終焉編61話 決戦の火蓋
ポッドの中で医療液に浸かりながら、これまでの戦いを思い出す。地下闘技場で実験体10号と戦ったのを皮切りにオレの戦争は始まり、様々な敵と戦いを繰り広げてきた。
今まで葬り去った兵士達の顔が脳裏をよぎる。新兵だった頃に戦った強敵は特に印象深い。彼らから学んだ技術も多かったからだろう。そして最後に浮かんだ顔は牙門アギト。同族の宿痾は哀れな最後を遂げた……
……そう。牙門アギトは宿痾であって、宿敵ではなかった。アスラコマンドに入隊した頃は生き残る為に無我夢中だったが、強くなるにつれ、斃すべき敵の輪郭がハッキリしてきた。
日輪を背負う心龍と月光が照らす刻龍は相容れない。天を戴く龍はどちらか、それはオレの剣に懸かっている。だけど大義よりも先に憤怒が心を満たしてしまう。
……
怒りに燃える心……深淵奥義"邪狼転身"は、おそらく牙門シノが開眼した技だ。最愛の兄を奪われたシノは憎悪と憤怒を梃子に使って念真力の深淵に到達する術を編み出した。爺ちゃんの実子でありながら、母親の身分が低かったなんて理不尽な理由で里子に出された挙げ句、復讐の道具として育てられたアギトもまた、邪狼化する下地は整っていた。
オレ自身も"ザドガドの悲劇"で邪狼化しかけたからわかる。邪狼転身は憤怒や憎悪、言わば"怨念の力"で殺戮念波を
八熾宗家は殺戮念波を操る血族だ。殺意が増せば、念波も強くなる。……憤怒や憎悪は殺意に近しい感情、邪狼転身は殺意に負の感情をプラスして枷を外す。だが、近しくとも憤怒や憎悪は殺意に非ず。もし……純粋な殺意のみで枷を外す事が出来たなら……類似の不純物が混じった限界突破よりも強力なはず!
オレは怒りや悲しみを大事にしたい。感情は正負を問わず、生きている証だからだ。だが負の感情に呑まれて転身すれば、邪狼と化す。怒りや悲しみを胸に秘め、眼差しは未来に。昨日の為ではなく、明日の為に高めた殺意で敵を撃つ。それが狼の……オレの生き方だ。深淵奥義に至る道が見えたぞ。
だが忘れるな。過ぎたる力は身を滅ぼす事を。
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「少尉、起きて。」
微睡む狼を覚醒させたのは、愛しの小悪魔の声だった。医療液が排出され、ポッドから出たオレは濡れた下着を着替える。
「リリスの美声で目覚めるのはいい気分だ。」
「ありがと。少尉も相変わらずいい体ね。ンまい棒も立派よ。」
まったく、本当におませさんだぜ。差し出されたガムシロップを一気飲みして、口直しに水も飲む。手早く軍服を身に付けて準備は完了。リリスを伴って医務室を出る。
「交戦予測時間は?」
「敵が速度を速めなければ1時間後。速度を上げた場合は最短で40分後ね。……少尉、傷は完治してないんでしょ?」
「まあな。リリス、心配するな。オレは負けないよ。」
「わかってる。だけど煉獄は今までの敵とは違うわ。戦術も戦闘能力もイスカと互角か、それ以上よ。」
オレが入隊する前にアスラ部隊と最後の兵団は交戦し、引き分けに終わった。部隊長から戦死者は出なかったものの、かなりの犠牲を払ったと聞いている。最強部隊同士の死闘、そのクライマックスは総大将による一騎打ちだった。
「イスカ以上とは思えんが、軍神に深手を負わせた唯一の男が煉獄なのは間違いない。」
もちろん煉獄もタダでは済まず、共倒れを恐れた双方は、半ば出来レースのようなカタチで全面対決を避けるようになったのだ。軍内での勢力拡大を目指すイスカと煉獄が"暗黙の了解"として行った政治取引。当時の状況的にやむを得なかったとは思うが、肥大した兵団を撃滅するのは骨だぜ。
「だけどイスカとは決定的に違う点が一つある。イスカはあくどい事もやるけど、最低限のモラルは持ち合わせているわ。煉獄は……どんな汚い手でも平気で使う。」
仲間に対しては最高のモラルを持ち合わせてるよ。他派閥には冷淡なところがあるのは否定しないが。その温度差が軋轢を生んできたんだ。だけど戦争が終われば、心の溝も埋まるはずだ。カプラン元帥と兎我元帥が引退し、新元帥として御堂イスカが推戴されればな。
「その通り、奴は手段を選ばない。……だからここで始末する。」
煉獄を生かしておくのは危険過ぎる。機構軍を存続させるなら、奴の命脈が保たれる可能性が出て来るからな。なにせ帝国と王国の暗部を一手に握ってる男だ、取引材料には事欠かない。殺してしまえば皇帝は全ての悪事を煉獄になすりつけて保身を図るだろう。親玉さえ排除すれば、ボーグナイン、オリガ、バルバネスの悪玉トリオも法で裁ける。
……オリガ……そう言えば、なぜあの女は内縁区攻略戦にいなかったんだ? マリカを仕留めたいなら、ムクロの投擲だけに頼らず、オリガにも狙撃させて必殺を期すべきだろう。
今はオリガ不在の理由を探る時間がない。兵団が目と鼻の先まで迫っている。ブリッジの指揮シートに座って味方の陣形を確認し、微調整を行っているとオペレーター席のノゾミが緊張した声で報告してきた。
「タムール平原に展開する帝国軍が総攻撃を開始した模様!」
ザラゾフ師団が来援すれば勝ち目がないと見て、一か八かの総攻撃か。確かにその通りだが、余計な事を。
