終焉編41話 終戦へのシナリオ



※ローゼ・サイド(ヘプタール戦域・アムルガンド)


スクリーンに映ったマッキンタイア中将の顔は敗軍の将には見えなかった。バーバチカグラードでの敗戦は、王国には不利益でも自分にとっては好機であると気付いたのだろう。他人事のように負け戦のあらましを同席しているフー元帥に報告し、その後は責任回避を交えながら功を誇った。


「陛下が戦死され、王国軍は崩壊の危機にあったが、私がなんとか立て直して転進に成功した。もちろん、調子に乗った賊軍めが、嵩にかかって追撃して来おったが、それも私が払いのけた。マッキンタイア師団は健在だが、王国軍の被害は甚大。一度、王都に戻って態勢を立て直す必要がある。」


要は"戦に負けて撤退中"という事だ。報告を受けたフー元帥は、端的に要点を再確認した。


「ネヴィル元帥、リチャード伯、ロドニー少将が戦死されたのは間違いないのですね?」


「間違いない。先程も述べた通り、陛下と伯爵の首級はペンドラゴンと共に爆散してしまった。ロドニーの遺体は副官がザラゾフに懇願してトリスタンに収容したようだ。敵に憐れみを乞うなど王国軍人のする事ではない!軍令違反の責任も含めて、帰国後に処罰してくれるわ!」


……主戦派の巨頭、ネヴィル元帥は死んだ。これで機構軍の実権は父が握る事になる。


「こんな結果になったのはロドニーが原因だ!一騎打ちに負けた挙げ句、死んでからも軍を混乱させおって!……無念極まりない。ロドニー師団の敵前逃亡さえなければ、勝利していたものを……」


マッキンタイア中将は拳を震わせながら怒りを露わにしたが、見え透いた演技だ。負けたのは熱風公のせいだと思っているのは本気だろうけど、内心では自身の生還に安堵しながら、ネヴィル元帥とリチャード伯の死を喜んでいる。フー元帥もそれがわかっているから、返答も冷淡だった。


「王国軍が戦闘不可能なのは分かりました。他に報告はありますか?」


パトロン元帥と軽んじてきたフー元帥にわざわざ報告してきたのは、マッキンタイア中将に下心があるからだ。その下心も見え透いているのだけれど。


「……フー元帥、リングヴォルト准将、ロッキンダム王朝を継承されるマデリン王女はまだ幼い。しかるべき者が宰相として補佐する必要がある。」


重々しく切り出して来る中将、これが本題だ。フー元帥は冷笑しながら皮肉った。


「あら。の助力など必要ないのではありません事?」


マッキンタイア侯爵は有力貴族ではあるが人望はない。権力を掌握する為に外圧が必要な立場なのだ。国外の有力者がこぞってアリングハム公を支持すれば、かなり危うい。ノルド地方の分離独立を志向するアリングハム公は宰相に就任する気などないのだけれど、マッキンタイア中将はそれを知らない。


「そ、そんな事は……リングヴォルト准将、フー元帥を説得してくれたまえ。私の宰相就任は帝国や薔薇十字にもメリットがある話だ。」


妾腹めかけばらの力が必要ですか?」


私がそう返すとマッキンタイア中将は押し黙り、フー元帥は羽扇で口を覆って笑い声を上げた。マッキンタイア中将はかつて私を妾腹呼ばわりした事がある。無用に敵を作るとこうなる訳だ。まあ、今は意趣返しにかける時間はない。もっと重要な交渉を、中将より遥かに難敵相手に行わなければならないのだ。


「マデリン王女に補佐役が必要という認識は一致しています。ローゼ姫と相談してから返答を差し上げますわ。それでは中将、良い旅を。」


フー元帥は敗将との通信を打ち切った。しばらくヤキモキさせておけばいい、と思ったのだろう。


「前菜など軽くあしらっておけば良いですが、主菜はこうはいかないでしょうね。」


動くべき時が来た。私は通信機を操作して主菜と回線を繋げる。


「ローゼ姫、主菜とは誰ですか?」


「父上です。今こそ、停戦を受諾させる時!フー元帥、力を貸して下さい。」


「あなたがそう考えるのなら、きっと今がその時なのでしょう。及ばずながら援護しますわ。」


主戦場のバーバチカグラードで敗北し、ネヴィル元帥が戦死した。チャティスマガオで戦っているカナタも遠からず勝利するだろう。形勢が同盟軍に傾いた今なら、父も停戦を決断するかもしれない。いや、私が決断させてみせる!


