哀歓編17話 戦没者慰霊祭
侘助の運転するダックスリムでウィッシュボーンスタジアムに到着したオレは、電光掲示板を確認して4番通路に向かう。スタジアムの通路には至る所に献花台が設えられ、壁には兵士達の遺影が飾られていた。
「カナタ、先に行ってろ。アタイはあのご婦人に用がある。」
マリカさんはそう言って、売店前にいたセムリカ人女性に歩み寄り、何やら話し込んでいる。
「ナツメ、彼女を知ってるか?」
「知らない人なの。……でも、あんな可愛い子供を残して戦死するなんて、無念だったよね……」
母親の傍ではモジャ毛の幼子がソフトクリームを舐めていた。あのコが父親の死を実感するのはまだ先の事だろう。目が合ったオレに無邪気に手を振ってくる姿に心が痛む。
手を振る息子に気付き、こちらに向かってお辞儀する母親に敬礼してからその場を去った。正直に言えば、いたたまれなくなったのだ。
足早に向かった4番通路には、アスラコマンドの遺影が飾られている。もちろん、オレが死なせてしまった案山子軍団の遺影もあった。トシやファッチョを始めとして、一生忘れない仲間たち。
「ナツメ、ヒンクリー少将のハンディコムには"勇士"というカテゴリーが登録されている。闘将は戦死した戦友や部下の番号を消す事が出来ず、フォルダを移して残してあるんだ。」
出征前にビロン少将はシュガーポットに駐屯しているヒンクリー少将とハンディコムで皮肉を言い合っていた。名門貴族出身で士官学校卒のシモン・ド・ビロン少将と、平民出身で兵学校卒のクライド・ヒンクリー少将は、アスラ元帥直属だった佐官時代は互いに切磋琢磨するライバルとして仲が良かったらしい。軍神アスラはタイプの違う二人を上手く競わせながら共闘させて、戦果を挙げていたのだろう。
元帥の没後、将官に昇進した二人はエリートVS叩き上げの代理戦争じみた役割をあてがわれてしまい、生死を共にして育まれた友情は冷え切った。名参謀だった妻が戦死し、実績で差をつけられたビロン少将には焦りとコンプレックスがあり、ヒンクリー少将は出世に拘泥するかつての同僚を苦々しく思っていたに違いない。疎遠だった将官二人が旧交を温めたのは喜ばしい事だが、同期生はもう帰って来ない。
……ビロン少将の番号を勇士フォルダに移す時、闘将はどんな顔をしていたのだろう?
「気持ちはわかるの。カナタだってシュリの番号は消せないでいるんでしょ?」
「ああ。もうかかってくる事はないとわかっちゃいるが、どうしても消せない。少将の場合は、
持っていた花束を小分けして、部下達に手向ける。他番隊の仲間へ花束を手向けるのはガーデンに戻ってからにさせてもらおう。
「……不思議だよね。根無し草の羅候はともかく、ちゃんと実家がある兵士まで、ガーデン墓地に埋葬して欲しいって願うんだもん。」
「……アスラのゴロツキどもにとって、ローズガーデンこそが本当の
先に逝った戦友と合流して、生き残ってるゴロツキどもがバカ騒ぎやってるのを見守りたい。いや、ニヤニヤ眺めてたいかな。場合によっちゃあ、草葉の陰から参加しようと思ってるかもしれん。
しっかしどいつもこいつも、遺影らしくねえ写真ばっかじゃねえか。他部隊の連中はちゃんとした遺影なのに、このバカどもは舌を出したり、ウィンクしてたり、中指を立てたり……
ふざけた写真の中で比較的まともな一枚の前で足が止まる。親指の腹を顎先にあてて、鋭い目で思案する男の遺影。鉄火場の作法を教わった時に見た表情だ。記念撮影とかしない人だったから、誰かが賭場で撮った写真だろう。
