終焉編58話 魔を討つ者
※トーマ・サイド(前話と同刻。陸上戦艦"サラマンドル"の艦橋)
「死神、ザラゾフ師団先遣隊が間もなく到着する。仕掛けて来るかもしれんぞ?」
指揮シートで腕組みする辺境伯は微動だにしないが、ブリッジクルーには緊張が窺える。
「ちょっとばかり有利になったからって飛び付くような女じゃない。仕掛けて来るのは師団本隊が到着してからだ。」
老将は心配げな顔で呟く。
「……間に合えばいいが。」
野薔薇の姫はもう同盟領に入った。何事もなければ、そろそろミコトと合流出来ているはずだ。こちらから仕掛ければ、停戦交渉に臨む姫の妨げになる。
「信じるしかない。辺境伯、俺達が戦うべき相手は"焦り"だ。今は山のように動かず、耐え凌ぐ時なのさ。」
「そうじゃな。……間に合わなかった場合に取るべき手は?」
「ザラゾフ師団本隊が来援すれば勝ち目はなくなる。そうなった場合、辺境伯は皇帝を連れて本国に撤退してくれ。殿はヴァンガード伯、もちろん俺も残る。」
皇帝が死のうが気にはならんが、姫は"帝国の派遣した全権特使"という立場で会談に臨んでいる。停戦条約が樹立するまで、任命者には生きていてもらわねばならん。版図拡大に貪欲だった皇帝が和平のキーパーソンとは皮肉な話だ。
「いや、残るのは老い先短い儂だ。卿は死んではならん。ローゼ様と薔薇十字を守れるのは"死神"トーマだけじゃ。」
アンタとバクスウ爺さんは百を超えても現役を張れるさ。死に急ぐ必要はない。
「買い被りは迷惑だ。!!……参ったな。辺境伯、焦りに負けた輩が出たぞ。」
メインスクリーンに映った両翼先鋒隊のマーカーが動き始めた。
「先走る兵が出おったか!スタークスとアシュレイは何をやっておる!」
「辺境伯、先走ったのは兵でも両将でもない。皇帝だ。」
やれやれ、俺も詰めが甘い。先んじて皇帝に釘を刺しておくべきだったな。
「辺境伯、陛下から緊急通信!お繋ぎします!」
メインスクリーンに現れた皇帝は威厳を保とうとしているようだが、焦りが透けて見える。
「辺境伯、総攻撃を開始せよ。いかなる犠牲を払ってでも勝利を掴むのだ。」
老将は髪を逆立て、烈火の如く糾弾した。
「陛下!!指揮権は死神に委ねる、ローゼ様との約束を反故にされるおつもりか!!」
「勝負を賭けるのは今しかないのだ!余は座して死を待つつもりはないぞ!」
将兵と運命を共にする気なんざない癖によく言うぜ。
「死神!まさかこの期に及んで戦わぬとは言うまいな!」
皇帝の為ではなく、将兵の為に辺境伯は退かない。辺境伯が残るなら俺も残るだろうと算盤を弾いて大博打に出たか。艦橋に持ち込んだ簡易ベッドに寝そべったまま、ぞんざいに返答してやろう。
「のっぴきならない状況に追い込んで無理矢理戦わせようって了見が気に入らん。」
「そんな事を言ってる場合か!戦え!これは余の命令だ!」
身を起こし、立ち上がった俺は虚飾の王を睨みつける。
「何人たりとも虎を飼い慣らす事など出来ん。
娘に"敵地の空を飛べ"と命じておきながら、信じ切れずにこの体たらく。おまえは皇帝どころか、父親としても失格だ。
「なっ!貴様は皇帝である余に頭を下げろと言うのか!」
「人に頼み事をするなら当然だろう。帝国の存亡が懸かっているのに、安いプライドがそんなに大事か?」
「勝てば恩賞は思いのままだ!何が欲しい!領地でも爵位でも、望みの物をくれてやる!」
もっとメッキを剥いでやりたいが、時間がない。そろそろ切り上げるか。
「望みは一つだ。とある秘薬を所望する。」
「秘薬だと!? わかった、何でもくれてやる!疾く戦え!」
「そうか。秘薬とは"バカに付ける薬"だ。貴様の顔にたっぷり塗ってやるから楽しみにしていろ!」
言い捨ててから通信士官を虎の目で睨む。眼前の暴威と皇帝の威厳を天秤にかけた士官は、暴威に屈して通信を切った。
「クックックッ。帝国皇帝をあそこまで面罵したのは卿だけじゃろうな。帝国の禄を食む者としては止めるべきなのじゃろうが、あまりに痛快で聞き入ってしもうたわい。」
辺境伯は心底愉快げに笑っている。硬骨漢が長年抱えてきた鬱屈が、少しは張れたようだな。
「アシュレイとスタークスが傍にいない皇帝など"張り子の虎"だ。ちょっと小突いてやれば、馬脚を現す。」
「……卿の力が必要じゃ。頼む、儂らと共に戦ってくれい。」
頭を下げようとする老将の肩に手を置き、深く頷く。