「隊長、司令は死神に勝てるでしょうか……」
「どちらが勝つかはわからない。だが、出来る事は何もない。シオン、全軍に"目の前の敵に集中しろ"と通達するんだ。」
アレックス准将に行軍を遅らせてもらうべきだったか。いや、援軍を待つ仲間がいるのに、そんな事はしちゃいけない。バーバチカグラードを制し、ネヴィルが死んだ時点で和平交渉を持ち掛ける事も出来た。だけどバルミット陥落を防ぎ、煉獄を始末してから交渉すると決めたのはこのオレだ。だからタムール平原で何が起こってもオレが責任を負わねばならない。
死神が指揮を執っているのなら、帝国軍から仕掛ける事はないはずと読んでいたが甘かった。勝手に総攻撃を開始された死神が、ヘソを曲げて戦線を離脱すれば身の破滅なのに、我が身大事な皇帝がよく踏み切れたもんだ。
……煉獄が皇帝を唆したのかもしれんな。乾坤一擲で得をするのは、もう後がない男だ。
「白蓮より入電!"私は勝つ、おまえも勝て!"以上です!」
「ノゾミ、白蓮に"薔薇園で会おう!"と打電しろ。」
イスカも死神も死ぬ事なく、戦いの決着がつく事を祈るしかない。煉獄を先に殺せればいいんだが、勝ち方を選べるようなヌルい相手じゃないからな。
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「敵軍先鋒との距離、20km!」
「ノゾミ、オペレーター交代だ。いつでも出られるようにしておけ。通信手、要塞内の
敵軍を示す赤のマーカーが見る見るうちに接近して来る。
「総員、第一種迎撃態勢!全艦、砲撃準備!」
変形鶴翼、朧月の兵法"龍翼の陣"だったかな。ま、おまえは短期決戦を挑むしかない。要塞内から発射された曲射砲弾が地面を抉り、土煙が上がった。決戦の火蓋を切ったのは、火の神・
「まだだ、まだ引き付けろ。」
フン、焦る事なく距離を詰めて来やがるな。慌てて砲門を開かないのは褒めてやるよ。
「今だ!撃て!」
十分に引き付けてからの静止砲撃と、距離を詰めながらの走行砲撃では精度が違う。だが、敵も然る者。装甲の厚い戦艦で第一射を耐えると、直ぐにジグザグに走って的を絞らせない艦隊機動に切り替えた。十分に距離を詰めた敵軍は、横向きに停止した軽巡を盾にして、陸戦部隊が高速展開する。
「白兵戦がお望みらしいが、くれると言うなら貰っておこう。軽巡に砲撃を集中しろ。」
オレ達に勝てたとしても、兵団は転戦を余儀なくされる。足は多い方がいいのに、惜しげもなく軽巡を捨ててきたか。つまりこっちを甘く見てないって事だ。
煉獄は押し引きを巧みに使って、連邦軍先遣隊を釣り出そうと試みたが、そんな手に乗ってやるほどウブじゃない。
「グンタ、それ以上前進するな。錦城大佐、犬飼隊の後退を援護。」
サイラス以上に緻密な戦術を駆使出来るのはわかったが、駆け引きがしたいんなら付き合ってやるぜ。長引いて困るのはそっちなんだからな。
2時間近く、戦術比べに応じてやったがお互いに勝機を見出せず、双方の戦死者だけが増えてゆく。今まで負け知らずだったのも頷ける戦巧者ぶりだな。一手間違えれば切り崩される緊張感、カプラン師団が苦戦する訳だ。
「時間稼ぎには成功してるけど、このままでいいの?」
補助シートに腰掛けたリリスの額に汗が流れる。戦術に明るいだけに、敵軍の圧力にも敏感なのだ。
「消耗戦で神経戦だ、焦れた方が負ける。大物ぶりたい煉獄は、オレが前線に立って局面を打開しようとするのを待ってるのさ。」
勘違いするなよ、煉獄? 横綱相撲がやりたいらしいが、今回はおまえが挑む側なんだぜ。タイムアップで負けたくなけりゃあ、自分で何とかするしかねえんだよ。スマートに勝てる相手じゃない事はもうわかっただろうが!
「少尉!兵団が…」
「やっと動いたか。アルハンブラを陽動に使って、中央突破を狙って来るぞ!遊牧騎兵を右翼から大回りさせて、練度に劣る後衛に向かわせろ!連邦兵は持ち場をカプラン師団に任せて、中央に集まれ!」
中央突破と見せかけて左右を崩す手はあり得るが、そうするにしても煉獄が最前線に出て来なければブラフにもならない。オレが引っ掛からなければ、また時間と兵を消耗するだけだ。そんな余裕はもうあるまい。
「戦術的優位に立ってオレを引きずり出し、部下をけしかけ消耗させてから討ち取る。煉獄の目論見はそんなところだろう。」
サブスクリーンでタムール平原の戦況を確認する。決着はまだついていない。同盟軍が押し上げた戦線を帝国軍が押し返そうとしている。最終局面に相応しく、イスカと死神の戦術力も拮抗しているらしい。
「お生憎様、剣狼相手にそんな算段はムシが良すぎよ。……いよいよ決戦ね、少尉。」
「ああ。災いの芽はオレが摘み取る。」
艦橋にいる幹部を率いて軍団の待機する出撃ハッチに移動し、揃い踏みした
「
"イエッサー!!"の唱和が終わるとハッチが開き、案山子軍団は血と硝煙の匂いがする戦場へ降り立った。
……これが最後の出撃だ。フフッ、トゼンには悪いが、殺し合うのはもう飽きた。ここらで
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