終焉編63話 Period



「狼眼など通じぬ!何度睨もうが無駄だ!」


発動を予知した煉獄は目を切りながらバックステップして距離を取った。


「無駄? また一から幻視のやり直しだろう。」


アギトとの戦いを経て、完成された夢幻一刀流。いくら煉獄が朧月真影流の継承位を持つ剣の達人で、次の動きを予知する事が出来ても、同格の剣客を一刀の下に斬り捨てる事など不可能。であるからには、必ず数手の崩し技を必要とする。オレは予知能力を持たないが、予測は出来る。致命の一撃を叩き込もうとする瞬間を読み損ねる事はない。


そして刻龍眼はその特性上、必ず相手の姿を視界に捉えなければならない。特に刀を含む上半身から目を逸らせば受けを予知出来ないどころか、こちらの攻撃を躱す事も難しくなる。つまり否が応でも、目を合わせて戦うしかない。ならば崩された瞬間に狼眼で睨んでやれば、煉獄は視線を外して仕切り直す。邪眼抵抗に回す念真力を欠いた状態で狼眼を喰らえば、致命の一撃を叩き込むより先に自分が致命傷を負いかねないからだ。


「フフッ。そんなに狼眼を連発して大丈夫なのか?」


煉獄は長髪をかき上げながら嘲笑したが、余裕ぶった態度が虚勢なのはわかっている。


「おまえこそ、何度も幻視をやり直すのは厳しい筈だ。刻龍眼の弱点をもう一つ見つけたぞ。」


「弱点だと?」


「視界から外れると予知が解除され、刻龍眼を再発動させる必要がある。問題なのは、発動させるのにかなりの負荷が生じる事だ。一度エンジンをかければアイドリング状態で予知し続ける事が出来るが、エンジンスタートからやり直すのは消耗が激しい。維持するだけでも念真力を馬鹿喰いする能力だけに深刻だな。」


「ほざけ。貴様の狼眼とて容易い術ではなかろう。」


そう。刻龍眼を何度も始動させる煉獄も苦しいが、狼眼を連発するオレも厳しい。苦戦は覚悟していたが、今のところダメージの多寡ならオレの方が深刻だな。


「フフッ、ここからは我慢比べだな。先に根負けした方が死ぬ。」


こちらから距離を詰めて脛払いを放ったが、紙一重で躱される。来る技を予知しているのだから当然だが。そこから数十合撃ち合ってみたが、軽微とはいえ手傷が増えてゆくのはオレだけだ。予知と予測の差が出ている。このままでは……押し切られるだろう。


「無学な貴様は、"積羽沈舟 "と言う言葉を…」


講釈を聞くのも垂れるのも好きだが、おまえの講釈は聞きたくない。


「軽い羽毛でも積み重なれば舟をも沈める。塵も積もれば山となる、と同義だ。カッコつけるのはいいが、要は小手先の技のみで姑息にダメージを稼ぐって事だろ。」


隙の少ない牽制技であれば、刀や腕をかざして視線を遮れる。あえて大技を捨て、目を合わせずに姿を捉え続けるとは考えたな。ま、色々考えてるのはおまえだけじゃない。


「そう言えば貴様は、同盟機関紙で"最良の策とは読まれていても機能する策だ"と述べていたな。確かにその通りだ。為す術もなく、斬り刻まれる恐怖を味わえ!」


「夢幻一刀流・双牙双撃!」


狼眼で睨みながら逆手で蝉時雨を抜き放ち、紅蓮正宗と同時に左右から斬り付ける。


「甘い!未来が視える私に、合わせ技など無意味だ!」


視線を滅一文字で遮った煉獄は、左右から迫る刃を後ろに跳んで躱した。もちろん、オレの姿は視界に捉えたままだ。空振りの隙を突こうとした煉獄だったが、その足が止まった。


