哀歓編10話 小天狗の処断



射場家の当代に任じたライゾーをシズルに預け、オレと爺様は市内の軍病院に向かった。かなりの重傷を負ったガラクだったが、そこは持ち前のタフさで帰投中にかなり回復し、今は個室に移って療養中だった。


「ガラク、入るぞ。」


点滴を受けているガラクは、ぼんやりと窓の外を見ていたようだったが、オレと爺様が病室に入ると身を起こそうとする。


「お、お館様!」


「そのままでいい。」


サイコキネシスで病室にあった丸椅子をベッドの前に動かし、腰掛ける。爺様は立ったままで、厳しい目で孫を見下ろしている。オレは病院に来る前に立ち寄った統合作戦本部で受領した命令書を毛布の上に置いた。


「本日付で天羽雅楽上級曹長を不名誉除隊とする。理由は聞かずともわかるな?」


紙切れを虚ろな目で見たガラクは、唇を噛み締めた。


「……はい。こんなカタチで任を解かれるのは悔しいです……隊長の俺がクビって事は、白狼分遣隊第一中隊は解散ですか?」


「まだ決めていないが、部下は処分されない。命令に違反したのはおまえだけだからな。」


「分遣隊大隊長のマガクさんは監督責任を問われ…」


「自ら降格を申し出ている。トシを死なせた責任は自分にあると言ってな。オレも降格したい気分だよ。おまえの山っ気を知っていながら、別行動させたのは大失敗だった。」


トシが傍にいれば大丈夫だろうと思ったが、甘かった。たらればを言っても仕方ないが、九郎兵衛を侘寂兄弟に補佐させて、分遣隊を再編成すべきだったんだ……


狼山勾九おいやままがく熊狼九郎兵衛くまおかくろべえ、貝ノ音侘助、寂助、経験豊富なベテランを揃えておけば、犠牲者を出さずに時間を稼いでくれていただろう。


「……心から反省してます。だけど、現場の判断で賭けに出る事だって…」


オレがキレる前に爺様がブチギレて、孫の襟首を掴んで怒りをぶちまける。


「黙らんか!!おまえは!勝手な判断で暴走した挙げ句、トシゾーを死なせたんじゃぞ!」


「トシは俺を庇って死んだ!!そんな事はわかってんだよ!だけど俺にどうしろって言うんだ!生き返らせる方法があるなら、何でもやってやらぁ!」


ガラクは点滴を床に叩き付けながら怒鳴ったが、爺様の怒りは収まらない。


「お館様はクルーガー大佐を救援に差し向けられたじゃろう!なぜ待たなかった!」


「来るのが処刑人とは知らされてなかった!知ってたら自重したさ!」


「そんな戯れ言が言い訳になると思うとるのか!魔獣の力を知った上で、お館様が選んだ強者なのじゃぞ!惣領の差配を信じられぬ者に家人の資格はない。……じゃが、おまえがいくら馬鹿でも、お館様を信じておらんかった訳ではなかろう。ガラク、本音を言うてみい。」


「やれると思ったんだ!……俺なら……やれると思ったんだよ……それがそんなに……いけない事なのかよ……お館様だって、一か八かの賭けに勝ってきたじゃねえか……」


孫の襟首から手を離した爺様は、疲れた顔で首を振った。


「……おまえは何もわかっておらん。お館様は功名心で賭けに出られた事など一度もない。」


「………」


「軍からの処分は不名誉除隊じゃが、八熾家は軍ほど甘うないぞ。次席家人頭として処分を言い渡す。……天羽雅楽は八熾一族から追放じゃ。二度と八熾の庄に足を踏み入れる事は許さん。」


答えを間違えるなよ、ガラク。今、おまえの前にいるのは、祖父ではなく次席家人頭なんだ。


「追放!? 嘘だろ、爺ちゃん!俺がいなくなったら、天羽家はどうなるんだよ!」


……ダメだ。このバカが!これじゃあ爺様だってどうしようもないだろうが!


「この大戯おおたわけめが!!そんな事はおまえの知った事ではない!八熾の庄だけではなく、連邦領からも追放じゃ!」


「……お館様……お、俺は心を入れ替えて一族に尽くすつもりです!どうか追放だけは…」


悲嘆も反省も上っ面だけだ。山っ気と他責思考を捨てない限り、いくら才能があっても……いや、なまじ才能があるだけに一族に害をもたらすだろう。


「おまえの処分は爺様に一任した。任せた以上、口出しは出来ん。」


「そんな!!」


「……帰るぞ、爺様。」


「ハハッ。ガラクよ、傷が癒えても戻る場所はない。おまえはもう、狼の一族ではないのじゃ。」


ガラクは背を向けた祖父に追い縋ろうとしたが、傷の痛みで床に転がり落ちた。


「トシが最後に言い残したんだ!立派な指導者になってくれって!ライゾーを頼むって!お館様、爺ちゃん!俺に責任を果たさせてくれ!……頼むよぉ~~~……」


床に這いつくばったまま、嗚咽するガラク。爺様の言った通り、何もわかっちゃいねえな。おまえは責任を果たす前に、責任を取らなきゃならないんだよ。名家の生まれ、恵まれた素質、全部かなぐり捨てて、自分自身に向き合え。上っ面しか見えない半端者は、爺様の苦渋に満ちた表情にすら気付いちゃいないんだろうが!心底落胆してるのは爺様なんだ!


