哀歓編2話 夢を叶えた中年軍人



「で、いつまで抱き合ってるつもりなンだい?」


マリカさんの怖い声音、オレとローゼは剣呑な目付きの女達に包囲されてしまっていた。


「……い、いや……そ、その……せ、戦争が終わってよかったなーって……」


姫様おっぱいの感触をもう少し楽しみたいが、せっかく生き残ったのに、ここで殺されたらたまらない。オレは渋々おっぱ……ローゼと体を離した。


「日頃は立て板に汚水のような弁舌だけに、言葉に詰まってキョドられると、あからさまに怪しいわね。」


リリスが毒を含んだ台詞を吐きながら、間に割って入る。


「わざわざ汚水にするな。立て板に水でいいだろ。」


「焼け石に水、という諺もあります。さあ、どんな弁明を聞かせてもらえるのかしら?」


弁明を強要するシオンの目も怖い。そして、良くも悪くも空気を読まないお天気娘は無邪気に再会を喜んだ。


「ロゼちん、久しぶり♪ 汗の匂いがするよ。一緒にお風呂に入ろ!」


「うん。後でね。」


ナツメがおっぱいソムリエである事をローゼは知らない。また犠牲者が増えてしまうようだな。


「カナタさん、無事でよかった。こんなに傷だらけになって……」


静かに歩み寄って来た姉さんから、ねぎらいの言葉をかけられる。


「こんなのどうって事ありませんよ。ヒンクリー少将、護衛任務お疲れ様です。」


姉さんの後ろに立っているヒンクリー少将に敬礼する。


「出番がないかと思っていたが、とんだ見せ場があってな。ま、結果オーライだ。」


敬礼を返してくれたヒンクリー少将は、野戦服の袖を捲って銃創を見せてくれた。塞がりかけちゃいるが、大口径の銃弾を喰らったらしい。


「どういう事ですか!誰に襲撃され…」


「カナタ!」


フラついた体をマリカさんに支えられる。出血で立ち眩みを起こしたらしい。


「話は後だ。緋眼、未来の旦那を医療ポッドに運んでやれ。撤収指示は俺がやろう。」


「少尉は私の旦那様よ!」


「リリス、文句を言うのは後にしましょう。みんな、撤収を開始するわよ。」


シオンが戦術タブレットを取り出し、負傷兵の収容状況を確認する。要塞に戻るまで指揮を執りたいが、流石に限界だ。医療ポッドで休ませてもらうか。


───────────────────


※パスト・サイド(バルミット地方の山岳地帯。終焉編60話の続き)


「みんな、覚悟はいい?」


力強く頷いてくれた皆に勇気をもらって、私は最後の賭けに出る。


「ローゼ様、待って!南から来るヘリは同盟軍かも!」


同盟軍のヘリ!?


「キカちゃん、間違いない?」


「……間違いないよ!南から来た3機は同盟軍の強襲型・アサルトホーク!北から来た2機と交戦してる!」


ミコト様が救援部隊を送ってくれたんだ!


「同盟軍のヘリは勝てそうなの?」


「北から来た2機は偵察型のシャドーファルコン、戦えば強襲型のアサルトホークのが強いはずだよ!」


秘密裏に先回りして待ち伏せする為に、オリガは速くて索敵性能が高いシャドーファルコンを使った。2対3だしパイロットの腕が互角ならアサルトホークが勝つはず。ううん、スネグーラチカが地上から狙撃で援護するだろうし、兵員輸送に使った汎用ヘリも投入して来るはず…


「やった!あの3機は先導機パスファインダーだったんだ!」


「先導機? じゃあ…」


「後続のヘリがいっぱい飛んで来てる!アサルトホークが20機とビッグヴァーチャーが6機!ヴァーチャーは兵士を55人も乗せられる大型輸送ヘリだから、最低でも3個大隊!もう降下を始めてるよ!」


スネグーラチカがいくら強くても、戦力比3倍は厳しいはずだ。救援部隊だってミコト様の護衛を務める手練れなのだから!


「キカちゃん、耳を澄ませて様子を探って。」


「任せて!…………救援に来てくれたのは………陸の海賊ランドパイレーツだよ!ヒンクリー少将が陣頭指揮を執ってる!」


不屈の闘将、クライド・ヒンクリーならオリガにだって勝てる!


