直して、こっちを向く文香。


 女子って、なんか難しい。



「やっぱり、近くで見る文香さんは、綺麗ですね」

 中庭に降りた伊織さんが、文香の砲塔を見上げて言った。


「そんな…………」

 文香が照れて、ふにゃっと車高が低くなる。


機能美きのうびというか、洗練せんれんされた美しさがあります」

 ちょっとうっとりしたような顔をする伊織さん。


「よければ、車長席に乗ってみますか?」

 照れながら文香が訊いた。


「いいんですか?」

「はい、どうぞ」


「それじゃあ、遠慮えんりょなく」

 すると伊織さんは、子供みたいに文香の上に駆け上がった。

 無邪気な伊織さんがカワイイ。

 おしとやかな伊織さんにも、こんな一面があったんだって分かって嬉しい(登るときスカートがめくれて中が見えそうになったのは内緒だ。ちなみに白だった)。


「すごーい」

 ハッチの中から、伊織さんのトーンが上がった声がする。


 サービスした文香が、伊織さんを乗せたまま砲塔を回したり、サスペンションを上下させて車体を揺らした。


「きゃ!」

 文香が揺らすたびに伊織さんの楽しそうな悲鳴が聞こえる。


 伊織さんの悲鳴を聞きながら、俺は、遊園地デートをしてアトラクションを楽しむ様子をしばらく妄想する。

 一緒にジェットコースターとか乗った伊織さんが、俺の隣できゃあきゃあ悲鳴を上げるのだ。

 一周回ったあと、腰が抜けたみたいになった伊織さんを、俺が支えて立たせてあげる。

「ありがとう」

 うるんだ瞳で伊織さんが言うのだ。


 って、まあ、俺、高所恐怖症だから、きっとジェットコースターとか乗ったら俺の方がきゃあきゃあうるさいんだろうけど。



 ところが、伊織さんはいつまでたっても文香の中から外に出てこなかった。

 その中に入ったまま、籠城ろうじょうしたみたいに音沙汰おとさたがない。


 さすがに気になって、俺がハッチを覗き込んだ。


「はああ」


 すると、中で伊織さんが恍惚こうこつの表情をしている。

 ほっぺたが真っ赤で、体全体が上気してるように見えた。


「あの、伊織さん」

 俺が声を掛けても、伊織さん、その声が耳に入ってないみたいだ。


「伊織さん?」


 あれ、伊織さんって、もしかして…………機械フェチ? とか?

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