第5話 幼なじみ
あれから数日たったけど、あの日以来、フミカが「クラリス・ワールドオンライン」にログインすることはなかった。
夏休みで二十四時間張り付ける俺は、PCをつけっぱなしにしてゲームを立ち上げておいたんだけど、フミカが入った形跡はない。
ギルドメンバーに聞いても、誰一人、ゲーム内でフミカを見掛けた人はいなかった。
俺達がギルドマスターからもらった新婚の家も、家具一つない空っぽの状態で放置されている。
メンバーの中には、どうしたんだろうって不審に思う人も出始めた。
結婚した途端こんな状態になって、俺がフミカになんかしたんじゃないかって疑う人もいた。
ギルドのリストに名前が載ってるから、まだ、フミカのアカウントはそのままにしてあるみたいだけど。
フミカがいないと、ゲームをしていてもなんだか張り合いがなかった。
クエストに出掛けたり、クラフトしたりしながらフミカとしていたとりとめもない話が、実は俺がゲームをしていた目的だったんじゃないかって、今さら気付く。
そういえば、ゲームをしていないときもフミカのことを考えてた気がする。
普段の生活でも、学校でも、なにかフミカに話すネタはないかって、それとなく探していたのだ。
フミカは俺の心の中で、一定のスペースを占めていた。
それに改めて気付かされた。
まあ、その相手は、人間じゃなくて戦車だったんだけど。
あの、戦車の暴走事件は、ものの見事にもみ消されていた。
ニュースにはならなかったし、公園にもすぐに工事業者が入って何事もなかったように復元されている。
今頃あの公園のベンチでは、仕事に疲れたサラリーマンが昼寝をしてるだろう。
一週間もしないうちに、みんな、事件があったことすら忘れていた。
でも、みんな忘れてるふりをしてるだけかもしれない。
口に出さないだけなのかも…………
そのあと三時間粘って、これ以上やっても意味ない気がしたところで、俺はPCの電源を落とした。
爆音だったPCのファンの騒音が止んで、
そういえば、今は夏だった。
外に出るのも暑いし、面倒だし、とりあえず暇だから、妹の
百萌は、突っつくと「ふええ」とか、「はわわ」とか、面白い声で鳴くのだ。
ピンポーン
立ち上がって伸びをしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
「冬麻! 居る?」
玄関から、俺に呼びかける声がする。
玄関のドアが開いて、階段を上がる足音が聞こえた。
こっちの許可もなく勝手にドアを開けて、ズカズカと階段を上がってくる態度から、誰が来たのかはすぐに分かる。
「ああ、居るんじゃない。すぐに返事をしなさいよ」
それはもちろん、
今日子は、同い年で同じ高校に通う幼なじみ。
同じ高校で、さらに同じクラスでもあると共に、同じ文化祭実行委員会で活動しているという、
以前今日子は、今は空き屋になっているこの家の隣に住んでいて、生まれたときから中学校に上がるまで一緒に育った。
同い年だったこともあって、俺達はよく二卵性双生児だって言われた。
親同士も仲が良かったし、お互いの家を行き来して、今日子が俺のベッドで寝ちゃったり、俺が今日子の家で晩ご飯食べてたり、一緒に風呂に入ったり、二軒の間には壁がないも同然だった。
中学のとき、今日子の家族が仕事の関係で引っ越して、今はもう隣同士ではないけれど、今日子は俺と同じ高校に進学して、また一緒になっている。
短い半生のほとんどを一緒に過ごしてたから家族も同然で、俺が母と百萌以外、唯一、緊張しないで話せる女性だ。
いや、今日子に対しては、性別なんて意識したことがないと思う。
だから多分、今日子がその辺で素っ裸で寝てても、俺は、指一本触れないと思う。
裸の体にタオルケットでもかけて、ゲームの続きをすると思う。
まあ、おっぱいくらいはこっそり触るかもしれないけど。
「お姉ちゃん、いらっしゃい!」
今日子が来たのに気付いた百萌が、自分の部屋から出て来て抱きつく。
百萌も今日子によく
あいかわらずのショートカットで、俺は今日子が髪を伸ばした姿を見たことがない。
小六の時に俺が身長を抜いて、今は見下ろす感じだから、身長は160㎝くらいだろうか。
勝ち気な目とはっきりとした
「なにしに来たの?」
俺は訊いた。
「はあ? 冬麻が事故に巻き込まれたって聞いたから、様子を見に来てあげたんじゃない」
水色のオフショルダーのブラウスに、白いショートパンツの今日子。
「ああ……」
たぶん母親同士の会話で漏れたんだろう。
でも、そんなのスマホで聞けばいいのに。
わざわざ来るまでもないのに。
「それで? 元気そうだけど、なんともないの?」
「ああ」
「なんか、目が充血してるけど」
そう言って、顔を近付けて俺の目を覗き込む今日子。
オフショルダーの服で、かがむと胸元が無防備だった(推定82㎝)。
「ゲームでもしてたんでしょ?」
すべてお見通しである。
「事故のあとなんだから、少しは我慢しなさい」
今日子は、まるで母親のように言った。
ホントは事故なんかじゃなくて、ややこしいことに巻き込まれてたんだけど、月島さんとの約束もあるから、それを口にするわけにはいかない。
それは、家族同然の今日子であっても。
「それと冬麻、あんた宿題は終わってないんでしょ?」
「もちろん、終わってないけど」
「ほら、そんなんだろうと思って、宿題持ってきてあげたよ。写しなさい」
そう言って、肩に掛けていたトートバッグを
やっぱり、今日子は俺のことよく分かっている。
百萌を突っつくっていう予定が入っていた俺だけど、予定を変更して、夜まで今日子と一緒に部屋で夏休みの宿題を仕上げた。
そのおかげで俺は、夏休み中に宿題を終えるという偉業を成し遂げて、新学期を迎えることができた。
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