終焉編49話 緋色の瞳が繋いだ希望



※マリカ・サイド(裾野作戦開始後、2時間経過)


人には向き不向きがあり、得手不得手がある。アタイが師団級指揮官でも作戦参謀でもない事はわかっていた。忍者らしからぬ、と世間はアタイを評するが、一騎打ちの強さと大軍の指揮は別物。火隠マリカは、カナタやイスカのような天才奇才が運用してこそ、十二分に真価を発揮出来るンだろう。だが、今回はアタイがやらざるを得なかった。そして……アタイの立てた作戦は煉獄に読まれていた。


「ラセン!進軍停止を全軍に通達しろ!」


「ハッ!全軍に告ぐ!進軍停止!」


アタイを止める為に煉獄か黒騎士が出張って来ると思っていた。だがどちらも出て来ない。煉獄は最奥の本陣から動かず、黒騎士と黒羊騎士団はどこかに身を潜めている。遮二無二突っ込めば、敵の思う壺だ。


認めたかないが、煉獄は巧みなタクトで※布陣を左右にスライドさせ、師団本隊アタイらを引き込みながら、両翼はL字陣形に変化。左右を抑えている間に中軍の撃破を狙っているのか?


(マリカ様!敵陣後衛の様子を捉えました!画像を送ります!)


網膜にホタルが撮った映像が転送されてきた。これは!!死角の部隊は最大戦速で移動しているだと?……引き込みを狙ってンじゃない!スライドさせた戦力は両翼に送り込む気だ!


「してやられた!黒騎士の船ブラックシープはもぬけの殻だ!」


自分と最後の兵団ラストレギオンを最後の壁に使ってアタイらの中央突破を阻止。その間に両翼を潰して包囲殲滅を目論んでいる!だから煉獄は後ろに引っ込んでいたのか!


「シグレとアビーが危ない!どちらかに黒騎士が向かっているはずだ!」


助けに行こうにもアタイの身は一つ。どうする……どうすればいい……迷ってる時間はない!今すぐ決断しなければ!


「先鋒隊を分割する!アタイがアビーを、ラセンはシグレの救援に向かえ!……いや、ラセンはここに残って敵の攻勢に備えろ!煉獄は必ず仕掛けて来る!」


アタイが救援に向かうのを煉獄は待っている。手の内で踊らされるのは癪だが、仲間を見捨てる訳にはいかない!


「それではシグレ隊が…」


わかってる!だけどアタイは親友を信じる。壬生シグレには、とっておきがあるンだ。黒騎士が相手でも負けるもンかい!


「シグレなら自力で切り抜ける!ゲンさんとゲンゴはラセンを援護してやンな!頼ンだよ!」


短躯短足の老兵と若武者は力強く頷いた。


「お任せくだされ。」 「短躯なタンク、殿しんがりこそ田鼈一族の見せ場だぜ!」


出し惜しみしてる場合じゃない。あらゆる手札を使うべき局面だ。


「ラセン、切り札を使う。やる事はわかってンね?」


「委細承知。マリカ様、お早く!」


火隠忍軍副頭目・漁火ラセンはアタイの分身。被害を最小限に抑え、上手く撤退してくれるはずだ。


「指揮中隊は不知火に戻れ!アビー隊を救出する!」


置き土産に特大の炎陣を張ってから、指揮中隊を率いて不知火に帰投する。アタイが煉獄なら、黒騎士はアビーにぶつける。急がなければ……アビーでは黒騎士に勝てないだろう……


────────────────


大急ぎで不知火に戻ったアタイは、ブリッジに切り札を呼び寄せる。


「バイトのお時間ですわね。」


火隠忍軍隠密上忍・仲居竹キワミは、もう変装を終えていた。アタイそっくりに化けた変装の達人は、命令されずともやるべき事がわかっている。


「ああ。キワミ、ステルス車両で出撃し、アタイの合図を待て。」


「お任せください。ラセン副長の援護があれば、マリカ様になりきれますわ。」


レプリカ至宝刀を腰に差したキワミは、妖艶な笑みを浮かべた。キワミは炎術を使えないが、使っている振りは抜群に上手い。ラセンの炎術は射程と範囲においてはアタイより上、念じるだけでも広範囲に炎幕が張れる。映像ではアタイと見分けがつかないだろう。


兵団本隊が動いたら影武者を急行させる。煉獄はアタイが救援に向かうと見せかけて、居残っていたと考えるはずだ。疑いはしても確信を持てなければ、慎重に攻めざるを得ないだろう。本物が影武者の振りをしている可能性もあるンだからな。


「マリカ様、御武運を!」


敬礼したキワミはブリッジシュートに飛び込んで、格納庫に急行する。万事にそつがないくノ一だから、車両のスタンバイはもう終わってるだろう。


「アクセル!ステルス車両が出たら右翼に向かって舵を切れ!」


「アイアイ、マム!しっかしバイトマスターが隠れ上忍だったとは、驚いたぜ。」


アタイもガーデンのフリーアルバイターが、"忍者のバイトもしてみたいんです"って志願してきた時は驚いたよ。"用心棒のバイトもやってましたから、腕に覚えはあります"なんて嘯くキワミは鍛える前から強かったが、一年足らずでアタイの影武者をこなせるようになっちまいやがった。飲み込みの早さなら、アタイ以上かもな。


「これで謎の人はスネークアイズのマスターだけになったねえ。」


あのオッサンだけは本当に正体がわからん。好奇心で尾行した事があるが、幽霊長屋に寝床ヤサがある事しかわからなかった。しかも、トゼン以上に生活臭がない。


謎のオッサンの事なンざどうでもいい、戦闘に集中しろ!ここが正念場だ!


「ステルス車両の出撃を確認!アクセル全開でぶっ飛ばすぜ!お客様、シートベルトをお締めくださいってな!」


舵輪を握った凄腕リガーは、右翼を目指して戦艦を駆る。先陣を切る不知火に引き離されないように懸命に走る後続部隊。羅候がいれば鉄火場だってはしゃぐンだろうが、アタイらはアイツらほど狂っちゃいない。


「マリカ様!兵団本隊が動きました!敵のインセクターが複数接近、迎撃を開始します!」


千里眼を発動させたホタルはせわしなく動く。索敵に迎撃と大わらわだ。


「オペレーター、キワミに合図を送れ!アクセル、ブリッジを遮蔽!ホタル、インセクターの撃墜は後回しでいい!偵察に専念しろ!」


「了解!インセクター群を広域展開!」


アタイが出撃すれば、影武者だとバレる。右翼に向かうまでの間だけ、ブリッジを見せなきゃいいだけだ。防弾シャッターで覆われた艦橋内で待つこと30分、最強の索敵兵の目が輝く。


「シグレさんがアマラとナユタを撃退!さらに百足丸を討ち取って、ダン師団との合流に成功しました!」


やってくれると信じていた。非凡を克する凡、アタイの親友は"凡夫の誉れ"だ。


「シグレへの刺客は双月姉妹だったか。やはり黒騎士は右翼に向かったンだな!アビー隊の状況は!」


「アビー隊もビロン師団との合流に成功!しかし……包囲されています!黒騎士の姿を確認!」


「映像をスクリーンに転送しろ!」


メインスクリーンに上空からの映像が映し出され、苦境が可視化される。煉獄め、合流直後の包囲殲滅を狙ってやがったか!


「ル・ガルーに通信を繋げ!」


旗艦に搭乗するカプラン元帥がサブスクリーンに現れる。


「マリカ君、ターキーズがクリスタルウィドウの元に到着した。ラセン君に指揮を委ねる。」


「いい判断だ。元帥、このままじゃあビロン師団が壊滅する。アタイが出て包囲網に穴を空けるが…」


「前線にいるのが影武者だとバレる。煉獄は総攻撃を開始するだろうね。」


「そういう事だ。直ぐに撤退を開始してくれ。アタイらを待つ必要はない。」


感情を顔に出さないはずの論客は、苦渋に満ちた表情で呻いた。


「……し、しかし……それでは……」


「元帥、ビロン師団は悪けりゃ壊滅、良くても半壊だ。惨敗を惜敗にしなきゃあ、カナタが間に合わないンだよ!カプラン師団とダン師団が健在なら、まだ戦える!」


「……わかった。マリカ君、絶対に死ぬなよ?」


「あたぼうよ。アタイを誰だと思ってンだい? 同盟のエース、"緋眼ルビーアイ"のマリカ様さ!」


通信を終えたアタイに、ブリッジにいた遊牧兵が具申してくる。


「出撃されるのであれば、私に先鋒をお命じ下さい。」


「ホルロー、おまえは"男爵夫人を守る為に"参戦したはずだな?」


軍への復帰を許された※ホルロー大尉は、テムル総督の許しを得て不知火に搭乗している。


「いかにも。ですが遊牧騎兵の足が必要な局面だと考えます。空蝉男爵が健在ならば、きっと仲間を救う為に戦ったでしょう。」


「………」


「私も行かせて下さい!」


もう一人の志願兵、サラーナ中尉をホルローは窘める。


「サラーナ、おまえは男爵夫人の傍を離れるな。何があってもお守りするのだ。」


本隊と左翼は既に撤退を開始している。索敵は無意味だ。ならば……


「ホルロー、サラーナ、己に課した任務を遂行しろ。警護対象も出撃させる。ホタル、右翼に飛ばしたインセクターだけ残して、あとは放棄。戦闘用インセクターを起動させろ。不知火に残るのはブリッジクルーと医療班だけだ。出るぞ!」


「了解!ファイアフライ改、起動!」


不知火の射出口から大型インセクターの群れが飛び立った。御門エレクトロニクスが開発したホタル専用機は扱いが難しいが、従来機とは桁違いの戦闘能力を持つ。空中から攪乱攻撃で敵陣を掻き乱し、すぐさま出撃。不知火に併走していた遊牧騎兵隊の陣形を整え、突撃を敢行する。


「野郎ども、アタイに続け!」


アタイの足は馬より速い。遊牧騎兵の駆る駿馬に騎乗した指揮中隊を率いて、包囲網を崩しにかかる。アタイらは錐の先端、深く食い込んでから……爆ぜる!


「アタイの緋眼を喰らえ!今だ、矢を放てっ!」


視界に入った敵兵全員に緋眼を喰らわせ、意識を飛ばす。朦朧とする敵兵の首筋に騎兵の放った矢が刺さって絶命させた。怯んだ敵陣の真っ只中に飛び込んで、緋眼と炎術を惜しみなく放ち、数分間の戦闘で、なんとか血路を切り拓けた。


「マリカ様、こちらに向かって撤退してくる部隊がいます!ギャバン少尉だわ!」


「おデブが生きてたかい!じゃあ迎えに行ってやンないとねえ!ホルロー、なんとか踏み止まれ!すぐ戻る!」


単騎で先行したアタイは敵兵を焼き払いながら、おデブと合流を目指す。


「マリカ大尉!来てくれたんですね!」


巻き毛の兄弟は無事だったが、ピエールの肩に担がれたアビーは気を失ってる。かなり出血してるな。


「ロースハムにならずに済ンだみたいだねえ。親父はどうした?」


「……僕達を逃がす為に、決死隊を率いて黒騎士と戦っています。もう……生きてはいないでしょう……」


おデブは目尻に涙を浮かべ、巨漢の弟は天を仰ぐ。


「……そうか。おデブ、後退しながら撤退を指揮しろ。スレッジハマーはアタイと一緒に殿だ。」


ちっこい巻き毛とギャバン隊はガス欠、デッカい巻き毛と筋肉防御隊はダメージが深刻だ。師団本隊の生き残りも青息吐息で半死半生。まだ戦えるのはスレッジハマーだけだ。


「ピエール、キーナム先輩を頼む。おまえの馬力なら二人ぐらい余裕だろ。マリカさん、俺も戦うっすよ。」


ウーゴは背負っていたキーナムをピエールに預け、指をコキコキ鳴らした。


「わかった。敵を食い止めながら後退すンよ。」


ビロン少将と決死隊の奮闘が、アタイらに撤退の猶予を与えてくれた。平均点しか取れない男と揶揄されたシモン・ド・ビロン少将は、最後の最後で満点を取って、同盟発足時から戦い続けた歴戦の勇士である事を証明したのだ。


要塞に撤退してからわかった話だが、黒騎士に首を刎ねられた少将は奴の足首に噛み付き、生首になっても足留めする執念を見せたそうだ。


バイオメタル化によって得られた生命力が為し得た奇跡、学者ならそう分析するかもしれないが、兵士のアタイはそうは思わない。死せる少将を突き動かしたのは、未来に賭ける情熱と男の意地だ。



……アタイが招いた敗北のツケを、少将に払わせちまうとは。心の炎が揺らぐのを感じる。まだだ!後悔するのは後でいい!カナタが来援するまで、何としてでも持ち堪える。それがアタイの任務だ!


※布陣

現在の戦況図を近況ノートに載せています。


※ホルロー大尉 サラーナ中尉

テムル師団所属の特殊部隊隊長。空蝉夫妻の救出任務を命じられたが、市民が虐殺されるのを見過ごせず、応戦を決断。その結果、シュリの戦死を招いてしまいました。サラーナ中尉は夫妻がザインジャルガを訪問していた際に、ホタルの護衛を務めた女性兵士です。

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