哀歓編16話 天使からの贈り物
シャングリラホテルのスーペリア、それがイスカの用意してくれた部屋だった。オレが将校カリキュラムを受講する為に宿泊していた思い出の場所。安普請が性に合ってるオレだが、この部屋は特別だ。シャワーを浴びてからガウンを羽織って、冷蔵庫の缶ビールを片手にバルコニーに出てみた。
新兵の殻を脱ぎかけた頃を思い出しながら夜景を眺めてみたが、あの時と違って街は活気に満ちている。そりゃそうだな、連日連夜のお祭り騒ぎなんだから。
戦争に勝った、戦いは終わった。戦に疲れた市民が浮かれるのも当たり前だ。
部屋に戻ってクローゼットに掛けられた新品の礼服と軍帽を確認し、ガウンを脱ぎ捨ててパンツ一丁でベッドに横たわる。明日の午前中だけは街も静かになるだろう。そして、午後からは本格的なバカ騒ぎが始める。戦没者慰霊祭と戦勝パレードか。首都リグリットだけではなく、加盟都市全てで行われる一大式典だ。
明日だけは戦後処理を忘れて死者の冥福を祈り、戦友達と勝利を祝そう。
そう思って目を閉じたが、耳が異音を捉える。かなり巧妙にビルの壁を這い上って来る者がいる。今さらオレを暗殺する意味はないし、単独でオレを殺る事など出来ない。何より、この侵入者には殺気がない。
立ち上がって椅子の背に掛けておいたガウンを羽織り、掃き出し窓の鍵を開けると、ナツメがピョンとバルコニーの手摺を乗り越えてきた。
「やっほ♪」
「ナツメ、よくここがわかったな。」
「シャングリラに泊まるなら、ここだと思ったの!部屋番号は※モッチーから教えてもらったし!まだツンドラ女だったシオンとバチボコにやり合った後、この部屋でルームサービスを食べたんでしょ?」
「そんな事もあったな。で、わざわざルームサービスを食べに来たのか?」
オレの腕を取りながら部屋に入ったナツメは、掃き出し窓の鍵を掛けてカーテンを閉め、空いた手でステルススーツを早脱ぎする。
……期待通りの展開、でいいのかな?
「私じゃなくて、カナタが食べるんだよ。終戦祝いの甘~い果実を・召・し・上・が・れ♪」
本当に甘え上手だよなぁ。アイドル顔に天使の声、こりゃ性別問わずにメロメロになるって。
「おやおや、いつものスポーツブラとスポーツパンツじゃないのか。」
ナツメは可愛いピンクのランジェリーを身に付けていた。勝負下着ってヤツかな?
「ふふっ、余裕ぶってもドキドキしてるのバレバレだからね!」
だろうなぁ。鼓動が聞こえる程、ドキドキしてやがる。スポーツ下着姿でオレの部屋をウロチョロしてるのは見慣れた光景なんだけど、シチュエーションが違うとエロさが桁違いだぜ。
「いいのか、オレで?」
「カナタじゃないとイヤなの。」
男冥利に尽きる台詞だが、マリカさんやシオンとの関係を話しておかないとフェアじゃないよな。ナツメで終わりじゃなくて、もっと増やすつもりなんだし……
「感動で悶え死にしそうだが……その……ナツメ……実はだな……」
「姉さんやシオンとえっちしたんでしょ? それも何度も!」
わりかし本気で頬をつねられる。
「……ほうなんりゃ……いひゃいからほろほろ勘弁ひてくれはい?」
痛い上に喋りにくい。
「……でも責任は……取ってくれるんだよね?」
頬を赤らめたナツメは俯きながら、両手の指先をツンツン合わせる。この天使ちゃん、オレを何回悶死させる気だ……
「取らせてもらえるなら喜んで。我ながら優柔不断だと思うが、みんなを好き過ぎて一人を選ぶなんて無理なんだ。」
「……ホントはね……リリスが大っきくなるのを待ってあげようかなって思ってたの。……だけど、もう気持ちを抑えきれないから!」
勢いよく飛び付いてきたナツメを受け止めて、
……少し紫がかった綺麗な瞳。出逢った頃から変わらないな……
何時までも見つめていたい
「……雪村棗を愛してる。ずっとオレの傍にいてくれ……」
「ナツメ
ダメ男に言葉の肘鉄を食らわせたナツメと軽く唇を合わせた。そして、盛り上がる気持ちに背中を押されたかのように徐々に深みを増して、最後には舌を絡めて貪り合う。
「……ぷは!カナタの舌ってすっごくえっちだね!」
「えっちなのは舌だけじゃないさ。」
「来る前にシャワーは済ませて来たけど、もっかい浴びて来るね。ビル登りで汗かいちゃったかもしれないし。」
"汗の匂いも捨てがたい"なんて言ったらドン引きされそうだから、やめておこう。一緒にシャワーもまだ我慢だ。
