第16話 殿下

 今朝は、起きていきなりカーテンを開けたりしはなかった。

 俺だって学習するのだ。


 俺は、カーテンを開ける前に一回大きく深呼吸して落ち着いた。

 目蓋まぶたをパチパチさせて、寝ぼけまなこを追い払う。

 よし、準備は出来た。


 俺は、ひと思いにカーテンを引く。


「おはよう」


 やっぱり、窓の外で文香が俺の部屋の窓に砲口を向けていた。

 もう、驚かないし、昨日みたいに叫んだりしない。


 文香はサーモグラフィーかなんかでカーテンの後ろからでも俺の位置が分かってたらしく、砲口が正確に俺を捉えていた。

 頭にぴったりと合っている。


 えっと、俺のプライバシーって…………



 そして俺は、第二弾の攻撃にも身構える。


「冬麻君、おはよう」

 二階の窓で、昨日と同じように月島さんが手を振っていた。


 もちろん、スリップ一枚で。


 昨日は黒くて透けてるやつだったけど、今日は紫で透けてるやつだ。

 なんという精神攻撃。


 今日も、一瞬で目が覚めた。




 支度をして玄関のドアを開けると、外で文香が待っている。


「あのあの、冬麻君、乗ってく?」

 文香が訊いた。

 文香は、履帯りたいのサスペンションを沈ませたり戻したり、もじもじしている。


「えっと、じゃあ、お願いする」

「うん! 乗って乗って」


 俺は、履帯を足掛かりにして砲塔に登ってハッチを空けた。

 昨日の夜と同じように、狭い座席に潜り込む。

 モニターの脇に掛かっているヘッドセットを着けた。


「出発するね」

 そう言って文香が走り出す。


 あれ? でも、なんか違った。

 昨日の夜と同じ場所に座ってるのに、文香の中は雰囲気が違う。

 周りにあるものは同じなのに、別のところにいる気がした。


 何が違うんだろうってよく観察した結果、それは匂いだった。


 この車長席、昨日と違って柔軟剤の香りがする。

 クラスの女子と同じ香りがした。


「あのね、昨日、あおいさんにシートカバーを洗ってもらったの。冬麻君が座ると思って」

 ヘッドセットから、走行中の文香の声が聞こえた。

 ホントだ。

 シートにピンク色のカバーが掛かってて、柔軟剤はそこから香ってくる。

 クラスメートの女子から香ってくる匂いと同じ、甘くて華やかな匂い。


「いい匂いだね」

 俺が言うと、

「ホント!」

 って、文香の弾んだ声が聞こえた。

 そして、スピードが速くなった。


 文香、制限速度は守ろう。


 それにしても、女子高生と同じ匂いがする戦車って、いいんだろうか。



 文香に乗せてもらって登校は、相当快適だった。

 車内はエアコンも効いてるし、汗一つかかない(エアコンは、本当は乗員のためじゃなくて、文香のAIを熱から守るために付いてるらしい)。


 このまま昨日みたいに校門まで行ってもよかったんだけど、少し手前で下ろしてもらった。

 俺達は知り合ったばかりだって設定だし、用心に越したことはない。


「じゃあ俺、少し遅れていくから」

「うん」

 そう言って別れて、文香が先に行って校門をくぐった。


 職場で付き合ってるのを内緒にしてる朝帰りの二人みたいなことをしながら登校する。




 教室には文香の教科書が用意されていて、もう、授業中俺が見せてあげる必要はなくなった。

 文香は砲身に指示棒を付けて、それで器用に教科書をめくる。

 指示棒をボールペンに替えると、それでノートも取れた。

 それを取り替える役は、必然的に隣の席の俺がやることになる。


「おっ、小仙波と三石、夫婦みたいじゃん」

 俺達を見て、そんな風に言って茶化すヤツがいた。


 中学生か!


