終焉編48話 デゼスペレ・ソルダ
※ギャバン・サイド(陸上戦艦オルタンシアで右翼師団を指揮中)
「ダン少将より入電!シグレ師団との合流に成功。ビロン師団の準備が整い次第、撤退を開始するとの事です!」
朗報を伝えるオペレーターの声は弾んでいた。
さすがシグレさんだ。どんなに困難な状況でも任務は完遂する。問題はこちらだね。裾野作戦を読んでいた機構軍はL字陣形で合流を阻止しようとしている。だけどターナー大尉なら、"
「重砲支援部隊、先陣を切るスレッジハマー大隊を援護しろ!弾薬は全て撃ち切って構わない!弾切れの兵士は
新鋭艦だろうがくれてやる!籠城戦になれば陸上艦の優位性は下がるし、何よりこの戦役で戦争は終わるんだ!
後先考えない榴弾砲の一斉掃射によって土煙が敵陣を覆った。今だ!
「よし!特攻艦のクルーは全員退避!オルタンシアからのリモート操作で敵陣に突っ込ませる!」
退避完了のグリーンライトが点灯した重巡洋艦十二隻を敵陣に向かって走らせ、タイミングを見計らって起爆する。豪華なプレゼントを1ダースももらった機構軍は隊列を乱した。僅かな隙をも見逃さないアスラコマンドに十分な好機を与えれば、結果は見えている。
戦槌を振り回しながら、生身の重戦車軍団が突破口を開いた。呼応するぞ!
「父さん、ピエール、全力攻撃だ!アビー師団と合流する!オルタンシア、全速前進!」
母の愛した
父さんの率いる陸戦部隊は奮闘し、アビー師団との合流は目前。よしよし、全て計画通り……
"二流三流に過度な警戒は却って墓穴を掘る事になる。だが、一流相手に上手く行き過ぎてる時は罠を疑え"
……カナタ君は常々そう言っていた。今が……それじゃないのか? 僕は"機構軍は合流を阻止したいはずだ"という前提で戦略を考えた。だけど、既に左翼での合流を許した機構軍が、柔軟に作戦を変えてきたとすれば……
蜘蛛の子を散らすように蹴散らされたかに見える機構軍……よく見てみれば……剛性の突破を避けて散開したと言えなくはない!
「敵軍の後衛が動きました!敵艦艇から陸戦部隊の出撃を確認!……騎兵部隊です!」
オペレーターが叫び、艦内に緊張が走る。動いたのは後衛だけじゃない。算を乱されたかに見えた他部隊は演技をやめ、整然と包囲陣形に移行しつつある!機構軍は…いや…煉獄は、合流を阻止するのではなく、合流直後の包囲を狙っていたんだ!
「ビロン師団、防御陣形!左右の部隊と連携しながら後退を開始!オルタンシアはここに留まり煙幕弾で撤退を支援しろ!……僕も出る!」
防御陣形を整えてからギャバン隊を率いて出撃する。敵が狙って来るのは間違いなく師団本隊だ。父さんとピエールが危ない!
─────────────────
「黒騎士如き、アタシ一人で十分だ!少将と坊ちゃんはキーナム達を援護してやんな!」
セラミックの大剣を戦槌で受け止めながらターナー大尉は叫んだが、黒騎士は完全適合者。いくらターナー大尉でも一騎打ちでは不利だ。
「一人で十分だと? ジジィと小僧が加勢しても劣勢な癖に笑わせおる。フン、デブも追加か。面白い、まとめて相手してやろう!」
「兄貴が来たならこっちのターンだ!喰らえ、黒騎士!」
ピエールの大戦斧を蹴りで弾きながら、ターナー大尉の戦槌は上体を反らせて回避。間髪を入れずに足を狙った父さんの斬撃は大剣で受ける。パワーとスピードだけではなく、テクニックも最高峰。"黒騎士"ボーグナインは、やはり兵士の頂点だ。
「トロくて話にならんな。しかも揃いも揃って、力攻めしか出来んとは。真の強者とはパワー、スピード、テクニックにプラスαが備わっているものだと教えてやろう!」
黒騎士の大剣が黒い炎を纏った!
「エナジードレインだ!黒炎は念真障壁でしか防御出来ないよ!僕が援護する!」
ターナー大尉もピエールも、念真強度はそこまで高い訳じゃない。二人の念真障壁に支援障壁を重ねがけして黒炎をブロックする。だけど、黒炎の厄介なところは、"ガードの上からでも生命力を削れる事"だ。ターナー大尉とピエールは無類のタフネスだけど、父さんは削られ続けると危うい。
「煉獄の片腕ってのは鍼灸師だったのかい? お陰で肩凝りが取れたぜ、あんがとよ!」
「抜いたところで効果は消えん。神経節を痛めた左腕はパワーダウンだ。」
スレッジハマー大隊はムクロの操るゾンビソルジャーと交戦している。使役兵の操れるゾンビソルジャーは5体前後とされているけれど、ムクロは100体以上のゾンビソルジャーを操れるのか。1000体のゾンビを操った"不死身の"ザハト程ではないにしても、図抜けている。煉獄はムクロの使役能力も隠していたんだ。
フリーになった騎兵は、中核の黒羊騎士団を軸にビロン師団とアビー師団の連携を寸断しようとしている。散開した
「ギャバン隊、支援障壁を全力展開!スレッジハマーをオフェンスに集中させるんだ!ガス欠した者は下がっていい!」
スレッジハマーが攻撃だけに集中すれば、殲滅速度は飛躍的に上がる。ゾンビを使役しながら戦っているムクロは本領を発揮出来ていないみたいだけど、油断は禁物だ。危うくなればゾンビのコントロールを切ってくるだろう。いや、切らせるべきなんだ!
「スレッジハマー大隊はゾンビソルジャーの撃滅を急いで!手が空いた兵士は黒羊騎士団のブロックに回ってください!このままでは師団を寸断されます!バリオス少尉はキーナム中尉の援護を!」
※ウーゴ・バリオス少尉はプロレスラー時代からキーナム中尉とタッグを組んでいた。スレッジハマー大隊で一番息の合うパートナーだ。
「了解、小デブ!死体みたいな名前の陰キャをモノホンの死体に変えてやるよ!」
キーナム&バリオスの名タッグが、ムクロを撃破してくれる事に賭けるしかない。そうすれば戦局を打開…黒騎士の黒眼が鈍く光り、大きく息を吐いた!
「ターナー大尉!!黒騎士が奥の手を使った!今までより速くて強いはずだ!」
「視界の広いデブだな……それに観察力もあるらしい。」
スピードを増した黒騎士はターナー大尉の戦槌を搔い潜って懐に潜り込んだ。
「ぐふっ!そ…そんなヘナチョコパンチがアタシに効くかよ!」
ターナー大尉は吐血しながら大振りの拳で反撃したが、バックステップした黒騎士の残像を殴っただけだった。大尉を回復させる為にピエールが前に出る。
「ソイツが剣狼が言ってた"二つ目の心臓"だな。けどよぉ、俺もアビー姐さんも超回復を持ってんだ。わかっかよ? おまえの息切れが先だって話さ。」
筋肉をパンプアップしたピエールを黒騎士は嘲笑する。
「フフッ、サイボーグにも利点はある。例えば"臓器に強化薬物を埋蔵しておく"とかな。」
カナタ君に潰された心臓をサイボーグ化したのか!全身に血液を送り出す心臓から薬物が注入されたら、注射より早く確実な効果が出る!
「黒騎士はドーピングもしてるぞ!注意するんだ!」
「開発部に文句をつけるとすれば、"もう少しコンパクトに作れなかったのか"といったところか。ま、大出力のサイボーグ心臓には、吸気孔と排気孔が必要なのはわかるがな。」
黒騎士が黒衣を脱ぎ捨てると、機械化された胸部が露わになった。中央のファンが高速回転し、両脇腹の排気孔から蒸気のような煙が排出される。
「壊し屋アビーに強堅ピエール、手頃な実験台だな。おまえら如きを壊せないようでは、剣狼は殺せん。」
「壊せるもんなら壊してみな!」 「上等だ、やってみやがれ!」
振り下ろされた戦槌と大戦斧を大剣で受け止めた黒騎士は、二対一の力比べを演じる。
「……ほう。押し返せるかと思っていたが、パワーが取り柄の兵士だけあって、そうもいかんようだ。だが、速さ比べならどうかな!」
ドーピングとサイボーグ心臓でパワーアップした黒騎士は、腕力までターナー大尉と互角以上になっている!マズい、百戦錬磨のターナー大尉はまだしも、力量に雲泥の差があるピエールは、まるでついて行けてない!
「ピエールはディフェンスに専念しろ!僕が障壁で援護する!」
体の一部を義体化した黒騎士は念真強度が下がっているはずだ。このまま持久戦に持ち込めば……ダメだ。絶対に僕のガス欠の方が早い。それに支援障壁を張り続けても、二人が押されている。腕力と体力なら黒騎士と張り合えるターナー大尉も、速さと技術じゃ太刀打ち出来ない。
どうする? 何か打つ手を考えなければ……父さんからテレパス通信!?
(……ロベール、
(決死隊!? 何の事だ、父さん!)
(戦役が始まる前、各隊から募った志願兵だ。度重なる敗戦を生き延びたビロン家家臣団がその中核。こんな私と一緒に死んでくれる物好きな死兵さ。)
そんな!まさか父さんは……
(そんなのダメだ!生きる為に戦おう!)
(私が死んでも私の意志は、息子達の心に生き続ける。後は任せたぞ、ロベール。おまえが指揮官だ。)
……僕が……指揮官……
「私が相手だ、黒騎士!皆、ビロン家の力を見せてやれ!」
軍用ケープを翻した父さんは、数人の家臣と共に黒騎士に挑んだ。
「数で囲めばどうにかなると思ったか!雑魚が群れても大魚にはなれん!」
「我々は鮭さ。貴様にはわからんだろうがな!」
家臣二人が斬り伏せられる間に父さんは黒騎士にタックルを仕掛け、転倒はさせられなかったが必死にしがみ付く。
「ターナー大尉、今だ!私ごと殺れ!」
「悪く思うな、少将!」 「アビー姐さん、やめてくれ!」
ターナー大尉の覚悟とピエールの悲痛な叫びが戦場に響き渡る。だけど、アビゲイル・ターナーは非情になれなかった。腰にしがみ付く父さんに当たらないように頭を狙ったハンマーは空を切り、腰を落として回避した黒騎士は伸び上がるように大剣で斬り上げた。
「……ぐはっ!!」
夥しい出血!かなりの深手だ!斬り上げの次は斬り下ろし!障壁よ、間に合え!
「バカめ!情に流されて千載一遇の好機を逃すとはな!」
「そうはさせん!」
朦朧とするターナー大尉を父さんが突き飛ばし、間一髪で難を逃れたが、軍用ケープが血に染まった。背中を斬られたんだ!
「まだ好機は終わってない!」 「死ね、黒騎士!」
腰に爆弾ベルトを巻いた
「……やったか?」
祈るような父さんの呟きも虚しく……晴れてきた土煙の中に佇む黒い影。地獄の深淵よりも闇の濃い両眼が見開かれるの感じ、絶望に押し潰されそうになる。
「……あれでも死なねえのか。兄貴、どうするよ?」
「……今考えてる。ハッ!キーナム中尉は?」
僕とした事が、向こうの援護がおろそかに…
「キーナム先輩!」
叫ぶバリオス少尉の眼前で、キーナム中尉の"黒真珠"と称えられる肉体にムクロの
「サイキックキャノン・フルバースト!」
トドメを刺そうとするムクロを渾身の念真砲で追い払ったけれど、僕の念真力も枯渇しかけている。バリオス少尉がキーナム中尉を抱えて離脱したけれど、追って来るムクロを止める術がない!
「兄貴、後ろを見ろよ!援軍だ!」
後方からの足音に気付いて振り返ると、そこには白い鉢金を巻いた兵士達の姿があった。
「……鮭の遡上が間に合ったようだな。ここは私に任せろ。」
鮭の遡上……最後の力を振り絞り、故郷の川に帰った鮭は、産卵を終えた後に力尽きて死ぬ。父さんと決死隊は、こうなる事を覚悟して戦場に臨んだのか……
「親父、なに言ってんだ!俺も一緒に…」
「ターナー大尉を死なせるな!スレッジハマー、マッスルブロッカーズはオルタンシアで戦場から離脱せよ!デゼスペレ・ソルダ、戦闘開始だ!我々の手で未来を紡ぐぞ!」
「あ、兄貴!親父を援護しねえと!」
……僕は指揮官……今、指揮官の為すべき事とは……父さんと決死隊の"意志"を死なせない事だ!
「ピエール、ターナー大尉を抱えて走れ!バリオス少尉はキーナム中尉を!スレッジハマーとマッスルブロッカーズは戦艦オルタンシアに撤収!父さん、これが最後の支援障壁です!」
黒騎士に立ち向かう父とビロン家の兵士達に限界以上の支援障壁を展開する。腕の毛細血管が破裂し、耳から血が噴き出したみたいだけど、ここで倒れる訳にはいかないんだ!
「有象無象どもが邪魔立てするな!"壊し屋だけは逃すな"と命じられているのだ!」
喚く黒騎士。覚悟で力の差は覆らない。だけど、差を縮める事なら出来るのだ。血煙を上げながら、次々と葬られていく決死隊の兵士達。僕は父の背中を、未来の為に命を投げ打った決死隊の姿を一生忘れないだろう。
「これが私の底力だ!ヒンクリーに見せてやりたかったな!」
「平均点しか取れない男が図に乗りおって!」
左腕を切断されながら右手の剣を振るい、大剣で受けた黒騎士を大きくノックバックさせたシモン・ド・ビロン少将は、撤退する僕達を振り返った。
「ロベール、ピエール!兄弟で力を合わせて新たな時代を築け!私の魂は、おまえ達と共にある!」
それが、父さんの最後の言葉だった。弟はターナー大尉を担いだ肩を震わせて号泣し、僕は唇を噛み締める。
……僕のミスで右翼師団は大敗を喫した。だけど、まだ終わった訳じゃない。父さんと決死隊、それに撤退を果たせず戦死した兵士達……僕が死なせてしまった命を……無駄にしてたまるか!
※ウーゴ・バリオス
外伝「プロレスこそ最強の格闘技」に登場したキーナムの後輩レスラー。アビゲイル・ターナーにストリートファイトで敗れたニアム・キーナムと共に軍に入隊。スレッジハマー大隊・第三中隊を率いる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます