終焉編60話 剣が峰に咲く野薔薇
錦城大佐が率いる連邦軍先遣隊とテムル総督が率いる遊牧師団先遣隊がバルミット要塞に到着し、瓦礫の除去作業に加わったお陰で予定よりも早く道が拓けた。これで内縁区に退避していたカプラン師団の戦艦を出撃させられる。
カプラン元帥と右腕のダン少将、戦時特例で師団級戦力の運用を任されたドネ大佐とギャバン少尉、連邦軍の錦城大佐と犬飼大佐、遊牧師団のテムル少将に参謀のアトル大佐を交え、女神の間で作戦会議を行う。まずギャバン少尉が敵軍の戦力分析を述べ、皆で意見交換する。
敵の戦力を把握してから、こちらの出方を決める。それが正しい順序だ。
「友よ、鯉沼、ヒンクリー両将の到着を待つ事は出来ないと言うのだな?」
オレはテムル総督の言葉に頷く。
「残念ながら。すぐに出撃して兵団のケツに喰らいついてやる必要があります。合流を待って北上を開始すれば、兵団にザラゾフ師団に短期決戦を挑む猶予を与えてしまう。」
頭の回転が早い錦城大佐は、すぐに全てを察した。
「なるほど。どちらかが短期決戦を挑まれるのであれば、我々の方が良い。それで俺とテムル総督に先遣隊を率いさせた訳だ。ザラゾフ准将が北上すれば、仮に軍神が敗れても帝国軍の南下は阻める。我々は後方から連邦軍本隊とヒンクリー師団の来援が見込める上に、南下して来たテムル師団本隊が兵団の後背を突ける。」
テムル師団本隊を率いる鯉沼少将とバダル准将には悪いが、戦術力と戦闘力は麒麟児と蒼狼が上。最高の布陣で決戦に臨みたい。
「となれば、遅延戦術一択ですな。野戦を引き延ばして援軍と合流し、バダル准将と挟撃する。」
合理的な腹心の意見を、中原の狼は良しとしなかった。
「アトル、相手はあの煉獄だ。時間を稼げばいいなんて甘っちょろい考えでは喰われるぞ。自力で勝つ気構えで臨むべきだ。」
「カナタ君もそう考えたから、全体のバランスを考慮せず、先遣隊に選りすぐりの兵を集めた。我々の手で決着をつけよう。」
蒼狼と麒麟児は"合理性の罠"を知っている。戦争には博打に通ずる面がある。理屈に反してでも強く張るべき局面があり、今がその時だ。
「友軍の来援が勝利を決定づけた、結果としてそうなるのは一向に構わない。ですが、援軍ありきで戦術を組み立てる気はありません。72000対63000、向こうにあるのは若干の数の利だけ。煉獄直属の3つの師団とナバスクエス師団残党は兵質も戦意も高い。ですがそれらは全軍の1/2に満たず、残りは他派閥から強引に徴用した連中です。煉獄の為に最後まで戦おうなんて兵士はいないでしょう。」
オレが軍に入った時は連隊長に過ぎなかった煉獄は勝ち続け、カプラン師団に損耗を強いられてもまだ7個師団に余る兵を率いている。クーデターで国を追われた亡国の皇子が、機構軍の命運を握る存在にまで成り上がった。骨の髄まで気に入らない野郎だが、その実力は認めざるを得ない。
イスカが言っていた、"勝っている間は勝手に人が集まって来る"と。問題は、窮地に立たされた時だ。地球のとある首相は、"晴天の友となるなかれ、雨天の友になれ"って名言を残した。オレには逆境を共にし、苦楽を分かち合える"雨天の友"がいるが、おまえはどうかな?