「無論だ。恃みとされれば、意気に応えて爪牙を振るう。それが叢雲の士魂、虎の生き様だ。」
「叢雲……卿の正体は照京御三家じゃったのか。儂らの都合で龍ノ島の兵と戦う羽目になるとは……すまん。」
「これも定めだ、気にするな。仕掛けられたからには、向こうも退けまい。」
流転の人生の果て、異郷の地で芽吹く野薔薇に出会えた。悔いはない。
「腹を括らねばなるまいて。サラマンドル、前進せよ。」
「辺境伯、ここは任せた。俺は最前線に出る。」
艦橋を出て格納庫に向かう。軍神が出張って来たら、止められるのは俺だけだ。
────────────────
「……トーマ様が亡霊戦団をアムルガンドに残された意味がわかり申した。一族と土雷衆を巻き込みたくなかったのですな?」
バーンスタイン師団中核部隊を率いて戦線を押し上げる俺の元に、鬼助が
「……"辺境伯を守れ"と命じたはずだ。」
「その御下知には従えませぬ。」
「鬼刃衆を連れて下がれ。おまえはともかく、部下には俺に義理立てする理由があるまい。」
出来る事ならおまえも巻き添えにしたくないんだ。だが指揮能力の高い鬼助は、戦線を支える為に連れて来ざるを得なかった。
「鬼刃衆にワシの正体を打ち明け申した。皆、共に戦うと。」
手塩にかけて育てた部下は鬼助、いや、
「わかった、もう言うまい。両翼はどうなっている?」
「右翼の"剣神"アシュレイは"達人"トキサダと、左翼の"神盾"スタークスは"
剣神と達人はわかるが…神盾に神兵ではなく剣舞を当てたか。やはり
「見つけたぜ、死神!いざ尋常に勝負と洒落込もうじゃねえか!」
「アスラの獅子髪か。退けと言っても無駄なんだろうな。」
面倒な奴が現れたな。豪快な荒武者に見えるがその実、パワー、スピード、テクニックの三拍子が揃っている。総合力ならアスラの部隊長連中でも上位だろう。
「たりめえよ!行くぜぇ!」
槍の穂先を宝刀武雷で弾き、八方から襲って来る念真髪は障壁でブロック。空いた左手で念真重力砲を放って反撃したが、獅子髪は蛸の足のように念真髪を操り、トリッキーな動きで高速回避。二本の足ではなく、髪先で掴んだ苦内を地面に刺して地面に立つ。
「フフッ、まるで蛸だな。その技、鬼道院流豪槍術ではなさそうだ。」
「おうよ!我流闘法"一槍八刃"、とくと味わえ!」
八つ足で動く人ならざる動きは、達人名人でも読み切れまい。まあ、剣術武術のド素人の俺には、あまり関係ないが。
「リットク、離れてろ!」
侍従が大きく跳び退ったのを見てから、
「ぬおっ!マジかよ!」
槍を使った棒高跳びで重力磁場と氷槍から逃れた獅子髪は、地面に突き刺さった得物を念真髪で巻き取りながら距離を取る。
「ふぃー、危ねえ危ねえ。今のがカナタの言ってたコンポジネシスって能力だな。」
まだエンジンがかかってないな。颶風も乗っけてやるつもりだったのに、上手く複合しなかった。ムラッ気があるのが、この能力の……いや、俺の弱点だな。
「いい反応だ。次は炎と雷を試してみるか。」
帯電した宝刀武雷に炎を纏わせ、傾き者と対峙する。
「フフッ、聞きしに勝る怪物だな。正直なとこ、オメエにゃ何の恨みもねえ。だがイスカの為に死んでもらうぜ!」
槍を回して突撃しようとした獅子髪は、二人の僚友に呼び止められる。
「勝手に先走んな、この馬鹿が!」 「一人で勝てる相手じゃねえだろうが!」
"流星"トッドに"鉄腕"カーチスか。さらに面倒になりやがったな。近距離、中距離、遠距離でバランスが良く、息の合った連携で互いの長所を十二分に引き出せる。この三人が揃えばその力量は、足し算ではなく掛け算されるだろう。
「ワシが鉄腕を潰します。三対二じゃ、文句あるまい!」
「させるかよ!」
「抜刀、鬼哭斬!」
走る戦鬼に流星は念真力を纏った銃弾の雨を浴びせたが、鬼は裂帛の気合いを込めた居合を一閃。弾丸を全て払い飛ばした。
「カーチス、油断するな!戦鬼は破壊音波を使うぞ!」
流石は"流星"トッド、一目で正体に気付いたか。その通り、鬼助は"音波を操る"能力者だ。ガンの"音響砲"のような声帯兵器ではなく、刀に音を纏わせて威力を上げる。ゆえに"戦鬼"リットクが本気の刃を振るう時、刀身から鬼の哭くような音を発するのだ。
「たぶんリーチは短い!指向性の高周振動波だ!」
大した分析力だ。破砕された弾丸の痕跡を見逃さず、他に例のない
「なるほど、おまえが司令塔か。」
