終焉編62話 煉獄VS剣狼



遊牧騎兵の突撃はマヌエラ隊が懸命に阻止、逆サイドからの反撃はダン師団とギャバン隊が食い止めている。両翼は拮抗し、中陣にいた最後の兵団ラストレギオンが前面に出て来た。


煉獄に残された道は唯一つ、最強部隊で本陣を撃破する事だ。それしか短期決着を図る術はない。


ど真ん中に案山子軍団スケアクロウ、右にクリスタルウィドウ、左に凛誠。両サイドの外に犬飼隊と錦城隊を配置し、兵団を迎え撃つのではなく、こちらから仕掛ける。出鼻を挫かれるような連中じゃないが、主導権は渡さない。


先手は漆黒の騎士団か。


「剣狼!俺と…」


「テメエの相手はアタイだ!」


真紅の閃光が黒衣の騎士の行く手を阻む。


「蝦蟇王、守宮刃、火隠衆は強敵じゃ!抜かるでないぞえ!」 「蟲兵衛!援護する!」


「ゲンさんは蝦蟇王、ゲンゴは守宮刃!ホタルは二人を援護しろ!」 「鎌女!帝の番犬が相手だ!」


地走忍軍には火隠忍軍、蟲兵衛と仲良しの奥群影由が率いる三日月部隊クレセントムーンには猛犬部隊ストレイドッグをぶつける。相方アマラを欠いたナユタには麒麟児、テラーサーカスには凛誠。真っ向勝負ならアルハンブラはそこまで怖い相手ではない。思考よりも勘を重視する天才肌サクヤは、読み合いに長けた魔術師の苦手なタイプのはずだ。


「リック隊は麒麟児隊を、ビーチャム隊は凛誠を援護!シオン隊は支援狙撃、リリスとリーゼは念真砲で敵兵を吹き飛ばせ!」


ロブ隊とナツメに命令は必要ない。戦況に即応して動ける便利屋どもと、広範囲をカバーする高機動兵士だ。


「手駒が尽きたようだな、剣狼。」


黒騎士に次ぐ戦力のムクロが露払いに出て来たか。勝てなくとも削っておきたいってところだろう。


「おまえこそ他の援護に回らなくていいのか?」


この期に及んで出で来ないとは、オリガは戦場を離れているな。あの女がいたらシオンとリリスで対処するしかなかったから不在は好都合だが、イヤな予感がする……


「助け合いなど弱者の甘えだ。負けた奴など死ねば良い!」


「……ならばおまえが死ね。」


セラミック製の長針は磁力の盾で弾かれ、即座に5本の槍に変じて反撃した。オレを上回る磁力を持つ男はこの世に唯一人。


「き、貴様は……ケリコフ・クルーガー!」


「俺がリタイアしたと思ったのか? 希望的観測は戦場では御法度だぞ。」


「半死人がしゃしゃり出てきおって!まだ傷は癒えていまい!」


卓抜した体術で襲い来る磁力鞭を躱しながら距離を詰めて来たムクロをケリーは迎え撃つ。


「彼我の実力差を弁えろ、よ。それぐらいのハンデがないと勝負にならん。」


"凶手"ムクロを相手にそんな事が言えるのは、"処刑人"ケリコフぐらいだろうな。マッチアップも終わった事だし、大物気取りの勿体つけ野郎を挑発してやるか。


「ここまでお膳立てしてやったのに、まだ勿体ぶるのか? 尻に火が点いてんのはおまえで、オレじゃないんだぜ。」


ゲッコーパフォーマンスの後ろにいる首魁を、人差し指でちょいちょいと手招きしてやる。


「吠えるな下郎。そんなに死にたいのなら、私が黄泉におくってやろう。」


隊列が割れて煉獄が姿を見せた。やっとお出ましだな。


「無理だと思うが頑張れ。」


逸る白狼衆を手で制し、紅蓮正宗を抜いて一歩前に出る。


「シズル、ゲッコーパフォーマンスが動いたら対処しろ。煉獄は敗色濃厚になれば、どんな手でも使うぞ。」


「ハッ!お館様、御武運を!」


至宝刀"滅一文字"を抜いた煉獄も一歩前に出た。


「私が負ける? フッ、笑止な。……剣狼、私は無駄な死人を出す事を好まない。」


「笑えない冗談だ。兵を無駄に死なせるのが、おまえの十八番だろう。」


「状況は互角だと認めてやろう。ここは私と貴様の一騎打ちで決着を付けようではないか。」


よく言うぜ。黒騎士ボーグナイン緋眼マリカに勝てるか不安なだけのクセしやがって。だが、このまま戦わせれば、仲間の誰かは斃れる。それは間違いない事だ。そして、煉獄はオレに勝つ自信がある。これは間違いだがな。


