終焉編52話 真のエース
※マリカ・サイド(バルミット要塞を防衛中)
外郭区になだれ込んで来た機構軍は広域に展開。曲射砲が使えない以上、防壁を乗り越えられる手練れの兵士を先行させて、門を開かせるのがセオリーだ。
軽業の得意なムクロ、蟲兵衛、アルハンブラあたりが乗り込んで来るだろう。司令部で索敵にあたるホタルが命綱だね。
クリスタルウィドウは東西南北、どの方角にも駆け付けられるようにスタンバってる。さあ、かかってこい。
「……御堂アスラは築城も天才だったようですな。機構軍は倒壊させた監視塔とタランチュラの残骸に阻まれて、歩兵を主体に進軍するしかないようです。」
コンバットバギーの運転席で戦術タブレットを覗き込んでいるラセンが唸った。要塞外郭区には無闇にデカい監視塔が乱立していた。初めてこの要塞に入った時は、"あの監視塔の位置と数に意味があるのか?"と訝しンだが、建屋を倒壊させて街路を封鎖する算段を始めた時に、アタイも初代軍神の意図に気付いた。
"監視塔としてはあまり意味のない配置だが、倒壊させて街路を塞ぐには理想的だ"と。バルミット要塞を設計した軍神アスラは今回みたいなケースに備えて、監視塔に見せかけた封鎖装置を準備しておいたのだ。こンだけ先を見通せる男が、なんで"世界昇華計画"なんて危ないプロジェクトに乗っちまったんだか……
ホタルからテレパス通信!
(マリカ様!高速で棺桶が飛んで来ます!6時の方向、数は200!)
臨界屍人兵か!空飛ぶ捨て駒を使うなら、確かに今だな。対ヘリ用の高射砲で撃ち落とせる数には限界がある。バギーの無線機を手に取って陸戦部隊に迎撃を命じる。
「小デブ、6時方向から臨界屍人兵が200!ビロン隊で迎え撃て!」
「俺らも加勢しましょう!」
ゲンゴはまだ青いな。こんな見え見えの引っ掛けに欺かれるもンかい!
「向かうのは12時方向だ!逆サイドから本命が来ンよ!」
コンバットバギーで北門へ向かうクリスタルウィドウ。5分も経たずにホタルからテレパス通信が入った。
(マリカ様、12時方向にも棺桶が飛来!数は300!)
(だと思ったよ!もう向かってる!)
(待ってください!カプラン元帥が"本命は南門だ!"と仰っています!)
南に意識を振っておいて、本命は北。そう見せかけておいて、やっぱり南が本命……ダメだ、確信が持てない!
(ホタル、北と南、どっちに異名兵士がいるか確認出来るか?)
(上空からでは無理です!門の外にいる兵士はフード付きの外套で顔を隠しています!カプラン元帥は"裾野作戦を思い出せ!"と!)
煉獄はアタイの作戦を読み切っていた。奴はアタイがどう考え、どう動くかを予測出来る。だったら本命は……南門だ!
「クリスタルウィドウ、方向転換!南門に急行する!ピーコック、北のゾンビはターキーズに任せた!」
命令を聞いた瞬間、ラセンはバギーをスピンターン。取って返して南門へ向かう。門が視界に入った瞬間に、ホタルが新手の襲来を告げた。
(6時方向から新手の棺桶が飛来!数は500!)
やっぱり南門が本命だったか!カプラン元帥に感謝だねえ!
「クリスタルウィドウ、戦闘開始!」
屍人兵と交戦するビロン隊に加勢し、ゾンビの駆逐を開始。200と300、さらに500。おそらく煉獄のゾンビ部隊はこれで打ち止めだ。
「ほう。陽動には引っ掛からなかったようだな。おまえに裏の裏が読めるとは思わなかったぞ。」
あっという間に防壁の上にいた守備兵を惨殺した黒装束の一団。外套を脱ぎ捨てたムクロは冷笑しながらゾンビを操る。小デブの分析では使役出来るのは多くて200らしいが、3体に1体でも
「高い所から見物してないで下りて来な!ゾンビじゃ役不足なのはわかってンだろ!」
「だそうだ。相手をしてやれ、ボーグナイン。」
「緋眼のマリカ!ここがおまえの墓場だ!」
黒衣を脱ぎ捨てた黒騎士は、脇腹の排気孔から蒸気を噴き出しながら跳躍する。
「父さんの仇だ!食らえ黒騎士!」
防壁から飛び降りた黒騎士に小デブが怒りを込めた念真砲を見舞ったが、念真力を纏った大剣で弾かれる。
「小デブ!黒騎士の首はアタイに譲ンな!」
緋眼で黒騎士を睨んでやったが、黒く染まった眼球が輝き、抵抗される。
「無駄だ!俺の黒眼は邪眼能力を無効化出来る!」
無効化ではなく、威力の大幅減衰だろ。だが、コイツの意識を飛ばすのは無理みたいだねえ……
「準備完了です。皆さんには視認出来ないでしょうから、見えるようにしてあげましょう。」
壁上の魔術師がパチンと指を鳴らすと、糸で出来たスロープが左右に現れる。アタイやラセンの火炎が届かない距離を計算してやがる。相変わらず小癪な野郎だね!
