終焉編57話 烈震と軍神


※イスカ・サイド(ギルカナ丘陵の会戦終結から1時間後、陸上戦艦"白蓮"艦橋)


「……カーンは敗れたか。私の忠告を聞かぬからこうなる。」


今戦役初の敗北を聞いても落胆などしない。もとよりカーンには期待していなかったのだから。


「イスカ様、どうなされます? 皇帝は薔薇十字を呼び寄せようとするに違いありません。」


クランドの言う通り、皇帝は"疾く援軍に駆けつけよ"と矢の催促をしているだろう。だが、薔薇十字の動向よりも気になるのは……


「慌てる必要はない。ザラゾフ師団の来援が先だ。それよりクランド、薔薇十字を率いていたのはフーで、"野薔薇の姫"ではなかったのだな?」


「そのように聞いておりますが、それが何か?」


……妙だ。何か引っ掛かる。戦術的に考えるなら、野薔薇の姫はさほど重要ではない。小娘の指揮能力は"パトロン元帥"フーと大して変わらんだろう。だが、象徴の存在は戦略的には重要だ。薔薇十字には野薔薇の姫のカリスマ性を代行出来る者はいない。カナタが帯同すれば事足りるドラグラント連邦とは違うのだ。


性格的にも役割的にも、3倍の敵と戦おうとする薔薇十字の旗頭に立たない理由がない。ならば……


「……水面下で動きがある、という事かもしれんな。クランド、情報の精査を。野薔薇の姫が帯陣していたかはかなり重要だ。」


「ハッ!撤退を支援している尾長鳥にあたってみましょう。」


クランドは第一報をもたらした尾長鳥に暗号電文を送り始めた。正確に言えば、尾羽刕兵に潜む間者に、だが。幼少の頃から労苦を共にしてくれた老僕、その献身には心から感謝している。とはいえ、物足りなさも感じる。……カナタなら動く前に"水面下の動きとは?"と質問してくるに違いない。いや、第一報を聞いた時点で私と同じ違和感を感じ、自分の頭で推測していただろう。


鷲羽蔵人は父が生きていた頃は父の、私が成長してからは私の命令を忠実に遂行してきた。絶対的な存在が身近にいると、知らず知らずのうちに依存してしまうのかもしれない。有為な人材は私にベッタリではなく、外に出して自主性を育ませるべきなのだろう。その筆頭は、私に視線を向けた若き鷲だな。


「クラマ、養父を手伝ってやれ。誰が見ても明白な事まで、私にお伺いを立てる必要はない。」


こう促さなければならない事が問題なのだ。クランドはいい顔をしないだろうが、戦争が終わったらカナタにでも預けてみるか。……剽軽と助平が伝染しても困るがな。


「はい。父上、私に情報分析のやり方を教えて下さい。」


鷲羽蔵馬は蔵人の甥孫で鷲羽本家の養子、いずれ家督と爵位を継ぐ。強く賢い男に育成しなければな。


"神兵"クランドは"御堂家よりも大切な者など無用"と言って、家庭を持たなかった。思えば、叔父上も同じ気持ちだったのだろう。そんな叔父上を私は……


「イスカ様、"偉大なる獅子"より通信ですわ。」


オペレーター席に座るマリーの声で我に返る。


「繋げ。」


メインスクリーンに映ったのは若き獅子。この男は若鷲クラマと違って一人前の男の顔をしている。同い年の私に一人前と評価されても、嬉しくはないだろうがな。


「御堂副司令、そちらの戦況は?」


アスラのゴロツキどもには"司令"で通してきたから、副司令と呼ばれるのは違和感があるな。


「可も無く不可も無く、と言ったところだ。ザラゾフ参謀長、到着までどれぐらいかかる?」


初手で死神の指揮能力は本物だとわかった。ならば無理押しせずに、ザラゾフ師団の来援を待てばいい。時間の経過は私に有利に働く。


「16時間。それまでに帝国軍が動いた場合に備えて高機動先遣隊を組織し、先行させた。数は六千、あと2時間で到着するはずだ。」


フフッ、タイムリミットが迫っているぞ。どうする死神?


「了解だ。先遣隊の指揮官は?」


「フィオドラを抜擢した。優秀だが性格は尖り気味で、師団級の戦力を指揮するのは初めてだ。私が到着する前に戦闘が始まった場合は、経験不足に留意してくれ。念の為に戦歴の長い補佐役を付けておいたがな。」


戦時特例を利用して、子飼いの雪豹を指揮官に据えたか。家族同然の妹分に箔を付けておきたいのだろう。


「アスラ部隊はじゃじゃ馬と荒馬の宝庫、期待の新鋭を扱うのは慣れている。任せてもらおう。」


「頼んだぞ。御堂副司令、カプラン総司令からの命令を伝える。"ザラゾフ師団本隊が到着するまで待機せよ"だ。」


フン。カプランめ、私に戦略を説くつもりか。これまで及び腰で逃げ腰のカプラン師団に代わって、アスラ部隊がどれだけ戦ってきた事か。今回に関しては思惑が一致しているから構わんが、面白くはない。