「どうした? ご自慢の目は、が見えなかったようだな。」


煉獄の右足首に砂鉄の虎挟みが咬み付いている。砂鉄のカーテンを形成した時に、罠用の砂鉄を地面に残しておいたのだ。


「…き、貴様ぁ…小癪な真似を!」


激昂しながらも、精緻にコントロールされた念真小爆発で虎挟みを爆散させて罠を外す煉獄。オレは蝉時雨を鞘に収め、散らばった砂鉄を手元に集めて刃と化す。


「刻龍眼は視界に捉えたモノの数瞬先が見えるだけだ。背後に仕掛けられた罠も、己の未来も見えない。死角から襲って来る刃にも注意するんだな。」


「……クルーガーと違って一点にしか磁力を集中出来ないらしいな。劣化複製バッドコピーなど恐るるに足らぬ。」


虎挟みで足に痛撃を与えたが、次の動きを予知される事には変わりなく、まだ互角とは言えない。結局のところは能力頼みだったナバスクエスと違って、煉獄は五感も鍛え上げている。オレと同じで、集中すれば背後からの攻撃も察知出来るだろう。だが、予知出来ない攻撃もあるとなれば、煉獄も今まで以上に消耗する。


「視界を遮る方法は他にもあるぞ!螺旋業炎陣!」


炎陣を壁に使って距離を詰める!とにかく視界を遮って刻龍眼を切断し、再発動を繰り返させて弱らせるんだ!


「貴様だけはこの場で殺す!!」


「初めて気が合ったな!おまえの野望もここまでだ!!」


予知の力で手傷を負わされながらも、砂鉄の刃で死角から攻撃、時にはカーテンに変えて遮蔽にも使う。意識を上に振っておいて…


「くっ!体が重い!」


閣下に比べれば笑えるほど範囲は狭いが、重力磁場も能力だ!捉えてしまえば、強度には自信があるんだぜ!


「逃すか!」


足に力を込め、力尽くで重力磁場から逃れようとする煉獄に紅蓮正宗を振るう。剣の軌道を予知した煉獄は体を捩って躱そうとしたが、もう一つの見えない力。サイコキネシスで僅かに動きを鈍らせ、愛刀の切っ先が煉獄の脇腹を薙いだ。


「ぐぬっ!手を変え品を変え、小癪な小細工を弄しおって……」


腹を斬られながらも跳び退った煉獄は、炎を纏った左手を脇腹にあて、傷を焼いて出血を止めた。


「磁力操作、重力磁場、サイコキネシス……偉大な先達から、尊敬する友から、大事な仲間から学習ラーニングした力だ。」


"仲間じゃなくて嫁でしょ"と一騎打ちを見守るリリスの呟きが聞こえる。いいぞ、眼前にも背後にも、全方向に集中出来ている。


「手札の多さを活かす術を心得ているようだな。……認めてやろう。この私と対等に戦えたのは、貴様が初めてだと!御堂イスカでさえ、ここまでではなかった……」


不敵に笑う煉獄の両目から血涙が流れる。……ド頭で喰らった天狼眼で損傷した視神経が、刻龍眼の多用で悲鳴を上げ始めたようだな。予知能力に苦しめられたオレも全身に傷を負っているが、煉獄の足首と脇腹の傷もかなり深い。ようやく、互角の勝負に持ち込めたようだ。


「最初の敗北が最後の敗北。戦場ではよくある事だ。」


「だが貴様は……念真力の深淵に潜む大いなる力の存在を知るまい。」


姉さんが警告してくれた通り、煉獄は深淵奥義を会得しているようだ。


「それはどうかな?……見せてみろ、おまえの底を。」


「……そうか。貴様はアギトの禁術、"邪狼転身"を見ていたのだったな。一度見た技を我が物とするのが剣狼の特性……だがいいのか?」


「使えば見境なく殺戮念波の餌食にしちまうって言いたいんだろ。」


「それだけではない。私は邪狼転身を破っている。」


……そうか。死神の仕掛けた罠に掛かったアギトは囚われの身になり、ネヴィルに売られるまで汚れ役をやらされていた。兵団に追い詰められたアギトが邪狼転身を使わない訳がない。邪狼化したアギトを倒したのは煉獄だったのか……


「だからどうした? オレも邪狼転身を破った。深淵奥義を使わずに、な。」


「ほう、深淵奥義とな。フフッ、確かに深淵から力を引き出す秘術に相応しい名だ。……では神の力を見せてやろう!……深淵奥義・刻龍降臨!!」


煉獄が滅一文字を地面に突き刺すと、地の底から湧き出した禍々しい瘴気が刃を伝って全身を覆ってゆく。


「神の力だと? おまえは断じて神ではない。だが、オレの牙は神をも砕く!!……深淵奥義・天狼転身!!」


全身全霊を込めた紅蓮正宗の切っ先を天に掲げると、雲の合間から陽光が降り注ぐ。天翔る狼よ、瞳だけではなく、我が身に顕現せよ!!


