終焉編51話 人事を尽くして天狼を待つ
※マリカ・サイド(バルミット要塞に籠城中)
「巻島中尉、敵は有人機でカグヅチを狙ってきている。潮時だよ、自動砲撃に切り替えて退避するンだ。」
スクリーンに映った砲撃士官は、モジャ毛をボリボリ掻いてから首を振った。
「そうしたいところですが、物量に劣る以上、有人機だけはカグヅチで潰しとかないとねえ。小官の読みでは、それでどうにか釣り合いが取れるかなってところです。まだ退けませんね。」
「トガ派で冷遇されてた部隊とは思えない根性だね。痩せ我慢はしなくていいンだぞ?」
巻島隊は大型固定砲台専門の砲撃運用チームで、トガ派の勢力圏だった南エイジアで長く軍務に就いてきた。彼らが冷遇された理由は、ボスの
「アンタらみたいにダンビラ構えて切った張ったが出来ない砲撃士官ってのは、とかく軽んじられてきた。けどねえ、曲射砲には火薬とロマンが詰まってる。腕自慢のムキムキマッチョどもに、ヒョロガリの俺らだってやれるんだって見せてやりたいのさ!」
アタイらもそうだが、精鋭兵の維持には金がかかる。曲射砲だって、シミュレートではなく実際にぶっ放してみないとわかンねえ事だってあるだろう。いや、大型曲射砲の運用ってのは、観測術と砲術の融合みたいな分野だから、実弾訓練の重要性は普通の部隊より高いはずだ。だからトガ元帥の推挙をカナタも支持し、カプラン元帥に"バルミット要塞の曲射砲運用チームに巻島隊を抜擢するべき"と進言したのか。
「気概は認めるが、固定砲台が破壊される時はクルーも死ぬんだぞ。それでいいのか?」
「ご心配なく。このカグヅチ・改には、緊急脱出装置が搭載されてるんでね。まったく…なんで今まで実装してなかったんだって言いたいとこですが、運が良ければ助かるでしょうよ。」
「そりゃ開発元のトップが人命軽視のガリュウから、お優しいミコト姫に代わったからさ。」
「なるほどねえ。フフッ、ビロン少将と決死隊の覚悟を見せられちゃあ、ビビりの俺でもヤバい橋を渡る気にもなろうってもんでね。砲兵一筋二十年の集大成を、機構軍の連中に見せてやりますぜ!」
兵士を無駄に死なせないって龍姫の信念と、未来への礎として笑って死ねる古参兵の覚悟が、巻島隊を動かした。これ以上あれこれ言うのは野暮だろう……
「わかった。ド派手な花火をぶちかましてやンな。だけど……死ぬなよ?」
「アイアイ、マム。タランチュラは街路を埋める位置で破壊されるようにコントロールしてるとこだ。機構軍にスクラップの除去なんてやってる暇はない。なんせ南北から狼が迫ってんだからな。」
モジャ毛頭に軍帽を載っけた巻島中尉は、気色の悪いウィンクをしてから通信を切った。
──────────────────
バルミット要塞の内縁区に残存部隊は集結している。外郭区にいるのは、巻島隊の指揮する砲兵部隊と瓦礫でバリケードを作る任務を帯びた工兵隊のみだ。
内縁区の中心にある司令部の作戦室に、バルミット方面軍幹部が集まった。おそらく、これが最後の作戦会議になるだろう……
総司令官のカプラン元帥を含め、無傷の者は一人もいない。兵站担当のペリエや秘書官のジゼル嬢ちゃんまで怪我してるんだから、頑張りすぎだろ。最前線で撤退を支えたル・ガルーは、"大破に近い中破"って損傷を受けたんだから、搭乗員も無傷じゃ済まないだろうけどさ。
「フフフッ。皆の姿を見ていると、いかにも"追い詰められました"という感じがするね。」
穏やかに笑うカプラン元帥が頭に巻いた包帯には血が滲み、左腕はシーネで固定されている。兵団の奥群影由の分銅を喰らったらしいから、粉砕骨折してるンだろう。これは怪我の功名、元帥を最前線に出さない口実になる。
「カプラン元帥、追い詰められた"感じ"ではなく、"実際に"追い詰められています。バルミット方面軍で戦闘可能な兵士は4万もいません。」
戦時特例でビロン師団の指揮権を委ねられた小デブは、深刻顔で思案している。7万5千もいた兵士が、今や4万を切ってンだから、そりゃ深刻にもなるだろう。
「戦闘可能な兵も無傷の者は少ない。閣下、機構軍が曲射砲を潰している間に撤退を考えられては?」
ダン少将の具申を、カプラン元帥は首を振って却下した。
「負傷兵を置いて逃げろと? 私は逃げない。」
万を超える負傷兵が内縁区で手当てを受けている。事前に医療体制を大幅拡充してあったから、野晒しにされている兵はいない。だが、医療ポッドの数は足りていないし、絶対安静の負傷兵も多数。仮に動かせたとしても残存艦艇は僅か、全兵士どころか、半数の兵を収容する事も不可能だ。
「全員で撤退出来ないのはわかっております。ですが閣下とお嬢様だけでも…」
「ダン少将、私と娘の身を案じてくれるのは嬉しいが、総大将が身内だけ連れて逃げるなどあり得ない。要職にある者が我が身を第一に考える悪習も、この戦争ごと終わらせるのだ。」
……これが、ちょっと前まで"日和見元帥"だの"風見鶏"だのと揶揄された男の顔なのだろうか?
