第31話 祝典
演奏への参加が決まって、さっそく文香への特訓が始まった。
文香には吹奏楽部の部員が二人付いてくれる。
二人は、文香に楽譜や過去に演奏した動画を見せながら、演奏の流れと空砲を撃つタイミングを教えてくれた。
楽曲が描いている歴史の背景についての説明もしてくれる。
これから文香も加わって演奏されるのは、チャイコフスキーの、祝典序曲「1812年」。
そのストーリーはこんな感じだ。
ロシアに侵攻したナポレオンのフランス軍が、ボロジノの会戦などでロシア軍を破り、進軍してモスクワを占拠する。
しかし、ナポレオンが入城したモスクワは、もぬけの
モスクワは市民の大半が脱出したあとで、ロシアの
戦線が伸びきっていたフランス軍は、モスクワで物資や食料を得るつもりだった当てが外れ、ロシア軍の抵抗もあって、まもなくモスクワからの撤退を
退却するフランス軍には、ロシア軍のコサック騎兵や農民のゲリラが襲いかかる。
さらには、冬将軍が追い打ちをかけて、フランス軍は壊滅した。
「なるほど、
吹奏楽部の部員から話を聞いた文香が言う。
文香が言うと、しゃれにならない感じに聞こえた。
そうやって文香がレクチャーを受けるあいだに、雅野のグラウンドに特設のステージが用意されることになった。
吹奏楽部の演奏は、予定ではホールを使ってするつもりだったけど、ホールの舞台に文香は立てないし、そこでは空砲も撃てないってことで、
「よし、我らも手伝おうじゃないか」
花巻先輩が言った。
グラウンドへの舞台の設置や、観客の椅子を並べたりするのに人手が必要だった。
「そうですね」
雅野の吹奏楽部の部員が準備するのを、俺達、文化祭実行委員会も全員で手伝う。
文香の晴れ舞台のために一生懸命、パイプ椅子を運んでる俺に、
「小仙波さんって、力持ちなんですね」
吹奏楽部の女子が声を掛けてくれた。
その女子が、うるうるの瞳で俺を見ている。
「い、いえ……」
俺はぎこちなく答えた。
自分でも顔が真っ赤になるのが分かる。
誤魔化すために、俺は余計に働いた。
すべての準備が整ったのは午後三時すぎで、雅野の文化祭も、
物珍しいのもあってか、生徒や関係者の観客が、グラウンドに設置された舞台をぐるっと囲んでいる。
観客席の椅子は全然足りなくて、多くの人が立ち見になっていた。
堂々とした
その一番後ろに、文香が停まっていた。
みんな、雅野の古風な茶色のジャンパースカートの制服姿で、文香も、それに馴染むように、茶色のリボンを車体前部に付けている。
車体を正面から見て斜めに向けて、その大きな車体を見せつけるようにしていた。
西日が楽器や文香に当たって、きらびやかだ。
まもなく、指揮者である顧問の女性教師が歩いて来て、観客に向かっておじぎをした。
観客が拍手で迎える。
俺も、文化祭実行委員会のみんなも、一際大きな拍手をした。
曲は、サックスの演奏で静かに始まる。
演奏の途中で、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の
俺はクラシックなんてほとんど聞かないけど、この演奏には引き込まれる。
そしていよいよ、クライマックスに入るところで、文香が最初の一発を放った。
目の前が真っ白になるような衝撃だった。
圧倒的な音が、耳だけじゃなくて全身を
びっくりした観客から、悲鳴にも似た歓声が上がった。
それを合図に演奏が盛り上がって、頂点のところで、文香が空砲を連射する見せ場になる。
文香には、新型の自動装填装置や砲身の冷却装置も付いていて、音楽に合わせての連射も、難なくこなした。
タイミングが、曲にぴったりと合っている。
文香が放つ一発一発が内臓に響いた。
体の中がくすぐったい。
最初はびっくりしたけど、段々と砲声が
演奏は盛り上がったまま、最後に、文香が
そこで、
演奏が終わった瞬間、観客から拍手が上がる。
拍手は、しばらく止まなかった。
文香が入った演奏は、大成功に終わる。
演奏を終えた文香に、俺達文化祭実行委員会のメンバーが駆け寄った。
「文香ちゃん、最高だったよ!」
六角屋が言う。
「頑張ったね」
今日子が文香を
「文香君、どうだ。文化祭はいいものだろう」
花巻先輩が、珍しくまともなことを言う。
「はい! こうやって参加させて頂いて、文化祭、ますます楽しみになりました!」
興奮した声で答える文香。
「うむ、これからも励みたまえ」
先輩が頷く。
みんなが、俺にもなんか言えって、無言のプレッシャーをかけた。
俺も文香の前に立つ。
「よかったね」
結局、俺は、そんなことしか言えなかった。
「うん、ありがとう」
文香は、逆に俺を慰めるように言う。
「よし、文香君の大活躍を祝して、帰ったらバーベキューパーティーだ!」
花巻先輩が言った。
結局、こうなるらしい。
ところが、そんなふうにメンバーと
「ご主人様ー!」
向こうから声が聞こえた。
ん?
校舎の方から、十人くらいのメイドさんが、手を振りながらこっちに走って来る。
その十人は俺目掛けて走って来て、俺の周りを囲んだ。
「ご主人様、先程はオムライス全部食べて頂けなかったので、あらためて、あーんして差し上げますね」
一人のメイドさんが言った。
「はい、あーん」
別のメイドさんが、俺の口に、オムライス一口分のスプーンを差し出す。
「あ、あーん……」
俺は、差し出されたスプーンを口に含んだ。
っていうか、味が分からない。
なんか、後ろからレーザー光線を当てられてるような強烈な視線を感じて、味覚が機能しないのだ。
「冬麻君…………」
恐る恐る振り向くと、俺の額に文香の砲口が当たった。
砲口の中には、覗いてはいけない
「冬麻、これ、どういうこと?」
腕組みした今日子が訊いた。
「いや、ちょっと待って、二人とも落ち着こう。ちゃんと説明すれば、分かるから」
俺は、震え声で言う。
ちゃんと説明しても分かってもらえないことは、分かってたけど。
「文香ちゃん、実弾
今日子が言った。
「うん、そうするね」
文香が言って、砲塔の内部で砲弾が装填される機械音がする。
ああ…………
思えば短い人生だった。
俺は、覚悟を決める。
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