「いよいよ決戦だな。ならば私を使わない手はないだろう。」
女神の間に入って来たのは、雨天の師だった。局長の後ろには四人の幹部隊士が並んでいる。オレは最有力容疑者を軽く睨んだ。
「ちゃうちゃう!ウチちゃうて!局長が自分で起きてきたんや!ホンマやって!」
サクヤの仕業かと思ったが違ったらしい。
「狼の気配を感じたので目が覚めた。カナタ、私は戦うぞ。止めても無駄なのはわかっているな?」
「……オレも妥協するからシグレも妥協しろ。白兵戦は禁止、五月雨で指揮を執るなら出撃を認めよう。」
負傷が癒えていなくても、指揮能力は健在だ。最前線で白刃を交えるだけが戦いじゃない。
「軍監殿の命令に従おう。私のポジションにはサクヤが入れ。」
「ウチが!? せやけど…」
「実際に戦っている者が即応するしかない局面がある。私とアブミが補助するから部隊のトップを張ってみろ。」
「うっし!ウチに任せといてんか!」
頑張れ。師の目に狂いはない。"雷霆"シグレの代役が務まるのは、"
「サクヤ、アスナさんを凛誠に復帰させる。」
「えっ!アスナが来てんのんか!」
「カプラン師団苦戦の報を聞き、居ても立ってもいられなかったんだろう。火隠の里からヘリで忍者候補生と共にこちらへ向かっていたそうだ。間もなく到着する。」
「オババが寄越したヒヨッコどもは、そこらの兵士より強い。元帥、舞台が整ったねえ。」
音もなく現れた里長が視線で促し、立ち上がった論客は号令をかけた。
「うむ。バルミット方面軍、出撃せよ!!これが最後の戦いだ!!」
「「「「「イエッサー!!」」」」」
同盟軍総司令官に敬礼したオレ達は、女神の間を出て各自の船に向かった。
───────────────
「龍弟公、カーン師団は兵士の1/3近くを失う大惨敗を喫し、カーン中将は戦死、ザネッティ少将は投降しました。ヴェダ大佐が敗残兵をまとめて撤退中、私の部隊を撤退支援に向かわせました。……目付役の任を果たせず、申し訳ありません。」
中破したル・ガルーに代わってバルミット方面軍旗艦となったソードフィッシュの艦橋で、カーン師団敗北の報告を受けた。だから言わんこっちゃない。色気を出したカーンは軍法で裁かれる前に戦場の露と消えたか。ザネッティの事は後回しでいい。今回の件だけでもアウトだが、叩けばさらに埃の出る身だ。
戦略的に意味のない私闘に付き合わされた挙げ句に大惨敗。まったく、死んだ兵士が報われねえよ。
「イオリさんの責任じゃない。敗残兵をドボルスクに収容したら、そのまま待機せよ。」
賢明な尾長鶏なら、敗残兵を再編したとて出来る事はないとわかっている。
「了解。御武運を!」
通信を終えたオレは指揮シートから立ち上がった。
「全軍停止。迎撃布陣を敷け。」
Uターンした兵団は最大戦速でこちらに向かっている。獲物が餌に食い付いたなら、追う必要はない。バルミット要塞から3キロほど進んだ平原で、奴らを迎え撃つ。ここなら数基とはいえ修理の終わった
「シオン、ここは任せる。接敵1時間前に起こしてくれ。」
「
姉さんから"朧月セツナは牙門アギトの邪狼転身に似た技を使う可能性があります"と忠告された。シグレも、"殺業解禁は念真力の深淵から力を引き出す諸刃の剣だ"と言っていた。オレも一度は深淵に呑まれて邪狼化しかけた。だが、我が師のように心を制御出来るなら、"深淵の力"は最後の切り札になってくれるはず……
医療ポッドで傷を癒しながら瞑想してみよう。邪狼転身は忌むべき技。だけどオレにはオレの"深淵奥義"があるのかもしれない。いや、きっとあるはずだ。ぶっつけ本番は大得意だ、決戦が始まる前に開眼してみせる!
─────────────────
ローゼ・サイド(上述エピソードの数時間後、バルミット近郊の山中)
「……ローゼ様、敵は包囲の輪を狭めて来てるよ。」
地面に耳をあてたキカちゃんの報告を聞き、皆の顔色が曇る。無傷の者は一人もいない。
逃避行を続けるうちに精鋭騎士四名は一人、また一人と凶弾に斃れ、全滅してしまった。生き残った私達は追い詰められ、偶然見つけた洞窟に隠れているけれど、発見されるのは時間の問題だろう……
「……クリフォード、青鳩の準備を。」
背嚢型の子機ではミコト様との合流地点まで電波が届くかわからない。交信確実な距離まで移動したかったけれど、南下ルートはスネグーラチカに先回りされ、この山は包囲されてしまっている。絶対に逃がさないように大きな柵で囲み、真綿で首を絞めるように包囲の輪を狭めてゆく。
残忍で冷酷なオリガは、獲物を追い詰める事に長けている。人狩りを心から愉しんでいるはずだ。
「……ローゼ様、通信を行えば位置を知られてしまいます。」
「これ以上、包囲の輪が狭められる前に手を打つしかありません。」
私は諦めない。命に代えてでも、この戦争を終わらせる。私は停戦合意書と玉璽が入ったサイドポーチをベルトから外した。
「キカちゃん、このポーチに停戦合意書と玉璽が入っています。洞窟から離れて身を隠し、私がテレパス通信で合図したら包囲を突破して。太刀風はキカちゃんの護衛を。」
「イヤだよ!ローゼ様を置いていけない!」 「ガウ!ガウガウ!(左様!皆で突破するでござる!)」
私をオトリにキカちゃんを逃がす。それ以外の手がない。逃げ延びる可能性が最も高いのは忍者と忍犬だ。
「わかって。誰かが生き残ってミコト様の元へ辿り着かなければいけないの。青鳩を使ってミコト様に危険を知らせれば、オリガは動きます。」
このままでは全てを闇に葬られてしまう。そんな事はさせない!