「糸の橋など儂には必要ないわえ。影由、御役目を果たすぞえ。」
「……うん。ラセンは私が抑える。」
両腕で影由を抱えた蟲兵衛は、ラセンの投げた手裏剣を残った4本の腕で払いのけながら着地。鎖鎌を構えた影由は分銅を投げてラセンの忍者刀を絡め取る。
「年寄りの相手は年寄りがやろうかの。勝負じゃ、地走蟲兵衛!」
ゲンさんは腕毛の刃で蟲兵衛に斬りかかったが、左右からの同時斬擊は6本の小太刀でガッチリ止められる。
「おヌシが火隠忍軍の宿老、田鼈源五郎じゃな。鋼より硬い体毛とは恐れ入ったわえ。」
「地走衆の長に褒められると面映ゆいのう。頬の下にも二つの
ゲンさんは蟲兵衛に勝てるだろうか……だが、二対一で当たらせる余裕がない。孫のゲンゴは上忍の
「凛誠見参!」 「行くぜ野郎ども!」
凛誠とスレッジハマーが来てくれたか!
「アブミ、ウーゴ!テラーサーカスを抑えろ!」
「よそ見しながら戦うとは余裕だな!」
「おまえ如きが相手なら余裕に決まってンだろ!」
セラミックブレードの切っ先を紅一文字で弾き上げながら、半歩踏み込んでガラ空きの横腹を蹴る。黒騎士は吹っ飛ばされこそしなかったが、たたらを踏んで体勢を崩した。追撃をかけようとした瞬間に、鍛えた耳が背後の風切り音を捉える。
「流石は緋眼のマリカ。目だけではなく耳もいいようですね。」
大きな曲線を描き、背後から襲ってきたカードを焼き払ったアタイを称えたのは魔術師アルハンブラ。常人には見えない糸を空中に張り巡らし、足場に使うつもりらしい。
「二人掛かりか、上等だよ!」
黒騎士の放った黒炎を跳躍して躱し、空中の魔術師に飛び掛かる。
「ボーグナイン!私達は緋眼に勝つ必要はありません!抑え込めばいいのです!」
ステッキで刀を受けながら、鍔に刃を仕込んだシルクハットを投げる魔術師。足場の糸が切断され、地面に降り立ったアタイの後ろには黒騎士、前には魔術師がいる。事前にコーディネートしてた戦法だったらしい。
「アルハンブラ、左右を塞げ!」 「わかってます。」
魔術師が指を鳴らすと地面から火炎の壁がそそり立った。前はテメエの体でブロック、左右は炎の壁。逃げ場を無くして後ろからってか!甘いね!
「ハァッ!」
爆縮を使って最速にして高々度の跳躍。跳びながら印を結び、最高高度から地上の二人めがけて最大威力の螺旋業炎陣を放つ。着地したアタイは、火炎に包まれた二人が軽症なのを確認した。魔術師は広げた防炎マントで自分と黒騎士を覆い、二人掛かりの念真障壁も展開して、ダメージを最小に抑えたのだ。
「汚い手を使って申し訳ありませんが、尋常な勝負で貴女を斃すのは不可能なので。」
魔術師は馬鹿丁寧なお辞儀をしてから、ニヤリと笑った。
「………」
……二人掛かりではなく、三人掛かりだったのか。ムクロが壁上から動かなかったのは、高所からゾンビを使役する為じゃない。
「マリカ様!邪魔だ、どけっ!」
影由と刃を交えながらラセンが叫ぶ。アタイは背中に刺さった釵を抜き捨てながら、焦る副頭目を手で制する。
「落ち着け、ラセン。アタイに構わず、目の前の敵を始末するンだ。」
アタイが跳ぶ前に高度を予測し、あらかじめ釵を投げ
「ボーグナイン、これでわかっただろう。セツナ様の命令通りに動けば、全て上手く行くのだ。」
壁上から俊敏な体術で駆け付けて来たムクロが、黒騎士と並び立つ。
「わかったわかった。で、ムクロよ。釵には毒を塗っておいたのだろう。効き始めるまでどのぐらいだ?」
「既存の毒ではないから一度は効くはずだが、緋眼は忍者だ。生身の頃から毒物に対する耐性を会得している可能性がある。だが、無防備な背中を狙い撃ちした。毒は効かなくても、ダメージは十分だ。」
「緋眼の来援が想定よりも早かったですが、概ね順調ですね。では私は手筈通り、他の援護に回ります。まず蝦蟇王ですね。再戦を熱望するのはいいですが、やはり彼では飛燕の相手は厳しいようだ。」
マズい!魔術師を止めなければ!兵団一の曲者は、崩壊に繋がる要所が何処かを弁えてる!
