第7話 転校生
「今日からここで一緒に勉強することになった、『
担任教師の真田が、真顔でそんなことを言った。
真田の隣に停まっているのは、
砲塔からは55口径120ミリ
「三石文香です。よ、よろしくお願いします」
戦車から、か細い声が聞こえた。
俺が「クラリス・ワールドオンライン」というゲームのボイスチャットで、よく聞いていたフミカの声に違いない。
挨拶と同時に、戦車前方のサスペンションが沈んで、車体が前のめりになった。
たぶん、お
静まり返ってた教室が、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
「ほら、みんな静かにしろ!」
真田の声は空しく掻き消される。
俺は、真田が黒板に書いた文字をもう一度見た。
三石文香
「フミカ」には「文香」っていう某文学少女アイドルと同じ漢字を当てるらしい。
そして、名字が「三石」なのは、彼女が三石重工製だからか。
「先生!」
騒然とする教室で、委員長がもう一度手を挙げて立ち上がった。
騒いでた奴らも静かになって、委員長に注目する。
みんな、この事態に対してのちゃんとした説明が欲しいのだ。
「あの、この戦車の中に転校生が乗ってるってことですか? だとしたら、なんで転校生は戦車なんかに乗ってるんですか?」
委員長は、俺が初めてフミカと会ったときと同じことを考えたみたいだった。
俺も、公園で初めて戦車から声が聞こえたときは、この中に「フミカ」が乗ってるんだって考えた。
「いや、この戦車自体が文香君だ。彼女は、自衛隊の自律無人戦車なんだよ。みんなも無人戦車のことは、ニュースなんかで見て知ってるだろう?」
真田が言うと、みんな、そういえば……みたいな顔をした。
「そんな戦車が、なんでうちの高校に入ってきたんですか?」
委員長が食い下がる。
「うん、そうだな。彼女は、見てのとおり立派な戦車だが、それを制御する中の人工知能は成長途中なんだ。君達と同じように、社会に出るために、まだまだ、色々と学ばないといけない。特に彼女は、武力を持った戦車として、守るべき私達、そして、敵となる集団、その両方の人間というものを知らなければならないんだ。そこで、我が校に生徒として迎え入れて、一緒に学ぶことになった。君達の周りには、今でも人工知能を持った存在がたくさんあるだろう? 家電とか、自動運転の自動車とか、以前、この学校には人型アンドロイドがいて、学校生活を送っていたこともあったね。君達がそれらとの関係をどう築いていくか学ぶ意味でも、このプロジェクトは有用だと思うんだ。それで、彼女は我が校に通うことになったんだよ」
真田の説明は、分かったような、分からないような……
「そうだとしても……」
委員長も、まだ、なにか言いたげだった。
「みんなのお父さんやお母さんも、三石重工や、その関連会社に勤めてるだろう? 中には、三石の車体の製造に関わってる人がいるかもしれないぞ。これは、その手伝いをすることでもあるんだ」
「だから、三石のことは、その外見で差別せずに、普通のクラスメートとして、同じように扱ってあげてほしい。戦車だからと変に意識せず、仲良く触れ合ってほしい」
いや、意識するなって言われたって……
いるだけで威圧感がすごすぎる。
委員長はそれ以上は言い返せないみたいで、席に座った。
「よし、それじゃあ、三石は空いてる小仙波の隣の席に着いてくれ」
「はい」
んっ? 俺の隣?
確かに、俺の隣の席は空いてるけど……
戦車(文香)がゆっくりと動き出した。
V8ディーゼルエンジンがうなりを上げる。
教卓の後ろを通って、窓側の通路をこっちに向かってくる戦車(文香)。
教室が揺れて、机の上に置いていた俺のスマホが、バイブで暴れてるみたいになった。
床がミシミシと
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
突然、教室に
俺の二つ前の席の戸塚が、叫びながら床を転げ回る。
戸塚は、足の指の辺りを押さえていた。
なにが起きたのかは、目の前で見てたから俺には分かる。
戸塚は、よく漫画やアニメで転校生に意地悪するあれをやったのだ。
転校生が席に着こうと歩くその前に足を出して進路を妨害する、あの、クラスのやんちゃな奴がやりがちな行動。
戸塚は戦車の
アホな奴だ。
「ご、ご、ごめんなさい。見えなかったものだから」
急停車した戦車(文香)が謝った。
「おい戸塚。三石は総重量が40トンもあるんだから、意地悪なんかしたら、痛い目にあうぞ」
真田が遅ればせながら言う。
戸塚は保健委員の肩を借りて保健室へ、そのままこの教室から退場することになった。
「さあ、三石、席に着け」
あらためて言う真田。
「はい」
戦車(文香)は俺の横まで来ると、左右の履帯を逆方向に等速で動かす
そして、サスペンションの油圧を抜いて、履帯をぺったんこにした。
車高が落ちて砲塔の位置が下がる。
たぶん、座ったってことなんだと思う。
「さあ、それじゃあ、始業式が始まるから、みんな、テレビに注目するように」
真田は、教室を普通の夏休み明けの状態に強引に戻そうとした。
黒板の横にあるテレビをつけると、すでに校長の新学期の挨拶が始まっている。
「あの、よろしくお願いします」
戦車(文香)が小声で言った。
砲塔の側面に付いてるカメラがこっちを向いてるから、たぶん俺に対して言ったんだと思う。
「うん、よろしく」
俺も初対面みたいな返しをした。
むこうが初対面を装ってるし、あの月島さんとの約束もあるし、俺達が顔見知りなのは内緒にしないといけないと思ったのだ。
会話は、それ以上続かなかった。
それにしても、この戦車(文香)がうちの高校に来て、うちのクラスに入ったのは偶然なのか。
こうして、机を並べてるのは偶然か。
いや、偶然なはずがない!
どういうことなのか、月島さんに訊いてみたかった。
この戦車(文香)の設計主任だというあの人なら、事情を知ってるはずだ。
駐屯地に行けば会えるだろうか。
でも、俺なんかが会いに行ってもどうせ、門前払いされるだけかもしれない。
隣りにいる戦車(文香)の存在感に圧倒されながら、ヤキモキする。
テレビの画面では、校長の長々とした話が続いていた。
俺の隣で、戦車(文香)も黙って話を聞いている。
余談だけど、我が校では始業式や終業式がこんなふうにテレビ越しになって、本当に良かったと思う。
そうじゃないと、こんな長い話の間に、何人か倒れる生徒がいたはずだ。
「それでは、今学期から我が校に迎えた新しい先生を紹介します」
ようやく校長の話が終わって、教頭が連絡事項を伝えるために画面に出て来た。
「これから紹介する先生には、今学期から、プログラミングの授業を受け持って頂きます」
教頭が言って、その人物が横に並ぶ。
「あーーーーーーーー!」
その人物を見て、俺は思わず立ち上がって大声を出してしまった。
でも、この場合、大声出したって許されると思う。
その人は、ガンメタリックのフレームのメガネを掛けて、濃紺のシャツを着ていた。
そう、テレビの画面で、教頭の隣にあの月島碧さんが立っていたのだ。
「どうした小仙波?」
真田に訊かれる。
クラスのみんなも一斉に俺を見た。
「いえ、なんでもありません。すみません」
俺は、ペコペコと頭を下げて座る。
「みなさん、よろしくお願いします」
画面の中の月島さんが挨拶した。
あの人といい、この文香といい、一体、なに考えてるんだ!
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