「……ソイツを探すのに苦労したんだよ。ロクに写真が残ってやがらないもんだからさ。羅候結成の※花会で撮った写真があったのを思い出して、なんとか恰好がついたねえ。」
ウロコさんが礼服を着てるのは初めて見たな。
「題名を付けるとすれば、"勝負師"ですかね。トゼンさんは?」
「まだ病院だ。狂犬と死ぬ半歩前まで殺り合ったからねえ。たぶん狂犬も、まだ動物病院から出られてないだろうさ。」
「トゼンさんと殺り合って命があるだけ大したもんだ。」
「奴は強かったよ。それに"筋を通す悪党"だった。嫌いじゃないよ、ああいう男はさ。」
筋を通す悪党は、物分かりの悪い善人より好感が持てる。オレもそうだが、羅候ならなおさらだ。おっと、博打の師匠には手向けの品を持ってきてたんだった。
献花台に置かれた2枚の札を見たウロコさんは苦笑した。
「※花見酒、か。ま、博徒への手向けにゃ本物の花よっか花札が相応しいだろうね。サンピン、これはトゼンからの餞別だよ。好物の生ハムチーズはまだお預けだ、化けて出るなら歓迎してやる。」
ウロコさんは安物のカップ酒を献花台に供えた。
「……三鎚ハジメは本物の勝負師だった。命を張った大博打で、オレを勝たせてくれたんだ。ありがとう、サンピンさん……さよなら、オレの兄貴分……」
「見た目はチンピラみたいだったが、花のある
三鎚ハジメが"姐さん"と呼んだ女任侠は涙を見せずに、博徒の侠気を称えた。隻眼の螭は天下国家なんてどうでもいい人だった。大義ではなく仁義に生きる兄貴分に、まだ新兵で見習い博徒だったオレは"極道の定義"を問うた事がある。
"極道とはなんぞや、ですかい。そうでやすねえ、アッシが思うに本物の極道ってのはね。単純明快なもんでやさぁ。渡世の親や兄弟分の為なら笑って死ねる、そんだけのこってね"
渡世の親から"極道の鑑"と称えられた男は、博打を仕込んだ弟分を勝たせる為ならば、笑って死ねる人だったんだ。
────────────────
巨大なオーロラビジョンには斧槍を手に、不敵な笑顔を浮かべた災害閣下の勇姿が映っている。閣下の打ち立てた数々の武勲が画面下に表示され、最後に"バーバチカグラードにて、壮烈な戦死を遂げる"と終止符が打たれると、競技場と観客席を埋め尽くした将兵が立ち上がって拍手喝采を送った。災害ザラゾフが獅子奮迅の働きで主戦場に勝利をもたらした事を全ての兵士が知っている。その身は死しても、伝説は生きているのだ。閣下の前座を務めたビロン少将と決死隊の武勇伝も、伝説の序章として語り継がれるだろう。
オレはと言えば、カプラン元帥が戦没者と遺族に向けたスピーチを将官席で拝聴する羽目になっている。一般席のが良かったんだが、災害閣下から後事を託されたんだから、しゃあないか……
論客閣下のスピーチは弁舌を武器に成り上がっただけに、理路整然でありながらも、情感豊かに生き残った兵士と遺族の心に響く名演説だった。
"戦に没した兵士の魂が、講和という日の出を押し上げた。やっと訪れた泰平の新時代、あまねく降り注ぐ陽光の暖かさを感じる時、我々は思い起こさねばならない。散っていった戦友やその家族が払った究極の代償を。兵士諸君、共に英霊を称えよう"
最後の一節は教科書に載りそうだな。……ん? なんでオレの方を向くんだ?
「同盟元帥ルスラーノヴィチ・ザラゾフへの追悼は、連邦軍軍監・天掛カナタ特務少尉に任せたい。彼こそが、我が友ザラゾフの"伝説を継ぐ者"だからだ。」
ウッソだろ!何も聞いてねえぞ!
