終焉編53話 賽子に込めた義侠心



人格を破壊する過剰ドーピングを施された屍人兵は、身体能力と反射神経が極めて高く、白兵戦には滅法強い。さらなる過剰投与を施された臨界屍人兵は長くて1時間しか体が保たないが、準適合者級の身体能力を発揮する。


ノーマルもクリティカルも人格の喪失による思考力の欠如、という克服出来ない弱点を抱えているが、ベースが強いというのは厄介なもので、一般兵にとっては脅威だろう。とはいえ、戦いには相性が付き纏う。


30秒も経たない間に、オレは50体以上の臨界屍人兵を睨み殺した。ダンビラやパイロキネシスなら、躱す事が出来る。だが、オレの狼眼は目を合わせるだけで効果を発揮する殺戮念波だ。思考力を失った屍人兵は視線を切るという当たり前の対処が出来ない。そして、ドーピングで念真強度は強化されない。むしろ、心の力を失った屍人兵は念真強度が弱体化している。


つまり、オレからすれば"格好のカモ"に過ぎない。心を持たず、痛みを感じない"兵士の抜け殻"は、速やかに天国か地獄に送ってやるのが"せめてもの情け"だろう。……そう思わなくちゃやってられない。


「煉獄の腰巾着、おかわりはまだか?」


ムクロはギリリと歯を噛み締めた。


「……ぐぬぬ。ボーグナイン、此奴に屍人兵は無意味だ。」


「らしいな。剣狼、いつぞやの借りを返してやる!」


黒騎士のこめかみに赤黒い血管が浮き出る。なるほど、機械の心臓に搭載された新機能って訳か。


「兵団は本当にドーピングが好きだな。黒騎士、今度は"死んだふり"は通じんぞ。」


コイツを照京攻略戦で仕留めておけば、ビロン少将を死なせずに済んだ。我ながら、とんだドジを踏んじまったぜ。


「抜かせ!あの時とは違うぞ!」


「落ち着いてください。彼に無策で挑むなんて、無謀ですよ。」


前に出ようとした黒騎士の肩を、魔術師が掴んで制止した。相変わらず抜け目のない野郎だ。オレの姿を視認するや否や、あっという間に現れやがった。


「久しぶりだな、アルハンブラ。アンタにはやっぱり、片眼鏡モノクルとシルクハットが似合ってる。」


アルハンブラ・ガルシアパーラは兵団一の曲者だが、境遇を理解出来る男でもある。魔術師は歪んだ世界の犠牲者で……愛の深さ故に加害者になった。


「フフッ、以前にお会いした時は囚人服でしたからね。マジシャンとしては恥ずべき事ですが、どうやって現れたかをお聞きしたい。」


「先遣部隊が到着したからに決まってるだろ。」


「御冗談を!……ヘリを使って先遣部隊のさらに先まで進んでいた。そこまではわかるのですが、いきなり要塞内部に現れた理由がわからない。要塞は十重二十重に包囲されていたのですからね。」


お喋りに応じる必要はないんだが、話しながら周りの状況を確認したい。


「バルミット要塞を設計したのは誰だっけな?」


「なるほど。軍神アスラは隠し通路を作らせておいたのですか。迂闊でした。十分に調べたつもりでいたのですが……」


いくら魔術師が切れ者だといっても、わかんねえだろうな。いや、頭が切れるからこそ、かえって気付かないと言うべきか。アルハンブラは隠し通路がありそうな場所はしっかり調べただろう。


だが、御堂アスラが秘密の出入り口を設けたのは、破壊される可能性がある外郭区の防壁。しかも街門の監視塔からギリギリ死角になる位置だった。まさか門の近くに秘密の出入り口があるなんて誰も思わない。普通はもっと人目につかない場所を選ぶ。


「そういう事だ。単騎で先行したオレは、兵団の索敵ラインの外でヘリを乗り捨て徒歩で移動。地下道を通って城に入った。」


念の入った事に隠しドアの類は設置せず、大昔のマイナー歌謡曲と、とある民謡を同時に流すと内部の指向性爆薬が起爆し、通路が現れるって仕掛けだ。防壁そのものは何の変哲もないのだから、魔術師の観察眼がいくら鋭くても絶対に気付かない。両元帥との作戦会議を終えた後、イスカはオレにだけ、秘密通路の存在と開閉方法を教えてくれた。


