終焉編42話 オペレーション・ピースメイカー
※ローゼ・サイド
薔薇十字の幹部を作戦室に召集した私は、皆に状況を説明した。皆が停戦を望んでいるが、私が同盟首都に赴かねばならない事については渋い顔になる。遅れて部屋に入って来たミザルさんが新たな情報をもたらした。
「索敵班から報告が入った。やっぱ極北師団はこの街への最短ルートではなく、迂回路を進軍してるぜ。少佐の言ってた通り、リャンメンに構えてるな、こりゃ。だが朗報もある。尾長鶏と尾羽刕兵はドボルスクから動いてねえ。カーンの命令を拒否したんだとさ。」
報告を聞いたクリフォードは顎髭を撫でながら思案顔になる。
「極北師団を素通りさせれば彼らはタムール平原に向かい、帝国軍の後背を突くでしょうな。それを阻止するには、吾輩達が街を出て野戦を挑む以外にない訳です。」
慎重派のクエスターが、兵力差について意見する。
「敵は6万弱で私達は2万強、戦力差は約3倍です。籠城するなら問題ありませんが、野戦を挑むのは厳しい兵力差ですね。」
私は籠城するつもりで配備兵数を決定した。兵学においては、攻城側は籠城側の三倍の兵力が必要と言われている。適正比で良しとした理由は、薔薇十字の兵質は極北師団を上回っている事と、防衛戦術の名手、アシェスを擁している事だ。数の合理性は質と能力で補える、そう考えていた。
籠城されれば落とせない、ならば野戦に引き摺り出せばいい。バーバチカグラードとチャティスマガオの勝利を知った軍神は、極北戦線では負けが許される状況だと判断し、揺さぶりをかけてきた。本当にソツがないと言うか、油断も隙もない。
血気盛んなアシェスが強気な意見を述べた。
「主将のカーンはそれなりだが、副将のザネッティは大した事はない。野戦がお望みなら受けて立ってやろうではないか!戦争は数より質だ!」
同じく積極派のラッセルが同調する。
「守護神殿の仰る通りだな。一人で三人へし潰せばよい!」
温厚で慎重なヘルゲンが同僚に忠告する。
「ラッセル、ガルーダ隊を甘く見ない方がよろしい。"金翅鳥"ヴェダと彼の連隊は精強ですよ。マリアンと同等か、下手をすれば…」
「私以上の空中戦の名手だとケリーが言っていた。エレファントと呼ばれる重装歩兵の制圧前進をガルーダ隊が空中から援護、それがカーン師団の十八番だ。地上の圧力と空中からの奇襲に同時対応するのは手練れの兵でも難しいぞ。」
マリアンはケリーさんの愛弟子だけに相手を侮る事はなく、事実は事実として淡々と語る。職人肌の仲間はやはり頼もしい。
「だが、極北師団を食い止めなければトーマと辺境伯が危うい!我々が食い止めるしかないのだ!そうでしょう、姫!」
アシェスの言葉に私は頷いた。
「アシェスの言う通りです。座して見送る選択はありません。タムールでも敗北すれば、機構軍の敗北が決定的となり、停戦は水泡に帰します。私が皆に聞きたいのは…」
「ローゼ様はリグリットに向かわれるべきです。」
「クリフォード……」
私に集まっていた視線は、毅然と意見を述べたクリフォードに移った。
「薔薇十字が極北師団を食い止めている間に、ローゼ様は龍姫との会談に向かう。それが唯一にして、最良の手立てです。薔薇十字が3倍の敵に立ち向かおうとする時に、総帥が不在で良いのかと悩んでおられるのでしょう。ですが、我々には我々の戦場が、ローゼ様にはローゼ様の戦場があるのです。」
「クリフォード!私が護衛出来ないのにローゼ様を行かせるつもりか!危険過ぎる!」
アシェスが気色ばんだが、クリフォードは動じない。
「それに総帥が不在では兵の士気に影響します。ローゼ様の号令の下で極北師団を退け、私達と共に万全の態勢で龍姫との会談に向かわれるべきでしょう。」
クエスターは穏やかに異論を唱えたが、クリフォードは首を振った。
「アシェス殿、クエスター殿、吾輩は唯一最良の手立てと申し上げた筈ですぞ。危険は承知、今しかないのです。カプラン元帥が落命すれば、同盟軍の総司令官は軍神イスカ。もしそうなれば、停戦になど応じません。少佐が軍神に敗れ、陛下が崩御されても同じ。」
「縁起でもない事を言うな!トーマは必ず勝つ!」
声を張り上げるアシェスをクリフォードは一喝した。
「わからんのか!!陛下とカプラン元帥が健在な今しか、停戦は実現しないのだ!」
椅子から立ち上がったクリフォードは、覚悟を問うように皆を見回してから言葉を続けた。
「時間がない。タムールかバルミットで決着がつけば、もう手遅れなのだ。野薔薇の姫を信じて集いし精鋭を、姫が信じる時が来た。吾輩はそう思う。……ローゼ様、御決断を。」
ありがとう、クリフォード。私は自分を信じ、仲間を信じて未来を掴み取る!
