第3話 取調べ

 ひんやりとした鉄の感触が、僕の両腕をおおっている。


 生まれて初めて手錠を掛けられて、俺はそれが見かけより重いのを知った。

 重みがずっしりと腕にかかっている。

 後ろ手にされてるから、かゆいのに顔もけなかった。


 俺は、完全に自由を奪われている。



「それで、おまえはどうやってフミカを持ち出した」

 目の前の男が訊いた。

 公園で、軽装甲機動車から出てきた制服姿の屈強な男だ。


「なんのことか、分かりません」

 男は三十代くらいだし、年上だから、一応敬語を使った(別にその強面こわもての迫力に屈したからじゃない)。

 こんなふうに説明もなく無理矢理連れてこられて、手錠まで掛けられて、ホントなら、タメ口をきいたっていいんだろうけど。



 俺と男は、十畳間くらいの部屋で、スチール机を挟んで対面している。

 男が大柄だから、部屋が狭く感じた。

 あの公園から自衛隊の高機動車で連れ去れて、自衛隊の駐屯地で下ろされた。

 車を降りるところで目隠しされて、気が付いたらこの部屋に放り込まれていた。


 部屋はコンクリート打ちっぱなしでなんの飾り気もなく、蛍光灯の画一的な光が天井からぼんやりと照らしている。

 この部屋に一つきりの出入り口である鉄製の禍々まがまがしいドアが、この空間を外部から完全に隔離かくりしていた。


 外の音は聞こえないし、中の音も外には届かない。


 男がどんなに声を荒げようと、俺が悲鳴をあげようと、それは外には漏れないと思う。



「もう一度訊く、どうやってフミカを外に持ち出した!」


「だから、なにを言ってるのか分かりません」


「ふざけるな!」

 男が右拳で机を叩いた。


 スチール机の天板が、男の拳の形にへこんだ気がする。

 相当痛かったはずなのに、男は一ミリも表情をゆがめなかった。

 どんな苦痛も、その強面の下に隠してしまうような訓練を受けてるって感じ。


 それにしても、男は「どうやってフミカを外に持ち出した」って俺に訊いたけど、「どうやってフミカを連れ出した」って訊くのが正しいんじゃないのか。

 この男、人をモノみたい扱うサディストみたいな奴か。


 なにも知らない俺が答えられないでいるのを、おどしに屈しないって考えたらしい男は、机の上に置いていたファイルを広げた。


 それを、これ見よがしに読み上げる。


小仙波こせんば冬麻とうま、高校一年生。市内在住、両親と妹との四人暮らし。スマートフォン一台、ゲーム用のパソコンを一台所有。パソコンで、『クラリス・ワールドオンライン』というゲームに夢中になっている。彼女なし。学校の成績は中程度。学校では、文化祭実行委員会に所属している」


 俺の個人情報が丸裸にされていた。

 「彼女なし」とか、そんなことまで知られている。


「親御さんも悲しむぞ。犯罪者の兄を持って、妹さんも、学校で恥をかくかもしれない」

 男が言って、口元に嫌らしい笑みを浮かべた。


 家族のことを出すなんて卑怯ひきょうな!

 男は、こうやって周囲から俺を攻めていくつもりなんだろう。


 だけど、どんなに脅されても、俺は、本当になにも知らないのだ。


 逆に、あの待ち合わせの場所になんで戦車なんかが来たのか、こっちが説明してほしいくらいだ。

 フミカっていう人物が誰なのか、何者なのか教えてほしい。

 俺がどうしてこんな場所に監禁されてるのか、答えてほしい。



 そんな問答が一時間くらい続くと、男がいよいよ実力行使の準備を始めた。

 腕をぐるぐる回したり、指をポキポキと鳴らして俺を威嚇いかくする。

 男は制服の一番上のボタンを外した。


 ああ俺、これから拷問ごうもんされるんだ……

 どうせ拷問するなら、なるべく痛くしないでほしい。

 俺、親父にもぶたれたことないし。


 そんなふうに考えて目をつぶったとき、ギイィィと内臓をくすぐるような音がして、鉄の扉が開かれた。


「ごめんなさい!」

 重い扉を開けて、白衣を着た一人の女性が部屋の中に飛び込んで来る。


新木場しんきば曹長そうちょう、今すぐ彼の手錠を外してあげて」

 その女性が男に向けて言った。


 白衣の下に、濃紺のシャツを、胸元に少しすきを作って着ている女性。

 下は、黒いタイトスカートとストッキング、黒いハイヒールを履いている。


 ガンメタリックのフレームのメガネを掛けていて、いかにも頭が切れそうな人だった。

 医者とか、研究者って感じの人だ。


「はやく、外しなさい!」

 女性が言うと、男は不満げに俺に掛けていた手錠を外した。

 俺は、数時間ぶりに自由にされる。

 たぶん、この男よりも白衣の女性のほうが立場が上とか、そういうことなんだと思う。

 もし、この女性も自衛隊の人なら、階級が上だとか。


「ごめんなさいね、痛かったでしょう」

 女性が俺の腕をさすってくれる。

 近づくと、彼女からは甘くてスパイシーな香水の良い匂いがした。


 大人の女性の匂いだ。


「全部、フミカから聞いたわ。あなた、フミカの友達になってくれていたのね」

 女性が言う。


「そんな恩人に、こんなひどい仕打ちをして、本当にごめんなさい」

 女性が折り目正しく頭を下げた。


「いえ……」

 そう答えながら俺は、女性の開いたシャツから覗く胸の谷間が気になって仕方なかった。

 頭を下げて前屈みになってるから、余計に奥が見えるし(推定87㎝)。


「さあ、私の研究室に来て。全部話しましょう」

 女性はそう言って、俺の肩に手を置いて部屋から連れ出してくれた。



 女性に新木場曹長と呼ばれた男が、聞こえるように舌打ちをする。

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