終焉編55話 死告鳥VS金翅鳥
※バードビュー・サイド(ヘプタール戦域・薔薇十字とカーン師団が対峙)
フー元帥が率いる薔薇十字軍2万2千はギルカナ丘陵に布陣し、カーン中将が率いる混成師団6万6千を迎え撃った。
「数的劣勢を高所の利で補おうという腹か。小賢しい!全軍前進、攻撃を開始しろ!」
小細工無用とばかりにカーンは全軍に前進を命じた。尾羽刕兵が離脱したものの、居留地の守備兵を動員して穴埋め出来た。対峙する薔薇十字との兵力差は3倍、負ける訳がない。同盟軍総司令官カプラン元帥の命令のみならず、懇意にしていたアレックス准将の要請まで無視して臨んだこの戦い。勝利しなければ自派閥の展望は拓けない。
緩やかな丘陵を駆け上がる先鋒隊の前に立ちはだかったのは、"守護神"アシェスの率いる真銀の騎士団。防御戦術なら帝国随一と呼ばれる巧みな指揮で、群がる同盟兵を返り討ちにしてゆく。
「ガルーダ隊、空から銀ピカどもを切り崩せ!」
寡兵相手に時間などかけていられない。カーンは早々に切り札を投入した。
地に足を着けて戦う重装歩兵を、空中戦の得意なガルーダ隊が援護する。上下の同時攻撃で敵陣を食い破るのが、カーン師団の必勝パターン。しかし、薔薇十字にも空中戦の名手がいた。"金翅鳥"の異名を持つヴェダ・クリシュナーダの前に立ちはだかったのは、"死告鳥"と恐れられるマリアンヘラ・バスクアル。
戦端が開かれたばかりではあったが、早くも勝負どころが到来したのである。
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「ギロチンカッターの名にかけて、ここは通さん!」
宙に浮かせた念真皿の上に立つ死告鳥。彼女の後ろには軽装歩兵が空中に陣を形成している。予めガルーダ隊との激突を想定していたのか、それとも死告鳥の特性を活かす為なのかは不明であったが、薔薇十字軍もまた、空中戦に特化した部隊を編成していたのだ。
「空中戦なら!」 「我らの土俵ぞ!」
叫びながらガルーダ隊の兵士二人が同時に襲い掛かったが、左右からの突進をジェット気流で止めたバスクアルは居合一閃、彼らに死を告げた。
「手を出すな!あの女は俺が相手する!」
あの男に狙われたら最後、絶対に助からないと同盟兵を恐れ
「ガルーダ隊連隊長、ヴェダ・クリシュナーダだ!尋常に勝負!」
「ギロチンカッター大隊隊長代行、マリアンヘラ・バスクアル!その勝負、受けて立つ!」
「これは挨拶代わりだ、受け取れ!」
ヴェダは腕に装備していたチャクラムを矢継ぎ早に放ったが、足にジェット気流を纏わせたバスクアルは余裕を持って回避する。
「遅いっ!輪投げで私を斃せると思って?」
「ただの輪投げではない。脳波誘導装置が組み込んである。」
ジェダが円環に命令を下すと、二枚刃の間にある小さな孔から炎が噴出し、軌道を変えてバスクアルに襲い掛かる。
「器用なのね。宴会芸にもってこいだわ。」
右腕に10、左腕に10、計20ものチャクラムを同時に操れるのか。バスクアルは驚いたが、幾多の死線を潜った猛者だけに顔には出さなかった。テレパス技術の進化した昨今、脳波誘導兵器は珍しくない。しかし、脳波誘導兵器を操るのは難しく、誰にでも出来るものではなかった。況んや、同時に複数を操るとなれば、なおのことである。
代表的な脳波誘導兵器である
「祝勝会用に作らせたんだ。楽しんでくれ。」
ジェダは不敵に笑ったが、これは演技である。彼は師匠である成就者と違って、20個のチャクラムを全て操れる訳ではなかった。実際に操れるのは10個、残りの10個は軌道をランダムに設定して、さも操れるように見せかけているだけ。チャクラムはあくまで牽制と攻撃補助の道具、命中精度を落としてでも、実力の誤認を誘う。
自分を大きく見せる事が勝機に繋がると、ベテラン兵士は知っていた。見破られたら、親機にリンクさせて精度を上げればいい。
「その芸は反省会で披露なさいな。貴方が生きていればだけどね!」
チャクラムより速く動けばいい。バスクアルはシンプルな手段で奇手に対抗する。あっと言う間に距離を詰めた死告鳥は金翅鳥の懐に飛び込んだが、排撃拳を装着した腕で刃は払いのけられた。ヴェダは曾々叔父に習った象形拳を得意とする拳法家でもあるのだ。身体能力は凡庸に近いヴェダだったが、技を磨く事なら出来る。この一騎打ちは"才能型"と"努力型"の激突でもあった。
死告鳥と金翅鳥は熾烈な空中戦を演じながら、それぞれの師の顔と教えを思い起こしていた。
処刑人は言った、"おまえは複雑に物事を考えるのが苦手だ。シンプルな強さを追求しろ"
成就者曰く、"おヌシは才は凡庸じゃが、知恵は回る。小賢しく戦う事じゃな"
「速さと高さで押し潰す!」
「させるか!古参兵を舐めるなよ!」
信念を込めた刃と拳が交錯し、双方が手傷を負った。火薬パンチを土手っ腹にもらったバスクアルは血反吐を吐いたが、風刃を躱し損ねたヴェダの左腕はズタズタに切り裂かれている。
「……手応えありだ。引け、内臓が破裂している。」
勧告するジェダの利き腕に装着された排撃拳から、薬莢が排出される。インパクトの瞬間に火薬の力で威力を倍加させる排撃拳は極めて扱いの難しい武器だったが、ヴェダは完璧に使い熟せていた。
「……フフッ。そっちこそ、腕が動脈ごとズタズタよ。早く止血しないと失血死するわね。」
これでいい。バスクアルは強がりではなく微笑んだ。兵士としては劣勢だけれど、指揮官としては優位に立てた。ヴェダさえ抑えておけば、薔薇十字は勝てる。空中戦では互角でも、地上戦では優勢だからだ。上下からの同時攻撃を封じられたカーン重装歩兵部隊は、真銀の騎士団の攻勢防御の前に為す術はなく、次々と落命してゆく。
「バスクアル、よく頑張った。後は私に任せろ。」
同時形成した念真皿を飛び石に使って、アシェスが空中戦に参加する。絶対防御を誇る"守護神"だが、実は中軽量級の兵士で身軽に動ける。地上でも空中でも、鉄壁の守りを発揮するのだ。
「卿を討ち取れば、真銀の騎士団も崩せるだろう。せいっ!」
無駄と知りつつ、チャクラムを放ったヴェダだったが、アシェスは一歩も動かず、特殊兵装"ガーディアンGBS"を使った広範囲高硬度念真障壁で一蹴してのけた。
「無駄だ。飛び道具で私は斃せん。」
「そうらしいな。」
ヴェダは右拳に力を込めた。左腕からの出血が激しく、長くは戦えない。被弾覚悟で懐に飛び込み、最大火力の排撃拳で急所を打ち抜く。それ以外に勝ち筋はない。
「貴公の奮戦は見事だったが、この戦いは薔薇十字の勝ちだ。」
真銀の騎士の勝利宣言に金翅鳥は反論する。
「気の早い事だ。攻めあぐねている事は否定しないが、まだ勝敗は決していない。」
「どこに布陣し、どう戦うかをトーマに教えてもらった。そして無敗の男は、最後にこう付け加えた。"カーンも馬鹿だな。ザネッティなど、要らなかったのに"とな。」
アシェスの言葉にヴェダはギクリとした。なぜなら、同じ事を"軍神"イスカが、内密にアドバイスしていたからだ。
"ザネッティは後詰めに使え。間違っても序盤から前線に投入してはならない"
そう助言するイスカに、カーンは頷いておきながら、実際には軍令違反の協力者であるザネッティの顔を立てて、左翼に展開させている。"軍神の助言に従うべきだ"とヴェダは忠告したが、カーンは聞き入れなかった。
"儂は中将で軍神は少将。本来ならば、儂が命令する立場じゃろう。これは面子の問題だけではなく、合理的な判断でもある。2万近くの兵を率いるザネッティを後陣に回せば、数的優位が3倍から2倍強に落ちるし、何よりバラト兵が主に損耗する事になる。勝利の果実を共有するからには、マリノマリア兵にも対価を払ってもらわねばな"
戦う前から算盤を弾く上官にヴェダは不安を覚えたが、副師団長の彼に決定権はない。布陣する前に軍神に相談しようかとも考えたのだが、告げ口のようで気が進まなかった。その結果、迷いを抱えたまま戦う事になってしまったのである。何の救いにもならないが、もし、金翅鳥が軍神に相談しようとしても無為に終わっていた。"今からでも兵を退き、待機命令に従うべきだ"と告げられるだけである。
ヴェダのみならず、混成師団の誰もが着眼していない事だったが、イスカがカーンを唆し、助言を行ったのは、"カプラン元帥が総司令官に就任する前"で、"正式な待機命令が下された後"は一切、コンタクトを取っていない。つまり、現状では"軍令違反はカーン中将による独断専行"なのである。イスカはグレーゾーンを渡り歩いてきただけに、カーンとは役者が違った。
権謀術数に長けた女傑は、他戦域での勝利を羨むカーンがどう動くかなど読めていたし、唯一、彼に対して抑えが利く災害ザラゾフが戦死したからには、暴走を止められない事もわかっていた。彼女にしてみれば、"どうせ暴走するなら、私に都合のいいように誘導し、勝つ算段も授けてやろう"といったところである。問題はカーンが"勝つ算段"に従わなかった事だが、それは止めようがない。
「……ガルーダ隊、撤退せよ!いったん退いて態勢を立て直す!」
金翅鳥は勝利を目指すよりも、惨敗を避けるべきだと撤退を命じた。
元より私利私欲で始まった戦いである。郷土愛の強いヴェダにしてみれば、こんな馬鹿げた戦いで同胞を死なせるのはいたたまれなかった。
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