終焉編47話 殺業解禁



※シグレ・サイド


「やっぱりバカの一つ覚えの後の先!そんな後出し剣法なんて私と姉さんには通じないわよ!」


嘲りながらナユタは前傾姿勢でダッシュし、窘めながらアマラは追走する。


「侮ってはダメ。雷霆は素質に優る相手を斃してきたのよ。」


こちらとしては侮ってくれた方がやり易いのだが、アマラは油断していない。スピード自慢のナユタは踏み込んでの一撃を狙っているな?……望むところだ。


「一撃で斃れないでよ!せいっ!」


速い!だが、躱せなくはない!駆け抜けながらの斬撃を紙一重で躱して、ナユタの無防備な背中に返しの太刀を見舞ったが、追走していたアマラがガッチリと受け止める。駆け斬りをしくじれば背中を晒す事になる。だが、二人一組なら隙をフォロー出来るという訳か。


「むうっ!」


背後に回ったナユタの繰り出した高速突きを横っ跳びで躱したが、脇腹を浅く抉られた。息をつく間もなく、跳躍したナユタが兜割りを繰り出してくる。刀で上段受けしたものの、踏み込んできたアマラは既に胴払いを放っていた。バックステップして刃から逃れたものの、切っ先が下腹をかすめてまたダメージをもらう。


「次に来る技を読むのが抜群に早いわね。何が見えているのかしら?」


私は一端距離を取り、アマラは不可思議な顔をした。技の起点を読む早さが異常だともう気付いたか。


「見据えているのは、この星の未来だ。」


もう一つ見えているのは念真力の微弱な動きだ。朋友から教わった"波動読み"がなければ、傷はもっと深かっただろう。始動が見えているのに躱しきれないのが、身体能力に劣る者の悲しさだがな。だが、私は私だ。持ちうる武器で勝負するしかない。


「勘がいいのか読みが鋭いのか。だけど、後出し剣法は双月真影流との相性が最悪なのよ。お得意のカウンターは私達には通じない!」


ダッシュで距離を詰め、跳ぶと見せかけてから姿勢を屈め、脛払いを繰り出すナユタ。


「そんなフェイントに引っ掛かるほど未熟ではない!」


「そうね。だけど何の問題もなくてよ。」


紙一重で躱しながら放った打ち下ろしは、アマラの刀で受けられる。同時にサイドに回ったナユタが蹴りを放ってきたので、間を縫うように蹴り返してみたが、咄嗟に足を畳んで返し蹴りをガードされた。


「足が止まったわよ。とうっ!」


足を使わされたところにアマラが斬撃を上下に打ち分けてきたので、片足跳びでなんとか逃れる。


「……なるほど。双月真影流が見えてきたぞ。」


初撃の駆け斬りがその本質なのだ。攻撃役がハイリスクな技を放ち、補助役がその隙を補う。リスクを打ち消しリターンを得る、息の合った二人であるからこそ可能な連携。双月真影流は二人で一人のコンセプトで磨き上げられた流派なのだ。


「フフッ、小手調べを味わっただけでわかったつもりだなんてお目出度いわね。……やるわよ、姉さん!」


「ええ、よくってよ。セツナ様から"もう見せてもよい"とお許しが出ているものね。」


見せてもよい、だと!? まだ奥の手があるのか!


「我ら姉妹は二人で一人…」 「…双頭の龍よ、この目に宿れ。」


姉妹は交差させた刀を天に掲げる。


「「双龍眼、顕現!!」」


姉妹の瞳孔が黒く染まり、爬虫類の目になった。こ、この念真波動は……


「同じ波動を放つ邪眼だと!?」


どんな能力を持っている? 剣術と同じで対で機能するはず……


「どんなに鍛えようが人は人!龍の力に平伏すがいい!」


速さを増したナユタの斬撃、だが身体能力を強化したところで雷霆の極を駆使して死角に回れば…


「甘いっ!見えてんのよ!」


「うぐっ!」


肩を浅く斬られたか。……カナタが以前に戦ったジャンゴブラザーズは"視覚共有"の能力を持っていた。ナユタには死角でも、アマラからは見えている。そういう事か!


「双頭の龍は二身一体!あなたに勝ち目はなくってよ!」


補助役のはずのアマラの斬撃を受け止められず、大きく後退る。マズい、アマラの身体能力も増している。


「あらあら、手も足も出ないのかしら?」 「ほらほら、足掻け足掻け!」


交互に、同時に、二首の龍は猛撃を繰り出して来る。くっ、まるで付け入る隙がない。ただでさえ高度な連携が、完璧な連携に……いや、もう連携なんてレベルではない!二つの体が一つの意志で襲って来るかのようだ!


「……双龍眼の正体がわかった。おまえ達は五感だけではなく、思念をも共有出来るのか。」


双龍眼を発動させれば、姉妹の思念は一つになる。そうなれば意志の疎通すら必要ない。そして、アマラの習得した防御剣術をナユタも、ナユタが習得した攻撃剣術をアマラも使えるようになる。攻撃役と補助役を変幻自在にスイッチされたら、対応するのは至難だ。


「ご名答。御褒美に地獄巡りツアーのチケットを進呈しようかしら。」


ナユタの口からアマラの口調で台詞が吐かれる。私とした事が、双月姉妹を甘く見ていたようだ。煉獄は異形の姉妹を今まで温存していたのか……


落ち着け、まずは仲間の形勢を見てからだ。私は横目で仲間の様子を窺った。サクヤとアブミの二人掛かりを百足丸はいなしている。コトネは互角、優勢なのはヒサメ…


「ヒサメ!避けろ!」


「えっ!」


得意の氷結能力で上忍の足を凍り付かせたヒサメは、トドメの太刀を入れようとしていた。だが、上忍にトドメを刺したのは蛇腹の連結剣。背後から部下の体を両断した伸びる剣は、ヒサメの体に百足のように巻き付き、絡め取った。


「ケケケッ。やっと盾が手に入ったぜ。さあ、遠慮なく掛かって来いよ!」


連結剣でヒサメを拘束した百足丸は、左腕でヒサメの首を羽交い締めにしながら予備の連結剣を抜いた。


「ヒサメを離せ!卑怯やで、自分!」


憤るサクヤに向かって百足丸は嘯いた。


「卑怯? そりゃ二対一で挑んだおまえらだろうが!おら!弓の姉ちゃん、遠慮せずに矢を放てよ!今度は避けずに受けてやる、この女がなぁ!」


「こ、この外道!」


矢をつがえたまま、アブミが口惜しげに呻く。


「……副長……サクヤ……私に構わずコイツを討って……」


そんな事が出来るはずがない。何としてでもアブミを助けなければ……!!……


「「よそ見してる暇はないわよ!!」」


「くっ!」


パワーとスピードを増した姉妹の二身一体攻撃に、私は為す術もなく防戦一方だ。見切りと緩急で致命傷を避けてはいるものの、このままではジリ貧。私はまだ、この姉妹にかすり傷すら負わせていない。


「……凛として誠を貫く……それが凛誠だ。」


このままでは、風牙忍軍と互角以上に戦っている隊士からも戦死者が出る。いや、私が負けたら凛誠は壊滅だ。双月姉妹はアブミ達も殺し、隊士を殲滅するだろう……たとえこの身を鬼に喰らわせようとも、そんな真似は許さん!


「「鋼の意志も圧倒的な力の前には無意味。才なき身を呪いなさい!」」


「才に優るは心、それが私の信念だ!」


私は負の感情を忌避し、日常では制御に努め、戦いの場では封印してきた。成就者の言葉が脳裏をよぎる。


"負の感情は制御すべきじゃが、さりとて心の一部なのじゃ。譲れぬモノを守る為ならば、封を解かれるが良い。正は邪になり得るが、邪も正になり得る。森羅万象、あらゆる事象は表裏一体なのじゃよ"


私を信じる隊士を守る為、今こそ心の封印を解こう。


……シグレ殿、自分を信じなされ。其方なら、負の感情をも力に変えられよう……


朋友の心を、意思を感じる。成就者ジェダ、貴方が信じてくれたように、私は自分を信じる!


「朋友から伝授された技の封印を解く!……殺・業・解・禁!!」


殺意の力をその目に宿し、刃に込める狼がいる。雷霆シグレは剣狼カナタの師だ。ならば私も殺意を力に変えられるはず!眼前に刀をかざして極限の集中。研ぎ澄ませた殺意を、今こそ解放するのだ!


「形相が変わった!?」 「その禍禍しい念真力は一体……」


愛刀に映った顔には隈取りのような模様が浮かび、体の奥底から力が湧き出す。並の強度だった念真力まで増幅されたようだな。


「奥の手を隠していたのは、おまえ達だけではない!いくぞ!」


体が羽毛のように軽く感じる!私は風のように駆け、溢れる力で刀を振るった!


「ウソでしょ!こんな力がどこから!」 「信じられない!雷霆は非力な技師のはずよ!」


二人掛かりの受けを腕力で弾き飛ばす。昂ぶるな、力が増したからといって雑になってはダメだ!私の根幹は磨き上げた技にある。


「隙あり!思念の一体化が解けているぞ!」


突然の変貌に動揺したな!狙うべきはアマラだ!双龍眼でブーストしていても、ナユタより身体能力に劣る!


「うぐっ!ナユタ、集中よ!一体化しなければ勝てないわ!」


先の先で腕を斬られたアマラは跳躍して距離を取ろうとしたが、逃がさない。殺業を解禁した私のスピードはおまえより上だ!


「姉さん!」


ナユタのスピードは私と互角か!右手の刀でナユタと斬り結びながら、左手でアマラの襟首を掴んで地面に叩き付けてやる。倒れたアマラは起き上がりながら蹴りを繰り出してきたが、次元流合気柔術で逆手取りして足首を捻り上げた。折るには至らなかったが、足首を痛めたはずだ。


「「やってくれたわね!!」」


思念を一体化したか!だが、さっきまでと違って反撃に転じられる。殺業解禁で増幅された身体能力と念真強度に、磨いた技と波動読みを加えればな!


互角の攻防を繰り広げながら、互いに隙を窺う。だが、長丁場はマズい。双龍眼は双月姉妹に消耗を強いているようだが、身の丈に合わない力を操る私の消耗はそれ以上だ。……危険ではあるが、誘ってみるか。僅かな隙を見逃す姉妹ではなかろう。


「「もらったわ!双月真影流奥義・破山双龍撃!」」


左右からの必殺連携!波動読みで技の始動を察知し、見切りの極意で斬撃の軌道を予測。そして、磨き上げた技を見舞ってやろう!


「勝負だ!次元流奥義・鏡映刃!」


左から来るアマラの太刀をそっくり真似ながら、右から来るナユタの太刀を肘で叩き落とす。今の私なら出来るはずだ!


「そんなバカな!……ま、真似た技が私以上……ごふっ!」


鏡に映したように同じ技を、相手を上回る精度で繰り出す。鏡映刃は至極単純な奥義だ。アマラに痛撃を浴びせるのは予定通りだったが、予想外だったのはナユタの剣筋の鋭さだ。肘で叩き落としたが威力を完全には殺せず、脇腹に刃が食い込んだ。


「ナユタ、雷霆を抑えてろ!俺が仕留めてやる!」


顔面に向かって飛んできた連結剣を首を仰け反らして躱しながら、左手で居合抜きした脇差を投げ付ける。連結剣で頬を斬られたが、投げ付けた脇差も百足丸の右肩に突き刺さっていた。


「ぐはっ!こ、このアマ、化け物か!?」


怯んだ隙を見逃すヒサメではない。頭突きを喰らわせ、その反動を利用し、拘束を逃れながら地面を転がって脱出する。


「ナイスや局長!」


燕のようにサクヤは跳び、アブミを背後に庇う。ナユタは……アマラを抱えて撤退か。姉の指示かもしれんが、賢明な判断だな。双月真影流の極意は二人一組の合わせ技、すなわち、一人が倒れれば一気に弱体化する。


「姉さん!しっかりして!雷霆シグレ、覚えてなさい!この借りは必ず返す!」


仕留めておきたいが、追うのは危険か。ナユタの速さは私と同等、敵陣に逃げ込まれた以上、そう簡単には追い付けまい。殺業解禁の限界も迫っているし、何より百足丸が生きている。アマラは瀕死状態だ、しばらく指揮は執れまい。


「アブミはコトネを援護しろ!私は…」


「ひいっ!」


逃げようとする百足丸の行く手に立ち塞がる。忍者より早く動けるのは爽快だな。


「…この外道を始末する。」


「ま、待てよ、雷霆。俺は命令に従っただけで…」


「部下の命と引き換えに人質を取るのも命令か? それにその脇差は無銘だが業物でな。返してもらうぞ。」


百足丸は肩に突き刺さった脇差を抜いて足元に置いてから、両手を上げた。


「これでいいんだろ。俺は捕虜だ。サッサとナユタを追えよ。」


ハンドサインで忍軍に投降を命じた百足丸は、顎でナユタの逃げた方向を指した。


「パーム協定を読んだ事がないようだな。協定破りを仕出かした兵士には適用されん。人間の盾は、明白な協定違反だ。戦って死ぬか、自刃するか……選べ。」


「……お、俺も忍軍の頭領だ。むざむざ敵の手にかかるぐらいなら、潔く自刃する…とでも思ったか!」


首にあてた連結剣を小手返し、切っ先を伸ばして足を狙う、か。予想通り過ぎて笑えるな。とりあえず刃を蹴り飛ばしておいて…


「思っていない。次の一手は煙玉だろう?」


袖から出した煙玉を地面に叩き付ける前に、爆縮で距離を潰して腕を斬って落とす。殺業解禁モードなら、火隠忍術の秘技も使えると思ったが、本当に出来たな。


「待てっ!命だけは…」


「もう黙れ。」


言い終える前に、百足丸の首は地面に転がった。サクヤとアブミをいなせる腕前、気圧されずに戦えば勝負になったかもしれんのに馬鹿な男だ。同じ忍軍の長でも、マリカとは天地の差だな。



殺業解禁モードを解除すると、脱力感で膝をつきそうになる。……まだ倒れる訳にはいかない。左翼師団の救援を完遂しなければ……

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