「……ローゼか。そちらに動きがあったのか?」


いつもなら勿体つける父も、今はそんな余裕はない。焦燥を顔に出さないのは流石だけれど。


「いえ。同盟軍はドボルスク市に留まっています。そちらの戦況は?」


「死神と軍神が腹の探り合いをやっておる。死神は軍神の打つ手は読めておるようだが、奴の打つ手も軍神に読まれておるようだ。バーバチカグラードで破れた以上、長丁場は不利。……そうだ!籠城にクエスターは必要あるまい。手札が増えれば…」


「陛下、もっと良い手がございます。」


言葉を遮られた事に皇帝は怒らなかった。少佐と辺境伯が離脱すれば、帝国軍は敗北する。父はそんな事がわからない愚者ではない。力関係には極めて鋭敏な為政者なのだ。だからこそ、少佐を送り出した。


「言ってみろ。この窮状を打破する知恵がおまえにあるのか?」


言葉を飾らずと口にするぐらいだから、危機感は本物だ。現状を正しく認識出来るのも為政者としての資質。全てを失いかねないと父は焦っている。今なら私の提案に乗って来るはず!


「今であれば、ですが。さらなる戦況の悪化を招けば…」


「勿体付けずに話せ!どんな手だ!」


「停戦です。これまでのような一時的な休戦ではなく、講和を前提とした停戦であれば、同盟軍も応じるかもしれません。」


以前なら一笑に伏されたに違いない和平案。だけど窮状に立たされれば、話は変わって来る。父は一か八かの勝負に打って出る性分ではない。マッキンタイア侯でさえ、王国の実権を握る好機だと気付いた。父なら機構軍の実権を握る好機である事には当然気付いている。


「……バーバチカグラードとチャティスマガオで勝利した同盟軍が、停戦に応じる訳がなかろう。」


チャティスマガオでも勝利!やっぱりカナタが勝ったんだ!喜びを内心に留めながら、悲しみを表情に浮かべる。


「貴公子も氷狼も破れたのですか。でしたらなおの事、停戦を急ぐべきでしょうね。」


「可能とは思えん。ローゼよ、今は絵空事に割く時間はない。」


「絵空事ではありません。私は大龍君と直に話が出来ます。ドラグラント連邦の元首が停戦を決断されれば、同盟軍も無視出来ません。少なくともチャティスマガオで勝利した龍弟公は、大龍君の意向に背く事はないでしょう。そして現在の同盟軍総司令官は、バルミットで窮地に立つカプラン元帥です。」


ミコト様が仁愛の王である事も、カナタが覇権主義者ではない事も、父は知っている。そしてザラゾフ元帥ではなく、カプラン元帥なら停戦に応じるかもしれないとも考えているはずだ。


問題は父には彼らとの信頼関係が皆無で、交渉の足掛かりがない事だ。だけど、私なら出来る。


「おまえは私の許可なく敵国の元首にコンタクトを取っていたのだな?」


「お怒りはごもっともですが、全ては帝国の為です。陛下、ネヴィル元帥亡き後、世界統一機構において唯一無二の指導者となるべき者は誰か? 考えるまでもありません。」


「………」


考え込む父にフー元帥は甘言を囁く。


「ゴッドハルト・リングヴォルト元帥は、敗戦の責任者として断罪されるか、和平を主導した偉大な指導者として称えられるかの分水嶺に立っているように思います。もし陛下が停戦という苦渋の英断を下されるのであれば、私と夏僑が全面的にバックアップ致します。もちろん、長年空席だった議長就任にも力添えさせて頂きますが?」


とっくの昔に形骸化した世界統一会議だけれど、首班である議長は空席だ。いや、父とネヴィル元帥のどちらが座っても機構軍が割れるので、やむなく空席になり、形骸化が加速したというべきだろう。今は軍閥が幅を利かせているけれど、発足当時は世界統一会議の決議に基づき、機構軍は動いていたのだ。


「停戦に応じるとしても確約が必要だ。それに、こちらから停戦を持ち掛けたというのもマズかろう。」


「水面下で交渉中だったと公式発表すれば問題ありません。陛下は民衆の為に停戦を模索していましたが、ネヴィル元帥が猛反対されていたのです。私もアムレアン元帥もそう証言しますわ。それがですものね。」


政治的手腕で元帥杖を手にしただけあって、フー元帥は交渉巧者だ。


「残る問題は確約の担保だな。……ローゼよ、直ぐに停戦の受諾条件を記した詔書を届けさせる。おまえは余の名代として龍姫の元へ赴け。無論、交渉が決裂する可能性がある以上、特使の派遣を公には出来ぬ。」


「元帥、ローゼ姫に敵地の空を飛べと仰るのですか!危険過ぎます!」


フー元帥は猛抗議したが、父は視線を私に向けて覚悟を問うてきた。


「どうした、ローゼ。いかなる危険も承知の上で意見を述べたのであろう。長きに渡る戦争を終わらせる事は容易くない。おまえと龍姫が同じ場所に立ち、共同発表を行うのが停戦の絶対条件だ。」


戦争を始めるより、終わらせる方が難しい。私とミコト様が同じ場所に立ち、同じ意志を示せば、猜疑心の塊である父も納得せざるを得まい。


……魔女の森でカナタと約束した。"ボクがこの戦争を終わらせてみせる"って。だから覚悟は出来ている!