「……魔女の森で剣狼と過ごした日々が私を変えました。彼から教わった事は数多くありますが、強く印象に残っている言葉があります。 "不都合な現実を嘆くな。そんな現実は変えてみせろ" その言葉通り、剣狼カナタは同盟軍を変えてみせました。」
ザラゾフ元帥は命と引き換えに、停戦最大の障害だったネヴィル元帥を排除した。カプラン元帥は我が身をオトリに危険な戦場に踏み止まっている。利己的だった元帥二人を変えたのは間違いなくカナタだ。椅子から立ち上がって拳を握り締め、決意を言葉にする。
「今度は私の番です。我が身が大事な皇帝に停戦を決断させるところまでは、なんとか漕ぎ着けました。あと一歩で、私達の望む未来が実現します!みんな、私を羽ばたかせて!日輪を背負う龍の元へ向かって!」
黙って話を聞いていたフー元帥が、私の隣に立って微笑んだ。
「央夏には
フー元帥は自分が身に付けていた金細工の御守りを渡してくれた。彫刻されているのは龍と鳳凰。央夏では皇帝を龍、皇后を鳳凰に例えると聞いた。さぞかし価値のある物に違いない。
「お借りします。必ず吉報を携えて、私は戻って来ますから。」
「わかりました。留守の間は、及ばずながら代理を務めましょう。これでも帝国元帥ですから、恰好はつくでしょう。野薔薇の姫、我々はいかに戦うべきですか?」
「フー元帥はパラスアテナに搭乗してください。指揮はアシェスとクエスターが執ります。」
同格の二人に共同指揮権を持たせるのは軍隊では悪手。だけど帝国の誇る剣と盾は例外。剣聖クエスターと守護神アシェスはコンビを組んでこそ、その真価を発揮する。
「黙って座っているだけで良いとは、戦下手な私には有難い話ですわ。ローゼ姫、出撃する兵に向かって、"私は私の戦いに赴く"と演説してください。薔薇十字の精鋭ならば、子細はわからずとも野薔薇の姫を信じ、士気が下がる事はないでしょう。」
「わかりました。出発前にミコト様と話をしなければ。」
停戦に賛同してくれるのはわかっているけれど、いきなり迎賓館に押しかける訳にはいかない。
「いえ、帝に来訪を告げるのは皇帝から詔書を受け取り、受諾条件を確認した後の方がよろしいですわ。相手方の内諾を得るのに不都合な条件があれば、修正か削除が必要でしょう。」
内諾を得る為には、受託条件の大枠をミコト様に伝えた方が良い。フー元帥の助言に従おう。
「そういう事なら吾輩が同行した方が良いでしょうな。」
一喝されたのを根に持った訳ではないのだろうけど、アシェスがクリフォードをからかった。
「それがいい。卿は兵士としては大した事がないからな。赤銅の騎士団を二つに分け、攻撃に向いた兵はラッセル大尉が、防御に向いた兵はヘルゲン大尉が指揮を執れ。」
「ラッセル大尉は私の、ヘルゲン大尉はアシェスの副官に任命します。」
剣と盾は本当に息の合う二人だ。攻撃型の指揮官で大胆なラッセルと、防御型の指揮官で慎重なヘルゲンの理想的な運用法を即座に定めた。
二人に呼応するようにザップ大尉も動き出した。籠城から野戦に方針転換したのだから、補給担当官も大変だ。
「武器弾薬と各種資材は山ほど集めておきましたから、必要なだけ持っていってください。私は民間船を徴発して、医療船に改修します。数に優る敵と戦えば、かなりの怪我人が出るはずですから、医療船は多い方がいいでしょう。」
「なんで亡霊戦団を置いて行ったのかわからなかったが、やっと合点がいったぜ。……クックックッ、面白くなってきやがったな、コヨリ。」
暴れん坊のミザルさんは悪い顔で笑ってるけど、コヨリさんはゲンナリしてる。
「トーマ抜きで3倍の敵と戦わないといけないのに、アンタはなんでそんなに愉しそうなのよ……」
「大戦争だってのに、穴熊みてえに街に隠ったまんまじゃつまらねえだろうが。お
キカちゃんがいれば、どんな異音も聞き逃さない。有難く申し出を受けておこう。
「はい。キカちゃんがいれば安心です。アシェス、クエスター、一時間後に兵を激励します。ギンは護衛の人選を。」
作戦室の壁に背を預けていたギンは敬礼した。
「お任せください。姫は俺が守ってみせます!」
ギンやキカちゃんの力が役立つ事がなければいい。だけど敵地の空を飛ぶ以上、何が起こるかわからない。
「薔薇十字最後の作戦を"ピースメイカー"と呼称します!本作戦の成功によって、この戦争を終わらせましょう!!」
号令を受けた仲間達は"ヤー!"と唱和し、動き出した。私も私の成すべき事を始めよう。
……オペレーション・ピースメイカー、この星の未来が懸かった作戦に失敗は許されない。
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