発見する方法は、外部防壁を片っ端から打音検査する事だが、そんな事をやる奴はいないだろう。中から逃げるにも、外から侵入するのにも、不都合な位置にある隠し通路なんて不合理の極み。だが、軍神アスラは知っていた。


"ここだけはない。そう思える場所こそが、心理の死角なのだ"と。


「要塞近くに潜伏し、様子を窺っていた貴方は、我々が外郭区に突入するのを待っていた。いえ、待たざるを得なかった。このタイミングで現れた理由は、隠し通路が外部防壁かその近辺にあったという事です。」


アルハンブラは本当に頭がいい。煉獄の戦果のかなりの部分に寄与してるだけはある。


「その通りだ。詰めの甘い煉獄は、外部防壁には最低限の見張りしか置かないだろうと思っていた。監視塔にいた新兵どもは気の毒だったな。」


思わぬ伏兵の登場で、さしもの兵団も浮き足立っている。ピンチを凌げばチャンスが来る。均衡を崩すのは今だ!


(シオン、撃て。)


冷静な狙撃手は回避の苦手なクラブのジャックを狙い、その弾丸は眉間を捉えるかに見えた。だが、間一髪でスペードのエースが身を挺して庇い、大男の命を救った。ジャグリングが持ち芸だけあって、反応が早いな。


「エース!何がですか!貴方は本当に嘘吐きですね!」


肩に被弾した部下をフォローすべく、即座に動きながら魔術師は吐き捨てた。


「おまえらはマリカに奸計を仕掛けた。卑怯には卑怯で応じるのがオレの流儀だ。」


打ち合わせ通り、シオンの潜んでいた建屋の屋上から天使と悪魔が飛び立ち、特大の念真砲を敵陣に撃ちまくる。ナツメに指示は必要ない。独自の判断で最適解を叩き出せるワンオペ兵士だ。


「総員撤退!工作兵は障壁を張れ!扉を爆破する!」


ムクロは設置中の工作兵がいるにも関わらず、起爆スイッチを押した。人命と引き換えに片扉は破壊出来たようだな。


「兵団を叩き出すぞ!オレに続け!」


ムクロの独断で撤退するとは思えない。煉獄が損切りを決断したんだ。大物ぶって余裕をかますからこうなる。こういう局面では、エースがリスクを負うべきなんだよ!


逃げる兵団に襲い掛かる同盟兵は名のある兵士は討ち取れなかったが、十分な戦果を上げた。小技に長けたテラーサーカスがいなければ、兵団の被害はもっと大きかっただろう。奴らにとって幸いだったのは、捨て駒の屍人兵がまだ残っていた事と、ジェットパックで飛来した後続部隊が、まだ接敵エンゲージしていなかった事だ。だからこそ、煉獄は兵を退かせた。


「追撃中止、門から出るな!屍人兵の掃討を急げ!」


街門から出れば、待ってましたと集中砲火を浴びる。ここは窮地を脱しただけで良しとしておくべきだ。早めに追撃を切り上げ、返す刀で屍人兵を殲滅完了。後は…


「全隊、門を中心に包囲陣形!再度の侵入に備えろ!」


兵団は多くの兵を失い、こちらは後続部隊が到着。再度の侵入があるにしても暫く間を置くだろう。今のウチに同志アクセルに門を塞いでもらうか。巡洋艦で蓋をしてやりゃいいんだから、世界最高のリガーにとっちゃあ、簡単なお仕事だ。


──────────────────────


「カナタ君、煉獄はまた攻めて来るかな?」


椅子に掛けたカプラン元帥の背後には、女神の描かれた壮大なステンドグラスが嵌め込まれている。この"女神の間"は、同盟領の全教科書に載っている有名な部屋だ。たぶん、機構領の教科書にも載っているだろう。バルミット要塞は交通の要所にあった古城を中心に据えて作られた。