「待てアルハンブラ!」
「慌てるな、緋眼。まず屍と戯れてろ。」
マントを翻した魔術師を追おうとしたが、ムクロの操る屍人兵が襲い掛かってきた。
「捨て駒ごときでアタイを止められると思うな!」
緋眼で意識を飛ばした屍人兵二体の首を刎ねたが、黒炎の壁に行く手を阻まれる。…!!…風切り音!黒炎の向こうから釵が飛んで来る!
「同じ手を二度喰らうかっ!」
横っ跳びで暗器を躱したが、躱した先に屍人兵を走り込ませてきやがった!
「フハハッ!ゾンビごと死ねぃ!」
腕に黒炎を纏って予備動作、広範囲攻撃で屍人兵もろともエナジードレインする気だ!
「男同士でハグしてな!」
屍人兵を黒騎士めがけて蹴飛ばして、予備動作を妨害。背中の傷が痛むが、顔には出すな。
「黒騎士、やはり毒は効いていないようだ。フフッ、だが背中の傷は痛むらしい。」
屍人兵をけしかけながら、ムクロが愉快げに口の端を吊り上げた。
「なぜわかる?」
「額に汗が滲んでいる。化け物級の瞬発力と持久力を持つ緋眼が、この程度の運動で発汗する訳がない。つまり、痛みを堪えているのだ。」
半分当たりだ。毒も効いてない訳じゃあない。手足が若干、痺れてる。動きを鈍らせる為の神経毒だったらしいな。
「なるほど。その目、まだ望みを捨てていないようだな。だが、貴様らはもう詰んだ。押されて下がり、もう押し返せない。爆破した扉から本隊がなだれ込んで終わりだ。」
黒騎士の言う通り、テラーサーカスの連中が門扉に炸薬を仕掛け始めてる!兵団を壁際まで押し返す方法は一つ、アタイが黒騎士とムクロに勝つしかない!
「させるか!」
屍人兵を斬り捨てながら黒騎士に火炎を見舞ったが、黒炎で相殺される。クソッ、時間稼ぎに徹する気だ!
「ゾンビは全部くれてやる!ハハハッ!この戦い、セツナ様の勝ちだ!」
ムクロはジェットパックで壁を飛び越えてきた増援部隊を指差した。あれはナユタの率いるゲッコーパフォーマンスとバルバネスが率いるブラックジャッカル!
「煉獄!あのクソ野郎がっ!」
辛うじて保たれている均衡を崩すには十分な一手。煉獄の高笑いが聞こえたような気がして、歯軋りが漏れる。
「いい顔だ、緋眼!苦渋と口惜しさに塗れたその顔が見たかった!いいぞ、実にいい!最高の気分だ!」
嘲笑する黒騎士にムクロが同調する。
「クックックッ。ボーグナイン、急いては事を仕損じる。緋眼を仕留めるのは十分弱らせてからだ。ゾンビども、行けっ!」
飛び掛かって来るゾンビの群れに火炎を放とうとした瞬間、奴らは耳から血を噴き出して絶命した。アタイの傍を駆け抜けた黄金の風は、人の姿になって炎を纏った刃を構える。
「……マリカ、よく持ち堪えてくれた。」
強く優しい言葉を紡ぐ男の背に輝くのは、巴の家紋。雌雄の勾玉が織り成す紋章を背負う男は、この世に唯一人。誰もが待っていた逞しい背中を見た兵士達は、歓喜の咆哮を上げる。
「……カナタ……アタイは信じてた。おまえはこの星を救う男だって……」
「オレはそんな大層な男じゃ…っと。もう泣き言は言わないって約束したんだっけな。この星を救えるかはまだわからない。だが、仲間は守る!絶対にだ!」
誓いの言葉と共に、天高く振り上げられる剣。黄金の瞳と魂を持つ男は、戦場の空気を一変させた。
夢じゃない!剣を牙とし、戦う狼が……同盟の"真のエース"、剣狼カナタが来援したンだ!
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