第21話 チケット
「文香ちゃん、トイレ行こう」
休み時間、女子がそう言って文香の周りに集まってきた。
「うん、行こう行こう」
文香はそう答えると、数人の女子を車体の上に乗せてトイレに行く。
しばらくの欠席から帰って来た文香は、以前のような学校生活に戻った。
朝、俺と一緒に登校して、俺の隣の席で授業を受けて、お昼は、仲良しの女子三人と弁当を食べる。
放課後は一緒に「部室」に行って、花巻先輩が作ってくれたおやつを食べる俺達と一緒にぐだぐだ過ごす。
クラスのみんなも、文香が教室にいるっていう状況に段々慣れてきた。
普通にノートの貸し借りをしたり、宿題の見せ合いっこをする。
昨日見たリアリティショーの話とか、アニメの話とか、話す内容も人間と変わらない。
さっきみたいに、女子の友達と一緒に連れションに行ったりもした(文香がトイレに行く必要があるのかは、永遠の謎だけど)。
あれ以来、文香が学校を休むようなことはなかった。
だけどなんか、文香が無理してるような気がしないでもない。
具体的に説明できないけど、無理して元気を装って笑ってるような。
っていうか、俺、なんで文香のことばっかり気にしてるんだろう?
その日も、ホームルームが終わって文香や今日子と一緒に「部室」に行こうとしてたら、
「一年C組、小仙波冬麻君、職員室まで来てください」
俺は、学校放送で呼び出された。
「あんた、なんかやったの?」
今日子に言われる。
「さあ」
全然、心当たりがない。
職員室に行くと、そこで待ってたのは月島さんだった(月島さんは、学校では山崎って偽名を使っている)。
「ちょっと、いいかな?」
月島さんは俺を職員室の隣の応接室に誘う。
応接室に入るなり、月島さんは後ろ手にドアの鍵を閉めた。
いつもの紺色のシャツにタイトスカート、そして今日は黒のジャケットを羽織っている月島さん。
「ねえ、冬麻君、ここに、映画のチケットが2枚あるんだけど」
いきなり、月島さんがその前売りチケットをジャケットの内ポケットから出した。
「映画、見に行きたくない?」
月島さんが小首を
その動作で髪が揺れて、月島さんが付けてる香水の甘い匂いが俺の鼻先に届いた。
いや、そんな、月島さんは一応、今は教師って設定だし、教え子の俺とデートとか、そんなのまずいんじゃないだろうか?
学校でデートに誘ってくるとか、月島さん、結構大胆だ。
でもまあ、月島さんがどうしてもっていうなら別だし、行くことに対して、俺もやぶさかじゃない。
前向きに
禁断の愛って、燃えるって言うし。
「このチケットで、文香を映画に誘ってあげてくれないかな?」
月島さんが言った。
「えっ?」
「お願い。ただし、このチケットを私から
「だけど…………」
いきなりデートって言われても、俺は、人間の女子とだってデートしたことないのだ。
この前、文香と初めてオフで会うことになったあれも、結局ああなったし。
「なんだか、最近、文香が無理してる気がしてしょうがないの。文香、普段と変わらないように見えるけど、どこか変なのね。開発者として、技術者として、どこか変って、はっきりしたことが言えないのが情けないんだけど」
月島さんが表情を曇らせた。
月島さんも、俺と同じことを感じてたらしい。
月島さんは文香の母親も同然で、生まれたときからずっと一緒にいるんだから、俺よりも敏感に感じてたのかもしれない。
「文香に気晴らしをさせてあげたいの。頼めないかな?」
「そうですね……」
出来れば、協力したいけど。
「もし、このお願い聞いてくれたら、なんでもするから」
ん? 今、なんでもって…………
「分かりました」
俺は引き受けることにした。
別に、月島さんの「なんでも」に釣られたからじゃない。
文香のことが心配だったから受けたのだ。ホントに。
遅れて部室に行くと、どういうわけか、中庭で文香が砲塔を回していた。
ぐるぐる、ぐるぐる、高速で回転させている。
砲身に、なんか布みたいなものが掛けてあった。
白やピンクの布が、長い砲身に巻き付いてヒラヒラしている。
「なにしてるんですか?」
俺は、文香の様子を縁側の上で見ていた花巻先輩に訊いた。
Tシャツにショートパンツ姿の花巻先輩。
「ああ、文香君の協力を得て、洗濯物を乾かしているんだ」
先輩が言う。
「しばらく洗濯をサボっていてな。着るものがなくなってしまった」
「それじゃあ、砲身に引っかけてあるのは……」
「ああ、私のパンツとブラジャー、などだ」
砲身に先輩のパンツやブラジャーを掛けて、勢いよく回しいてる文香。
「最新鋭兵器を、こんなことに使わないでください!」
これは俺だけじゃなくて、全納税者からのツッコミだと思う。
「仕方がないだろう。乾かさないと、着るものがないのだし」
「それにしたって……」
「そういうわけだから、私は今、ノーブラでノーパンだ」
おうふ……
なんのお得情報だよ……
「今、ノーブラで、ノーパンだ」
大事なことだから二回言ったのか……
見るな見るなと意識すればするほど、先輩のTシャツの胸に目が行ってしまった。
だけど、これは不可抗力だ。
「生乾きのパンツほど気持ち悪いものはないからな、文香君の協力を得ている」
分かるけども。
「冬麻君、大丈夫だよ。私、楽しいから」
砲塔を回転させながら文香が言う。
砲塔に引っかかっている先輩のパンツとブラジャーが、赤とんぼが飛ぶ秋の空に、ヒラヒラと泳いでいた。
「まあ、いいじゃないか。こんなふうに戦車を平和利用するのは、平和の
先輩が言う。
まあ、言われてみれば、それもそうだけど。
でもなんか、先輩に上手く丸め込まれた気がしないでもない。
夕方まで「部室」でだらだら過ごして、文香に乗って帰る。
俺が車長席に座って、文香と二人(一人と一台?)きりになった。
そうだ、これはチャンスだ。
月島さんから頼まれた映画のこと切り出すなら、今しかない。
俺は、それを口に出そうとする。
言葉が喉まで出た。
でも、言い出せなかった。
言おうとするセリフが臭すぎる気がした。
もっと自然に誘えるセリフがないか考える。
こういうの得意分野の六角屋に、教えてもらうべきだった。
そんなこと考えてるうちに家に着いてしまう。
「じゃあ、またあしたね」
俺達は玄関の前で別れる。
もう、このタイミングしかなかった。
「えっと、おっ俺、映画のチケット二枚持ってるんだけど、よかったら一緒に見に行かない?」
言ってしまった。
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