「警戒は解きませんが、来ないと思います。先遣部隊の到着まで約22時間。空飛ぶ棺桶と高足蟹を失った兵団は攻め手を欠く。外曲輪は焼け野原ですが、バルミットは内曲輪だけでも普通の要塞を超える規模と厚みを誇ります。いくら煉獄でも短時間で落とすのは難しいでしょうね。」


さっきの奇襲で一気に攻め落とすつもりだったはずだ。煉獄、これは肝心要の局面で出張らなかったおまえの過信が招いたミスだぜ。どんなに緻密に計算しようが、戦場には不確定要素が付き纏うんだ。常勝を気取るのはいいが、苦戦を知らずにここまで来たのが落とし穴になったな。


勝ち易きに勝つ、それが戦略の王道だが、広い世界にゃオレみたいな邪道だっているんだからよ。


「同盟最強の男も来援したから、士気は爆上がりだ。戦術無敗の狼が指揮を執るってんなら、アタイでも攻略を断念するよ。」


オレの来援を知ったカプラン元帥は、すぐさまバルミット方面軍の全指揮権を龍弟公に移譲したと発表した。もちろん、オレに相談なんざしちゃいない。されても断らなかったけどな。災害閣下亡き今、同盟最強の戦術指揮官はオレかイスカだ。為すべき事、果たすべき責任から、もう逃げない。


「私は戦術家としては一流の末席か二流の首席だが、政治家としては超一流なのでね。戦力強化と士気高揚に劇的な効果がある妙手を逃したりしないよ。」


「閣下のチャッカリぶりはウチのラセンといい勝負だね。裾野作戦を思い出せってアドバイスも、カナタからの受け売りだった訳だ。」


オレは地下通路を走りながら、裏の裏が本命だと伝えただけだ。マリカに最も響く言葉をチョイスしたのは、論客の手柄さ。


「マリカ、白炎で傷は塞いだが、完治には程遠い。早く医療ポッドで休んでくれ。」


もっと時間をかけて癒したいが、決戦前に念真力を枯渇させる訳にはいかない。賦活剤で回復可能な念真力には限度がある。※祈りの指輪みたいにゃいかないんだ。


「わかったわかった。だけどカナタも万全じゃないんだろう。ホタルが頑張ってくれてるから、敵が動けばじきわかる。添い寝してやっから少し休もう。」


「医療ポッドは一人用だ。赤ん坊ならともかく、添い寝なんか出来っこない。」


「フフッ、ガキンチョなら二人で入れるけどねえ。リーゼロッテとやらはリリスと一緒にスヤスヤだろ?」


そのリーゼはピーコックに目を付けられてたけどな。"このコは将来、ケバい美人になる!"ってご満悦だった。言動は蓮っ葉だけど、わりかし常識人で面倒見もいい彼女になら、あのコを預けてもいいかもしれない。リリスイズムは危険な劇薬。小悪魔に毒されて、精神的にも"リリス2号"になった日にゃあ、世界が滅ぶ。ま、リーゼの今後は戦争を終わらせてから考えればいい。


「カナタ君、少しだけ待ってくれ。キミに合わせたい兵士がいる。部屋を見回して、どうしたのだね?」


「いえ、この広間で戦争が始まったんだな、と思っただけです。」


バルミット城がバルミット要塞になる前、この女神の間でアスラ元帥とカプラン大将は、前皇帝(ゴッドハルトの叔父)と前国王(ネヴィルの父)を代表とする世界統一機構使節団との会談に臨んだ。そして……交渉は決裂。支配の鍵だった攻撃衛星群がコントロールアウトしたにも関わらず、無条件降伏以外は認めないとする世界統一機構に対し、独立を主張する自由都市同盟は宣戦を布告。長きに渡る戦争が始まったのだ。


「……あの日の事は今でも鮮明に覚えているよ。私もアスラもまだ若かった。我々は若輩だったかもしれんが、前皇帝を筆頭に使節団は老害ばかり。一切の妥協を拒否されたから、どうにもならなかった。カナタ君ならどう交渉したかね?」