30分ほど息を潜めて洞窟に身を隠していると、地獄耳ではない私の耳にも呼びかけの声が聞こえてきた。


「ローゼ姫!俺は同盟軍少将、クライド・ヒンクリーだ!帝の要請で救出に馳せ参じた!姿を視認出来たら合図してくれ!」


「ライ、外の茂みに身を隠して少将を探して。視認出来たら信号弾を。」


「了解。」


しばらく待っているとライが信号弾を放ち、洞窟に戻って来た。


「姫、スネグーラチカはあらかた蹴散らされたみたいで、もう撤退を開始したようです。」


「よかった。……九死に一生を得ましたね。」


……私の見込みの甘さで多くの護衛を死なせてしまった。彼らの犠牲を無駄にしない為にも、停戦を実現しなければ!


──────────────────


医療ポッドから出たオレは、医務室にいたローゼから事の顛末を聞かされ、怒りがこみ上げて来た。


「あの蜥蜴野郎!ローゼの暗殺を企んでやがったのか!それでオリガは?」


護衛を兼ねて同席していたヒンクリー少将が申し訳なさげに頭を掻いた。


「逃げられちまったよ、面目ない。心臓を狙った狙撃を腕で受けてやったら、速攻でズラかりやがった。あの女は逃亡用にファルコンを1機隠してやがってな。アサルトホークじゃ追い付けん。」


陸路では郊外戦に間に合わないと考えた少将は、シュガーポットに大量に配備されていた強襲ヘリと大型ヘリを使ってランドパイレーツだけでも戦線に投入しようと空路でバルミットに向かっていた。


そして皇帝の船を盗聴していた煉獄は停戦が成立しそうだと知り、なんとしてでも阻止しようとオリガとスネグーラチカを送り込んだ。野薔薇の姫を暗殺し、同盟軍の仕業に見せかければ、停戦がご破算になるどころか、帝国兵は"同盟許すまじ!"と戦意に火が点く。戦争継続を望む奴にとっては理想的な展開だ。


だがローゼと秘密裏に停戦交渉を行っていた姉さんは、煉獄が停戦を察知すれば暗殺部隊を送り込んでくるかもしれないと考えて、ヒンクリー少将に彼女の護衛を依頼した。護衛ではなく救出になったものの、窮地を脱したローゼはバルミット要塞に辿り着き、停戦協定は成立した。


……オレの知らないところで、謀略戦が行われていたって事か。姉さんの機転で事なきを得たのは何よりだった。煉獄は龍姫の眼力も見誤っていた訳だ。


「初撃で仕留め損ねたんでトンズラか。距離を詰められたら勝ち目がないと思ったんだろう。」


あの女は狙撃に長けているが、今まで白兵戦を演じた事はない。腐っても兵団の部隊長だから、白兵戦もそれなりにこなせる筈だが、超再生持ちの古参兵に勝てるような腕前じゃないって事だな。


「代わりにスネグーラチカは半壊させてやったがな。徒歩で逃げ散った連中は海賊どもに追わせてる。レンジャーとしても有能な連中だから、全員は捕らえられんだろうが……」


「生け捕りにした兵士はいますよね?」


「たった2人だがな。捕まった仲間は射殺するのが奴らのポリシーらしい。」


狙撃で口封じか。とことん性根が腐ってやがる。だが、証拠を隠滅出来なかったオリガはパブリックエネミー確定だ。公共の敵と認定されたら、両軍から追われる身になる。講和が成立すれば、別々ではなく協力してオリガと残党を捜索する事になるだろう。


「口を割らせても"オリガに命令された。相手がローゼ姫とは知らなかった"としか言わないでしょうね。」


「そんな話は通らんだろう。煉獄の差し金に決まっている。」


「相手がローゼ姫とは知らなかったは嘘ですが、オリガから命令されたってのは本当ですよ。下っ端兵士が極秘命令を下す場に居合わせてるとは思えない。煉獄はオリガの独断って事にして、しらばっくれるでしょう。」


