終焉編59話 二つの算盤


カナタ・サイド(軍神と死神が激突する数時間前。バルミット城、女神の間)


「カナタ、包囲を解いた兵団は微速で北上中よ。傷はもう癒えたの?」


医療ポッドから出たオレは女神の間に向かい、ホタルから敵の動向について報告してもらった。


「90%ってとこだな。残りの10%は行軍中に治す。タンタン、瓦礫の除去作業の進捗状況は?」


「後2時間。道幅とルートを絞って作業させてる。陸上戦艦がギリギリ通過出来る一本道でいいんだよね?」


「ああ。カプラン元帥、作業が終わり次第、出撃します。」


ジゼルさんがいない事を見計らって紙巻き煙草に火を点けた元帥は、紫煙を吐きながら頷いた。


「うむ。私はここに残る。やる事があるのでね。」


腕を負傷した元帥はバルミット要塞に残ってもらうつもりだったが…


「何かあるんですか?」


「あるから残るのだよ。まだ詳細は話せないがね。それよりカナタ君、煉獄は本当に反転して来るのかね? このまま北上してタムール平原に向かう手もあるはずだが。」


「兵団よりバーバチカグラード方面軍が到着する方が早い。ザラゾフ准将率いる8万の大軍が合流すれば、帝国軍とて敗色は濃厚。タムールでケリが付けば、兵団は南北から挟撃されてお仕舞いです。」


「なるほど。」


「それに同盟軍は、タムール平原に向かったザラゾフ師団を反転させてテムル師団と合流、兵団を迎撃する手も取れる。バーバチカグラード方面軍主力8万に、南下中のテムル師団本隊2万が合流すれば10万。対する兵団は7万ちょい。しかも後方から我々が追って来てる。」


勝手に出撃したカーン師団は薔薇十字に敗北する可能性が高いが、戦略的には問題ない。最北端の戦域で最遅の開戦、薔薇十字がタムールに到着する前に決着はついている。


「煉獄が若干とはいえ優位な兵数で勝負出来るのは、ここだけなんです。しかもあまり時間がない。グズグズしてたら連邦軍本隊3万5千とヒンクリー師団2万5千がバルミットに到着してしまう。」


主戦場のバーバチカグラードで勝利したのが、途轍もなく大きい。災害閣下は命と引き換えに、同盟軍に絶大なアドバンテージをもたらしてくれた。戦略眼と度胸に欠けるマッキンタイアを生かしておいたアレックス准将のファインプレーでもあるな。奴が一目散に本国に逃げ帰る選択をしてくれたお陰で、王国軍の動向を気にする必要がなくなった。


「バーバチカグラードとチャティスマガオ、主要な戦域二つで勝利したのだから有利にもなるね。間もなく連邦先遣隊1万7千とテムル師団先遣隊8千がバルミットに到着する。カナタ君、無理に野戦を挑まずとも、籠城すればいいのではないかね?」


「いえ、オレ達が出撃しなければ、煉獄は全速で北上します。そして帝国軍はバーバチカグラード方面軍が到着する前にタムール方面軍に決戦を挑む。タムール平原で帝国軍が勝利すれば、状況は一変する。逆にバーバチカグラード方面軍10万が、南北から挟撃される事になるでしょう。そうなってから出撃しても、もう間に合わない。」


「……バルミット方面軍が直ぐに出撃すれば、兵団の後方から肉迫する事になる。否が応でも反転迎撃するしかない、か。」


「しかも我々は勝たなくてもいいんです。野戦を引き延ばしてやれば、南方から連邦軍本隊とヒンクリー師団が来援し、兵団の背後をテムル師団本隊が突く。対峙した時は7万2千対6万3千ですが、こちらは8万の援軍が見込める。」


主要戦域で勝利した大軍が他方面の援護に駆け付ける図式。機構軍がここから逆転勝利を収めるには、"戦略的劣勢を戦術で覆す"しかない。


「つまり機構軍が勝利する為にはタムールとバルミットで同時に勝利し、バーバチカグラード方面軍を挟撃するしかないという事か……」


「誰も信じていない煉獄は、タムールで負けた場合の計算もしているはずです。死神なら惨敗ではなく惜敗に留めるだろうと読んでいる。バルミットで勝ち、タムールで負けたら、一度ユーロフ地方まで退いて態勢を立て直す腹積もりでしょう。敗走した帝国軍を糾合し、本国に逃げ帰った王国軍の指揮権も移譲させる。」


軍の全権を掌握した煉獄は、乾坤一擲の大勝負に出るのか、それとも現状維持で一時停戦を模索するのか。それは自軍と敵軍の損耗によりけりだろう。もちろん、勝てると思えば賭けに出るはずだ。


「そう上手くいくものかね?」


「国王、参謀、勇将が軒並み戦死した王国は混乱し、残ったのが"血統書付きの小物マッキンタイア"じゃ到底国をまとめられない。帝国は皇帝次第ですが、タムールで負ければもう煉獄に賭けるしかないでしょう。ですが絵に描いた餅ですよ、オレが勝つんで。」


煉獄と兵団をボコってやれば、仮にタムールを制しようが機構軍に勝機はなくなる。アスラ派が中核のタムール方面軍は精強で、惜敗しようが王国軍みたいに逃げ帰るような事はない。バーバチカグラード方面軍に合流して戦力として再機能する。そこに兵団を下したバルミット方面軍とドラグラント連邦軍が合流すれば、勝負になるまい。帝国軍がアスラ派に勝てたとしても、大幅に消耗している。軍神と死神が戦って一方的な展開になるなんてあり得ないからな。