「いいだろう。皆、下がってろ。」


最精鋭部隊は互いに牽制しつつも矛を収めたが、広い平原の各所で戦いは続いている。この男を斃して終わりにしよう。


「私は人に生まれて人にあらず。そしてこの剣は、世界に新たな秩序を与える"救済の剣"だ。」


妄想を口にしながらも、一分の隙もない構え。なるほど、確かに天才だな。過剰な才気が生んだ誇大妄想ってところか。


「救済の剣……フフッ、今のは笑える冗談だな。おまえは鹿だ。」


「貴様のような俗物は崇高な志を、世界に変革をもたらす壮挙を理解出来ぬだけだ。地動説を異端審問で有罪にしたのも、ことわりを知らぬ俗物どもだった。」


ガリレオ・ガリレイみたいな先駆者がこの世界にもいたらしい。互いにジリジリと距離を詰めながら、不毛な言葉をやりとりする。


「与太話も程々にしておけ。おまえは"自分を中心に世界が回らないと気に入らないだけ"の誇大妄想狂だ。」


もう少しで一足いっそくの間合い……動いたのは同時だった。


「ぬん!」


「せいっ!」


滅一文字と紅蓮正宗、至宝刀が噛み合い火花を散らす。パワーは互角か!


「ほう。小兵にしてはなかなかの膂力だ。」


オレは172cm、煉獄は180ちょい、煉獄はおそらく中量級だろう。だが踏み込みの速さも互角。世界最速の女を見てきたから、驚きゃしねえがな。


背丈タッパがある分、パワーは上かと思っていたが拍子抜けだな。まさかこれが全力か?」


鍔迫り合いを演じながら、殺戮の力を刃に込める。


「貴様は付与能力を持っているのだったな。その手は喰わぬ!」


絶妙のタイミングで刃を引いた煉獄は、受け流しつつ更に間合いを詰めて肘打ちを見舞ってきた。


「格闘を挑むのは無謀と知れ!」


肘を肘で打ち返しながら、同時に足刀蹴りも放つ。だが煉獄も間髪を入れずに足刀で対抗し、土手っ腹を蹴り合って互いにノックバックした。だが距離が離れても油断は出来ない。確かコイツは…


「朧月真影流・猛渦獄炎陣!」


「火隠忍術・螺旋業炎陣!」


渦巻く炎が激突し、弾けた熱風の余波が皮膚を焦がす。煉獄もブスブスと焦げ付くキザったらしい長髪の端を斬り捨て、眉間に皺を寄せた。……火炎能力も互角のようだな。


「……貴様を甘く見ていたようだ。ボーグナインに勝てたのは、まぐれではなかったようだな。」


「勿体ぶってないで、おまえの芸を見せてみろ。」


「よかろう。私の刻龍眼の前には、何者であろうと死あるのみ。無敵無敗にして神域の奥義……冥土の土産にするがいい!!」


煉獄の両眼に火時計のような紋様が浮かぶ。


「神域とは大きく出たな。まずは小手調べだ、躱せるかな?」


袖からこぼした砂鉄で磁力槍を形成し、軌道と形状を変化させながら放ってみたが、涼しい顔で躱される。一気に距離を詰めて来た煉獄は、冷笑を浮かべつつ勝ち誇った。


「変幻自在の磁力の槍も、私には通じぬ!全てが視えているのだからな!」


ハッタリではなく、この男は本当に未来を幻視出来る。翡翠の豹眼ジェイドアイの上位互換だ。


「それがどうした。どうせ長くは維持出来まい。」


「貴様を殺すのに三分もかからぬ。死ね、剣狼!」


受け避けを察知、いや、予知して剣を先置きされ、瞬く間に手傷が増えてゆく。トゼンの蛇の嗅覚スネークセンスと違って、能動的に、攻撃的に使えるのが刻龍眼の厄介な点だ。ピンポイントで危機を予知する蛇の嗅覚よりコスパは悪いが、念真力が枯渇する前に仕留めれば問題ない。


「……卓抜した剣腕に予知能力が加われば鬼に金棒。無敵無敗を豪語するだけの事はある。」


「辛うじてでも致命傷を避け続けている体技は褒めてやろう。だが、苦しむ時間が長引くだけだ!」


動きが読めていてもオレを相手に一撃必殺は難しいと判断して、ジワジワ削り殺すつもりだな?


