哀歓編13話 大殿と家人頭



※光平・サイド(前話の数日後、羚厳公園地下霊廟にて)


「……長話になったが、これが私と八熾羚厳の物語だ。」


石畳の上に敷かれた畳の上で仮面を外した私は、筆頭家人頭と次席家人頭にこれまでの事を全て話した。蝋燭を模した壁掛けライトに照らされた地下霊廟はヒンヤリしていて、急遽設えた十畳間に座っているのは家族と相棒、家人の6人。


監視役の通安基職員は私と家族、三羽烏とマスカレイダーズの事を調べようとはせず、"上から「何も詮索するな」と言われています。お願いしたいのは一つだけ。何処ぞの誰兵衛さん、兵器指定された場合は素直に従って下さい"とだけ言って、ロックタウンの観光に出掛けていった。通安基に信用されているというより、バカな事はしない筈だと判断したのだろうな。


おそらく、亡霊戦団ゴーストナンバーズにも同様の措置が取られているはずだ。停戦を望まず、講和条約の締結阻止に動きかねない人物と部隊にリソースを集中する。私がパーチ会長でもそうするだろう。


「……羚厳様は生きておられた……地球という星で妻を娶られ、天掛翔平として幸福な人生を送られたのか……もう思い残す事はない。いつでも羚厳様の元へ行けるわい。」


すすり泣く老人の肩にシズル君はそっと手を置いた。


「御老体、孫の行く末も気に掛けてやれ。……大殿、事情はわかりました。これから如何なされまする?」


「長々と話しておいてなんだが、信じるのかね? かなり突拍子もない話だったはずだが……」


筆頭家人頭は事も無げに答えた。


「アギト様のお話では、宗家を繋いでいるのは血脈ではなく、"魂の刻印"との事でしたね。大殿の髪の毛をDNA鑑定すれば、お館様と血縁関係がない事が判明するでしょう。狼眼は八熾宗家に連なる者にだけ顕現する神器、宗家と血の繋がりがない身で開眼された大殿は矛盾した存在だと言えます。この矛盾を解決する答えは一つ。すなわち、大殿は真実を述べられているのです。」


「信じてもらえなかった場合は、そのロジックで証明するつもりでいたのだが……」


「鑑定など必要ありませぬ。そもそも、大殿に我らを謀る理由がありません。お館様が不思議な雰囲気を醸し出されるのも合点がいきました。よく似た文化を持った国とはいえ、異世界育ちなのですから。」


納得顔の御老体も、何度も頷いた。


「うむうむ。隠れ里で育った、のう。……確かに隠れ里じゃわい。」


「信じてもらえたなら何よりだ。講和条約が締結されたら、私はカナタに全てを話そうと思っている。先んじてお二方に話を聞いてもらったのは、私と妻はカナタに拒絶されても文句は言えない立場だからだ。だが、そうなった場合でも娘だけは…」


「大殿、お言葉ですが話し合うべきは、"拒絶されたらどうするか?"ではありません。如何にして、"お館様に御納得頂くか"を談義すべきです。」


「…シズル君…」


「私は八熾宗家の家人、シズルとお呼び下さい。大殿は贖罪の為に万難を排して戦乱の星に転生し、黒子として粉骨砕身のお働きでお館様を支え続けられました。お館様も大殿の献身はおわかりの筈。……家人として私情を差し挟む事は控えるべきでしょうが、八乙女静流は天掛光平とその御家族が報われないなどイヤでございまする!」


家人の範として己を厳しく律しているシズル君が吐露した本音に目頭が熱くなる。


「大殿、シズル殿の仰る通りですぞ。お館様は道理を弁えたお方、きっとわかってくださります。」


「そう願っているのだが、わだかまりを捨てられないかもしれない。私や妻と離れる事になっても、龍眼を持っている娘は、天掛公爵家の一員としてカナタに保護してもらうのが最善なんだ。」


「無論にござりまする。アイリ様は心龍の目に開眼されたお館様の妹君にして、大龍君の遠縁にあたるお方ですからのう。儂は次席家人頭として、必ず大殿と御家族を八熾の庄にお迎え致しまする。」


「お爺ちゃんもシズルさんも、お父さんとママに味方してくれるんだね!」


正座を崩して身を乗り出したアイリを膝の上に乗せ、老人は相好を崩した。


「ホッホッ、爺めによーくお顔をお見せくだされ。なんと愛らしい。」


「ズルいぞ御老体!私もアイリ様を抱っこしたい!」


筆頭家人頭に娘を取られた老人は、白髪髭を撫でながら御役目を買って出た。


「大殿、大奥様、お館様が難色を示された場合は、儂にお任せくだされ。」


「天羽さんには良い知恵が?」


風美代に問われた老人は、若き当主に"一族きっての古狸"と称される老獪な顔で頷いた。


「はい。お館様は情に篤いお方ゆえ、無関係な者に理不尽を強いる事を良しとはなされませぬ。大殿や大奥様にわだかまりがあったとしても、アイリ様には何ら落ち度がない事はおわかりくださるでしょう。心龍眼を持つアイリ様は邪な者に狙われる可能性があり、なにより姉君にとっても同じ目を持つ身内のようなもの。事情と心情の双方が合致するのは明白、必ず保護なさりまする。」


