第17話 書記

 「部室」での仮装衣装作りは、佳境かきょうを迎えていた。

 部屋の中と中庭は、文香と俺達の衣装、そして、段ボールや角材、ペンキの缶なんかで散らかっている。

 花巻先輩なんか、昨晩から徹夜してるらしい。


 うちの委員会がなんの委員会か、段々、分からなくなってくる。



「なぎ払え!」

 花巻先輩は、出来上がった金色の甲冑かっちゅうを着て、キャラクターになりきってご満悦まんえつだ。


 ほぼ出来上がった文香の衣装は、大量の段ボールを使って車体の上に被せるように作った。

 段ボールだけでは支えきれなくて、角材の骨格で支えてるから大掛かりになってしまった。


 俺と今日子と六角屋がやる某「蟲」の仮装は、ダンゴムシみたいなからを肩紐で吊って、俺達が中に入る感じになった。

 幼稚園の頃やった電車遊びみたいなスタイルになる。


「目は、ちゃんと攻撃色の赤になるように改造しておいたぞ」

 先輩が言って、スイッチを入れた。

 頭の方にある青い目が赤く光る。


 先輩、目にくま作ってるけど、徹夜でこんなの仕込んでたのか…………


「口からは金色の糸の触手しょくしゅも出るから、触手プレイも出来るんだ」

 先輩が別のスイッチを押すと、蟲の口の部分から、無数の金色の糸が出て、うにょうにょ動いた。


「触手プレイってなんですか?」

 文香が訊く。


「それはね、文香君」

「いや、教えなくていいです!」

 花巻先輩が文香に説明しようとするのを、俺と今日子と六角屋で必死に止めた。



 俺達が先輩を羽交い締めにしてると、


「失礼します」


 玄関で、澄んだ声がした。

 この部室に、誰か訪ねて来たみたいだ。


 とりあえず、先輩の口をふさいで玄関に出てみると、そこに、伊織いおりさんが立っている。


 同級生の、伊織ありすさん。


 ふわりと揺れる栗色の髪。

 北欧の深窓の奥で育ったみたいな、真っ白な肌。

 くっきりとした二重ふたえの瞳は、何者にもびないって感じで、りんとした輝きを宿していた。

 身長は俺より少し低いのに、見下ろされてるような気がする。


 ほっそりしていて、顔がめちゃくちゃ小さいモデルみたいなスタイル(推定85㎝)。

 完璧なバランスの美人なのに、笑うと口元に可愛い笑窪えくぼができるのを俺は知っている。


 彼女は生徒会の書記をしていて、生徒会からの連絡係として、時々、こうしてこの部室に来る。

 文化祭は、俺達文化祭実行委員会と生徒会が連携れんけいして準備するから、伊織さんみたいな連絡役は必須なのだ。


 成績優秀で、定期テストでは常に一番の伊織さん。

 勉強だけじゃなくて、スポーツ万能な上にピアノも弾けて、六月の文化祭では一年生ながら講堂でその腕前を披露ひろうした。

 家柄も良くて、それは落ち着いた所作しょさに現れている。


 今は書記だけど、伊織さんは次期生徒会長の最有力候補だ。



「新しい委員さんの承認通知を持ってきました」

 伊織さんが言って、口元から真っ白な歯が見えた。


 新しい委員って、文香のことだ。

 文香の代わりに俺がそれを受け取る。

 生徒会の承認を得て、これで文香も正式な委員になった。


「体育祭の準備ですか?」

 伊織さんは散らかった部屋の中を見ながら言った。


「頑張ってますね」

 誰に対しても同じ態度の伊織さんは、そう言って俺なんかにも微笑みかけてくれる。


「は、はい……」

 俺は、目も合わせられなくて、情けない返事しかできなかった。


 普段、どんな女子にも気軽に話しかける六角屋さえ、伊織さんの前では軽口をひかえる。


「あなたが文香さんね。よろしく」

 伊織さんが中庭の文香を見上げて言った。

 伊織さんがなにかしたわけでもないのに、文香が20㎝くらい後ろに下がる。



「それでは、ごきげんよう」

 伊織さんはそう言うと、背筋を伸ばした美しい姿勢のまま部室を出て行った。


 伊織さんが去ったあとには、デパートの入り口から流れてくる香水みたいな、品のある香りが残っている。

 のこまで凜としていた。


 俺が、見えなくなるまで伊織さんの後ろ姿を追ってると、

「おい小仙波、フォローしろ」

 六角屋が小声で言って俺をひじで突っついた。


「ん?」

 フォーローって何を?

 六角屋、わけが分からないことを言い出す。


「だから、うちの女子に」

 六角屋は小声で続けた。


 フォローもなにも、俺、なんにもしてないし。


「まったく、お前は…………」

 六角屋がなにか言いかけて止めた。



 伊織さんが帰ったあとも作業を続けたけど、なんか、今日子と文香の態度が冷たくなった気がする。

 俺がハサミ取ってって頼んでも、今日子は聞こえないふりをしたり、文香の履帯りたいに何度か足を踏まれそうになった。


 そして、二人とも俺に一言も口を聞いてくれない。


 俺、ホントになんかしただろうか?




 今日の作業が終わって、文香の中に乗って帰ったけど、帰りながらも文香は一言も口を聞かなかった。

 文香の中には、よどんだ気まずい空気が流れている。


 結局、帰り道は一言も口を聞かずに家に着いてしまった。



「じゃあ、また明日」

 そう言って別れようとしたとき、俺は、文香の小さな変化に気付いた。


 文香の正面装甲の真ん中に、リボンが結んであるのだ。

 うちの学校の、女子のセーラ服のリボン。

 一年生のカラーの、臙脂えんじ色のリボンが結んである。


 確か、昨日まではそんなリボンなかった。

 今日一日、文香はこのリボンを付けてたんだろうか?

 学校から帰ってきて、家の前で別れる間際にやっと気付いた。


「そのリボン、可愛いね」

 そんな言葉が、俺の口から出ていた。

 意識してないのに自然と口を突いた。

 お世辞抜きで、無骨な車体とリボンとのギャップで可愛かったし。


「本当?」

 俺が言った途端とたん、文香が弾けた声を出す。


「うん、可愛い」

 俺が重ねて言うと、文香がとろけた。

 実際、文香の全高が下がっている。

 サスペンションの油圧が抜けて、ふにゃっと地面に着いたみたいになった。


「今朝、あおいさんが付けてくれたの。私、制服がないから……」

 ぺったり地面に車体を着いたまま文香が言う。


 セーラー服の代わりに、月島さんが文香にリボンを結んであげたらしい。

 それは、文香だって制服を着たいだろうし、おしゃれしたいだろう。



「文香! どうしたの!」

 遅れて帰って来た月島さんが、ぺったんこになってる文香を見て声を上げた。

 文香の車体が熱くなっていて、後部のラジエーター付近から熱風が吹き出している。


「冬麻君! 文香になんかしたの!」

 月島さんが俺に詰め寄った。


 なんかしたのって、なにをするんだ…………



 文香を駐車スペースに戻すのに、90式戦車回収車が出動する騒ぎになった。


 無視したり、突然ふにゃふにゃになったり。

 女子って、ホント、分からない。

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