バイプレーヤーで頭脳担当、キーマンはおまえだ。流星を重力磁場の射程内に捉えるべく前進するが、獅子髪が走路に立ちはだかる。
「焦るなよ、死神。俺と遊ぼうぜ?」
「後にしろ。今は忙しい。」
「ツレない事を言いなさんな…よっと!」
蛸足の変則機動でサイドステップしながら、同時に苦内で攻撃。やはり獅子髪の体を遮蔽にして、流星は弾丸を放っていたか。
「無駄だ。」
流星の念真弾では俺の念真重力壁を貫く事は出来ない。だが、穿つ事は出来る。
「もらったぜ!」
穿った穴に渾身の槍擊。
「そう来ると思ったぞ!」
障壁を貫いた槍の口金を掴んで獅子髪を引き寄せながら、帯電した武雷をフルスイング。獅子髪は硬質化した髪の盾を重ねて受け止めようとしたが、威力を殺し切れずに痛打を浴びて吹っ飛んだ。
「バクラ!無事か!」
寸分違わぬ位置に射撃を集中し、追撃を阻止か。本当にいいコンビだ。
「……ペッ!お灸と電気マッサージをいっぺんにやってくれるたぁ、サービス満点だな。お陰で肩凝りが治ったぜ。」
血の混じった唾を吐き捨てながら、獅子髪は立ち上がった。肉体も精神もタフなようだな。馬蹄の響き、新手が来たか。
「三人とも、下がれ!私が相手する!トリクシー、おまえがいてくれて助かったぞ。」
人馬兵に跨がって現れたのは軍神イスカ。トロン社が開発した試作型ケンタウロス・ユニットは同盟軍に鹵獲されたと聞いたが、早くもコピーに成功したのか。
「お安い御用です。御堂少将、私も戦います!」
「気持ちだけもらっておこう。おい三馬鹿、聞こえなかったのか!下がれと言ったぞ!」
鉄腕と鬼助の間には神兵が割り込んでいる。テレパス通信で下がらせるべきだな。
(鬼助、下がれ。)
(しかし…)
(軍神は一騎打ちを御所望らしい。アスラの部隊長4人とやり合うのは面倒だ。)
戦鬼が俺の後ろに控えると、三馬鹿とやらも軍神の傍に歩み寄った。
「今おっ始めたとこなんだ。助けはいらねえよ。」
不平を鳴らす獅子髪を軍神は宥める。
「助けに来た訳ではない。死神の首は私に譲れ、と頼んでいるのだ。」
「……わーったよ。イスカ、負けんじゃねえぞ!」
「フッ、私を誰だと思っている。」
軍神は刀と長脇差を鞘から抜き放ち、悠々と歩を進める。両軍の兵士が固唾を飲んで見守る中、俺と軍神は対峙した。
「いいのか? 頭数ではそちらが有利だ。」
「逆の立場ならどうする? 私と同じ事をした筈だ。」
「よかろう。俺とおまえの一騎打ちで雌雄を決する。フフッ、雌雄はもう決しているな。」
「男女という意味ならその通りだ。だが、どちらが強いのかは……これからだ!」
速い!足も太刀筋も!そして念真重力壁ですら打ち砕く念真力と腕力!
「ぬん!」
コンポジネシスを完全解放し、雷炎と氷風、地割れを同時に引き起こす。技は天地の差、速さにも劣る以上、これ以外の手はない。
「まるで天変地異だな。災害ザラゾフでも、ここまでではなかったぞ。」
鎌鼬を避け損ねた軍神は、頬から流れる血を拭ってニヤリと笑った。
「たかだか半径10mで天変地異は大袈裟だろう。」
斬られた腕と胸の傷を筋肉を隆起させて止める。ファーストコンタクトは軍神に軍配だな。
念真力鋭利化を極めれば、数擊で多重念真重力壁をも切り裂けるらしい。連擊を繰り出しながら、剃刀の替え刃のように新しい刃を連続形成する絶技。それを呼吸するかのように易々とこなしている。天才ってのは、この女の為にあるような言葉だ。
「火炎、雷光、氷結、颶風、重力。5つの元素系能力を同時に発動出来る怪物。厄介なのは発動する能力、強度、タイミングが術者にもわかっていない事だ。これでは読みようがない。」
「俺が持ちうる力はたった二つ、先天的な念真力と後天的な科学力だけだ。」
父の血脈から受け継いだ力を、母の叡智が生み出した力が支える。自惚れではなく、俺は叢雲宗家最強の男だ。父祖の誰もが為し得なかった、"過剰な力に見合う
「フフッ、人外の力を持つ虎よ。人間の力を見せてやろう。」
鷹が羽ばたくが如く、二本の刃を構える軍神。
「勝敗は力の優劣ではなく、おまえが何者かで決まる。」
地に伏せる虎のように姿勢を低くして迎え撃つ。
……我が名は討魔、魔を討つ者。御堂イスカよ、俺に討たれるようであれば、おまえは"人に宿りし魔"だったという事だ。
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