「も、もう! そんなんじゃないから!」

 文香が照れて言う。


 っていうか、文香、照れるのはいいけど、その場でくるくると超信地旋回ちょうしんちせんかいするのは止めよう。

 床板がボコボコになるし。



 授業中、文香の態度は至って真面目だった。

 教師の話を一字一句、聞き逃すものかって感じで聞いてるし、ノートも全部取った。

 教師が質問して、誰も手を上げないときでも、文香一人(一両)だけが砲身を上げる。

 真面目っていうか、目の前で起きてることすべてが新鮮で、なんでもやりたいって感じだった。

 学校のなにもかもが楽しくて仕方ないって感じだ。


 そんな文香を見てると、なんか、こっちまで学校って楽しいところだったんだ、なんて思えてくる。




 放課後になると、今日子と三人で「部室」に向かった。

 俺と今日子が歩くうしろを、文香が付いてくる。



「諸君! 仮装のアイディア、いいのを思いついたぞ!」

 部室の引き戸を開けた途端、花巻先輩が鼻息荒く言った。


 仮装のアイディアって、そうか、体育祭の仮装、まだ何にするか決めてなかった。


「文香君を生かす、最高のアイディアだ!」

 たぶん、今日も授業に出てなくて、グレーのスエット姿の花巻先輩。

 先輩はまだ昨日の酒が抜けてないから酒臭かった。

 昨日あれだけ飲んでれば当然だろう。


 経験上、先輩の「最高のアイディア」って、ろくなことがないし、俺も今日子も警戒する。


「ちーす」

 遅れて六角屋も来て、俺達は中庭に回った。

 文香が中庭に停まって、俺達は縁側に座る。



「先輩、どんなアイディアですか?」

 俺と今日子、六角屋が警戒するなか、文香だけが先輩に食いついた。


「ああ、文香君のその戦車っていう特性を生かし、誰もが知ってるメジャーなアニメから、我ら全員で役割を分担して仮装をしようと思う」


「誰もが知ってるアニメですか?」

 戦車が出てくるそんなアニメあっただろうか?


「ああ、私が金色の甲冑かっちゅうを着て文香君に乗って颯爽さっそうと現れ、襲い来るむしの大群に向けて言うのだ」

 花巻先輩はそう言うと立ち上がった。


「なぎ払え! ってな!」

 立ち上がって手を大きく振る先輩。

 声を低くして言う。


 ああ、あの、国民的アニメか。


 確かに、あの黄金の甲冑を着た殿下は、戦車に乗って現れて、後ろの巨人に向けて、「なぎ払え!」って言った。

 あのアニメと、あのシーンなら、だいたいの人が知ってる。


「っていうか先輩、先輩がそれをやりたいだけなんですね」

 六角屋が苦笑いした。


「まあ、そうとも言う」

 花巻先輩が頭を掻きながら言う。

 先輩の役は目立つし、お祭り好きにはたまらないだろう。


「ということで、小仙波、源、六角屋は、例の蟲役だ」

 俺達は人間ですらないのか……


「やりましょう!」

 興奮した文香が縁側に迫ってきた。

 文香、興奮しすぎてて、部室の中に砲身を突っ込んでいる。

 文香に寄りかかられたら、この古い家はひとたまりもない。


 文香、まあ落ち着こう。


 そういえば文香、あの監督のアニメ大好きだった。



 俺達に対案があるわけでもなく、体育祭の仮装、俺達は先輩のアイディアを採用することになる。

 さっそく、近くのスーパーで段ボールをもらってきて、先輩の甲冑を作ったり、俺達が仮装するダンゴムシのお化けみたいなののからを作った。

 文香にも段ボールの装甲を張り付けて、現用戦車じゃなくて、昔の戦車っぽくする。


 本気でこんな工作するのは久しぶりだった。

 小学生以来かもしれない。

 俺、中学のときひねくれてて、文化祭とか行事にほとんど参加しなかったし。


 だけど、砲身の先に刷毛はけをつけて、一生懸命ペンキで色を塗ってる文香を見てると、こんなのもいい、なんて、がらにもなく思ってしまった。

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