灯りを落とした室内、シャワーが床を叩く音が鳴り止むのが待ちきれない。元から思い入れのある部屋だったけど、これで完璧な聖地になっちまうな。
「……おまたせなの……」
バスタオルを体に巻いたナツメを抱き上げてベットに運び、そっとタオルを剥がす。おっぱいに目がないオレは貧乳様を眺め倒そうとしたが、ナツメの手で目を塞がれる。
「めっ!そういうのは上級者になってからなの!私は超ビギナーなんだからね!見たり触ったりはしたけど、触らせるのは初めて……でもないか。」
「え!? そうなの?」
「うん。姉さんの胸をさわさわした後、お返しにモミモミされたの。さわさわしただけなのにモミモミされたんだよ、不公平だと思わない?」
そりゃ一緒に風呂に入った時に触り倒してりゃあ、反撃もされるわな。
「揉み返せばいいじゃないか。」
「揉めるもンなら揉んでみろって逃げられるの……私と一緒に入浴するのは大浴場だから掴まえられない……」
いくらナツメが達人くノ一でも、相手は世界最速の女だからなぁ。オマケに忍術体術の師匠でもある。
「わっ!カナタのンまい棒がスッゴい事になってる!トランクスが破けちゃいそう!」
「天使ちゃんの魅力に暴走寸前だな。……ナツメ、準備はいいか?」
「ば、ばっちこいなの!……で、でもなるべく優しくしてね……」
本当に可愛い天使ちゃんだな。欲望を抑えきれるか自信がなくなってきた。細い腰に手を回して半身を起こし、口吻しながら背中を撫でる。
……戦い終えた狼に、天使からの贈り物、か。夢のような夜を楽しもう。
────────────────────
「おいカナタ!起きてるか!迎えに来てやったぞ!」
ドアをドンドン叩く音で目が覚める。ベッドにはパンツ一丁のオレと全裸のナツメ。言い訳出来るシチュエーションじゃない。
「……うにゃ……姉さんの声なの……」
眠そうに目をこするナツメを揺さぶりながら小声で促す。
「ナ、ナツメ、早くクローゼットに退避してくれ。」
「……ふぁ……姉さん相手に隠れたって無駄なの……」
そうかもしれんが、やらないよりマシだ!マリカさんの千慮の一失、オレにとっての一縷の望みに賭けるしかないだろ!
「そういう事さ。さてカナタ、これはどういう事なのか説明してもらおうか?」
冷ややかな声を背後から浴びて背筋が凍る。マリカさんが得意なのは気配察知だけじゃない。鍵開けも達人級だった……
「複合キーはピッキングしたとして、指紋認証はどうやって……」
ベッドの上に生体ゴムの指型が投げ捨てられる。
「納得したか?……今度はアタイを納得させる番だ。」
甘い夢の後は悪夢のような修羅場かよ。だが、"好きなコ全員嫁計画"を成就させる為にも、ここは退けん!大軍の真っ只中に単騎駆けする時の千倍の勇気を振り絞って振り向いたオレ、鬼の形相を想像していたが、マリカさんは必死に笑いを堪えていた。
拍子抜けしたオレは、リキんだ肩からも力が抜け落ちて脱力する。
「アハハハハッ!ナツメ、カナタのこのツラを見てみろ!傑作だろ!」
間抜け面を引っ掴んだマリカさんは、容赦なく晒し上げた。
「アハッ♪ 世界変顔コンテストに出たら、ぶっちぎりで優勝なの!」
「……あ、あの~……事情をですね……説明して欲しいなと思う次第で……」
「この宿六め。見りゃわかンだろ。アタイは知ってたって事だ。」
「……で、姉妹で一芝居打ちましたってか。カニみたいに泡食ったオレがバカみたいじゃん!」
「実際バカだし、しょうがないの。姉さん、カナタってば、私に"隠れろ"って言ったんだよ。」
……姉妹揃って容赦ねえ。パンツ一丁だけど、ベッドの隅でイジケよう。
「まったく、往生際の悪い。カナタ、可愛い妹に手ェ出したンだ。覚悟はしてもらうよ?」
「目指せ姉妹丼なの!」
姉妹丼……こうなったら狙うしかねえ。
「朝からドッと疲れた。……とりあえず着替えるか。」
もうじき戦没者慰霊祭が始まる。煩悩さんには一旦退場してもらって、身を糺すとしよう。
メイン会場は収容観客数8万8千人を誇るパワーボールの聖地、ウイッシュボーンスタジアムだ。つまり、そんなデカいハコが必要なぐらい、戦死者が出たって事なんだよな……
※モッチー
ペンデュラム社の開発部&営業部の部長、
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