第18話 リハーサル

 俺達が「部室」で部活対抗リレーの準備をしてるあいだに、校内でも体育祭の準備が着々と進んだ。


 クラスでは個々の出場種目を決めて、俺は、綱引きと借り物競走に出ることになった。

 今日子はクラス対抗リレーと徒競走。

 そして、文香は玉入れとオタマ競走に決まる(オタマにピンポン球を入れて走るヤツ)。


 自衛隊が誇る最新鋭戦車の文香が持ってる射撃能力は、玉入れをするにはチートすぎる気がしないでもない。



 そして、体育の授業ではフォークダンスの練習もした。

 男子と女子が輪になって手を握り合うという、男子高校生が前日から眠れなくなって、授業の前の休み時間に制汗スプレーを一本使い切っちゃうあれだ。


 俺が女子の手を握るのは、たぶん、中学校の体育祭以来だと思う(毎日握ってる妹の百萌を除いて)。


 何人かの女子と踊った後に、今日子と踊る番になった。


「ほら、もっとくっつかないと動けないでしょ」

 今日子が言って、体をくっつけてくる。

 今日子の首の後ろに手を通していて、俺の左胸と今日子の右肩が触れた。


 なんか、子供の頃は俺より大きかった今日子が、今は俺を見上げる感じで、今までと勝手が違う。

 それに、今日子のくせに、柑橘かんきつ系のいい匂いがするし。



「うわああああああ!」


 突然、向こうで誰かの情けない声が響く。

 文香とペアになって踊ることになった石塚が、文香の側面装甲の手すりにつかまったまま、振り回されている。


 石塚だけじゃなくて、文香とペアになった大抵の男子が目を回した。

 みんな、超信地旋回する文香についていけないらしい。


 俺は、文香と登下校してて、文香に乗るのにれてるから、全然平気だったけど。




 そしてその日の午後、ついに俺達、文化祭実行委員会の仮装衣装も完成した。


「うん、絶景かな絶景かな」

 出来上がった衣装を前に、花巻先輩が満足げに頷く。


 段ボールから作ったのに、先輩の金色の甲冑かっちゅうはホントの金属みたいに見えるし、俺達の「むし」も、今にも動き出しそうだった。

 文香に被せる装甲も、現用戦車には見えなくて、アニメから飛び出したような古い戦車の感じを出せている。


「よし、優勝目指して、リハーサルを行おうではないか」

 花巻先輩が言った。

 先輩が言う優勝とは、もちろん順位での優勝じゃなくて、目立つことでの優勝だ。


「でも、リハーサルって言っても……」

 文香がいるし、リハーサルするにも広い場所が必要だった。

 当日までネタバレを防ぐためにも、隠れてしないといけないし。


「そこで、夜陰やいんまぎれてリハーサルしようと思う。いいか諸君、深夜、我々でグラウンドに忍び込む」


 また、先輩の無茶が始まった。


「夜遅くなるの、俺達はいいですけど、女子は大丈夫ですか?」

 すぐに六角屋が訊いた。

 六角屋の女子に対する気遣いは、さすがと言うしかない。


「親に電話してみます。大丈夫だとは思いますけど」

 今日子が言って、スマートフォンを取り出した。


「それじゃあ、私も訊いてみます」

 文香も言う。


 たぶん文香は、月島さんに電話をして許可を取るんだと思う。

 だけど、いくら遅くなったって、夜道で文香を襲おうとするやつなんて、いないと思うんだけど…………


 結果、二人ともOKが出た。


「よろしい、ならば今から私がカレーを作るから、夕飯を先に済ませてしまおう」

 花巻先輩が言って、エプロンを付ける。


 学校のみんなが帰るのを待つあいだ、ちゃぶ台を囲んで、みんなで先輩が作ってくれたカレーを食べた。

 文香はそれを中庭から見ている。


「カレーってこういう匂いなんですね」

 食べられない文香はセンサーでくんくんしていた。


 先輩が作ったシーフードカレーは、魚介の出汁だしがたくさん出ていて、本当においしい。


「何杯でもお代わりしていいぞ」

 花巻先輩は、母親みたいに言う。





 最後までグラウンドに残っていたサッカー部が帰って、生徒がいなくなった。

 ほどなくして、教員用の駐車場からすべての車が消える。

