哀歓編11話 出島プロジェクト
ガラクの処分を終えたオレは迎賓館に戻り、シオンから負傷兵の回復状況の報告を受けてから、客間で戦死した部下への追悼文を考える。オレが口述した文面を字の美しいリリスに代筆してもらって、精一杯よそ行きの字でサインを入れて花押を描き、手紙を最上質の封筒に収めて巴紋の封蝋を押す。
誠意を示すには文も直筆にすべきなんだが、よそ行きの字を書こうとすると時間が掛かり過ぎる。きったねえ字の手紙を遺族に送る訳にはいかないし、兵器指定を受けるまでにあらゆる事の手筈を整えておかにゃならんから時間もない。案山子軍団の戦死者は指で数えられるが、トウリュウやグンタの隊からはかなりの戦死者が出てしまった。直に会った事はないが兎我元帥と連名で推挙した巻島少佐の家族にも手紙を書かなければならないし、リリスの速記に頼るしかない。
「……記憶力がいいっていうのも良し悪しね。死んでいった連中の事を鮮明に思い出しちゃうから。ロブのとこのファッチョなんて傑作だったわ。」
「トマト嫌いのファッチョ軍曹か。マリノマリア人の癖にトマトが大の苦手なんて、なに食って育ったんだか。確かに傑作だな。」
サラダのつけ合わせのプチトマトを忌々しげな顔で戦友に押し付けていた姿を思い出す。オレも何度か、トマトとブロッコリーを取り替えっこしたな。ガーデン食堂なら苦手食材は抜いてくれるが、遠征先じゃそうはいかない。
「そっちじゃないわ。三白眼で尖り顎、羅候にいそうな強面の癖に編み物が趣味なのよ。」
「ウソだろ?」
「ホントよ。寒冷地での作戦でリバーシブルのニット帽を被ってたでしょ。裏地はグレーで、表はグリーン、トマトにペケマークの刺繍が入ったアレ。」
隠蔽色で作戦をこなして、基地に戻ったら裏返す。"トマトって言うだけで口の中が酸っぱくなる"とかほざいて、現地の給仕兵を相手にNOトマトの柄を指先で叩いてアピールしてたな。
「ああ。よくあんな柄のニット帽を見つけてきたなと思ってたが、自分で編んでたのかよ。オレも"NOブロッコリー&NOセロリの帽子"でも編んでもらっときゃ良かったな。」
仲間の意外な趣味を知ったが、ファッチョ軍曹はもう編み物をする事はない。キリングクロウの手練れと戦い、相打ちになってしまった。
「案山子軍団ってバカばっかりで癖も強いから困りものだわ。……絶対に忘れられないもの。」
「凡人で良かったよ。忘れっぽいから風化も早い。」
「それはどうかしらね。少尉は引き摺っちゃうタイプだもの。そろそろ時間ね。」
壁時計が17:50を指すとドアをノックする音がした。規律重視の軍官僚らしく10分前には御到着か。
「どうぞ。」
「忙しい中、時間を割かせてすまんのう。」 「失礼仕る。」
侘助に案内されて客間に入って来たのは二人の老人。兎我忠冬と
「お掛けください。一心先生、怪我の具合は如何ですか?」
ソファーに座った老剣客の左手には包帯が巻かれている。
「ご案じなさるな。引退した爺の薬指と小指が欠けたところで、どうという事はない。」
「指二本と引き換えに二人の壮士を生かしてくれました。先生が駆け付けなければ、兎場デンスケとカレル・ドネは死んでいたでしょう。」
「ドネ伯爵はともかく、デンスケが壮士なものかね。いい年こいて、手の掛かる弟子じゃて。……三槌殿がおらねば、儂も死んでおったじゃろう。彼こそが真の壮士じゃよ。」
老剣客は戦死した博徒を称え、リリスが淹れた渋茶を啜った兎我元帥が話を切り出す。
「そのデンスケなのじゃがな。兎我に姓を改める事になった。もちろん、帝と龍弟公の許諾を得ればの話じゃがの。」
出島への出資を話し合う為の会談だったが、養子縁組の話もあったらしい。
「兎我家の家庭事情に連邦が介入したりしませんよ。本人と兎場家が認めてるなら問題ありません。」
デンスケは豪農の次男坊らしいからな。人工物が主流の荒廃した星で、天然物を育てる農園主となれば名士のはずだ。失脚したと思われている兎我家との養子縁組には躊躇するかもしれないな……
「兎場家の出した条件が、帝の意向に添う事なのじゃ。ほれ、統合作戦本部で忠春がやらかした時に兎場隊も巻き添えを喰ったじゃろう?」
「そんな事もありましたね。」
「おヌシは知らんじゃろうが、兎場家は※天領で苗字帯刀を許された庄屋の末裔での。今でも御門家に収穫物を納めておる。農園主は息子の不始末に頭を抱えて、御用農家の辞退と次男との義絶を申し出たが、ミコト姫は"親と子は別人格、辞退には及びません。どうしても償いがしたいと仰るのなら、義絶ではなく彼らを援助してあげてください。弟に刃を向けた兎場隊は窮地に陥ったはずです"と仰ってな。直筆の手紙を農園の関係者と取引先にしたためて、兎場家に塁が及ばないように取り計らったそうじゃ。」
実家が御用農園を営んでるってのに、いくら忠春に命じられたからってオレとやり合うか?……剣術と立身出世に傾倒してたデンスケも、実家を"デカい農園"ぐらいに考えてて、実態をよく知らなかったんだな。