降伏勧告を突き付けられそうな窮状で、停戦&講和の打診を受ければ皇帝は飛び付く。帝国にはフラム地方の割譲、王国にはノルド地方の独立を認めさせて、戦争は終わりだ。現皇帝の退位も条件にしてやりたいところだがゴッドハルトは拒否るだろうし、渋々受諾したところで、ボンクラ皇子を即位させて院政を敷くだけ。あまり意味がない。


「そうだな。剣狼カナタは"世界最強の兵"だ。キミに勝てる者など存在しない。」


「買い被りですよ。だけど煉獄よりは上だ。」


「ザラゾフがそう言ったのだよ。だからキミは最強でなくてはならないのだ。」


「じゃあ武力の価値を暴落させてやりますよ。抑止以上の力が必要のない世界を創ってね。」


御堂イスカと叢雲トーマが戦えば、どちらかが斃れる。そうなる前に煉獄を始末して、戦争を終わらせなければ……


─────────────────────


セツナ・サイド(カナタエピソードの2時間後。兵団旗艦"月華"の艦橋)


テムル師団本隊は※アルビターナ高原北端まで到達したか。すぐさま取って返し、要塞郊外の平原で戦うとしても、奴らの来援まで約10時間。バルミット方面軍との戦いが長引くと背後を突かれる。軍を分けて後背に備える事は可能だが、時間を与えれば連邦軍本隊がバルミット方面軍に合流してしまう。さらにサイラスと取引したヒンクリーまでこちらに向かっているとなると……


「……やはり短期決戦で剣狼を始末するしかないな。」


私が勝つのは当然として、問題はタムール方面だな。


「帝国旗艦に通信を繋げ。」


メインスクリーンに映ったゴッドハルトは威厳を保とうとしていたが、焦燥感が透けて見える。


「煉獄、そちらの状況は? バルミット要塞は落とせたのか?」


メッキの剝げた王に礼節など必要ない。奴に見せつけるように足を組み、肘掛けに腕を置く。


「我々の心配よりもご自分の心配をされるといい。帝国軍10万5千に対しアスラ派は10万2千。しかし、ザラゾフ師団8万が間もなく来援するはずだ。」


「……敵の援軍が迫っておるのはそちらもだろうが。」


背もたれに体を預けながら皮肉をぶつけてやる。


「問題ない。どこぞの王と違って、自力で戦えるのでね。」


フン、無礼を咎める余裕もないか。貴様は所詮、王冠を被った算盤屋だ。


「言うまでもなくお分かりのはずだが、勝負を賭けるのは今しかない。我々がバルミットで、帝国がタムールで同時に勝利し、ザラゾフ師団を挟撃する。それとも他に妙策がお有りかな?」


「………」


皇帝は沈黙した。貴様の腹の内など読めている。一縷の望み、それはローゼ姫だ。戦に弱い王の悲しさ、この期に及んで、敵の温情に期待するとは!


「そうそう。同盟軍の無線を傍受したのですが、バルミット近郊で"所属不明のヘリ3機を撃墜した"らしい。」


「ま、まさか……貴様が!」


「誰が乗っていたかは知りませんが、緊迫した状況下で領空侵犯を見逃すはずがない。これは私の推測ですが、と考えた方がよろしいでしょう。」


まだ死んではいないが、もうじき死ぬ。オリガは山中にローゼ一行を追い詰め、包囲の輪を縮めつつある。残った護衛は僅かだ、助かる術はない。


「き、貴様は自分が何をやったかわかっておるのか!!」


皇族殺しは貴様が先だ。スタークスと計って前皇帝を毒殺し、帝位に就いた男が何を言うか。状況証拠しかないのが残念だな。物証があれば、長きに渡って貴様の麾下に甘んじずに済んだものを。


「これは異な事を。撃墜したのは同盟軍だ。」


これまで散々、汚れ仕事を命じてきたのだ。私の手際の良さは知っているだろう。証拠など残さぬ。


「陛下、動くのは今しかない!!スタークスとアシュレイに総攻撃を命じ、眼前の敵を叩くのです!それとも座して死を待つおつもりか!!」


「だ、だが……バーンスタインはともかく、指揮を執る死神が動かぬかもしれん……」


血を分けた手駒を失ったぐらいで弱気になりおって!お得意の保身は何処に行った!


「虎は動く!!世界帝国の皇帝になるか、玉座を追われた暗愚で終わるか!好きな方を選べばよろしい。」


「……せ、世界帝国……」


そうだ。貴様は"世界帝国を樹立し、永遠の支配者となる野望"を諦められまい。野望の前には娘の死など些事も些事、そうだろう?


「私は戦い、勝利する。……陛下、幼少期に亡命した私は、ずっと帝国の庇護を受けてきた身でありながら、こうして袂を分かった。理由を知りたいのでは?」


「聞くまでもない。貴様が野心家だからだ。」


「否定はしないが、それだけではない。私も王家の男だ。部下に甘んじるのではなく、政敵として一目置かれたかった。好敵手にも、同じ気概を望みたいものだな。」


威圧してからほだす。交渉術の基本だが、気圧された格下に応用など必要ない。


世界帝国を夢見る俗物きさまと、神世紀を創造する傑物わたしを同列に語るなど馬鹿馬鹿しいが、今は煽ててでも戦ってもらわねばならん。幸いな事に、事実上の指揮官はトーマだ。ザラゾフ師団が来援する前に軍神を斃す可能性は十分ある。


「……余を好敵手呼ばわりとは出世したな。今は緊急時だ、無礼は大目に見てやろう。しくじるなよ?」


傲慢さが戻ったようだな。よし、これでタムールでも死闘が始まる。辛勝か惜敗かは、トーマ次第だな。



フフッ、かつての友に期待しようか。最高の結果は、"軍神と相打ち"だがな。


※アルビターナ高原

前作でアスラ部隊がヒンクリー師団救援作戦を行った高原。

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