「攻撃衛星群は我々のコントロール下にあるとハッタリをかましたでしょうね。」


攻撃衛星群を無力化したのはアスラ元帥だ。ハッキングした側にそう言われれば、よっぽど確信がない限りは一笑に付すなんて無理だろう。ハッタリじゃなければ、衛星からの軌道砲撃で巨大都市が吹っ飛ぶかもしれないんだから。


「ハッハッハッ!キミは似て異なる面もあるが、ハッタリのかまし方はアスラにそっくりだよ。アスラも同じ手を使ったんだ。」


「ハッタリが通じなかったんですか?」


「残念ながらね。老害皇帝は"ならば帝都を吹き飛ばしてみよ。やれるものならな"と笑い飛ばした。」


前皇帝は、アスラ元帥も攻撃衛星群をコントロール出来ないと知っていたって事か。


「攻撃衛星群無力化の全貌を知っていたのは誰ですか?」


「衛星群へのアクセス方法を知っていたのはアスラだけだ。コントロールアウトになった事を会談時に知り得ていたのは三大将、それにアスラの腹心だったマスターニンジャと刑部クンの5人。御堂司令は会談当時はまだ2歳。いくら早熟の天才でも秘密を話すには早過ぎる。」


火隠段蔵と東雲刑部はもちろん、三大将が機構軍に秘密を漏らすとは思えない。英傑の迷走が始まったのはアスラ元帥の没後だ。他の情報筋から得た確かなソースで、前皇帝は確信に至ったと考えるべきだな……


興味は尽きないが、今は戦争勃発の原因を究明する時じゃない。どうやって戦争を終わらせるかを考えなければ。兵団を蹴散らしてから、ローゼに仲介してもらって皇帝に譲歩を迫る。やはりこれが本線だな。北上中のザラゾフ師団が合流すれば、司令は帝国軍を殲滅しようとするだろう。そうなる前に、兵団を叩く!


……イスカはあくまでも"機構軍を滅ぼすべし"と主張するかもしれないが、同盟軍の総司令官はカプラン元帥でナンバー3の参謀長に就任したアレックス准将も停戦に賛同する。副司令官の御堂イスカ少将に決定権はなく、残るのは心情の問題。自由都市同盟の最高指導者に推戴をする事を条件にオレが説得するしかない。大丈夫だ、イスカならきっとわかってくれる!


「カプラン元帥、オレに合わせたい兵士ってのは?」


「テレパス通信でジゼルに連絡した。すぐに連れて来る。」


ドアがノックされて、ジゼルさんが少年兵を連れて入室して来た。オレより遥かに儀礼に則った敬礼をした少年兵は、そっと両手を差し出す。


「三槌少尉から、これを龍弟公に渡すように頼まれました。」


「これは……サンピンさんの賽子!」


筋金入りの博徒は、渡世の親から貰った"悪運の御守り"をいつもポケットに入れて持ち歩いていた。


「三槌少尉は命の恩人です。窮地を救われた後、"必ず生き残って、直接手渡してくだせえよ"と仰って僕にこの賽子を……」


少年を死なせない為に使命を与える。"隻眼の螭"こそ、男の中の男だ。


「ありがとう。少年、礼をしたいが体一つで駆け付けたから進物がない。戦争が終わったら、八熾の庄を訪ねて来てくれ。そこで名を訊かせてもらおう。」


「はい!僕は必ず生き残ります!龍弟公も必ず生き残ってください!」


オレも少年もこの戦争で死ぬ事なく、新たな時代を生きる。それが兄貴分が望んだ事だ。


「サンピンの奴、最後まで格好つけやがって。行こうか、カナタ。」


「ああ、兄貴分の義侠心を無駄にはしない。この戦い、必ず勝つ!」


象牙の賽子をポケットに入れたオレは、カプラン元帥に敬礼してから医療ポッドに向かう。



……三槌一が仇討ちなんざ望んじゃいない事はわかってる。わかっちゃいるが、この落とし前はオレが付ける。仲間を奪われた怒りと悲しみを…燃え滾る殺意を抑えろ……今はまだ、その時じゃない……


※祈りの指輪

とある大作RPGに登場するMP回復アイテム。たまに壊れる。

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