「未来を予知する刻龍眼……確かに強力な能力だが、無謬の必殺奥義だと思っているなら大間違いだ!」


森羅万象、全てを見透す能力など存在しない。トゼンの蛇の嗅覚で予知出来るのは身に迫る危機のみ。おまえの刻龍眼で予知出来るのは……だけだ!


「砂鉄のカーテンだと!?」


カーテンの後ろにいるオレの姿は見えない。すなわち、次の動きを予知する事は出来ない。砂鉄のカーテンが斬り裂かれる前に、足に力を込めて爆縮跳躍!遮蔽から死角に跳んだオレを視界に収める為に、おまえは必ず空を見る!


「……我が天狼眼、とくと味わえ!!」


火時計の目を狼の目で捉え、全身全霊の殺戮念波を叩き込む!


「ぐおあっ!!」


目を覆った煉獄の手から血が滴り落ちる。空中に形成した障壁を蹴り、猛禽のように襲い掛かったが、煉獄は転がりながら間一髪で刃を躱した。


「うおおぉぉぉぉ!!」


鮮やかな身のこなしで即座に立ち上がりながら、瞳に念真力を集中して念真拘束サイコロックを振り払い、剣を構える。煉獄が能力頼みの男であれば、今ので決着が付いていただろう。傲慢ではあるが、修練も経験も積んでいる。


「やはり刻龍眼を使っている時は、他に回す念真力が不足するようだな。」


火炎の撃ち合いでおおよそわかった、煉獄の念真強度は300万n前後だ。極めて高い念真強度を持つ兵士は、瞳に念真力を集中する事によって邪眼の威力をかなり軽減出来る。モロに喰らってしまったのは、邪眼抵抗に回す念真力が無かったからだ。


「……き、貴様……よくもこの私に……」


誰かの為に泣く事がない男でも、血涙なら流せるらしい。


「迂闊だな。狼眼の発動を予知して目を切ればいいと高をくくっていたのだろうが、視界から外れたオレを反射的に目で追ってしまうとは。」


視界に捉え続けなければ、次の動きを幻視出来ない。手傷を負わされながらも狼眼を使わなかったのは、おまえの油断を誘って痛撃を浴びせる為だ。だが、オレにも誤算はあった。狼眼の一撃で仕留められるとは思っていなかったが、煉獄は期待した程のダメージを受けていない。火時計が消えている、喰らった瞬間に刻龍眼を解除して抵抗していたのだろう。


「同じ手はもう喰らわんぞ……貴様は千載一遇の好機を逸したのだ。」


「だったら次の手を考えるまでだ。」


「ほざけ。煉獄は天国と地獄の狭間にありて、罪人つみびとを浄化の炎で清めたのち、天国へ送る。……だがわたしに逆らった貴様は、隻眼の螭が待つ地獄へ叩き落としてやろう。」


滅一文字から憤怒の炎が吹き出す。オレも紅蓮正宗に断罪の炎を纏わせた。


「フフッ、おまえは取るに足らないと軽んじた蛇に、二度も咬まれたんだよ。」


「なんだと?」


「隻眼の螭が時間を稼ぐ為だけに命を投げ打ったと思っていたのか?……最後に放った上下の高速コンビネーション・ミズチ顎門オトガイを、おまえは造作もなく躱した。だが、顎門を放つ前に渾身の念動力サイコキネシスで足を封じられた。念じるだけで発動し、目には見えない力だったからだ。そして刻龍眼を発動させた時に、剣に纏わせた念真力も弱まった。ゆえに蛇は即死を免れ、毒牙を浴びせられたのさ。」


博徒兵士ギャンブラーは賭けに勝ち、刻龍眼の全貌を暴いてくれた。オレが来援するまでの時間を稼ぎ、煉獄に勝たせる為に……笑って死んだのだ。


"……カナタさん……後は上手く……おやりなせえよ……" 


"……ワシが歪み狂った時代を破壊する、おまえは真っ当で真っ直ぐな、新たな時代を創れ……"


三槌一とルスラーノヴィチ・ザラゾフの最後の言葉は……オレに託された意志。災害閣下も隻眼の螭も狂った時代が生んだ徒花、だが見事な死に花を咲かせた。



死者との約束を果たし、生者と未来を紡ぐ為に……必ず勝つ!!

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