終焉編44話 龍鳳呈祥



※ミコト・サイド(同盟首都リグリットの迎賓館で待機中)


迎賓館の客間には、老人と女子供が集まっている。待つ事が今の私達の仕事。いえ、大切な人の無事を祈りながら、待つ事しか出来ない身が恨めしい。そして、懸命な祈りが届くとは限らない……


「……アレクシス、無理せず休んだ方が良い。顔色が冴えんぞ。」


兎我元帥は夫を亡くしたアレクシス夫人を気遣ったが、彼女は気丈に振る舞った。


「息子や兵士達が戦っているのに、寝ていられるはずがありませんわ。私は災害ザラゾフの妻ですもの。」


ザラゾフ元帥の訃報がもたらされた時から、夫人は一睡もしていない。ゆりかごの中でスヤスヤと眠っている赤子は、まだ祖父の死を知らないでいる。アレクサンドラ・ザラゾフが偉大な祖父の足跡を思い起こすのは、まだ先の話だ。


"流石は我が夫。生き様も死に様も、まさに災害ディザスターそのもの。ルスラン、実にあなたらしい人生を全うされましたわね。帝もそう思われるでしょう?"


良人への賛辞の言葉に、私は頷く事しか出来なかった。災害閣下が"帝ちゃん"と私を呼ぶ時の武骨な笑顔が脳裏をよぎって、胸が締め付けられる。ルスラーノヴィチ・ザラゾフ元帥は功罪のある方で、人によって評価は様々でしょう。ですが、私とドラグラント連邦にとっては、とても良くしてくださった恩人。私は公人として元帥の功を称え、私人としてその死を悼む。


客間にいるもう一人の老人が心配げな目で少年を見やったが、兄を亡くした少年も休もうとはせず、大小様々なスクリーンに映し出される戦況を見守っている。


「雷蔵、おまえはまだ子供じゃ。少し休め。」


天羽の爺様とカナタさんが呼ぶ宿老はそう声をかけたが、少年は首を降った。


「雅衛門様、僕は身は幼くとも白狼の一員です。これしきでへこたれては……兄者に笑われます。」


少し年長の少年が見せる凛々しい姿を、もう一人の少年、兎我忠雪がじっと見つめている。雪兎は白狼から男の気概、人としての強さを学ぼうとしているのだ。


「……カプランが窮地に陥っておる。……剣狼、急ぐのじゃ……」


兎我元帥は、いがみあってきたザラゾフ元帥の死を悲しみ、政敵としてしのぎを削ってきたカプラン元帥の身を案じている。"同盟軍に三傑あり"、三元帥はかつての輝きを取り戻したのだ。


羚厳様はアスラ元帥と同盟三傑を、地球の昔話に例えた。桃太郎が犬と猿と雉をお供に連れて鬼退治をする童話だ。アスラ元帥という桃太郎を失った三傑は迷走し、戦争は泥沼化してしまった。だけど……新たな桃太郎が現れた。それがカナタさんだ。羚厳様の慧眼でも、自分の孫がここまでの器とは見抜けなかったに違いない。混迷する状況を打開したのは、間違いなく龍弟公の才と人望あっての事だ。


異世界から来た風雲児は、この星の未来を変えようとしている。


「ミコト様、八熾の若殿なら刻龍に勝てますよね?」


イナホに問われた私は、不安を顔に出さないように頷きながら祈った。


……カナタさんは朧月セツナと雌雄を決するべくバルミットに急行し、トーマ様はイスカさんと今も戦っている……どうか、どうか私の愛する狼虎が無事でありますように……


「もちろんです。カナタさんに勝てる兵などいません。」


列島が龍ノ島と呼ばれる前、イズルハには二匹の龍がいた。心龍を目に宿す御門家と、刻龍を目に宿す朧月家。心を視る龍と刻を視る龍は天下を賭けて争い、心龍が勝利したものの、それは神器を目に宿す"三種の人器"、照京御三家の助力があったからだ。直接戦えば、刻龍は心龍よりも強い。


……口伝によると、龍ノ島を平定された初代帝は、"朧月家は神通力のに最も近しい一族じゃ。遠ざけはしても、野放しには出来ぬ"と仰られ、朧月家の領地は安堵したものの、朧京に東国探題を置いて監視を怠らなかった。東国から神楼に移封した御堂家を、王政の要職に抜擢したのとは対照的な扱いだ。御三家を擁する帝が、そこまで警戒しなければならない恐るべき力が朧月家にはあった事になる。


設楽ヶ原の合戦で叢雲豪魔に敗れた朧月刹舟とて、神虎の左腕を奪っている。天賦の超人である叢雲家は生来の力だけで戦う。素質のみで戦うが故、未熟も練達もない。しかし、朧月家の強さには奥行きがあるはず。もし、朧月刹舟が到達出来なかった最奥に、子孫は辿り着いているとしたら……


神通力、つまりは念真力……牙門アギトが使った"邪狼転身"……朧月セツナも同じような邪法を身に付けているとすれば……闇に近しい一族だけにその力はアギトを超えるのやも……


杞憂であれば良いのだけれど、胸騒ぎが止まらない。青鳩を使ってカナタさんに警告しておこう。アタッシュケースに収められた青鳩の子機を使って、眼旗魚に極秘電文を送る。


"カナタさんへ。朧月セツナは牙門アギトの邪狼転身に似た技を使う可能性があります。注意して下さい。皆様の御武運を祈っています。ミコトより"


これでよし。カナタさんなら危険を予期していれば、きっとなんとかしてくれる。……!!……子機の画面に野薔薇の紋章が浮かんだ!ローゼさんからの極秘通信だわ!


