終焉編46話 裾野作戦
※シグレ・サイド
屍人兵を制圧した凛誠は他隊の援護に向かい、戦線の維持、再編を行う。敵軍が一端後退した事で小康状態まで持ち直したな。
カプラン元帥から入電、"特務大尉はル・ガルーへ集合せよ"か。カプラン元帥が特務大尉に任命したのは私とマリカ、アビーにピーコックの四名だ。
「アブミ、ここは任せる。敵軍に動きがあったらすぐ知らせろ。」
「はい、局長。」
アブミに部隊を預けた私は帝から拝領した専用バイク"虎徹"に跨がり、戦域旗艦…いや、同盟軍旗艦となったル・ガルーへ向かった。
到着した旗艦の船外では整備班が足場車両を使って、装甲板の張り替え作業を行っていた。兵士の士気を高揚させるべく、カプラン元帥も最前線で敵軍と砲火を交えていたのだ。日和見だの風見鶏だのと揶揄された男が危険を顧みず戦っている。困難な戦いを前に論客は述懐した。
"人はイデオロギーの為に戦うのではない。イデオロギーを
人を変えるのも動かすのも人だ。カプラン元帥が信じるこの星の未来とは……私の弟子なのだろう。初めてカナタに会った時に感じた"可能性"は、私の買い被りではなかった。成長した風雲児は人々を、時代を動かそうとしている。師として、同じ時代を生きる者として、私も共に戦おう。
作戦室に入った私は"ご挨拶"で迎えられた。
「シグレが遅れてくるとは珍しいじゃないか。ジゼル嬢ちゃん、記録班を呼んどくれ。雷霆が遅参したなんて、アタシの記憶にない事だからねえ。」
フライドチキンを骨ごと囓るアビーが血のこびりついた顔でニヤニヤ笑った。大女の目の前には山盛りのチキンバスケットが置かれ、足元には油と火薬の匂いがするパイルバンカーが脱ぎ捨てられている。
「刻限が決まってない会議に遅参もクソもあるかい。だいたいアビー、おまえは師団本隊の直衛だろうが。そンだけハンデがありゃ、どンな鈍亀だって最初にゴールするさ。」
壁に背を預けたマリカは毒づきながら煙草に火を点け、指揮官シートに腰掛けたカプラン元帥は羨ましそうな顔で漂う紫煙に目を向けた。元帥の後ろでは、首席補佐官のジゼルジーヌ・カプラン少尉が目を光らせている。
「セットが乱れちまったよ、まったく。機構軍の連中は淑女へのマナーがなってない。」
ピーコックは毛繕いするかのように、乱れた髪をラメ入りの櫛で整えている。化粧のケバい美女、とカナタが言っていたが、戦場でも見映えを気にするらしい。
「マリカ君、シグレ君、掛けてくれたまえ。作戦会議を始める。ジゼル、皆にお茶を用意してくれ。インスタントではなく、ちゃんと挽いた珈琲だよ。」
「アタイは酒にしてもらおうか。閣下の船ならいいワインが積んであるはずだ。」
親友が悪癖を覗かせたが、カプラン元帥がやんわりと窘めた。
「秘蔵の逸品を持ってきたが、勝利の祝杯用だ。今は珈琲で我慢してくれたまえ。」
「給湯室に特等の豆があります。ご満足頂けるかと思いますわ。壬生大尉には渋茶を淹れますわね。」
私の好みは調査済みか。論客の娘だけあって抜け目のない事だ。しかし、まだ甘さがあるな。
奸計を用いて娘に席を外させた元帥は笑顔でピースサイン、親友から悪友の顔になったマリカは悪い顔でV字の指に煙草を挟んだ。
「主犯と事後共犯だな。元帥、御息女を謀るのは感心しない。」
苦言を呈してみたが曲者元帥は意に介さず、マリカが指先に灯した炎で煙草に火を点け、満足げに紫煙を吐き出した。
「娘の目を盗んで吸う煙草は実に旨い。さて、機構軍は中央は諦め、左右から締め上げるつもりらしいね。」
「右翼と左翼を敗退させ、左右から本隊を挟撃する。戦術としては王道だ。」
私が言わずとも、皆がわかっているだろう。兵数も兵質も向こうが上だと。優位な側は奇策を用いず、正攻法で来る。
「王様気取りの煉獄らしいやり口だが……マリカはどう思う?」
アビーに問われたマリカは、少し考えてから答えた。
「……本線はそれだろうが、変化を加えてくる可能性もある。右翼と左翼を敗退させずとも、押し込みさえすればいいと考えるかもな。」
「押し込んだ時点で矛先を転じ、挟撃を仕掛ける。だがマリカ、それは極めて難しい戦術だぞ。最悪の場合、左右から押し返されて逆に挟撃されるリスクがある。」
私なら出来るだろうか?……やはり難しいと言わざるを得ないな。
「認めたくないが、煉獄なら可能だ。奴の指揮能力はイスカに匹敵する。アタイとシグレが組んでるのに、後退を余儀なくされてンだからね。」
拠点を放棄しながら後退し、時間を稼いでから最終拠点・バルミット要塞に籠城する。それが当初から描いていた作戦案だが、野戦で持ち堪えられるのであれば、私もマリカもそうしている。
……だが、煉獄はそれを許さなかった。序盤戦では奴の巧みな戦術に翻弄され、さほど粘れずに後退に次ぐ後退を強いられた。サンピンが奴の目を潰してくれなければ、我々は数日前に籠城戦に追い込まれていただろう。認めなければならない。煉獄の指揮能力は私やマリカより上なのだ。
「わかっていても対処出来ない戦術を取る。だからと言って手をこまねいている訳にもいくまい。攻勢の激化は煉獄復活の証左だ。」
カプラン元帥も煉獄は復活したと考えている。片目でマリカと戦う事を恐れた煉獄は、陣頭指揮を執れなくなった。序盤戦でも私とマリカには構わず、他から崩して優位を重ね、勝ちを拾っていたが、もう四の五の言っていられる状況ではあるまい。南からは連邦軍が、北からはテムル師団が迫っているのだ。
「アタイに考えがある。裾野の広い山脈のように、変則鋒矢陣形を構築するンだ。もちろン、山頂にはアタイが立つ。」
「緋眼の姐さん、鋒矢陣形って事は正面突破を狙うって事かい?」
ピーコックに姐さんと呼ばれたマリカは憮然面になった。
「同い年を姐さんなンて呼ぶな。アタイが年増みたいだろ。」
私と出会った頃のマリカは、"女なんざ三種類。ガキかババァか、それ以外だ"なんて言っていたが、今はカナタより四つ年上なのを気にしている。私も気にならないでもないが……四年間コールドスリープすれば同い年だな。いや、四年もカナタから目を離したら、何を仕出かすかわかったものでは……私は何を考えているのだ!戦争中だぞ!
「贅沢言うな、アタシなんて年上からも姐さん呼ばわりされてんだ。それで、考えってのは?」
アビーがせっつくとマリカは戦術パネルを指差しながら説明を始めた。お茶を載せたトレイを持って戻ってきたジゼル少尉も軍議に加わる。
「こうきたら、こうだ。鋒矢陣形から紡錘陣形への変化と見せかけて、敵が反応したら、さらに裾野を広げる。」
横長の布陣に対応するべく、敵も左右に展開するだろう。鋒矢陣形で正面突破を匂わせておいて、陣を狭める素振りを見せ、紡錘陣形を警戒させる。だが、狙いは裾野をさらに広げて両翼の援護。マリカが得意な陽動戦術だ。
「妙案だ、それで行こう。私とピーコックは先陣を切るマリカ君を援護。左翼の援護はシグレ君、右翼の援護はアビー君に任せる。ダン少将とビロン少将への作戦伝達はあえて遅らせよう。救援される側も知らない方が、動きを読まれにくい。」
「お父様、伝達は裾野を切り離した時が良いと思います。」
元帥は頷きながら立ち上がった。
「うむ。時間がない、敵はもう動き出している。両翼の救援に成功したら後退し、そのままバルミット要塞に逃げ込むぞ。」
退却だの撤退だの言葉を飾らず、素直に"逃げる"と言えるのが、カプラン元帥の長所なのだろう。
──────────────────
五月雨から他艦に搭乗した凛誠は左の裾野に布陣し、麾下の連隊を再編する。搭乗艦と率いる部隊を変更したのは、私とアビーはマリカ率いる山頂部にいると思わせなければならないからだ。最強の索敵兵、ホタルが入念にクリアリングを行った。煉獄は艦の乗り換えに気付いていない。予定通りに裾野を狭めると見せかけると、敵軍も反応した。かかったな。
オペレーター席のコトネがこちらを振り返りながら報告してくる。
「不知火から入電!作戦を決行せよ、との事です!」
「了解したと返信しろ!これより、左翼師団救援作戦を開始する!機関全速、ポイントブラボーへ向かえ!」
山の裾野を一気に広げ、半個師団を率いて左翼へ向かう。作戦開始から数十分、今のところは順調だが……どうにも嫌な予感がするな。
「局長!不知火から緊急入電です!」
コトネが叫び、メインスクリーンにホタルが映った。
「シグレさん!左翼の敵が陣形を切り替え、迎撃態勢に入りました!索敵情報を見てください、煉獄は横撃を予想していたと思われます!」
メインスクリーンに上空からの映像が映し出される。
「なるほど。迎撃部隊の先頭は陸上戦艦"暁月"か。煉獄の側近・双月姉妹のお出ましだな。」
こちらの陣形変化に慌てる様子もなく、この展開の早さ……裾野作戦は読まれていたか。中央はこちらの期待通りに動いておいて、両翼は横撃されないように即座に陣形を変化させる。優位に立っている両翼なら、L字陣形で前と横に同時対応が可能。理屈はわかるが、実際にやれるかとなれば話は違う。
「敵ながら見事だ。こうまで早く正確に布陣を切り替えられるとはな。」
「どうなさいますか、局長?」
アブミの顔が強張っている。作戦を読まれていたのだから、焦るのは当然だが。敵の立場になって考えろ、対応しているとはいえ、側面を突かれたのも事実なのだ。
……L字陣形で縦横同時に対処するのは兵団レベルなら可能かもしれんが、敗残兵を再編したナバスクエス師団には難しかろう。ならば勝機はある!
「出るぞ!迎撃部隊を蹴散らし、左翼師団を救出する!」
凛誠を中核に据えた救援師団を指揮し、敵中突破を敢行する。カプラン元帥から作戦を伝えられたダン少将も呼応しているはずだ。さあ、私達を止められるかな?
二つの陣を突破したところで、厚みのある布陣が立ちはだかった。小手調べはお仕舞い、といったところか。
「作戦を看破されたと動揺し、逡巡してくれる事を期待しましたが、流石は鏡水次元継承者・壬生シグレ。冷静に"このまま作戦を続行するのが最善手"と考え、躊躇なく動けるとは驚きですわ。」
賛辞を口にしながら双月アマラは刀を抜き、双月ナユタは小馬鹿にした視線を私に向ける。
「姉さん、単に妙手を思い付かなかっただけじゃない? 破れかぶれで吶喊して来ただけ、とかね。」
カナタが"信頼出来る情報筋"から聞いた話によると、双月アマラは冷静沈着で思慮深く、
「思惑なんざどうだっていいだろう。殺しちまえば関係ねえ。」
百足のような連結剣を構えながら風牙百足丸は嘯いた。双月姉妹が連れているのは月影部隊ではなく風牙忍軍。月光と月影、ゲッコーパフォーマンスと呼ばれる二つ最精鋭大隊は煉獄の指揮下で中央にいる。このしわ寄せはマリカに行き、右翼の救援に向かったアビーにも刺客が待ち構えているだろう。
……二人とも無事でいてくれ……
「双月真影流は二人で一人の変則剣法。二対一がお気に召さないようでしたら、そちらもどうぞ御随意に。」
「フフッ、雑魚狩りは百足にやらせるから、幹部全員でかかって来れば?」
大した自信だが、ハッタリではなさそうだな。戦闘データのほとんどない姉妹の剣筋を読むのは苦労しそうだ。
「姉妹の相手は私がやる。サクヤとアブミは百足丸、コトネとヒサメは上忍二人を抑えろ。」
序盤戦でマリカとラセンが上忍二人を沈めてくれたのが大きかったな。だが、このマッチアップはアマラも予測出来ていたはずだ。つまり……
双月姉妹は自信があるのだ。壬生シグレを殺せる絶対の自信が……
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