 用務員さんが校門を閉めると、学校は無人になった。


 それを待っていた俺達は、暗闇に紛れてグラウンドに出る。


 みんな、体育祭当日と同じように仮装していた。

 花巻先輩は黄金の甲冑で、文香は古い戦車。

 そして俺と今日子、六角屋は、「蟲」のからを体に被って肩から紐で吊った。


 俺達、蟲勢がワサワサと走って来る反対側から、文香が走って来る。

 その文香には、砲塔に手を掛けた花巻先輩が立っている。


「なぎ払え!」

 先輩が例のセリフを言う。


 結構、完成度高い……


 先輩が大真面目なのと、幼稚園児の電車ごっこみたいな俺達とのギャップで、結構笑える。

 先輩が言う優勝は、絶対取れると思った。

 もはや、リレーでもなんでもないけど。



 ところが、そんなリハーサルを何度か繰り返してたら、


「誰だ! 誰かいるのか!」


 遠くからそんな声が聞こえた。


 グラウンドの向こうで懐中電灯の光が揺れている。

 光は二つあるから、少なくとも二人がこっちに走って来るようだ。


 俺達がグラウンドで騒いでるのを見た誰かが通報して、学校が契約してる警備員が来たのかもしれない。


「まずいな」

 花巻先輩が言った。


 先輩は、別に教師にこのことがバレて怒られるのを恐れてるんじゃなくて、これで、文化祭実行委員会が体育祭に出場停止になるかもしれないのを恐れている。


 俺達は重たい仮装を身に付けてるし、文香もいるし、逃げようがなかった。


 そのあいだにも懐中電灯の光が迫ってくる。

 星明かりに、人の形が見えた。


 絶体絶命の、その時。


「乗ってください!」

 文香が言った。


「はやく乗って!」

 いつになく強い調子で言う文香に、みんな急いで文香の上に乗る。


 すると突然、辺り一面が真っ白な煙に包まれた。

 暗い上に、煙に視界をふさがれてなにも見えなくなる。


「おい、なんだ!」

「どこだ!」

 俺達に懐中電灯を向けていたやからの声がした。


 どうやら、文香がスモークディスチャージャーから発煙弾を発射したらしい。


 文香は、発煙弾の濃い煙の中をモーター駆動で静かに走り出した。

 人間の俺達には視界ゼロでも、文香は各種センサーで普通に状況が見えている。


 最短で煙の中を抜けた文香は、俺達を乗せたまま教員用駐車場から学校を出て、裏山に逃げ込んだ。

 ささが生い茂る山道に隠れて、姿勢を低くした。

 俺達も文香の影に隠れる。


 しばらく、グラウンドの方で懐中電灯の光が揺れていたけれど、やがて諦めたのか、見えなくなった。

 もう少し待ってると、警備会社の車が走り去るのが見える。



「逃げ切りましたね」

 六角屋が言った。


「うん、青春だな」

 腕組みした花巻先輩が言う。


「夜中に学校のグラウンドに忍び込んで、警備員から逃げる。まさにこれ、青春じゃないか。青春とはつまり、人生の祭。365日、毎日が祭だ」

 花巻先輩が名言っぽく言う。

 文香がサスペンションを動かして頷いていた。


 文香、花巻先輩には絶対に感化されないでほしい。


「まったくもう! 文香ちゃん、無茶するんだから」

 今日子は、そう言いながらも笑っている。


「ホントに、文香ちゃんはすごいねぇ」

 初めて文香に乗った六角屋は興奮していた。


 まだみんな仮装したままで、お互いその姿を見て笑ってしまう。

 しばらく裏山に俺達の笑い声が響いた。



「よし、リハーサルも済んだし、部室に帰って夜食としよう。焼きおにぎりでも作ってやろう」

 花巻先輩が言う。


 俺達は、裏山から部室まで歩きながら帰った。



「体育祭、楽しみだね」

 横を歩く文香が言う。


「うん」

 俺は文香の砲塔を見上げて頷いた。

 星空をバックに、文香のシルエットがたくましい。


「絶対、良い思い出作ろうね」

 文香が言う。

「うん」



 だけど、その体育祭当日、グラウンドに文香の姿はなかった。

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