第2話 待った?
俺の鼻先に戦車が停まっている。
戦車は、公園の木々をなぎ倒しながら、猛然と突っ込んできた。
公園のレンガの歩道は、戦車のキャタピラに踏みつけられてぐちゃぐちゃになっている。
さっきまでオジサンが座っていたベンチがぺちゃんこになってるし、
目の前にあって手で触れる鉄の硬い質感から、これは本物の戦車なんだと思う。
無数のボルトで分厚い装甲を何枚も留めた、無骨な車体。
表面には、深緑と茶色の迷彩塗装が施してあった。
後ろに向かって膨らんでいるカクカクっとした砲塔から、ぶっとい砲身が突き出ている。
その先端が俺を
主砲同軸に、機関銃の銃口も見える。
砲塔の上には、センサー類を集めた箱みたいなものが載っていた。
すべてをなぎ倒す鉄の
俺はあんまり兵器とかには詳しくないけど、自衛隊の23式戦車に似てると思う。
公園の周りは、無数の赤色灯で賑やかになった。
戦車を追うように走って来たパトカーが数十台、公園を囲んでいる。
パトカーの他に、自衛隊の車両みたいな深緑の車が何台も見えた。
空にはヘリコプターも飛んでいる。
戦車と同じ深緑と茶色の迷彩をしてるから、自衛隊のヘリだと思う。
それが公園の上空をぐるぐると
もちろん、今公園には俺以外に人の姿はない。
「トーマ君、私です。フミカです。待たせたかな? 遅くなってごめんね」
戦車から声が聞こえた。
いつもゲームのボイスチャットで聞いていたフミカの声だ。
それは、戦車に付けてあるスピーカーから聞こえてるらしい。
「ど、どういうこと?」
俺はそんなふうに声を絞り出すのがやっとだった。
だけど、長年一緒に遊んできたオンラインゲームの相手と初めてオフラインで会うことになって、ワクワクしながら待ち合わせの公園で待ってたら、突然、戦車が木々をなぎ倒しながら現れたっていう状況に置かれた者としては、それなりに評価されていい落ち着いた対応だと思う。
「びっくりさせちゃったかな?」
させちゃったかなどころじゃなくて、ストレートにびっくりしていた。
心臓が飛び出しそうなほど鼓動が速いし、さっき制汗スプレーをかけたのに、Tシャツがびっしょり濡れていて、絞れるくらいになっている。
「ずっと黙っててごめんね。私、トーマ君に言わなきゃいけないことがあるの」
戦車からの声が続いた。
フミカは、この戦車の中にいるんだろうか?
そうだとしたら、なんでフミカは戦車なんかに乗ってるんだろう?
フミカが自衛隊員で、この待ち合わせにこの戦車で来たってことか?
それとも、フミカが自衛隊の基地から戦車を奪って乗ってきたとか。
どっちにしても、あり得ないシチュエーションなのは間違いない。
戦車の後ろからたくさんのパトカーがついてきて、こうして囲まれてることを考えると、とんでもないことが起きてるのも間違いなかった。
そういえば、出掛けにニュースで見た多重事故も、この戦車が原因だったってことだろうか。
それで街中大騒ぎになってたのか。
そして、もう一つ奇妙なのは、フミカと名乗るこの戦車からの声は、初めて会うはずの俺の顔を知ってたってことだ。
俺が待ち合わせの場所にいたってことはあるけど、相手は俺を見て迷いなく、「トーマ君」って話しかけてきた。
俺は、フミカの顔どころか年齢も性別さえ知らないのに、向こうはこっちを知ってたのだ。
「実は、実は私ね……」
戦車から聞こえるフミカの声が何か言いかけたところで、俺達の横に、大きな車が乗り付けられた。
屋根に機関銃を載せた、陸上自衛隊の軽装甲機動車だ。
でっかいタイヤを履いたごっつい車両が、俺と戦車の間に割って入るように停車した。
その後部座席から、一人の男が降りてくる。
陸上自衛隊の制服を着た大柄な男で、身長は190くらいはありそうだった。
制服の上からでも厚い胸板と太い腕の筋肉が分かる
角刈りの短髪で、顔は、彫りが深くて目つきが鋭い。
うち学校のパワハラ体育教師を、課金アイテムでフル強化したみたいな奴だ。
「フミカ、帰るぞ」
男が言った。
戦車のエンジン音やヘリコプターの騒音にも負けない大きな声で。
男が話しかけてるのは、戦車の中にいる人物にだろうか?
とにかく、この男も「フミカ」を知っているのは間違いない。
男の言葉に
「自分がなにをしたのか、分かってるのか!」
男が続ける。
男に叱られた戦車が、一回り小さくなったように見えた。
鋼鉄の戦車が縮むわけないんだけど。
「とりあえず事情は基地で聞く。さあ、帰るぞ」
この男は、フミカの上司とか、とにかく上の立場の人間なんだろう。
俺は、そのやり取りに入ることが出来ずに、ただ
ゲームの間にロードが入って、長いムービーを見せられてる感じ。
だけど、俺のほうも自由にはしてもらえなかった。
「小僧、おまえも来い」
男が俺を見て言って、俺は、いつの間にか後ろに立っていた迷彩服の二人の自衛官に両脇を取られた。
二人にがっちりと固められていて、身動き取れない。
「ちょっと、まっ……」
抵抗も出来ないまま、俺は、男が乗ってきたのとは違う、高機動車に押し込まれる。
まるで、犯罪者かのように扱われた。
「ちょっと、どうなってるんですか!」
車の中で俺の両脇に座る自衛官にキレ気味で訊いたけど、一言も返ってこない。
自衛官は真っ直ぐ前を見据えて、自分の
両脇をがっちりと
多分これは、夢なんだと思う。
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