終焉編50話 決戦の刻、迫る



セツナ・サイド(バルミット要塞を包囲中)


高足蟹スパイダークラブ、砲撃開始。外郭と曲射砲を全て破壊するのだ。」


カプラン師団が要塞に立て籠もる事は読めていた。主要戦域で唯一の攻城戦に備え、私は機構軍の保有する移動式曲射砲をかき集めておいた。緋眼は野戦に応じている間に、最後衛に位置する曲射砲の破壊を試みたが果たせず、くれてやるつもりでいた旧式を爆破したのみだった。


とはいえ、全てが私の計算通りに進んでいる訳ではない。


隻眼の螭を甘く見て思わぬ手傷を負い、数日の遅延を余儀なくされた事。

双月姉妹が雷霆に敗北し、アマラの戦線復帰に時間を要する事。


「……そして第三の計算外か。」


要塞内から飛んで来る砲弾の数が想定よりも多い。


「セツナ様、要塞上空にインセクターを飛ばしてみては?」


私の背後に佇立するムクロが偵察を具申してきたが、首を振って却下する。


「無駄だ。向こうには千里眼がいる。インセクター同士の空中戦であの女に勝てる者はいない。」


これがあるから、空蝉ホタルだけは何としてでもザドガドで捕獲しておきたかった。いや、捕獲などと欲張らず、身柄を拘束した時点で始末させるべきだったか……


世界最高の偵察兵がいなければ、野戦でもここまで粘られなかっただろう。あの女の存在が、情報戦で奴らを優位に立たせている。だが、打つ手はある。


「着弾から軌道を逆算しろ。同盟軍は要塞内にタランチュラを配備している。かなりの数を持ち込んでいるから、移動はままならんだろう。」


「カプランめ、無駄な足掻きを。」


ナユタは読みが浅い。忠実で腕も立つが、大局観に欠ける点はどうにもならんな。アマラが動けない以上、私が手綱を取らねばなるまい。


「カプランではない。戦前から仕込みをしておいたのは剣狼だ。」


街路にひしめき、移動出来ないタランチュラなど撃破は容易い。だが、奴は費用対効果など無視してでも、外郭と曲射砲の破壊を遅延させようとしている。それがこちらにとって「最も嫌がる事」だからだ。


だが、戦力の使い所を弁えているのは奴だけではない、この私もだ。高足蟹が役立つのはこの戦いだけ。ならば全機使い潰しても構わない。高足蟹部隊は帝国軍と王国軍から借り受けた外様だ。


「……高足蟹を全機投入しろ。」


「有人機もですか? まだ要塞の大型曲射砲カグヅチが生きていますが……」


リモート操作の無人機で主砲を潰し、その後に射撃精度に優る有人機を投入するのがセオリー。だが今の状況なら、有人機を生贄にカグヅチを潰す方が得策だ。剣狼の性格から考えて、要塞内に配備されたタランチュラは全て無人機だろう。有人機と主砲を相打ちにし、無人機と無人機を潰し合わせる。これが物量に優る側の最適解だ。


「ムクロ、死ぬのは王国兵と帝国兵だ。神世紀軍は無傷、何の問題ないだろう?」


「いかにも。ほう、さっそく出足の鈍い臆病者が出ましたな。」


「戦艦に砲撃させろ。前から飛んで来る砲弾で死ぬか、後ろから砲撃されて死ぬかだ。死に物狂いで主砲を破壊し、運が良ければ生き残れるだろう。」


名ばかりの王国や帝国の尖兵として生きるより、本物の千年王国の贄となって死ぬのならば、有益な人生ではないか。生き残った腕と運の良い兵士は、我が王国に迎え入れてやろう。


「問題はこれからだな。」


描いた戦略通りに事は運ばなかったが、戦争とはそういうものだ。むしろ、ままならぬ戦況に臨機応変に対応してこそ一流と言える。


「………」


籠城するカプラン師団を殲滅し、すぐさま南下。北上して来る連邦軍がヒンクリー師団と合流する前に撃破する。これが最上の策だったが、剣狼はそうはさせじと手を打ってきた。私の狙い通りに、な。


北上して来る連邦軍と南下して来るテムル師団は、足の速い艦だけで先遣隊を編成し、バルミットに急行している。(戦局図①を参照)


戦力の逐次投入、それが戦略として最悪の愚策である事を剣狼が知らぬ筈がない。だが……奴の最大の弱点はだ。己の身を危険に晒すと知りつつも、カプラン師団を見捨てる事が出来ない。付け込む隙はそこにある。