「私は神世紀を創造する!誰にも邪魔はさせん!」


瘴気を纏った煉獄は凄まじい速さで斬りかかって来る。この男にだけは負けん!オレは剣を牙とし、戦う狼!剣狼カナタだ!


「帝を守護する天狼の剣!受けてみろ!」


赤黒い念真力を纏った刃と、金色の念真力を纏った刃が激突し、火花を散らす。鍔迫り合いを演じながら天狼眼で睨んでやったが、煉獄は血走った火時計の目を逸らそうとはしなかった。瞳に念真力を集中させて、殺戮念波を防いでいるのか!


「無駄だ!刻龍降臨を使えば、幻視しながら膨大な念真力を行使出来る!貴様に勝ち目はない!」


深淵奥義を使えば、刻龍眼の弱点を補えるようだな。だが…


「殺戮念波は不可視の力。そして天狼転身を使えば……目を合わせる必要もなくなる!」


「ぐぬ!の、脳に直接…殺戮念波を……」


「痛みで力が入らないようだな!」


激痛に顔を歪めた煉獄との鍔迫り合いを制し、押し崩してから百舌神楽を見舞う。しかし、連続突きを予知して躱した煉獄は離れ際に突きを放ち、切っ先が肩口をかすめた。


「いかなる剣技も通じん!…ぐっ……貴様の息の根を止めぬ限り、殺戮念波を浴び続けるのか……」


煉獄も懸命に念真防御しているようだが、殺戮念波に抗し切れていない。存在そのものを滅する殺戮念波が煉獄の脳を破壊するのが早いか、予知能力を駆使しながら膨大な念真力を纏わせる事が可能になった兇刃がオレを斬り殺すのが早いかの勝負だな……


「そういう事だ。オレの殺戮念波から逃れる術はない。」


あらゆる剣技を無効化する予知能力と、予知しても躱しようがない殺戮念波。言葉にすればオレが有利なように聞こえるが、実際はそうでもない。お互いに余力は僅か、ダメージも五分五分だ。


「覚悟は出来たか、剣狼?」


煉獄がオーバードライブシステムを起動させたので、オレも起動させる。


「とっくに出来てる。こいよ、煉獄。」


最終兵装に深淵奥義、あと数分でオレか奴のどちらかが斃れる。


「勝つのは私だ!死ね、剣狼!!」


「オレは生きる!生きて未来を掴み取るんだ!!」


背中に注がれる仲間の眼差しが、友の魂が宿った紅蓮正宗が、オレに戦う力を与えてくれる!宿敵と白刃を交えながら咆哮を上げる。


「おおぉぉぉぉ!!」


「視える!!私には全てが視えているのだ!!」


滅一文字が脇腹に深々と食い込んだが、逆手抜きした蝉時雨で胴が両断されるのを防ぎ、至近距離から己の脳も焼き切れんばかりの念心力で殺戮念波を叩き込む。最後の最後で勝負を焦り、胴を捉えた幻視に縋ってその先まで見なかったようだな!


「ぐがっ!!」


激痛でよろめき、煉獄が後退る。今なら予知は出来ても反応出来まい!


「これで終わりだ、煉獄!!」


オレも長くは動けない、この一撃に全てを賭ける!! 紅蓮正宗で奴の首を刎ね落…


"……兵士の皆さん、戦いは終わりです……"


!!……心に直接響く声。この声は……姉さん!? 御門家の固有能力・天心通で呼びかけてるのか!


"……みんな聞いて!戦争は終わったの!!……"


ローゼ!? 姉さんと一緒に居るのか!?


リストバンド型の戦術タブレットから特殊音が発せられる。オレのだけではなく、両軍の兵士全員のタブレットからだ。このアラームは最優先命令が下された時に鳴る。音こそ違えど、機構軍のも同じ緊急アラームだろう。左手で脇腹を押さえたオレは、煉獄に目を払いながら、刀を握った右手でタブレットを開いた。


空中に投影されたのは二枚の立体映像ホログラム。一枚はカプラン元帥とゴッドハルト元帥の署名が記された停戦合意書。もう一枚は"女神の間"で抱擁する姉さんとローゼの姿だった。龍姫と野薔薇の姫の後ろでは、カプラン元帥を中心にザラゾフ夫人、トガ元帥といった見知った顔が拍手している。……なんでサイラスまでいるんだよ。


だが状況は理解出来た。ローゼと姉さんは、水面下で講和に向けて動いていたのだ。


「カナタ君、キミは納得出来ないかもしれないが、戦闘を停止してくれたまえ。」


戦術タブレットに映ったカプラン元帥に向かって敬礼する。出撃前に"やる事がある"と言っていたが、この事だったのか。両姫の早期停戦案に論客も賛同し、協力したんだ。


「総司令官の命令に背く兵などいませんよ。総員戦闘停止!停戦命令に従わない敵兵との交戦のみ許可する!繰り返す!総員戦闘停止だ、戦争は終わった!!」


形勢が不利になり、"全てを失うかもしれない"と恐れを抱いたゴッドハルトを説得して停戦を決断させるとはローゼもやるもんだぜ。動いたのは、ネヴィルの戦死を知った時だろう。降伏勧告に近いカタチでなければ皇帝は停戦に応じないとオレは思っていたが、ローゼは成算ありと考えた。権力闘争を演じてきた政敵であり、実娘の彼女は皇帝の心理を読み切っていたのだろう。


これまでの停戦と違うのは、講和を前提とした無期限の停戦合意という事だ。


「……ば、馬鹿な……戦争が終わっただと……」


苦悶の表情を浮かべた煉獄が膝から崩れ落ち、両手で髪を掻きむしった。高慢ちきが口惜しがる姿を見るのは気分がいいぜ。


「煉獄、おまえがバルミット方面軍の指揮官だろう。停戦命令を出さないのか?」


乱れた髪の煉獄は、殺意のこもった視線をオレに向けたが、刻龍眼は殺意を具現化出来ない。


「………」


「従うのか従わないのか、ハッキリしろ!!」


停戦命令など知った事かって言え。そうすれば叛乱罪で粛清出来る。おまえを始末しておくべきだって考えは変わらない。生かしておいたら、碌な事にならないだろう。


「……全軍戦闘停止。……白夜城に帰投するぞ。」


命令を下した煉獄の下唇から血が滲む。生涯最大の屈辱ってとこだな。


「思ったよりもお利口さんだな、煉獄。おまえが戦うと言っても、兵士の半分もついて来ないだろう。」


煉獄に忠誠を誓っているのは兵団と直属師団だけ、ナバスクエス師団が協力しても約3万だ。いくら煉獄が戦上手といっても、兵力半減ではオレ達には勝てない。ヘタをすれば、さっきまで部下だった連中まで敵に回るんだからな。奇跡的に勝てたとしても、世界が敵だ。どんな策謀を弄しようが、展望は拓けない。


煉獄はオレにではなく、野薔薇の姫に負けたのだ。


「剣狼、今の間にせいぜい勝ち誇るがいい。だが最後に笑うのはこの私だ。」


刻龍降臨を解除した煉獄は力のない足取りで去ってゆく。天狼転身を解除したオレは白炎で応急手当し、歓声を上げる仲間の元へゆっくりと歩む。そこに高速ヘリが飛んで来た。


血と硝煙の匂いが漂う戦場に降り立ったヘリから現れたのは野薔薇の姫。長きに渡る戦争に終止符ピリオドを打った女神様だ。


「……カナタ……ボク達はもう……」


言葉に詰まりながら胸に飛び込んできたローゼを優しく抱き締める。



「ああ、オレ達はもう……敵じゃない。戦争は終わったんだ……」



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