「ミコト様、お久しぶりです。」


「ローゼさん、何かあったのですか?」


「はい。父が停戦に同意してくれました。もちろん、講和を前提とした停戦です。タムールで玉璽と署名入り詔書を受け取りました。今からそちらに向かいます。」


皇帝が停戦に同意!ならば、これ以上血を流さずに戦争を止められる!敵味方に関わらず、一人でも多くの将兵が生きて終戦を迎えるには、停戦以上の策はない。


「朗報ですわ。受諾条件はどのようなものでしょう?」


今は祈りではなく、行動の時だ。一人でも多くの命を救う為に、やるべき事がある。


「なかなかにムシのいい条件を記していますが、無理難題は言ってません。機構軍が劣勢だとわかっているだけに、全般的には同盟軍に有利な内容です。要綱の第一条が"世界統一機構は自由都市同盟を都市国家による連合体と認め、加盟都市全ての独立を承認する"ですから。」


同盟軍は機構軍に対して国家承認と独立を要求し、交渉が決裂したので独立戦争を挑んだ。第一条が履行されれば、この戦争は実質的に同盟軍の勝利だと言える。ザラゾフ元帥が命と引き換えに掴んだ勝利が皇帝を譲歩させたのだ。


「条件を煮詰めるのは停戦後で良いでしょう。まずは流血を止めなければ。」


「よろしいのですか? 形勢は同盟軍に傾いています。」


「私もカナタさんも、機構軍を滅ぼすつもりはありません。敵対ではなく共存を望んでいます。」


「夫もカプラン元帥もです。それに…」


私の右隣に腰掛けたアレクシス夫人の言葉を、左隣に座った兎我元帥が引き取った。


「儂もじゃ。三元帥は講和を望んでおる。……ザラゾフの死を無駄には出来ん。」


「ミコト様、ザラゾフ夫人、兎我元帥、ありがとうございます。父は私とミコト様が同じ場に立って停戦を宣言する事を条件にしました。これは父の猜疑心から生じた条件ですが、大きな意味があると思います。」


カナタさんは、"あまりにも長く、多くの血が流れすぎた。この戦争を終わらせるには、誰の目にも明らかなが必要だろう"と言っていた。私とローゼさんが同じ演台で共同宣言を行えば、歴史的和解を象徴する出来事となるはず。


「同感です。カーン中将のように、完全勝利を望む者は戦争を続けたがるでしょう。中将はカプラン元帥の命令を無視して薔薇十字と戦おうとしています。」


同盟軍にも機構軍にも、主戦派は存在する。敵対教育の中で育った将兵が、長きに渡って戦い続け、家族や戦友を失ったとなれば、相手を恨まない方がおかしい。両軍首脳がそれぞれ通達を出しただけでは、敵愾心を消す事は難しく、命令を無視して交戦を続ける部隊が出て来るだろう。そうなれば停戦合意は水泡に帰する。


「やはりカーン中将の独断専行だったのですね。ミコト様、私は専用ヘリで迎賓館に向かっていますが、どうしても同盟の勢力圏を飛ばねばなりません。飛行ルート上の同盟軍を遠ざける事は可能ですか?」


「わかりました。カプラン元帥には私から話します。ですがローゼさん、合流する場所は迎賓館ではありません。」


「えっ!? ではどこで落ち合うのですか?」


「今から位置データを送ります。私とローゼさんは、で会見する事になるでしょう。」


ローゼさんだけにリスクを負わせる訳にはいかない。それに、あの場所こそが歴史的和解に相応しい場となるはずです。


ローゼさんから飛行ルートを受け取った私は合流地点のデータを送付し、極秘通信を終えた。


「帝、龍弟公に相談されなくてよろしいのですか?」


アレクシス夫人の言はもっともで、私も相談したい。だけど……これはカナタさんは知らない方が良い事なのだ。


「ローゼさんが敵地の空を飛ぶなんて、カナタさんは反対するに決まっています。私にも"迎賓館から動くな"と命じるでしょう。バルミットを救援してから、カプラン元帥と共に停戦勧告を突き付けるのがカナタさんの腹積もりですから。」


考え込んでいた兎我元帥が懸念を口にする。


「バルミットの救援に成功したという事は、最後の兵団は壊滅か敗走しておる事になる。戦局が決定的になれば、軍神は停戦に反対するやもしれぬぞ?」


「そう。イスカさんの腹が読めないのが不安要素なのです。ですが、彼女の人となりから推察するに"同盟軍勝利による終戦"を主眼に置いていると思います。才気煥発な方だけに"機構軍など滅ぼしてしまった方が後腐れがない。心配するな、私が大陸全土を公正に統治してやる"と考えるのではないでしょうか?」


天才特有の自信過剰、いえ、イスカさんなら本当に可能かもしれないのだけれど、"公平"にはなるまい。必ずを出し、を通してしまうはずだ。独創性こそが天才の証明、彼女は天才であるが故に、その軛から逃れられない。


「軍神が言いそうな台詞じゃのう。」 「帝は心龍眼を使わなくとも、心が読めるのですわね。」


「それに煉獄を斃す事に集中しているカナタさんの気を削ぐような真似は出来ません。」


撃退すればいい、煉獄を斃さずとも戦争は終わるなんて気構えで対峙すると不覚を取るかもしれない。朧月セツナは知っている。剣狼カナタさえ斃せば、逆転勝利が可能な事を。


……刻龍を甘く見てはいけない。そう、彼ならもしかして……だとすれば何か打つ手は……あった!



サイラスさんはいい仕事をしてくれた。刻龍は私を甘く見ている。見ていなさい、思い通りにはさせませんから!

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