終焉編56話 丘陵に響く凱歌
※バードビュー・サイド(ギルカナ丘陵・薔薇十字とカーン師団が交戦中)
「ガルーダ隊は追うな、陣形を再構築する!大丈夫か、バスクアル。」
敵エース部隊の撤退を確認したアシェスは、僚友を気遣った。
「大丈夫と言いたいけれど、無理みたいね。いいパンチだったわ。」
「魔鳥の名に恥じぬ強敵だったな。後は私に任せて医療ポッドで休むのだ。」
「そうさせてもらうわ。だけど金翅鳥に手の内を明かしたのはマズかったんじゃない? 左翼が危険だと警告を飛ばしてるはずだわ。」
「それもトーマの指示だ。付け込むべきは、"ナンバー1とナンバー2の温度差だ"と。"カーンは
アシェスもバスクアルも、兵士の心理が戦いに大きく影響する事は知っている。しかし、相手の心理を操る域には至っていなかった。一旦でも良いからエース部隊を退かせる、これが次の一手を優位に進める大前提なのだ。
「早期撤退を促す為に、あえて手の内を明かす。つまり、少佐は"知られたところでザネッティには止められない"と読んでいるのか。」
バスクアルもアシェスも名うての兵で、いかなる苦境に陥ろうとも戦意を絶やさず、怖じ気も知らない。強すぎる心を持つ強兵は、戦況に一喜一憂する弱卒の心理を窺い知れぬものだ。怖じ気、つまり臆病さを持ち合わせるトーマは、彼女らとは違った。"自分達が何もせずとも、強い味方が勝たせてくれるかもしれない"という"心の拠り所"を摘んでおく事が肝要なのだ。
「攻勢戦術において、"剣聖"は帝国随一だ。本気のクエスターを止められるのは私だけさ。」
竹馬の友を称えながらも、負けん気の強さも発露するアシェスを見て、バスクアルは苦笑した。防御戦術の名手が才気煥発で、攻勢戦術の名手が温厚篤実、普通は逆だろうと思ったのだ。
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薔薇十字におけるクエスター・ナイトレイドの評価は、"温厚な美男子"で一致している。名門貴族の嫡男で眉目秀麗、卓絶した剣の使い手でありながら、少しも気取った所がなく、誰にでも分け隔てなく接する"騎士の鑑"は、将兵の信望を集めている。盟主である"野薔薇の姫"に次ぐ人望の士と言ってもいい。
「ガルーダ隊が退いたようですね。黄金の騎士団、突撃開始!」
愛馬に跨がったクエスターは柔和な仮面を脱ぎ捨て、鬼気迫る形相で突撃を命じた。平時においては温厚な紳士でも、戦場においては無情な剣鬼に変貌する。一突きで三人の兵士を串刺しにした剣聖は予備のランスに持ち替え、再度の突撃。群がる、いや逃げ惑う雑兵を、手当たり次第に馬蹄で踏みにじってから下馬し、軍馬に劣らない俊足で敵陣の奥深くまで単騎駆けする。
「バカめ!袋のネズミだ!」 「囲め囲め!」 「斃せば報奨金がガッポリだぞ!」
欲に駆られたザネッティ師団の兵士に囲まれた剣聖だったが、焦るどころか笑っている。不幸な事に、笑みから溢れる凄みに気付いた者はいなかった。
「フフッ、水鳥の羽音でも響かせてあげましょう。マリノマリア兵に龍ノ島の故事はわからないと思いますが!」
日本出身で歴史オタクの剣狼カナタが聞けば、"※富士川の戦いに似た合戦が龍ノ島でもあったらしい"と得心するところだが、ザネッティ師団の兵士達には剣聖が何を言いたいのかわからない。
古代から中世にかけて、数的劣勢を覆した戦いは枚挙に暇がないが、ほとんどの事例に共通している事は、"数に優る側が慢心していた事"と、"少数側の猛攻に気圧された事"である。群集心理とは恐ろしいもので、"弱兵の腰砕けが、全軍に波及し敗北を喫する"のだ。
将たる者は、見せかけの数に惑わされてはならない。カーンはそれを怠った。弱卒を率いる及び腰の将、ザネッティの存在が薔薇十字の勝機となる。
「※ベルゼルクGOS、起動!ナイトレイド式奥義、モーントズィッヒェル!!」
剣聖クエスターが振るう二本の長剣から、三日月の念真重力波が放たれ、居並ぶ敵兵の体をバターのように切り裂いてゆく。高密度に形成された波状重力刃の前には、一般兵の展開する念真障壁など、あってなきが如し。
「一人で暴れるなんてズルいぜぇ!見渡す限り、敵だらけ。ドンパチはこうじゃなくっちゃな!」
敵兵の頭を蹴り潰しながら跳躍し、亡霊戦団一の暴れん坊が剣聖に加勢する。
「ミザルさん、私一人で十分ですよ。敵陣が混乱している間にもっと戦線を押し上げるべきです。」
「そっちはコヨリとガンがやってんよ。人間要塞は少佐の次に怖え男だ。敵さんは今頃、ビビり散らかしてんぜ。」
音響砲が奏でる雷鳴を聞いたクエスターは、ニッコリと笑った。
「フフッ、私も負けていられませんね。弱腰の兵には腰砕けになって頂きましょう!」
「どれ、年寄りも混ぜてもらおうかの。」
鉄爪を装備した"鉄拳"バクスウも加わり、手練れの異名兵士トリオはマリノマリア兵を圧倒する。猛威を振るったのはミザルの
「猿の長兄、此奴らはどんな幻を見ておるのじゃ?」
機関銃を乱射する兵士の顎を蹴り砕きながらバクスウは問うたが、ミザルの返答はぞんざいだった。
「ゾンビソルジャーさ。雑な幻術だから、本物のゾンビに見えてるかもしれねえけどよ。」
「やれやれじゃのう。ホホッ、後続が追い付いて来たようじゃな。さらなる血路を拓くぞ、付いて参れ!」
黄金の騎士団、亡霊戦団、そしてバクスウの門弟で構成された拳法家部隊・武烈。薔薇十字は右翼に攻撃力に優れた最精鋭を集結させていた。
ザネッティ師団にも異名兵士はいたが、僅かな時間を稼ぐのが精一杯で、クエスター達を止める事は出来なかった。名のある者が連携して戦えば善戦出来たかもしれなかったが、恐慌をきたした軍にそんなものは望めず、貴重な戦力を無為に死なせただけの結果に終わってしまった。
驚愕から恐慌、そして崩壊。ザネッティ師団は数にして1/5の薔薇十字によって戦列を突き崩され、遁走を開始した。しかし、なまじ数が多いだけに渋滞を起こし、逃げる事もままならない。師団長のザネッティは事態を収拾するどころか、真っ先に撤退を開始している。
左翼の崩壊を悟ったカーンは、中陣の一部を割いて攻勢を受け止めようと試みたが、自師団にも混乱が広がっており、命令通りに部隊は動かなかった。そして、カーン師団の混乱を見て取った薔薇十字は、全面攻勢に移行する。
「クエスターが横腹を食い破ったな!総員、反撃に転じるぞ!ラッセル、卿の出番だ!」
「おう!野薔薇の姫に栄光を!皆、儂に続け!」
殺人機関車の異名を持つラッセル・ネヒテンマッハは、大振りの戦槌を構えて丘陵を駆け下り始めた。カーン師団の誇る重装歩兵部隊が暴走列車を食い止めようと立ち向かったが、次々と戦槌の餌食にされてゆく。
「ガハハハッ!さっきまでの威勢はどうした!数を頼みにドンドンかかって来んか!」
守りは固いが回避が苦手な重装歩兵との戦いは、ラッセルが最も得意とする分野だった。機関車に牽引された後続の兵士達は、鮮血に彩られたレールの上を駆け抜ける。
時を同じくして、薔薇十字左翼の指揮を執る戦場兵馬と轟弾正も動き始めた。
「……始まったな。俺らも行くか、兵馬。」
「うむ。皆、拙者に続け!」
愛用の長刀"四尺酒吞"を構えて敵陣に斬り込んだ兵馬は、殺人剣の何たるかを敵兵に教授した。対価はもちろん、その命だ。兵数に劣る薔薇十字だったが、兵質と擁する
味方を轢き潰しながら旗艦で逃走を図ったザネッティは僚艦との連携を欠き、後続の巡洋艦に追突されてキャタピラを破損。バクスウ率いる武烈に包囲されると、戦う事なく投降した。劣勢を覆そうと打って出たカーンと親衛連隊は、"剣聖"クエスターと黄金の騎士団に敗れ、総大将のカーンは戦死。親衛連隊も壊滅的な損害を被った。
「……こうも無様に負けるとは……」
応急手当を終えて戦線に復帰した金翅鳥は嘆息し、全軍に撤退を命じた。カーン中将が戦死し、ザネッティ少将は投降。ナンバー3だったヴェダ・クリシュナーダ大佐に指揮権が移った混成師団は、いくぶん統制を取り戻し、ギルカナ丘陵から敗走する。敗軍の将と敗残兵には幸運な事に、薔薇十字は追撃してこなかった。
戦場となった丘陵には、夥しい同盟兵の死体が無惨に転がり、薔薇の旗を掲げた兵士達の凱歌が響き渡る。
数的劣勢を覆した模範例として戦史に残る「ギルカナ丘陵の会戦」……世界統一機構軍は、この最終戦役において、初めて明確な勝利を挙げたのだった。
※富士川の戦い
駿河国富士川で源氏と平家によって行われた戦い。源平盛衰記や平家物語に"水鳥の羽音に驚いた平家が慌てて逃げ去る"と記述されているが、諸説あり。貴族化した平家を揶揄する意図があったものと思われる。
※ベルゼルクGOS
ベルゼルク・グラビティ・オフェンス・システムは、クエスター・ナイトレイド専用戦術アプリ。守護神アシェスの搭載するガーディアン・グラビティ・バリア・システムと同時に開発された。広範囲で高硬度の念真重力壁形成をアシストするガーディアンGBSに対し、ベルゼルクGOSは高密度の念真重力刃形成と高速射出をアシストする。
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