慌ててカプラン元帥にテレパス通信で抗議する。
(論客閣下、そういう事はあらかじめ言っておいてくださいよ!何も考えてません!)
(あえて教えなかった。キミの想いを率直に言葉にしてもらいたかったのでね。)
(そんな無茶な!だいたい、アレックス准将が隣にいます!追悼は実子の…)
そのアレックス准将に背中を押されてしまった。
「親父が、"剣狼はぶっつけ本番や土壇場に強い"と褒めていたぞ。期待に応えてやれ。」
根回し上手の閣下がアレックス准将に話を通してない訳ないか。スタジアムに詰め掛けた将兵とその家族に期待されちまってる。やるしかなさそうだな。
カプラン元帥に代わって演壇に立ったオレは、10万の観衆に自分なりの想いを語る。
「……誰にも媚び
みんなそうやって生きている。人生ってのは、ままならない現実と折り合いをつける作業でもあるんだ。
「だけど有翼の獅子、災害ザラゾフは違った!相手が誰であろうが決して下風に立たず、あらゆるものを力で捻じ伏せ、己を貫いた!時にはその強引さが軋轢を生んだでしょう。オレだって、もっと妥当で穏当な方法があったのにと眉を顰めた事が何度もあった。敵味方を問わず、遺恨を厭わない困った人でした。だから、後世の歴史家の中には否定的な評価を下す者だって出るだろうな。」
故人の欠点をあげつらってどうすんだよ。だけど、災害閣下は上っ面を取り繕う事を何より嫌う人だった。オレが当たり障りのない言葉でお茶を濁したら、それこそ閣下にドヤされちまう。
「……だけど、オレは兵士だ。歴史家じゃない。殺し合いを
強者を尊び、暴勇を誇り、力尽くで時代の牽引を完遂した男、それがオレのザラゾフ評だ。気が付けば、力一杯に右手を天に突き出していた。弔辞を読んでガッツポーズとか、常識外れもいいとこだな。
スタジアムの一角を占めるルシアンマフィアから「
「やはり剣狼はぶっつけ本番に強いな。いい演説だった。親父も喜んでいるだろう。」
演壇の上でアレックス准将と抱擁する。
「だといいんですが。だけど慰霊祭で熱狂しちゃっていいんですかね?」
ヒンクリー少将まで演壇に上がってきて、オレの肩をバンバン叩く。
「沈痛な顔で祈りを捧げるだけが慰霊じゃない。英霊達に生者の輝きを見せて安心させてやらんとな。」
重量級兵士二人に挟まれながら演壇から降りると、カプラン元帥に皮肉を言われた。
「やれやれ、これは失敗したかな。私のスピーチが霞んでしまう。」
「不意打ちを食らわせた罰ですね。閣下の見せ場は戦後処理って事で。」
「ああ、御堂少将と
何だか妙に思わせぶりだな。
「楽しみにしていますよ。」
「ところでキミの戦後処理は順調なのかね?」
「一歩前進ってとこですね。」
※四光完成まであと一枚だ。いや、ここまで来たなら五光を狙うしか……待て待て、シグレさんだってワンチャンあるかもだから、嫁候補は六人もいるよな……
とりあえず四光なりフォーカードを完成させてだ、後の二人はそれからだ。ローゼは政治的に容易い立場じゃないし、シグレさんは師匠だからな。ローゼとはいい雰囲気かなって思えるけど、シグレさんは愛弟子としか思ってない可能性があるし……
好きなコ全員嫁計画は、オレの全てを賭けるに値する大プロジェクトだ。焦らず、確実に成就させるぞ。
※花会
賭場の一種。博徒が金を集める為に催す。
※花見酒
花札で桜に幕、菊と盃の二枚札で構成される役。
※四光、五光
四光は松、桜、薄、桐で構成される難易度の高い役。五光は最高役。
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