「マリカ君、シグレ君とアビー君は戦えそうか?」
「無理だ。ハシバミ先生の診断では、シグレは一週間は絶対安静、アビーは一ヶ月はかかるってさ。」
シグレからは、"戦いが始まったら、必ず起こしてくれ"と言われちゃいるが、限界以上の力を行使した反動に加えて深手も負ってる。アビーに至ってはシグレより深刻で、"生きていたのが奇跡"だそうだから、動かすのも危険だ。アタイは医者じゃないが、二人は治療に専念すべきだってのは、わかり切ってる。
「……そうか。厳しい戦いになりそうだね。ジゼル、カナタ君とテムル総督の率いる先遣隊の予想到着時刻は?」
「最短で27時間ですわ。」
……27時間……外郭区は膨大な数の曲射砲で空城にされる。最終防衛ラインの内縁区だけで、持ち堪えられるだろうか……
「……ペリエ少佐。最悪の場合に備えて、脱出する負傷兵のトリアージを進めておいてくれ。煉獄が脱出させてくれるとは思えないが、ヘリなら…」
「閣下。仰る通り、空路でも脱出は不可能だと思われます。問題は、煉獄は強い兵士を捕虜にすれば、ゾンビソルジャー化させて使い捨てようとするかもしれない事です。彼は勝つ為なら手段を選ばない。」
シグレやアビーがゾンビソルジャーにされる……ダメだ、そんな事は絶対に許さない!
「そこまでやるとは思いたくないが、煉獄ならやりかねないね。やらなかったとすれば、それは屍人兵製造の設備を持って来ていないからだ。その場合はカナタ君に対する脅しとして、人質に使うだろう。」
「元帥!リスクマネジメントなんざクソ食らえだ!勝つ算段を考えよう!」
カナタもテムル総督も、先遣隊を出してまでアタイらを救おうとしている。アタイが上手くやってれば、悠々と本隊を率いて挟撃が可能だったってのに!
「僕から一つ提案があります。
小デブが参謀らしさを発揮し、現状で打てる唯一の対抗策を提示された元帥は大きく頷いた。
「ペリエ少佐、直ぐに治療中のネームドを隠す場所を探してくれ。」
「閣下!外郭区のカグヅチが全台破壊されました!タランチュラの残存機数は約20%!」
ノックも敬礼もナシで作戦室に飛び込んで来た兵士が凶報をもたらし、幕僚達の顔が強張る。
「巻島隊と砲台のクルーは脱出したのだろうね!」
「はい!高速機動部隊がバイクで回収に向かっています。……ですが……巻島中尉だけは……」
「脱出できなかったのか!」
「……自分の意志で残られたのです。部下を全員脱出させた巻島中尉は、最後の一基になったカグヅチで砲撃とタランチュラによる街路封鎖を続行!最後の通信で、"街路の封鎖と有人機の全破壊を確認。元帥、家族の事をよろしく"と伝言を残されました!報告は以上であります!」
さっきまで話していた兵士が死に、二度と帰って来ない。戦争ってのは、そういうもンだ。だけど、死せる兵士の魂、託された遺志は、生き残った兵士の"負けられない理由"になるのさ!
「半刻もしないうちに敵が外郭区になだれ込ンで来るよ!お喋りはここまで、迎撃の時間だ!」
巻島中尉の奮闘で、煉獄は要塞内に戦艦を乗り入れ出来なくなった。これで至る所に仕掛けておいた対人地雷が活きて来る。奴の事だから捨て駒を人柱に使って地雷原を突破しようとするだろうが、おまえが以前にやったように建造物も爆破して壁をこさえてやンよ。二度と使う事のない要塞で、民間人もいない。野戦で時間を稼いだから、仕込む時間もたっぷりあった。
人事を尽くして天命を待つって言葉があるが、アタイは好きじゃない。アタイが待ってるのは天命ではなく、天狼の化身だ。
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