病院の駐車場で待っていた侘助は、爺様にかける言葉が見つからないようで、沈痛な面持ちで車のドアを開けた。


「……お館様、全ては孫を甘やかした儂の責任です。面目次第もなく……」


後部座席で言葉に詰まる爺様。痛々しくて、見ていられん。


「爺様、気に病むな。白狼衆に選んだからには、オレの責任でもあるんだ。テムル総督がガラクを預かってもいいと言ってくれている。一人では何を仕出かすかわからんし、爺様が因果を含めて白狼分遣隊第一中隊をつけてやれ。そうすれば恰好もつくだろうし、部下が傍にいて励ませば、帰参に望みを持てるだろう。」


強者には素直に従う傾向があるから、アレックス准将に預けようかとも思ったが、烈震の勘気に触れたら冗談抜きで殺されかねん。蒼狼は烈震ほど苛烈な性格ではないし、冷静な参謀のアトル中佐が常に傍についている。ザインジャルガなら、いきなり誅殺される事はない。


「……お館様……」


「三年だ。三年経っても変わらんようなら、分遣隊を呼び戻せ。表面上は、ガラクを慕ってついて来たという事にすればいい。爺様なら出来るだろう?」


猶予を与えてそれでもダメなら、爺様も諦めがつくだろう。


「……お言葉に甘えさせて頂きまする。不出来な孫への格段のお心遣い、万謝の気持ちを言葉では表せませぬ……」


万謝ときたか。なんでこんな謙虚な爺様の孫があんな増上慢なんだか……


「ガラクの為じゃない、爺様の為だ。八熾の子は爺様の子、オレが爺孝行をしたくなっただけさ。戦没者慰霊式と戦勝パレードが終わったら、シズルと爺様は先に八熾の庄へ帰って主立った者と談義し、講和条約の締結まで混乱が起きないように手を打つんだ。オレはもちろん、シズルと白狼衆は間違いなく兵器指定されるぞ。」


シズルと牛頭馬頭、侘寂兄弟に九郎兵衛やマガク、それに大殿になった教授も兵器指定されるに違いない。オレ達が不在の間、八熾の庄を守れるのは天羽の爺様だけだ。


「お任せくだされ。大殿の受け入れ準備も整えておきまする。お館様の父君にお会いするのが、楽しみでなりませぬ。シズル殿のお話では、"知略に優れた真の狼"との事ですが、どのようなお方ですかな?」


「シズルの言った通り、頭がいい。オレより遥かにな。」


親父と同等の頭脳と見識を持つ男が日本にいるとは思わなかったよ。そんな天才が戦乱の星にやって来て、オレに力を貸してくれるなんて、話が出来過ぎだよなぁ。


「ほう!それはそれは。さりとてお館様を超える知謀の持ち主がいるとは思えませんがのう。」


少し元気が出たみたいだな。爺様の鬱ぎ込んだ顔など見たくない。


待てよ?……親父と同等の頭脳と見識……よくよく考えれば、権藤杉男の思考の方向性や権力の操り方は天掛光平に酷似しているような……


照京と神難の提携交渉で、イスカは教授に出し抜かれた。表の世界で脚光を浴びる天才政治家を、影に潜んで出し抜く辣腕。実験体に宿った教授は表に出る事が出来ない。やむを得ず黒幕として暗躍していたにせよ……


教授は、"私の専攻は国際政治学で、政治家のブレーンもやっていたからね"なんて言っていたが、ブレーンは政策や情勢についてアドバイスするだけで、実務には携わらない。なのに恐ろしいぐらい実務能力が高く、場数を踏まなきゃ身に付かないような小狡さも持ち合わせている。オレ自身も、龍ノ島戦役を終わらせる会談に備えてレクを受けた時、"官僚はこうやって政治家を操るんだなぁ"って、見事な振付師っぷりに感心したんだ。


自ら語った経歴を除外し、これまでの実績と功績だけを考慮した人物像は……天才学者ではなく……まさか、な。


別のアプローチで考えよう。地球から来た第二の男の存在を知った時に思った事は、"爺ちゃんか物部の爺ちゃんに近しい人物に違いない"だった。教授は"難病を患った妻子を救う方法を物部さんから教わった"と言っていたが、物部の爺ちゃんが親友の秘密をに喋るだろうか? 


物部の爺ちゃんと権藤杉男は家族同然の付き合いだった。そうだとしてもおかしな事がある。戦乱の星にたった一人で乗り込んで、妻子のクローン体を用意し、有力都市国家の姫君に儀式を執り行ってもらう。薄氷の上でタップダンスを踊るような無謀な挑戦を、なぜ勧めた? 教授がしくじったら、それこそ日本に残された妻子は…



そうだ、権藤杉男には妻子がいる。天掛光平ではあり得ないんだ。……いや、再婚した妻に連れ子がいたとしたら……

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