奴らの進軍速度はかなりのものだ。私が要塞を陥落させられないまま、連邦軍とテムル師団の先遣隊が到着した場合は面倒な事になる。剣狼が狙っているのは、この構図だろう。(戦局図②を参照)


先遣隊の到着前に要塞を落とせば問題ない。予定通りに南下し、連邦軍を撃破すればいいだけだ。テムル師団もヒンクリー師団も私にとっては小蝿と同じだ、敵ではない。だが、落とせなかった場合にも備えておかねばなるまい。その場合は、あえて陣を引いて奴らを合流させ、野戦で決着をつける。(戦局図③を参照) 


剣狼は本隊の到着を待ちたいだろうが、包囲を解いた我が師団が北上する構えを見せれば、阻止せねばなるまい。北上を許せば、タムール平原の軍神が危うくなるからな。カプランが最初から籠城しなかったのは、長くは保たないという読みもあるが、それ以上に兵団をこの戦域に足留めしておく必要があったからだ。


だからこそ、勝てないとわかっていながら野戦に応じた。カプランと違って戦術無敗の剣狼は野戦にも自信を持っているだろう。必ず決戦を挑んで来る。


……バルミット要塞に防衛機能が残っていれば、野戦に敗れた剣狼は要塞に逃げ込み、本隊の到着を待つ事が出来る。後門の狼を放置して北上するのは危険だ。籠城策を取れないように、最低でもバルミット要塞は裸城にしておく必要があるな。


「フフッ、馬鹿な奴だ。せっかく災害ザラゾフが命を捨てて優位な状況を作ってくれたというのに、甘さを捨て切れずに無為にするとはな。」


慌てて軍を進めずとも、バーバチカグラードで勝利したザラゾフ師団がタムール平原に向かっている。タムールに展開する帝国軍を撃破すれば、バルミットでの勝敗に関わらず同盟軍の勝利は確実だったというのに、機構軍に逆転の芽を残すとは。


こちらにとって最悪の状況は、"バルミット救援を諦めた連邦軍がヒンクリー師団と合流し、テムル師団と連携して南北から挟撃してくる事"だった。バルミットでの負けは想定していただろうに、情に流され、戦略的優位を捨てるとは愚かな。剣狼は優れた戦術家ではあるが、王の器ではない。奴の甘さに勝機を見出さねばならんのは、腹立たしい話だがな。


「薄っぺらな王ネヴィルと、虚弱な口先男のカイルには期待していなかったが、ロドニーとアギトはそれなりに使えると思っていた。……結果から見れば、とんだ期待外れだったようだな。まあいい、私が挽回すればいいだけだ。」


考えはまとまった。最善の策は先遣隊の到着前にバルミット要塞を陥落させて、主立った異名兵士を討ち取り、雑兵は逃がす。遅れて来た剣狼は敗残兵を逃がそうと殿になるだろう。そこで奴も討ち取ればいい。


次善の策はあえて合流させての野戦決着だ。ハンパな軍勢を率いて先行してきた剣狼は、私と戦う事になる。奴さえ斃してしまえば、連邦軍の士気は崩壊するだろう。


トーマならザラゾフ師団が来援しようと暫くは持ち堪える。負けるにしても惜敗に留めるはずだ。剣狼を撃破した神世紀軍は勢いをかって北上、テムル師団を蹴散らす。その後にタムールの帝国軍を救援し、協闘して御堂師団も殲滅。連邦の主力部隊やヒンクリー師団が健在だろうが、同盟には私に逆らう力は残らない。これでこの戦争は機構軍の勝利で終わる。最大の立役者は、この私という訳だ。


戦後はゴッドハルトを玉座から引き摺り下ろして機構軍の実権を掌握し、龍ノ島の自治と引き換えに龍姫を人質にすればいい。残る問題は海底に潜む竜宮を未だ発見出来ない事か。あの人工島を手に入れなければ、世界浄化計画は実現不可能。世界を統べる王から新世紀の神に昇格する為に、何としてでも見つけ出さなければ……


逸るな。勝った後の事など、じっくり考えればいいのだ。今は戦局をひっくり返す事に注力せねば。……御門を守護する狼を始末せねば、理想郷への道は拓けん。兵団に人多しと言えど、あの男に勝てるのは私だけだ。



……天掛カナタよ、ここまで私を追い詰めた事は褒めてやろう。だが最後の勝者となるのは天狼ではなく刻龍、この私が直々に引導を渡してやる。


※近況ノートに戦局図を掲載しています。

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