いや、天然物の良品を育てる農園ならこの御時世、引く手あまただ。御門家に縁を切られても兎我家が後ろ盾になれば、作物の買い手なんていくらでもいると軽く考えていたんだろう。流通業界に顔が利く兎我家は、結構な数の商社を保有していたしな。していた、と過去形なのは、元帥は保有会社の株式のかなりを御堂財閥に譲渡し、手にした金を出島に投資しているからだ。
「その話は知りませんでした。仁君らしい寛大さですね。」
「じゃから都に足を向けて寝られんらしい。肩身が狭い思いをしないように取り計らった帝に不義理など出来よう筈もない。儂が失態の責任を兎場隊になすりつけて冷遇した事も知っておる実家としては、気乗りがせんのは当然じゃろうな。」
「なるほど。御門家のお墨付きがあれば、兎場家も関係者も納得する、と。」
豪農一家としては、御門家と兎我家の関係が修復された証が欲しい訳だ。これまでの経緯を考えれば、反目してんのが普通だろうし、気持ちはわかる。
「デンスケは"実家と袂を別ってもかまわない"と言ってくれておるが、そんな事はさせとうない。故に口添えを頼みたいのじゃ。」
「立ち入った事をお伺いしますが、養子縁組した義理の息子と根住雪枝さんが結婚し、忠雪クンが兎我家の後継者となる。そういう話ですよね?」
アレクシス夫人の話では、雪枝さんは何があっても息子を他家に預けるような女性ではないらしいからな。
「いかにも。もちろん忠雪が立派に成長するまでは、婿殿に頑張ってもらうがの。儂は一心殿に倣って隠居生活を楽しむつもりじゃ。」
そういう話なら、兎我派と系列企業を取り込んだイスカへの根回しも必要になってくる。それでオレに話を通しておこうと考えたのか。
「デンスケなんぞに雪枝さんは勿体ないが、物好きな事にあの甲斐性無しを好いておるようじゃから、他の男をあてがう訳にもいかぬ。出来の悪い弟子じゃが、賢妻に恵まれたらシャンとするかもしれんしの。殿下、弟子の為に一肌脱いでもらえぬか?」
一心先生は若輩者に頭を下げた。大師匠の剣友だけあって、弟子思いな御仁らしい。
「お任せください。関係各所への根回しもやっておきます。兎我家の婿養子にはそれなりの地位が必要ですね。経済特区と認定された出島の総督に兎我デンスケを推挙しましょう。大陸との交易の中継港として発展する出島は、発案者で出資者の兎我家が管轄する。新当主に箔を付ける為に、爵位も授与する必要があるでしょう。反貴族主義の元帥は不本意かもしれませんが…」
「公爵、儂はそんな偏狭な考えはもう捨てたのじゃ。厳然たる事実として貴族制が存在する以上、緩やかに有名無実化させていくべきじゃろう。代を重ねながら、良き領主が良き名士へと変わってゆく。急進的な改革は民を不幸にするばかりじゃ。それがようわかった。」
そう。今、貴族制の全廃など言い出したら、新たな戦争が勃発する。オレやイスカはもちろん、アレックス准将にテムル総督、同盟軍の高官や戦功者の多くは貴族出身なのだ。貴族じゃない将官なんて、兎我元帥とヒンクリー少将ぐらいだろう。
話題は出島の今後に移り、兎我元帥は優れた官僚としての手腕を存分に発揮したプランを説明してくれた。交易の中継港としての成長戦略と、戦火で家を失った難民や親を失った孤児の受け皿としての街作り、か。
経済成長と弱者救済を両立させるとはお見事。なるほど、これが同盟躍進を支えた"財政の父"の実力って訳だ。
「素晴らしい構想だと思います。兎我元帥、隠居生活を楽しみながら、要所で指導とハンドリングをお願いします。婿殿は剣術は達者でも、行政経験はありません。オレも家人衆の助けがなければ、領地運営に支障が出ていたでしょう。」
「あれの剣術が達者であれば、こんな老いぼれが出しゃばらずに済んでおったわい。じきに雪坊にも追い抜かれるじゃろうて。あのコはホンに筋が良いからの。」
一心先生は容赦なく古弟子をこき下ろしながら、新弟子を褒め称えた。"
「余生は出島の発展を見守りながら、婿殿と曾孫に行政と会計を教えるつもりじゃ。一心殿は手厳しいが、婿殿は剣客よりも執政官として大成するような気がするのう。狡っ辛いと言えば聞こえが悪いが、言い換えれば"機を見るに敏"とも言える。
根は善良な悪党、か。矛盾した表現だが、確かにデンスケはそんな感じだ。良家に生まれたせいかお人好しな面があって、苦労もしたから世間を知っている。立身出世の為なら
英明さを取り戻した兎我元帥が後見すれば、婿殿はセコさ…庶民感覚を備えた指導者として出島を発展させるだろう。大器の片鱗を見せる兎我忠雪が成長するまでの繋ぎ役には十分。これで兎我家は安泰、出島の未来も明るそうだ。
※天領とは
帝の直轄地。帝に任命された代官が統治し、大名の領地に比べて農民も優遇されていた。
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