オリガを匿うか口封じするかはわからんがな。


「オリガは兵団の幹部だぞ。煉獄には監督責任がある!」


「もちろんそうですが、監督責任だけじゃあ処刑台には送れない。」


「父に期待したいところですが、彼を裁く決断が出来るかどうか……」


あまり期待してなさそうなローゼの口調に、ヒンクリー少将は当惑したみたいだ。


「おいおい!自分の娘が殺されるとこだったんだぞ!」


「ですが生きています。打算的な父なら、政治的な立場を強化する為に事件を利用しようと考えるでしょう。朧月セツナは機構軍で唯一、カナタや御堂少将と互角に戦える戦術家です。そんな彼を処刑台に送れば、講和が破られた時、軍事的に同盟軍に対抗する事が難しくなります。」


「野心家の煉獄を生かしておけば、皇帝だって枕を高くして眠れんだろう。サッサと奴を処刑して、講和が破られないように尽力すればいいだけの話だ。」


「ヒンクリー少将のように、信義を重んじられる方はそう考えます。ですが父は猜疑心が強く、昨日までの敵を簡単に信用しません。皇帝ゴッドハルトは信用よりも利用を重んじる、残念ながらそういう人です。彼が保険に使えるなら、生かして利用しようとするでしょう。もちろん私は彼だけではなく、兵団全員の処断を求めますが……それよりも先にちゃんとお礼を言えてませんでしたね。」


ローゼはヒンクリー少将の両手を握って頭を下げた。


「少将は命の恩人です。使節団一同を代表して御礼申し上げます。私達を救ってくださってありがとう。」


「帝の要請があればこそだ。お陰でガキの頃からの夢が叶ったよ。」


「子供の頃からの夢、ですか?」


「ああ。一度でいいから絶体絶命のお姫様の元に颯爽と駆け付けて、窮地を救ってみたかったんだ。白馬じゃなくて、ヘリに乗ってたのが残念だがね。」


白馬の王子を気取るのは無理がある厳つい顔で少将はウィンクした。武骨な手を握ったままのローゼは微笑んだが、お腹が鳴って赤面する。


「あうあう!あ、あの…」


「お姫様だって人間だ、腹も減る。剣狼が目を覚ましたら女神の間で賓客の歓迎会を開く事になってるから腹拵えをしよう。俺も腹が減ったな。剣狼もだろ?」


「ガムシロップにはもう飽きた。肉が食いてえ。」


「では姫君のエスコートは若者に譲ってやろう。俺が後20、いや10ほど若かったらなぁ。」


嘆く中年の手から姫君の手を引き剥がして、エスコートする。


「行こうか、ローゼ。」


「うん!カナタ、ボクね!カナタにいっぱい話したい事があるの!」


「オレもだ。」


政治的な話は避けられないが、そういうのを早く片付けて一人の人間としてつまんねえ事をたくさん話したいもんだぜ。


「……ボク、ねえ。フフッ、こりゃ庶民派アイドルならぬ庶民派プリンセスだったらしい。」


野薔薇の姫の素顔を垣間見た少将は、オレに絡んできた。


「なあ剣狼。俺はタキシードを何着用意すればいいんだ? これでも伊達男を気取ってるんでな、同じ礼服で何度も式に出るのは沽券に関わる。全員まとめて一度で済ませてくれりゃあ有難いんだがね。」


うるせえ、着たきり雀が何抜かしやがる。


「大丈夫ですよ。多少デザインを変えたところで、死ぬほど礼服が似合ってませんから。」


世の中には軍服しか似合わない男ってのが存在してて、オレやヒンクリー少将がそうだ。少将なんて軍服どころか今着てる野戦服しか似合ってない。


「ほう、姫君との関係は否定しないんだな。クックックッ、戦争は終わったが、おまえさんの修羅場はここからって訳だ。リックに録画を頼んどくか。」


底意地の悪い顔でサムズアップする少将に向かって、サムズダウンを返してからローゼと一緒に女神の間に向かう。



……やれやれ、戦争が終わったばっかだってのに、正妻戦争が勃発しそうだなぁ。いや、勃発させなきゃならない。正妻戦争の勃発は、好きなコ全員嫁計画の成就を意味するんだからな。

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