「ミコト様と通信するのは無理だよ!オリガがウェーブキャンセラーを使ったもん!」
「ウェーブキャンセラー?」
「百目鬼博士が造った電波
薔薇十字に加入するまでの亡霊戦団は、一切の情報を与えず任務を遂行してきた。襲撃された部隊に救援信号すら打たせなかったのは、そんな装置があったからだったんだ。そうか、亡霊戦団には念真強度が高い兵士が多いから、近距離での情報伝達なら無線に頼らずテレパス通信を使えばいい。それに司令塔の少佐は念真強度1000万n、テレパス通信の有効範囲も桁違いだから、作戦に支障はなかったんだ。
「キカちゃん、スネグーラチカはもう無線を使ってないんだね?」
逃げられないと観念した私が、一か八かで救援信号を出す事を警戒した。……いえ、私を殺したのはオリガだと暴露される事を恐れたのだろう。街道から離れた山岳地帯だけに可能性は低いけれど、撤退中の同盟部隊が近くにいるかもしれない。そんな偶然を潰す余裕がオリガには出来た、という事だね……
「うん。キカがいる事に気付いたんだと思う。敵は全員、一言も喋らなくなった。」
マズい。ウェーブキャンセラーを使っているなら、ミコト様に危機を伝える事すら叶わない。向こうも無線が使えない事を逆手に取れないだろうか?……ダメだ。テレパス通信で事足りる距離まで包囲の輪を縮めたから、ウェーブキャンセラーを使ったに決まっている……
「ヘリのローター音!近付いて来る!北から2機!南から3機!」
袋の鼠を相手に余裕が出来たのか、空からの探索まで始めたようだ。剣が峰に立たされた以上、覚悟しなければならない。
「狙撃手がいるとわかってんのに、舐めやがって!姫、洞窟から離れて迎撃します!俺に構わず、逃げて下さい!いいですね!」 「兄さん、私も行くわ!」
「待ちなさい、二人とも!」
洞窟を出ようとするケストナー兄妹を押し止める。成功する可能性はほとんどない。だけど、全員で生き残る唯一の手は、敵のヘリを奪って逃げる事だ。
「キカちゃん、ポーチを受け取って。お願い!」
「出来ないよ!キカには出来ない!」
泣きながら首を振るキカちゃんの手にポーチを握らせる。
「私は諦めない、全員で生き残る可能性に賭ける。……だけど上手く行くとは限らない。わかってるよね?」
「………」
土雷の
「出来るよね!キカちゃんは薔薇十字の誇る立派な忍者なんだから!」
小さな肩に手を置きながら、目と目を合わせて想いを託す。
「……に…任務……了解!!」
涙に濡れながらも強く輝く瞳。うん、それでこそキカちゃんだよ。
「投降するフリをしてヘリの奪取を試みます。キカちゃんと太刀風は洞窟で待機。」
キカちゃんの耳なら作戦の成否を聞き取れる。生け捕りにしようとしてくれれば生き残る目が出て来るけど、黒幕の煉獄は"問答無用で射殺しろ"と命じている可能性が高い。そうなった場合は、私達がオトリになっている間に包囲を突破してね。辛い役割を押し付けてしまったけれど、二人が最後の希望だ。洞窟を出る前に、キカちゃんにそっと耳打ちする。
「ボクに万が一の事があったらカナタに伝えて。……好きだよって。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます