終焉編45話 蛮人VS雷霆



※シグレ・サイド(バルミット戦域・中央戦線で戦闘中)


「非力な剣だな、雷霆!」


蛮人バーバリアンと呼ばれる部隊長は私の放ったカウンターに凄まじい速さで反応し、刀を蛮刀で跳ね上げながらキックで反撃してきた。この男の恐るべき反応速度はドーピングによるものだ。


「拙い技だ、蛮人。」


前蹴りを最小限の動きで躱し、蹴り足を脇に挟んで倒れ込みながら足を使って巴投げ。放り投げられた蛮人は空中で身を翻し、ノーダメージで着地。しかし着地点を先読みし、投げ付けておいた小束が太股に命中した。


「小癪な真似を!だが蚊に刺されて死ぬ人間などいない。」


小束の刃先が僅かに刺さっただけか。咄嗟に筋肉を収縮させて深手を避け……いや、鎧と化した筋肉のお陰だな。過剰投与した筋肉増強剤と筋肉硬化剤は、蛮人に常軌を逸した肉体を与えたのだ。


抑制細胞エリクサー・セルが開発されるまで、人間を一番殺した生物は蚊だ。小さな羽虫を介して疫病が広がった事を知らないのか?」


バルバネスは普通の人間なら廃人どころかショック死するような過剰投与を可能とする特異体質の持ち主。おそらく、元はゾンビソルジャーの被験体だったのだろう。廃人になる筈の被験体が自我を保ち、ドーピングの後遺症に苦しむどころか、ピンピンしていた。世界で一人の特異な才能を持った男は、最後の兵団にスカウトされた訳だ。


「バカな事を言う女だ。人間を一番殺した生物が蚊だと? 人間を一番殺した生物はな……人間に決まっているだろう。」


バルバネスは残忍な表情で、残酷な事実を述べた。そう、疫病蔓延の原因となった羽虫より、人間は人間を殺してきた。吸血の副産物で疫病を媒介した羽虫と違って、人間は己の意志で人を殺してきたのだ。今、私達が殺し合っているように……


「おまえは特に、好んで人を殺していそうだな。」


「殺しの何が悪い。動物は殺すのに大義だの正義だのおためごかしは言わん。必要だから殺すだけだ。正義を気取って殺しに興じる貴様の方がタチが悪いぞ。」


正義を気取った覚えはない。至誠を貫きたいと願っているだけだ。


「おまえの方がタチが悪いさ。私は愉しんで殺した事は一度もないからな。」


才なき弱者は僅かな動きも見逃さない。バルバネスは爪先に力を込めた。……来るぞ。


「愉しんでこそ人生だろうが!貴様も俺の娯楽として死ねぃ!」


速い!まだ全力を見せていなかったのか!


「真の至福は苦難を超えた先にある!浅い愉悦に遅れは取らん!」


矢継ぎ早に繰り出される蛮刀。次元流の基本は後の先だ。苦難を超えた先に至福があると、己の剣で証明しろ!


「防戦一方か!打ってこい、雷霆!」


挑発に乗るな。力も速さも相手が上だ。マトモに受けず、連擊を受け流せ。緩急を駆使し、速さを誤認させろ。


「……別物と言っていい程アレンジされているが、技のベースは円流。おまえ、元は同盟兵だな。」


帝国が支配していた朧京で隆盛する心貫流は、機構軍にも使い手がいる。だが、円流は照京でしか学べない。門弟の数より質を重視する円流は、素質のある者にしか門戸を開かない流派だからだ。


「円流だけではない。強さを渇望する無名兵は心貫流も学んだ!」


左右の払い斬りの連打から一転、突きの連打に切り替えてきた!


「それで次元流との戦い方を熟知していた訳か。」


身体能力頼みの強者かと思っていたが、知識の裏打ちもあった。道理でなかなか返しカウンターを打てない訳だ。


「次元流を知っても学ぼうとは思わなかったがな!誰でも使える簡素な技しか持たず、後の先でカウンターを狙うだけ。それしか出来ない弱者の剣法に用などない!」


「知識の裏打ちはあっても、技術の裏打ちに乏しい。円流も心貫流も浅く学んだだけのようだな。」


円流に入門を許されたのだから、無名であっても素質はあったのだろう。私が円流の師範なら、才気はあっても上昇志向の強すぎる者の入門は許さないが。


野心家のバルバネスは立身出世を我慢出来ずに軍に入隊し、機構軍の捕虜になったというところか。


「ほざけ!お得意のカウンターを打つ事も出来ないのだろうが!」


荒々しい太刀筋と言えば聞こえはいいが、技の粗さが抜けていないぞ。次元流には確かに、誰でも使える簡素な技しかない。だが、極限の見切りを体得したならば、反撃は単純な一撃で事足りる。


「見切った!」


突きから払いに転じたバルバネスの脇腹を、明鏡止水・真打ちが斬り裂いた。次元流を継承した時に父から譲り受けた愛刀は、切れ味だけなら至宝刀に匹敵する。剛性では玄武鉄に及ばないが、選りすぐられた玄巌鉄を鍛えて作られた名刀なのだ。


斬られながらも即座に跳躍し、ダメージを抑えたバルバネスは呻いた。


「き、貴様……」


反応がコンマ数秒、遅れていたら脇腹から臓物が飛び出していただろう。ドーピングで強化された反射神経で命拾いしたな。上っ面だけ学んで剣術を修めたつもりでいる男にはわかるまい。簡素な技こそ奥が深く、磨けば磨くほど輝く事を。


「力も速さもおまえが上だ。だが、私には技がある。」


返しを打たれないように左右の連続払いと突きのラッシュをランダムに入れ替える。だが、スタイルを切り替えた直後の初擊に切れがない。バルバネスはカナタやトゼンのように、違う流派の一体化に成功してはいないのだ。技の回転を上げる為に暖気運転が必要で、初擊の精度を犠牲にしている。


各流派の優れた技を取り入れれば、最強の流派が完成する。剣術はそんな単純なものではない。技と技の相性を考慮しながら工夫と改良を積み重ね、練り上げられてきた。自己流のアレンジと天性のセンスで相性を克服したカナタとトゼンが異常なのだ。


「……勝った気になるのは早いぞ。」


軍用コートの大げさな立て襟。カナタと戦ったアギトも同じような襟のコートを着用していた。太い襟には注射器が仕込んであるに違いない。さらなるドーピングで己を強化し、勝負するつもりだろう。脳波誘導で起動させる仕掛けだ、戦いながらでも使える。起動を阻止する手立てはないな。


「有利と勝利は似て異なるもの。次元流剣士が最初に捨てるものは慢心だ。」


目だけ動かして周囲の状況を確認する。凛誠はブラックジャッカル大隊との交戦で優位に立っているが、私が倒れれば危うい。凛誠が崩れれば、共に戦っている他隊も持ち堪えられない。今の私は凛誠だけではなく半個師団五千名の指揮官だ。絶対に負ける訳にはいかない!


……いざとなれば、朋友から伝授されたを使わねばなるまい。


心の奥底に潜ませた殺意の扉にそっと手をかけ、バルバネスの一挙一動を注視する。鍛えた視野は左右だけではなく上下にも広い。空から飛来する無数の棺桶を、私の目は捉えてくれた。


「皆、棺桶が飛んで来るぞ!臨界屍人兵だ!」


射出音が聞こえなかった。ゾンビソルジャー入りの棺桶は、かなりの距離を飛ばせるようだな。


「貴重なスーパーゾンビをくれてやる!ブラックジャッカル大隊、退くぞ!」


バルバネスは嘲笑しながら部隊と共に撤退を開始する。


「局長、追撃しましょう!」


逃げる敵の背中に向かって弓を引くアブミを制止する。


「追うな!隊列を整えて臨界屍人兵に対処するぞ!第二中隊は矢に念真力を込めろ!棺桶から這い出てくる前に、一体でも多く仕留めるんだ!」


リストバンド型の戦術タブレットを操作して、他隊にも警戒を促す。対戦車ライフルを使えば、棺桶を貫く事が可能だろう。準備が間に合えばいいが、おそらく無理だ。蓋が開いたところに通常火器で集中砲火が現実的な対応策だな。


弓兵主体の第二中隊は翼付きの棺桶を空中で射抜き、かなりの数を減らしてくれたが、いくら精鋭弓兵でも無数に飛来する棺桶全てを射落とすのは不可能だ。


「能力は桁違いでもゾンビソルジャーはゾンビソルジャー、手近な者を攻撃する習性は同じだ!」


使役者がいれば狙った標的を襲わせる事が可能だが、敵軍は後退を始めている。投入された屍人兵は時間稼ぎの捨て駒だ。


「サクヤ、ヒサメ、コトネは出来るだけ屍人兵の注意を引き付けろ!他の隊士は三人一組で防御陣形、死角をカバーし合って眼前の敵にだけ集中出来れば、単調な攻撃など捌ききれる!アブミ隊は弓で援護だ!」


乾いた地面に突き刺さった棺桶の扉が開き、屍人兵が姿を現した。


……助けられるものなら助けてやりたい。だが、過剰投与で人格が破壊された彼らを救う手立てはない。ましてや臨界屍人兵は通常の屍人兵と違って、その肉体は戦いの最中に崩壊してゆくのだ。


「グシャァーーー!!」


「仇は取ってやる、許せ!」


私は部隊の先頭に立ち、飛び掛かってきた臨界屍人兵を一太刀で斬り捨てる。もし、私の推測が当たっていたなら、バルバネスは外道ではなくド外道だ。自分が屍人兵にされそうになったのに、躊躇いもなく屍人兵を利用するなど、鬼畜の所業にも程がある!


……心を乱すな。いついかなる場合も、凛として誠を貫くのが我ら凛誠だ。今、貫くべき誠とは……


「尊厳を冒涜された者に安らかな眠りを与えよ!彼らの無念は我々が晴らす!」


救えぬ命ならば、せめて介錯してやらねば。そして鬼畜の所業に手を染めた悪を、この手で斬る!


いくら戦争でもやっていい事と悪い事がある。屍人兵を斬り捨てる度に湧き出る殺意を抑え込む。



彼らの尊厳を奪い、心なき殺人兵器に仕立てたのは……いや、屍人兵を発案した黒幕は、ザハトのボスだった煉獄に違いない。奴だけは許せん!

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