哀歓編18話 そこからですか、姉さん?



戦没者慰霊祭を終えた将官一行は、アレクシス夫人主催の昼食会に出席した。健啖家のバイオメタル相手に胃に優しめで軽食主体のメニューだったのは、夕刻から暴飲暴食をやらかすとわかっているからの気遣いだろう。


夫人は昼食会を訪れた各界のゲストに、"ようこそお出で下さいました。今日は私の引退式のようなものですのよ"と答え、息子夫妻と共に饗応に務めた。この昼食会は、ザラゾフ家の家督を継いだアレクサンドルヴィチ・ザラゾフ中将(今日付で昇進)とその妻、アントニーナ・ザラゾフ侯爵夫人への世代交代と、創設メンバーの和解をアピールする場でもあった。


"骸骨戦役で多数の将兵を死なせた自分は英霊に懺悔する身、功績を称える場には相応しくない"と式典参加を辞退していた兎我忠冬元帥も招かれていたのだ。


多くの賓客を招いた為に立食形式のパーティーになっていたので、場所を変えての歓談も容易だ。政財界の要人達は、戦後のイニシアティブを握りそうな軍人の元に集まって面識を作り、人柄を知ろうとする。姉さんと共同戦線でゲストに応対していたオレは、社交界に不慣れな男から救援要請を受けた。


(おい剣狼。このインテリどもをどうにかしてくれ。)


クソほど似合わない礼服姿のヒンクリー少将は、軍の高官としては珍しく、政財界とは距離を取ってきた男だ。政治嫌いの将官殿は副官のエマーソン中佐ともども、畑違いの要人達に包囲されて閉口している。目端の利く連中は古参兵が要職に起用されるかもしれないと、先物買いに走った訳だ。


人並みを掻き分けて救援に駆け付けたオレは、軍事機密に関わる話を装って、二人を包囲網から連れ出して別室に避難させた。


「……ふう。まったく、俺に政治の話なんぞしても無駄だとわからんのか。」


別室に入るや否や、闘将は礼服のボタンを外して嘆息した。上官よりも遥かに社交界に適性がありそうなエマーソン中佐が、不器用な無頼漢をからかう。


「フフ、もう野戦服が恋しくなりましたか。」


「当たり前だ。今まで品位なんぞクソの役にも立たない世界で生きてきたんだぞ。」


「閣下、レディの前です。発言にはご注意ください。」


別室には先客がいた。昆布坂京司郎とサンドラお嬢様だ。お嬢様が口をへの字に曲げたのを少年執事は見逃さなかった。


「お嬢様、オムツを交換して差し上げますね。……素晴らしい、今日も立派なおウンチです。」


おウンチなんてパワーワードを聞かされた野郎三人は、たまらず吹き出した。


────────────────


昼食会を終えてホテルで一休み。軽く午睡してから、迎えに来た純白のオープンカーに乗り込む。運転手は侘助、助手席にオレ、後部座席にはイスカと姉さんだ。


首都の大通りでカプラン元帥、兎我元帥、アレクシス夫人が乗ったオープンカーと合流し、並走する。前後には異名兵士を満載した観光用のオープンバス数十台が車列を固めている。シオンと案山子軍団の姿がないのは、狙撃手対策に回ったからだ。


歩道を埋め尽くし、窓という窓から戦勝パレードを見物する市民の中に知った顔を見つけた。


「あれは…ラビアンローズデパート事件の時に会ったコンビだな。確かジャスパーとボイルだったか。初老の刑事が抱っこしているのは、孫なのだろうな。」


目聡く記憶力に優れたイスカも、二人の顔と名前は覚えていたらしい。


「ジャスパー警部とボイル刑事は、リグリット市警の名物コンビですよ。」


歩道からパレードを見ていたジャスパー警部はオモチャのバイクを大事そうに抱えるジェレミー坊やと一緒に手を振ってくれた。ボイル刑事は右手に三段アイス、左手にドーナツの袋を持っていて手が空いていない。


……歓声に聞き覚えのある声が混じっていたような気がする。指向性聴覚を使って場所を絞り込むと、ホテルのバルコニーに辿り着いた。


「お兄ちゃん、私を助けてくれてありがとう!パパとママと一緒に幸せになるから!」


※ミリアムちゃんは両手をメガホンにして声を掛けてくる。後ろに立って微笑んでいるのがマドラス夫妻だろう。少女の足元では胡麻色の子犬が尻尾をフリフリしている。マドラス家は雪風と同じ、狼犬を新しい家族に迎えたらしい。


「姉さん、あのコに"救われたのはオレの方だ。幸せになってね"と伝えられますか?」


罪なき少女を救えた事が、オレの救いになった。あのコの笑顔が、軍人として生きる支えでもあったんだ。


「容易い事です。」


姉さんが天心通で謝意を伝えると、ミリアムちゃんは可愛く敬礼してくれた。イスカがマドラス夫妻の職業を教えてくれる。


「カナタ、マドラス夫妻は慎ましく暮らす堅実な一家だ。夫はリグリット市営鉄道の車掌、妻は退役軍人で花屋兼雑貨屋を営んでいる。」


「調べたのか?」


「調べるまでもない。彼女は元アスラコマンドだ。優秀な衛生兵だったが、戦傷が原因で子供が産めない体になってしまってな。交際していた子供好きの恋人に、事実を告げて別れを切り出したら、その場でプロポーズされた。で、任務より愛を選びたいと寿退役した訳だ。ミリアムの事は安心して任せればいい。」


元衛生兵なら医学にも明るい。イスカは子供を欲しがっている夫妻に、ミリアムちゃんを預けようと取り計らってくれたのか。悪行は広言するが、善行はこっそりやるってのが、実にイスカらしいぜ。


「イスカ、シャングリラホテルの近くに飲み屋街があるだろ。あそこを借り切ってるんだが、顔を出せそうか?」


「借り切った? ホライゾン通りでは、第二師団が祝勝会を開く筈だが……」


「そっちじゃない。裏通りの方だ。」


「ドブ板通りで祝勝会をやるのか。まったく、カナタらしいな。」


ほっとけ。オレは紙エプロンを着けて飯を食うのは性に合わないんだよ。


「どこで飲もうがオレの勝手だろ。」


「まさかとは思うが、場末の居酒屋にミコト姫を案内する気じゃなかろうな?」


「ンな訳あるか。姉さんはドレイクヒルに決まっ…」


「あら。私はのけ者ですか? もちろん同伴しますからね。」


いやいや。ロイヤルが炉端焼で一杯やんのはマズいでしょ。


「警護の問題もあります。それに姉さんはドレイクヒルの祝勝パーティーの主催者ですよ。」


「カナタさんが傍にいれば、誰も手は出せません。それに軍監ともあろうものが、連邦の祝賀会に顔を出さないとかあり得ませんからね。私と一緒に来賓に挨拶して、鯉沼少将に後を任せて中座する。そういう予定でよろしくて?」


国家元首の命令に逆らえる訳がない。帝が来店したら、わだつみの店主はどんな顔をすんのかねえ……


───────────────────


どうにかこうにか祝賀会を中座したオレは、車内で窮屈な紋付き袴を脱ぎ捨て、いつもの軍服に着替えた。根っからの庶民のオレとは違って、格式ばった着物が普段着の姉さんは、タブレットで炉端焼のメニューを検索している。


「うふふ、炉端焼は初めてですわね。とても楽しみです。カナタさん、わだつみ様のお隣のお店、脂屋悶太郎様は何のお店なのですか?」


「ホルモン焼きの店です。」


「……焼き肉屋さんという事ですか?」


そこから説明しなきゃならんのか……


「いえ、ホルモン専門店です。脂ギッシュなモツ焼きをツマミにハイボールをガブ飲みするのが作法ですね。」


「おうどんもオススメと書き込みがありますけれど…」


おうどんとかお米とか、頭に"お"をつけるのが関西風だねえ。


「焼きうどんです。濃い味ソースでホルモンたっぷりの焼きうどん。」


「まあ!おうどんを焼くのですか!どのようなお味がするのかしら?」


運転席で侘助が笑いを堪えてやがる。やれやれ、ドブ板通りじゃ海鮮居酒屋"わだつみ"が最高に上品な部類で、他はもっと下世話で庶民的な店ばっかりなんだが。


「悶太郎の隣は串カツ屋の"すきゅあ屋本舗"ですけど、ソースを二度漬けしちゃダメですからね。」


「??」


先が思いやられる。今夜のはしご酒は気を使いそうだなぁ……



ロイヤル様を伴っての裏路地探訪ツアーか。オレの居酒屋デビューより難儀しそうだぜ。


※ミリアム・マドラス

カナタが初めて参加した実戦「オペレーション・キッドナップ」で救出した少女。人体実験で正気を失っていたが暫くして無事に回復し、マドラス夫妻に引き取られた。


※作者より

更新が遅れて申し訳ありません。第三部の準備と並行しながらなので、時間がかかっています。


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