「承りました。私と大龍君が手を取り合って両軍の将兵に停戦を宣言しましょう。こうしている間にも兵が死んでゆきます。詔書の到着を待ってはいられません。道中で詔書を受け取り、そのままリグリットに向かいます。」


「よかろう。難しい交渉だが、まとめてみせろ。軍神から仕掛けて来ない限り、こちらからは動かぬ。」


好都合だ。少佐なら私がミコト様と会見するまで戦線を維持してくれるだろう。


「すぐに出立します。陛下も受諾条件の推敲をお急ぎ下さい。」


「簡単に言うな。これはこれで難題なのだぞ。」


珍しく苦笑した父は通信を切った。フー元帥が心配顔で私の身を案じてくれる。


「我が子に敵地の空を飛べとは……ローゼ姫、本当に行かれるのですか?」


「他に方法がないのであれば、致し方ありません。大丈夫、私は上手くやります。」


「停戦の受諾条件も心配ですわ。無理難題を飲ませようとすれば、優位に立った同盟側は拒否するはず……」


実の父より他人のフー元帥の方がよっぽど私の事を心配してくれているのが可笑しくて、つい笑ってしまった。


「うふふ、そこは父を信頼してよろしいかと。」


「信頼出来ると思いますか!あれこれ難題を吹っ掛ける前に、ご自分で難局を打開すればよろしいでしょう!」


「それが出来ないから、私に頼らざるを得ないのです。フー元帥、政治家としての父は信用出来ます。ムシの良い条件ではあっても、無理難題とまでは行かない絶妙なラインを提示するでしょう。交渉が決裂して困るのは、父なのですから。」


父なら機構軍内でのイニシアチブに主眼に置くはずだ。同盟側にあれこれ条件を付けられる立場ではない事ぐらい父でなくともわかる。一見すると平等に見えてその実、皇帝に有利な条件を上手く捻り出すだろう。そしてその条件は、薔薇十字にとっても不利なものとなるはず……


機構軍での立場など、停戦後に巻き返せばいい。今は戦争を終わらせる事が最優先だ。まずは無事にリグリットに辿り着く為の人選をしないと。


ヘリの操縦は名パイロットのティリーに任せよう。狙撃手で視界の広い兄は索敵手兼副パイロット。護衛の人員は…


「ローゼ様!カーン師団とザネッティ師団がドボルスクから出撃しました!総兵数は約6万!」


通信室に飛び込んで来たアシェスが事態の急変を報告してきた。


「こんな時に……」


「籠城の準備は整っています。防御戦術なら私の右に出る者などいません!」


「いえ。少佐は、"カーンが出撃して来るとすれば、アムルガンドを通過する進路を取るはずだ"と仰っていました。もしそうであれば、二段構えの戦略です。狙いは薔薇十字を野戦に引き摺り出す事ですが、迎撃に来ないようであれば、グルリと迂回してタムール平原に展開する帝国軍の後背を突こうとするでしょう。」


帝国軍とアスラ派の戦いは拮抗しているが、背後から多数の伏兵が現れれば、帝国軍に勝ち目はなくなる。そうなる前に平原から撤退するしかないが、軍神がそれを見逃すはずがない。


"帝国軍に手こずるようなら、御堂イスカは搦め手から攻めてくる。カーンを唆すぐらい、あの天才には容易い事だ"


少佐の危惧していた事態になった。カーン中将は軍神に入れ知恵されたと考えるべきだ。バーバチカグラード、チャティスマガオで勝利した同盟軍にとって、最も小規模な戦域のヘプタールで負けたところでどうという事はない。カーン中将が上手くやれば、タムール平原での勝利も確定する。軍神イスカはあくまで、同盟軍の勝利で戦争を終わらせるつもりなのだ。


軍神の目論見通り、戦役第二の大戦場であるタムールでも勝利すれば、バルミットでの勝敗に関わりなく同盟軍の優勢は決定的なものとなり、停戦に応じる事もなくなる……


……私は敗戦ではなく停戦からの講和で、この戦争を終わらせたい。支配する勢力と支配される勢力が出来てしまえば、新たな戦争の火種になるかもしれないから。この戦争は元々、機構軍の支配に抗う為に起きたのだ。



世界統一機構と自由都市同盟は並立しながら組織改革を行い、いずれ真の共存を実現させる。私の信じる未来の為に取るべき道は……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る