第22話 遅刻厳禁

 文香との映画デートの土曜日、俺達は、別々に家を出て駅前の商店街の入り口で待ち合わせることになった。

 目的のドライブインシアターには、そこから歩いて行く。


 家が隣同士だし、普通なら一緒に出掛ければいいんだけど、待ち合わせした方がデートの雰囲気が出るでしょ、って月島さんに言われて、それに従ったのだ。



 約束の時間は午後二時だったから、俺は、念のため早めの十一時すぎに昼ご飯を食べた。

 母に出かけるって話して、ラーメンを作ってもらう。

 ちょっと、早すぎる気がしないでもない。


 ところが、ダイニングで一人ラーメンをすすってると、少しテーブルが揺れて、リビングの窓から文香が駐車スペースを出て行くのが見えた。

 文香は、電気モーターで走って静かに忍んでいく。


 んっ? もう出発するの?

 いくらなんでも、早すぎだろ!


 文香はそのまま道を行ってしまったから、試験運転とか準備運動とか、そういうのじゃないらしい。

 この時間で待ち合わせ場所に向かったのだ。


 俺は、急いでラーメンをかき込む。

 ご馳走様の挨拶もそこそこに、二階の自分の部屋に駆け上がった。


 女子を待たせたらいけないって、ネットで見たデートの心得に書いてあったし。



 顔を洗って、歯を念入りに磨いて着替える。

 今日の服装は、白いTシャツにカーキ色のカーゴパンツを穿いて、その上に紺のテーラードジャケットを羽織ることにした。

 って、これは前に文香とオフで会う前に用意した服装だ。

 他に選択肢がないっていうのもある。


 デートに着ていけるような服を、俺はこれしか持ってなかった。



「お兄ちゃんどうしたの? デート行くみたいなカッコして」

 着替え終わって鏡を見ながら髪を整えてたら、妹の百萌が後ろから鏡を覗き込む。

 大きなTシャツにレギンスっていう、休日仕様のラフな格好でも、全身からにじみ出ている可愛さを隠せない百萌。


「デート行くみたいなカッコって、デートに行くから」

 俺が言うと、百萌が「はあっ」って、大きなため息吐いた。


 確かにデートに行くんだし、俺は嘘は言ってない。

 まあ、相手が戦車の文香だけど。


「お兄ちゃん、私の前では見栄なんか張らなくていいんだよ。モテなくても、イケメンじゃなくても、お兄ちゃんは百萌のお兄ちゃんなんだから」

 百萌が生意気を言って、俺の肩をぽんぽん叩く(自覚してるけどイケメンじゃないは余計だろ……)。


「どこか行きたいなら私が付き合ってあげてもいいんだし、無理に出かけなくていいよ」

 百萌はそう言って俺の腕に自分の腕をからめる。


 百萌……


 情けないお兄ちゃんで、ホント、すまない。


 だけど、今回ばかりは、本当にデートなんだ。

 



 急いで準備して、俺は十二時すぎに家を出た。

 繰り返すけど、約束の時間は午後二時だ。


「冬麻君!」

 家を出たところで、月島さんの声がする。

 隣の家の玄関から月島さんが出てきて俺を呼び止めた。

 月島さん、休みなのに、シャツとタイトスカートで、いつもの服装をしている。


「冬麻君、今日、文香のことよろしくね」

 月島さんがそう言って頭を下げた。

 胸の谷間から中が見えちゃうくらい、深く下げる(ちなみに今日はベージュだった)。


「文香、楽しみ過ぎて昨日は眠れなかったみたい。遅れたらいけないって、早々に出てちゃった」

 眠れなかったって、やっぱり文香も眠るのか。


「いえ、俺も、なんにも出来ないけど、精一杯エスコートします」

 それは別に月島さんに頼まれたからってだけじゃなかった。

 俺と文香は、ゲームの中でなら結構付き合いは長いし、話したいこともある。

 学校とか部室で話せない、ゲームの中でしてたようなことが話せると思った。

 だから、俺自身もちょっとは楽しみにしてた。


 あれ以来、文香はずっとゲームに入ってなかったし。



「ありがとう。本当に、無理なお願いしてゴメンね。でも、この埋め合わせはするからね」

 月島さんがそう言ってウインクする。


 もちろん俺は、「なんでもする」っていう、月島さんの言葉は忘れていない。


「いってらっしゃい」

 月島さんに送られて、俺は商店街まで急いだ。




 高い空が青くて、雨の心配はなさそうだった。

 その青空を、雲を引きながら飛ぶ飛行機がある。

 そこここの家からキンモクセイの香りがして、すっかり秋になったのを感じた。


 道々、俺の頭の上を度々ヘリコプターが横切っていく。

 ここは基地が近くにあるからヘリコプターはよく飛んでるけど、それにしても、今日はやけに騒がしい気がした。




 十二時半には、約束の待ち合わせ場所に着いてしまう。

 まだ、時間まで一時間半もあった。


 文香は、駅前商店街の入り口のロータリーに駐車していた。

 そこで砲塔を左右に動かしてキョロキョロしている。

 40トンもある堂々とした体なのに、なんだか不安そうだった。

 一瞬、ゲーム内のララフィールのアバターの文香と重なって見える。


 田舎の駅前は、休日の昼下がりで人もまばらだ。


「ゴメン、待った?」

 俺は文香にそう投げかけた。

 ちょっと彼氏っぽいセリフだ。


「ううん、全然、今来たところ」

 文香は、堂々と嘘を言う。


 十一時すぎに家を出てったくせに…………


 洗車したてなのか、文香はキラキラ輝いていた。

 ぶっとい砲身も、装甲も、そして汚れやすい足元の履帯りたいも、ほこ一つついてないみたいに綺麗だ。

 迷彩塗装なのに輝いてるって、けっこう矛盾むじゅんしてる気がする。


 これって、このデートのためのおめかしってことだろうか。


 そういえば、文香が学校で正面装甲に付けてるセーラーの臙脂えんじ色のリボンも、今日は水色の水玉模様に変わっている。



「それじゃあ、行こうか」


「うん」


 こうして、俺も文香も、生まれて初めてのデートが始まった。

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