「ふむ。それで?」


本当に古狸だな。主君の情に付け込むつもりだ。


「大殿には狸爺ィの悪巧みがおわかりのようですのう。左様、"妹君が愛してやまない両親と引き離されるおつもりですかな?"と諫言させて頂きまする。大奥様との別離を経験されたお館様は、アイリ様に同じ思いはさせたくないとお考えになるでしょう。大殿はお館様がお嫌いな雑事を代行、既成事実を常態化しつつ、家人衆や妹君が折に触れて懇願すれば、いずれわだかまりも解けるに相違ありませぬ。」


狡さも含めて本当に賢い。留守居役として重宝される訳だ。


「……天羽さん、私はカナタに辛い思いをさせてまで、傍にいようとは思わないの……幼い息子を置いて家を出た時から、私は母親ではなくなったのだから……」


「大奥様、僭越ながら"母親"か"自分を産んだ女"かをお決めになられるのはお館様ですぞ。お館様は、取り返しのつかない過ちを犯したガラクめに、再起の機会を与えてくださりました。孫のやらかした事に比べれば、大殿や大奥様の過去など取り返しがつく事だと思いまする。」


「……そうだといいのだけれど……」


「大殿、大奥様、お聞きくだされ。かく言う儂とて咎人なのです。若い頃、儂は羚厳様の近侍としてお側仕えしており申した。ある日の事……」


表情を曇らせる風美代に、天羽の爺様は過去に犯した過ちを語って聞かせる。


……驚いたな。異母兄が私生児として育ったのは知っていたが、近侍だった天羽の爺様が親父から身分の低い娘と恋仲になった事を打ち明けられ、秘密を次席家人頭だった父に報告した事が原因で二人は遠ざけられてしまったのか。そして、遠ざけられた娘には八熾羚厳に打ち明けられずにいた事があった。親父は恋仲の娘が自分の子を……お腹に双子を宿している事を知らぬまま……


「……娘が身重だった事は、後になって知らされ申した。儂が余計な事をしなければ、羚厳様は家人衆の反対を押し切ってでも娘を娶られ、アギト様は宗家嫡男として大切に育てられていた筈じゃ。父御のわからぬ私生児として育てられ、ようやく出生の秘密を知った時には復讐の道具として生きる事を強いられる。心が歪まぬ訳がない。……アギト様が、あのような最後を遂げられる事になったのは、儂の愚かさが原因なのです……」


せめてもの罪滅ぼしにと息子と天羽家若衆を傍に送ったが、諫言に腹を立てたアギトに斬殺されてしまったとは……我が子の仇を恨む事も出来ず、己が招いた因果への応報だと罪を背負い続けるなんて……酷すぎる。


「……ですが、こんな儂をお館様はお許しくだされた。白髪首を刎ね落として当然なところを、"……八熾の子らは皆、爺様の子や孫だ。一族を家族と思って御役目を果たせ"と諭されたのじゃ。大殿、大奥様、お二人の息子……八熾家惣領、彼方様はそういうお方なのです。」


……本当に立派になった。戦争を終わらせた英雄ではなく、真の赦しを与えられる男に成長した事を誇りたい。これも全て、親父の……先代惣領、八熾羚厳の薫陶があっての事だ。


「バート、ロックタウンで酒と肴を買ってきてくれ。天羽の爺様、今夜は心ゆくまで酒を酌み交わそう。」


「ハハッ。羚厳様が日ノ本でどのように過ごされたか、もっとお聞かせくだされ。」


「爺様は今でも過ちを悔いているのだろう。だが、その過ちがあったからこそ、私とカナタが存在する事も忘れないでくれ。」


気休めを言っている訳ではない、これは事実だ。事実を受け入れる事こそが、安らぎに繋がる。


「……大殿……」


「シズルさん、アイリに八熾家の事をいっぱい教えて!お兄ちゃんの家族として、しきたりを覚えないと!」


「素晴らしい心掛けです、アイリ様。では私が八熾家の歴史と伝統をご教授致しましょう。」


バートが霊廟を出た後、家族と眷族で親父の遺髪が収められた神棚に祈りを捧げる。



……親父、見ているか? 天狼の魂を受け継いだ息子カナタは、本当に立派な惣領に育ったぞ。若き狼と私達が家族に戻れるかはわからない。だが、どんな結末であろうと悔いは無い。私は私の為すべき事をやり遂げたのだから……

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