「わかっている。帝国軍を叩くのは、貴官と合流してからだ。だが、奴らが黙って見過ごすとは思えん。連中が仕掛けてくれば受けて立つ。」


「当然だな。だが正直なところ、タムール戦域は現状維持が望ましい。」


「ほう。烈震ともあろう者がやけに消極的ではないか。」


豪勇無双の父を失って弱気になっているのだろうか? いや、災害ザラゾフほど気性が荒くはないが、烈震アレックスも武闘派で鳴らした男。獅子の子は獅子のはずだ。


「無駄な血を流したくない。雌雄を決するのはタムールではなくバルミットだ。……期待の新鋭から同盟の希望に成り上がった男が決着を付けるだろう。」


ザラゾフとカプラン……私と反目してきた両元帥はカナタに肩入れしている。それは次の世代、アレクサンドルヴィチ・ザラゾフ、ジゼルジーヌ・カプランも同じだろう。いや、兎我もだ。後継とおぼしき、根住忠雪はまだ幼子だが、カナタを慕っていると聞く。旧兎我閥の軍官僚はアスラ派に吸収したが、派内派閥として独自性を保っている。油断は出来ない。


"オレはたまたま目立つ場所に居ただけだ"


そんな風に謙遜するカナタは、私に対抗するつもりはなく、派閥を作る気もない。優れた武略と不思議な人望に惹きつけられた連中が寄ってたかって、のっぴきならない立場に祭り上げてしまっただけだ。天掛カナタに野心はない、それは私が一番わかっている。


だが本人にその気はなくとも、取り巻きに意志を強制されてしまうかもしれない。立場が人を作る事もあれば、人が立場に動かされる事もある。私とて、意に反してでも"創設者の娘"として振る舞わざるを得ない事はあった。"己に寄せられる期待"とは、それほど重いものなのだ。


「……人任せは私の主義に反する。参謀長、時代は己の手で切り拓くものだ。」


「その通りだ。だが、自分がである必要はない。煌びやかな天守閣は並び立つ柱と数多の石垣によって支えられている。俺は時代の柱石でいい。」


俺、か。演技ではなく本心のようだな。そして"己の器"を悟っているようだ。


「私にも柱石になれと?」


かつて成就者ジェダは、私の顔を見るなり"業が深い"と言い放った。仙人じみた老人に諭されるまでもなく、私は己の本質を知っている。御堂イスカは"頂点にしか立てない女"なのだ。誰かの下風に立てば、私は私でなくなる。故に何人たりとも、私の上には行かせない!


「そうは言わん。だが、"両雄並び立たず"など見たくない。」


カナタと争う気などない。異才に目を付けたおまえ達が、私の対抗馬に仕立てようとしているだけだ!


……落ち着け、それこそカナタは同盟内での対立を望んでいない。そう、父の死の真相を知っていれば、三元帥と対立する事もなかった。さらなる本音を引き出す為にも、ここは一歩踏み込んでみよう。


「ザラゾフ参謀長…いや、烈震アレックス。言葉を飾る必要はない。何が言いたいのだ?」


父親と違って端正な顔立ちをしている烈震だが、その本質はやはり猛獣。父譲りの覇気と闘志を漲らせた顔で宣告する。


「包み隠さず言えば、俺はおまえを信用出来ん。だが、剣狼がおまえを信じるなら、信じる努力はしてみよう。」


努力はしてみよう、か。大言壮語とは言わんが、なかなか吹くではないか。


「新当主の忌憚の無き言葉を心に留め置こう。フフッ、返礼に私も本音を言わせてもらおうか。ザラゾフ元帥と確執があった事は確かだ。だが、それを次の世代に持ち越そうとは思わん。」


思ってもいない事を本心だと思い込めるのが一流のネゴシエーターだが、これはまるきりの嘘ではない。半信半疑なのはお互い様だが、手を組む余地はある。


「だといいが、まだ額面通りには受け取れんな。軍神よ、一つだけ忠告しておこう。」


「なんだ?」


「剣狼の期待を裏切らん事だ。……お互いの為に、な。」


忠告じみた警告を終えた烈震がスクリーンから消えると、クランドが憤激する。


「黙って聞いておれば、イスカ様に向かって無礼千万な物言いをしおって!彼奴は何様のつもりじゃ!」


烈震がヘソを曲げて来援が遅れてはと、我慢していたようだな。兎我ならやりかねんが、ザラゾフ親子にそんな姑息さはない。


「フフッ、良いではないか。あのぐらいの覇気がなくては手を組むに値しない。」


巧言令色の輩など腐るほど見てきた。アレクサンドルヴィチ・ザラゾフは口先だけの手合いとは違う。奴の吐いた台詞には、本物だけが持つ重みがあった。


……叔父上が生きていれば、次世代の有力者との協調を模索しただろう。私の為に、身を粉にして橋渡しを務めたに違いない。


「……変わらず生き残る為には、変わらなければならない、か。」


元の世界の格言なのだろう。信念を貫く為の変革を恐れない男は、私に不信感を持つ勢力と信頼関係を築いている。猜疑心は諸刃の剣、今からでも遅くはない。戦争が終わったら、カナタを介して彼らとの融和を目指してみよう。


「フフッ、喜べ烈震。おまえの忠告通りに事が動くぞ。」


そう、カナタがおまえ達を信じるなら、私も信じる努力はしてやる。変革に例外はない。



この手で世界を変えてみせる、それが私の揺るがぬ意志。ならば、私自身も変わらなければならないのだ。

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